〈2007年9月16日開設〉
これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。
尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。
絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
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うっかり傘を駅に置いて来た事を呪いながら雨宿りに軒先を借りた店は、少し変わった感じがした。
硝子の嵌った扉や、窓から覗いて見る分には、ごく普通の、ちょっと暇そうな喫茶店に見える。ログハウス風の造りで、辺りの田園風景にも自然と溶け込んでいるのだけれど……。
何だろう?――僕は違和感の原因を求めて、さりげない風を装いながらも、更に窓を覗き込んだ。
扉の正面にカウンター。右端に古めかしいレジスター、左端には大きめの黒猫の置物。奥にはやや痩せぎすのマスターがグラスを磨いている。見た感じ、四十代半ば、といった所か? 店内には丸テーブルが点在し、それぞれの間には観葉植物がカーテンの役目を果たしている。
客はほんの四、五人で、殆どがばらばらのテーブルに着いていた。二人組の客も居たが、喧嘩でもしているのか、お互いに口も利かずに、只時折、珈琲を口に運んでいる。
これと言って、変わった所などない様に見える。
なのに、僕はやはり、何か引っ掛かるものを感じていた。
此処で見ているより、入ってみれば解るだろうか。幸い、店頭のメニューを見るに、珈琲一杯の値段は僕のポケットの中の小銭で足りる。
この儘雨が止んで尚晴れぬもやもやを持って帰宅するよりはと、僕は喫茶店の扉を開いた。
お決まりのカランカランというドアベルの音はしなかった。
それどころか、いらっしゃいませの声もない。只、こちらを見たマスターが穏やかな笑みを浮かべて腰を折っただけだ。途惑っている僕に、空いた席をそっと指し示す。僕はそれに従って、席に着いた。
席に着いて改めて辺りをそっと見回してみる。やはり、見た所は普通の喫茶店と変わりない。
だが、静かだった。
聞こえてくるのは雨粒が屋根を、壁や窓を、そして木々の葉や地面を叩く音。それに時折、風が強弱をつける。今は、フォルテ。
水を運んで来たマスターは猫の様に足音を忍ばせていて、その存在に気付かなかった僕は少し、驚いた。彼はそっとグラスを置き、メニューを指し示した。最初から珈琲と決めていた僕が口を開こうとすると、彼は口元に一本、指を立てた。しっ……と。
そしてメニューの上の方を指差す。
そこにはこんな一文があった。
『当店では自然の音を楽しんで頂きたく存じます。その為、店内の音楽も廃しております。お客様に於かれましても、ご協力頂き、何よりこの静けさだからこそ味わえる音をお楽しみ頂ければ幸いです』
僕は違和感の訳を悟った。
扉や窓を閉めていてさえ漏れ聞こえてくる筈のBGM。それが一切無かったのだ。
普段は意識していなくても、人は様々な音を聞いている。普段なら意識していないレベルの音さえも、無ければ無いで、違和感を生むのだ。
そして同じテーブルに着きながら言葉を交わさない客達が決して仲違いをしている訳でないのも得心が入った。彼等は只、この音を、空気を楽しんでいるだけなのだ。
きっと此処では、晴れの日には木々のざわめきの中に小鳥達の鳴き声が、雪の日には積雪を踏む小気味よい足音が、それぞれその時々にしか聞けない響きを奏でるのだろう。
僕はマスターに頷いて、メニューの珈琲を指差した。マスターは微笑んで頷き、やはり足音を立てずにカウンターの奥へと戻って行く。
それを見送って、僕はそっと携帯をバイブさえ無しのサイレントマナーに設定した。もし通話やメールが来ても気付くのが遅くなるだろうが……偶にはこんな静かな時間があっても、いい。
小さくなった雨音と窓から差し込む陽が、もうじき雨が止みそうだと、教えてくれていた。
―了―
偶には怖くもない話(^^;)
硝子の嵌った扉や、窓から覗いて見る分には、ごく普通の、ちょっと暇そうな喫茶店に見える。ログハウス風の造りで、辺りの田園風景にも自然と溶け込んでいるのだけれど……。
何だろう?――僕は違和感の原因を求めて、さりげない風を装いながらも、更に窓を覗き込んだ。
扉の正面にカウンター。右端に古めかしいレジスター、左端には大きめの黒猫の置物。奥にはやや痩せぎすのマスターがグラスを磨いている。見た感じ、四十代半ば、といった所か? 店内には丸テーブルが点在し、それぞれの間には観葉植物がカーテンの役目を果たしている。
客はほんの四、五人で、殆どがばらばらのテーブルに着いていた。二人組の客も居たが、喧嘩でもしているのか、お互いに口も利かずに、只時折、珈琲を口に運んでいる。
これと言って、変わった所などない様に見える。
なのに、僕はやはり、何か引っ掛かるものを感じていた。
此処で見ているより、入ってみれば解るだろうか。幸い、店頭のメニューを見るに、珈琲一杯の値段は僕のポケットの中の小銭で足りる。
この儘雨が止んで尚晴れぬもやもやを持って帰宅するよりはと、僕は喫茶店の扉を開いた。
お決まりのカランカランというドアベルの音はしなかった。
