〈2007年9月16日開設〉
これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。
尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。
絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
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雪の中を歩き回って冷え切った身体に、熱いココアが僅かな灼熱感を伴って染み渡った。暫し置いて、滑らかな甘さが舌に染み入る。
「本当に助かりました」雛子(ひなこ)は山小屋の主に改めて頭を下げた。つい先程迄、歯の根が合わず、取り敢えず助けを求める事しか出来なかったのだ。「大学の友達と一緒にスキーに来たのはいいんですけど、急な吹雪でコースを見失ってしまって……。友達とも離れ離れになってしまったし、何も見えないし……。此処に辿り着けたのは幸運でした」
真っ白な闇の中にぼんやりと浮かび上がった灯。それは幻影の様で、それでも雛子はそれに縋る様に歩いた。近付き、山小屋の温かい灯と判って、彼女は――取り敢えず誰でもいい――神仏と、自分の幸運に感謝したのだった。
そして吹雪の音に負けまいと叩いた扉を開けてくれたのが、今目の前に居る女性だった。見た所二十代後半の、細身の美人。彼女は委細訊かず、凍えた雛子を招き入れてくれた。
そしてホテルへ連絡を取りたいと言う雛子を宥め、先ずは身体を温めるようにと、彼女を暖炉の前の椅子に誘い、ココアを淹れてくれたのだった。
「本当に助かりました」雛子(ひなこ)は山小屋の主に改めて頭を下げた。つい先程迄、歯の根が合わず、取り敢えず助けを求める事しか出来なかったのだ。「大学の友達と一緒にスキーに来たのはいいんですけど、急な吹雪でコースを見失ってしまって……。友達とも離れ離れになってしまったし、何も見えないし……。此処に辿り着けたのは幸運でした」
真っ白な闇の中にぼんやりと浮かび上がった灯。それは幻影の様で、それでも雛子はそれに縋る様に歩いた。近付き、山小屋の温かい灯と判って、彼女は――取り敢えず誰でもいい――神仏と、自分の幸運に感謝したのだった。
そして吹雪の音に負けまいと叩いた扉を開けてくれたのが、今目の前に居る女性だった。見た所二十代後半の、細身の美人。彼女は委細訊かず、凍えた雛子を招き入れてくれた。
そしてホテルへ連絡を取りたいと言う雛子を宥め、先ずは身体を温めるようにと、彼女を暖炉の前の椅子に誘い、ココアを淹れてくれたのだった。
「済みません、暖まった事ですし、ホテルに連絡を取りたいのですが、電話を貸して頂けませんでしょうか。はぐれた友達が心配で……この辺、携帯も通じなくて」人心地付いた雛子は再度、そう申し入れた。「どうにか辿り着くか、こうして避難してくれていればいいんですけど」
それに対して、女性は浮かぬ顔で答えた。
「ごめんなさい。落ち着かせるのが先だと思って黙っていたのだけど、この雪で電話線が切れてしまったらしくて、電話が通じないのよ」
「そんな……」仕方の無い事だとは思いつつも、雛子は思わずがたりと席を立つ。「じゃ、連絡は付けられないんですか?」
「主人が街迄修理屋を呼びに行っているのだけれど、この吹雪では、いつ戻って来られるか……」眉間に愁いを帯びながら、彼女は雪に半ば覆われた窓を見遣った。「吹雪さえ治まれば、ホテル迄の道もご案内して差し上げられると思うのだけれど……。今出るのは自殺行為だわ。今夜はお泊まりなさい」
雛子は悄然と、椅子に腰を落とした。電話も出来ない、ホテルにも戻れない以上、友人がどうなったか知る術も、自分の無事を知らせる術も無い。
どちらにしても吹雪が治まるのを待つしか手が無いのか――雛子もまた、窓を見詰めた。雪の向こうの景色は、もう宵闇に包まれ始めていた。
黒田みちる、と女性は名乗った。スキーが趣味で、この山小屋には冬の休みの度に、夫と来るのだと言う。この冬も一昨日来た所で、今朝、電話線が切れている事に気付き、夫が街へと向かったのだと。
運が良かったのか、悪かったのか――雛子は聞こえないように口中で呟く。確かに彼女が此処に居てくれた事は幸運だったが、連絡が付かない事には……。それでもこうして温かく迎え入れてくれた彼女には感謝の念で一杯だった。
幸いな事に電気は自家発電装置を備えており、暖炉の薪もたっぷりと用意されていた。食料も多めに持って来ていると言う。
世話になったお礼と夕食の支度を手伝い、パンとシチューがメインの温かい夕食を済ませる。勧められたワインは酒が苦手だからと辞退した。
「部屋だけは余分が無いのだけれど……私の部屋を使って頂戴。私はリビングで大丈夫だから」
「そんな! 私が此処で寝ますよ。そこ迄は甘えられません!」
「遠慮しないで頂戴。それに、暖炉の火も見ていたいし――この雪では帰って来ないとは思うけれど、もしあの人が帰って来た時、暖かくして迎えて上げたいの」
「……解りました。じゃあ、お言葉に甘えて」スキー板は勧めに従って玄関脇に立て掛け、雛子は彼女の部屋へと案内を受けた。
部屋へ入ってから、雛子は不自然さに気付いた。
みちるは夫婦で此処へ来ていると言った。それで部屋が余分に無いと言うのなら、夫婦同室なのだろう、と雛子は思っていた。それでもベッドが二つあれば女二人同室でも構わない筈。だからダブルサイズが一台なのだと、いつしか勝手に思っていた。
しかし、案内された部屋にはシングルサイズのベッドが一台切り。とても二人の人間が寝られるとは思えない。現に枕も一つ切りだ。
ならば、街に出ていると言う夫の部屋が空いている筈。そちらに他の女を泊めたくないというのは解るが、みちるがそちらに寝る分には構わないのではないか。
それとも余程心配で、眠る所ではないのだろうか。ずっと、暖炉の火を見詰めて夫の帰りを待つ心算なのだろうか。
ベッドに腰掛けながらも、雛子は友人の安否を思って溜め息をついた。
部屋はストーブで暖かかったが、彼女は友人とお揃いのマフラーを抱いて、ベッドに入った。無事でありますように、そう願いつつ。
バタン!――そんな音を聞いた気がして、雛子は眠い目を擦って身を起こした。時計を見れば未だ午前二時。
こんな時間に……もしかして、夫が帰って来たのだろうか? それなら吹雪も止んでいるのかも知れない。だとしても流石にこんな時間にホテル迄案内して貰う訳にも行かないが……挨拶だけでも、と雛子は身支度を整えてドアを開けた。
だが、リビングにはみちるの姿も無く、火も小さくなってしまっていた。
ぶるり、身が震える。
火を大きくしようと近寄ってみると、火は自然に小さくなったのではなく、上から灰を掛けられていた。
「?」雛子は首を傾げた。みちるは気が変わって夫の部屋で休む事にしたのだろうか? 先程の音はその際のドアの開閉音? いや、それにしては、リビングの温度は既にかなり冷えていた。今さっき火を落とした状態ではない。
足音を忍ばせて、山小屋の中を歩く。窓から見る景色は、やや穏やかになった様だった。これなら夜が明ければ、スキーでホテルに戻れるかも知れない。
と、玄関に立て掛けた筈のそのスキーが無くなっている事に、雛子は気付いた。
「真逆……」急ぎ足で、雛子は山小屋従の部屋を捜索した。みちるの姿を探して。
だが、何処にもみちるの姿は無く、そして――もう一つのベッドも無かった。
してみると先程の物音は玄関の音だったのか? みちるが某かの用意をし、雛子のスキーで山小屋を出た?
「どういう事?」雛子は茫然と呟いた。
物置、食料庫、空き室……。何処も冷え切っていて、彼女が居た寝室とリビング以外の何処にも、人が居られそうな所は無かった。天井は梁が剥き出しで、屋根裏部屋の様なものも無い。
元々夫など居なかったのだろうか? あれは只、見知らぬ雛子を警戒して、夫が帰って来るかも知れないと思わせたかっただけだったのか?