それどころか、いらっしゃいませの声もない。只、こちらを見たマスターが穏やかな笑みを浮かべて腰を折っただけだ。途惑っている僕に、空いた席をそっと指し示す。僕はそれに従って、席に着いた。
席に着いて改めて辺りをそっと見回してみる。やはり、見た所は普通の喫茶店と変わりない。
だが、静かだった。
聞こえてくるのは雨粒が屋根を、壁や窓を、そして木々の葉や地面を叩く音。それに時折、風が強弱をつける。今は、フォルテ。
水を運んで来たマスターは猫の様に足音を忍ばせていて、その存在に気付かなかった僕は少し、驚いた。彼はそっとグラスを置き、メニューを指し示した。最初から珈琲と決めていた僕が口を開こうとすると、彼は口元に一本、指を立てた。しっ……と。
そしてメニューの上の方を指差す。
そこにはこんな一文があった。
『当店では自然の音を楽しんで頂きたく存じます。その為、店内の音楽も廃しております。お客様に於かれましても、ご協力頂き、何よりこの静けさだからこそ味わえる音をお楽しみ頂ければ幸いです』
僕は違和感の訳を悟った。
扉や窓を閉めていてさえ漏れ聞こえてくる筈のBGM。それが一切無かったのだ。
普段は意識していなくても、人は様々な音を聞いている。普段なら意識していないレベルの音さえも、無ければ無いで、違和感を生むのだ。
そして同じテーブルに着きながら言葉を交わさない客達が決して仲違いをしている訳でないのも得心が入った。彼等は只、この音を、空気を楽しんでいるだけなのだ。
きっと此処では、晴れの日には木々のざわめきの中に小鳥達の鳴き声が、雪の日には積雪を踏む小気味よい足音が、それぞれその時々にしか聞けない響きを奏でるのだろう。
僕はマスターに頷いて、メニューの珈琲を指差した。マスターは微笑んで頷き、やはり足音を立てずにカウンターの奥へと戻って行く。
それを見送って、僕はそっと携帯をバイブさえ無しのサイレントマナーに設定した。もし通話やメールが来ても気付くのが遅くなるだろうが……偶にはこんな静かな時間があっても、いい。
小さくなった雨音と窓から差し込む陽が、もうじき雨が止みそうだと、教えてくれていた。
―了―
偶には怖くもない話(^^;)
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Re:こんばんは
雨の音もその時その時で、変化がありますからね(^^)
ハードロックラバーズオンリーのお店と、このお店、正反対だけど、意思疎通が身振り手振りメインという共通点が(笑)
ハードロックラバーズオンリーのお店と、このお店、正反対だけど、意思疎通が身振り手振りメインという共通点が(笑)
Re:無題
うちもこうしている間にもパソコンの動作音やら、扇風機の音やら、テレビの音声やら……( ̄▽ ̄;)
自然の音を楽しむ、それは現代ではやはり贅沢な時間かも。
自然の音を楽しむ、それは現代ではやはり贅沢な時間かも。
こんばんは☆
ご無沙汰しちゃってごめんなさい。
テンパってたので余裕がなかったのよ(^_^;
我が家は…大阪の幹線道路の横なので
真夜中でも静まりかえることがないです。。。
たまには静寂も良いよね。
でも…コワいんだよね〜静寂都心の闇ってw
テンパってたので余裕がなかったのよ(^_^;
我が家は…大阪の幹線道路の横なので
真夜中でも静まりかえることがないです。。。
たまには静寂も良いよね。
でも…コワいんだよね〜静寂都心の闇ってw
Re:こんばんは☆
お疲れ様です!
ああ、確かに都心部で余りにも静かだと……逆に落ち着かないかも(^^;)
雑多な音が生活の一部だからねぇ。
ああ、確かに都心部で余りにも静かだと……逆に落ち着かないかも(^^;)
雑多な音が生活の一部だからねぇ。
いい話だぁー(*^o^*) テレテレ
私は寝るときは、できるだけ真っ暗にして、(ホントは静かな中で)寝るのが好き(*^o^*) テレテレ
普段は白昼夢のまま、夢に移行しますw
たまに、蟲遊びしますo(^o^o)(o^o^)o ワクワク
「蟲師」っていう、アニメをヒントにした遊びです(*^o^*) テレテレ
人工的なかすかな音や、風の音・虫の音・生き物の音・自然の音。全てシャットダウンしていきます^^v
そして、網膜に映る青白いかすかな光。。。
鼓膜の微かな振動。。。
けっこう大きな呼吸の音・鼓動・お腹の音w
全部シャットダウンしていくと。。。
見えてくるんですね。
蟲の音が w(°0°)w ホッホー
お試しあれ^^v
普段は白昼夢のまま、夢に移行しますw
たまに、蟲遊びしますo(^o^o)(o^o^)o ワクワク
「蟲師」っていう、アニメをヒントにした遊びです(*^o^*) テレテレ
人工的なかすかな音や、風の音・虫の音・生き物の音・自然の音。全てシャットダウンしていきます^^v
そして、網膜に映る青白いかすかな光。。。
鼓膜の微かな振動。。。
けっこう大きな呼吸の音・鼓動・お腹の音w
全部シャットダウンしていくと。。。
見えてくるんですね。
蟲の音が w(°0°)w ホッホー
お試しあれ^^v
Re:いい話だぁー(*^o^*) テレテレ
蟲の音ですか~(゜o゜)
余りに静かな環境だと、自分自身、と言うか人体そのものが意外と音を発している事に気付かされますよね。
お腹の音とか(笑)
余りに静かな環境だと、自分自身、と言うか人体そのものが意外と音を発している事に気付かされますよね。
お腹の音とか(笑)