そして吹雪が治まってきたのを幸いと逃げたのだろうか。雛子のスキーで? いや、スキーが趣味だというのが本当なら、自分の道具を持っている筈。だがそれも、山小屋内には見受けられない。
しかし、そこ迄警戒される程、自分は不審人物に見えただろうか?――少々気分を害して、雛子は暖炉の灰を火掻き棒で掻き回す。熾火が新たな酸素を得て、ぽっと燃え上がった。女同士だし、そもそもそれなら入れなければよかったじゃない。それとも早々に理由を付けて追い出すか……。
雛子はふと、電話を探し始めた。夫が居るというのが嘘なら、電話の事はどうなのかと、疑問が頭を掠めたのだ。
リビングの片隅に設えられた電話。通じないのなら、とこれ迄手も触れなかったが……。恐る恐る受話器を取り上げて、メモしておいたホテルのナンバーを呼び出す。
トゥルルル……トゥルルル……その音に涙が出そうになった。
電話は生きている! この山小屋がどの辺なのかは解らないが、兎に角連絡が付けられる!
ややあって出たフロントは、行方不明になっていた客だと知ると、眠気の吹き飛んだ声で居場所を尋ねた。
「それが、解らないんです。山小屋で……此処に居た女の人は黒田と名乗ったんですが」それも嘘でないという確信は無い。何故そこ迄偽られなければならないのかは解らないが。「兎に角、無事です! それより、友達は戻ってますか?」
『それが、一旦戻られたのですが、貴女が未だだと知ると、捜索隊に付いて行ってしまわれまして……』
「そんな……」雛子は嘆息する。だが、捜索隊と一緒という事なら危険は然程無いだろう――そう信じたい。
『では、そこを動かないようになさって下さい。黒田様の登録名の山小屋という事で、捜索隊に無線連絡致しますので』
解りました、と答えて雛子は電話を切った。
スキーは無い、みちるも居ない、何故彼女が偽りを言ったのかも判然としない、そんな状態で命綱とも言える電話を切りたくはなかったが、もし、みちるが戻って来たら――偽りがばれたと知った彼女がどう出るか、それが解らなかった。
解らないのが怖い。
雛子は再び暖炉の火を落とし、寝室に戻った。何にも気付いていない。それを装うべく。
まんじりともせず、風を通して聞こえる音だけに意識を集中する。
窓に木の枝先が擦る音、雪が屋根から落ちる音、風が窓を叩く音……それらを掻き分けて、バタン、と再びの音。
みちるが帰って来たのだろうかと、雛子は身を硬くした。親切な山小屋の女主人は、もやは得体の知れない人間と化していた。
神経を耳に集中する。
リビングの扉が開いた。足音。火掻き棒を取り上げた音だろうか? そして暖炉の熾きを掻き回し……棒を置いた音がしなかった。その儘、足音が近付いて来る。やがて寝室の前に……。
「夜分、ごめんなさい」雛子が起きていると確信しているかの様な声音。「雛子さん、よく眠れませんでした? やはり、寝酒が必要だったかしら?」
そう言われて、夕食の際断ったワインを思い出す。もしかしたらあれに何か入れられていたのか? 彼女が起きないように?
どういう事だろう――ベッドから出ながら、雛子は懸命に考える。みちるが見知らぬ訪問者を恐れたのなら、何故彼女は帰って来た? 逃げられると思ったからスキーを使って家を出た筈ではなかったのか? それとも、考え違いをしている?
考える間にも、みちるは寝室のドアを開けて入って来た。手にはやはり、火掻き棒がしっかりと握られていた。
「何故……?」マフラーを握り締めて問う雛子に、みちるは言った。
「貴女、家の中をうろついたでしょう? 火を起こした跡があったわ。隠してたけれどね。そうなるとね、後で訪ねられても困るのよ。もう此処からは消えるんだけれど」
話はそれだけとばかりに火掻き棒を振り上げたみちるの背後から、窓を通してか、眩い光が差し込んだ。旭光ではない。もっと直線的な、強い光。
モーター音に気付いたのはその時だった。
咄嗟にみちるの隙を突いて、玄関へ向かう。
窓の外の雪は細かく、ちらつくばかりとなっていた。
玄関に向けられたスノーモービルのライト。その中に飛び出した雛子は、覚えのある声を聞いた。ほんの半日程度の別れだったと言うのに、それは酷く懐かしかった。
そしてそれと同時に、何者かが覆い被さってきた。縺れ合う様にして、玄関の雪に埋もれた石段を転がる。途中、何者かの呻き声。それは懐かしい人の声に似ていた。
転がりながら見た風景の中に、石段の上で火掻き棒を振り下ろした体勢の儘、捜索隊に取り押さえられるみちる。
そして落ち着いて雪に埋もれた彼女に手を貸してくれたのは、彼女とお揃いのマフラーをした人。
「雄也……」雛子はその名を呼んだ。そして直ぐに立ち上がり、相手を気遣う。彼女を庇ったのだろう、左肩を押さえていたから。「大丈夫!?」
幸い、軽い打撲だと彼は請け合った。
「それより、やばい所に居たものだな」彼は捜索隊と共に雛子を捜しながら得た情報だと言った。「此処の所有者は黒田なんて名じゃない。彼女も此処の人間じゃない。どうやら始末したい人間を呼び出して、酒で酔わせて凍死させた後、スキーを使って捨ててきた所らしい。生憎と、大々的に展開していた捜索隊が見付けちまったよ」
最後の一言は、みちるに向けてのものだった様だ。
「雛子のか自分のスキーに遺体を乗せて、自分もスキーで引っ張る。仕事がやり易くなると思って引き止めたんだろうがな。雛子が友達と連絡も取れない状態で熟睡出来る様な子じゃなくて残念だったな」
「雄也ぁ」泣き声で、雛子は相手の名を呼ぶと、その上着に顔を埋めた。
雄也が頭を撫でると、ちょっと顔を上げて、彼女は言った。
「いつ迄、友達なの?」
軽く面食らった顔をした後、雄也は彼女の肩に傷んでいない方の手を回し、雪上車へと並んで足跡を刻んだ。
―了―
長くなったー。なかなか終わりが見えな~い(笑)
それに対して、女性は浮かぬ顔で答えた。
「ごめんなさい。落ち着かせるのが先だと思って黙っていたのだけど、この雪で電話線が切れてしまったらしくて、電話が通じないのよ」
「そんな……」仕方の無い事だとは思いつつも、雛子は思わずがたりと席を立つ。「じゃ、連絡は付けられないんですか?」
「主人が街迄修理屋を呼びに行っているのだけれど、この吹雪では、いつ戻って来られるか……」眉間に愁いを帯びながら、彼女は雪に半ば覆われた窓を見遣った。「吹雪さえ治まれば、ホテル迄の道もご案内して差し上げられると思うのだけれど……。今出るのは自殺行為だわ。今夜はお泊まりなさい」
雛子は悄然と、椅子に腰を落とした。電話も出来ない、ホテルにも戻れない以上、友人がどうなったか知る術も、自分の無事を知らせる術も無い。
どちらにしても吹雪が治まるのを待つしか手が無いのか――雛子もまた、窓を見詰めた。雪の向こうの景色は、もう宵闇に包まれ始めていた。
黒田みちる、と女性は名乗った。スキーが趣味で、この山小屋には冬の休みの度に、夫と来るのだと言う。この冬も一昨日来た所で、今朝、電話線が切れている事に気付き、夫が街へと向かったのだと。
運が良かったのか、悪かったのか――雛子は聞こえないように口中で呟く。確かに彼女が此処に居てくれた事は幸運だったが、連絡が付かない事には……。それでもこうして温かく迎え入れてくれた彼女には感謝の念で一杯だった。
幸いな事に電気は自家発電装置を備えており、暖炉の薪もたっぷりと用意されていた。食料も多めに持って来ていると言う。
世話になったお礼と夕食の支度を手伝い、パンとシチューがメインの温かい夕食を済ませる。勧められたワインは酒が苦手だからと辞退した。
「部屋だけは余分が無いのだけれど……私の部屋を使って頂戴。私はリビングで大丈夫だから」
「そんな! 私が此処で寝ますよ。そこ迄は甘えられません!」
「遠慮しないで頂戴。それに、暖炉の火も見ていたいし――この雪では帰って来ないとは思うけれど、もしあの人が帰って来た時、暖かくして迎えて上げたいの」
「……解りました。じゃあ、お言葉に甘えて」スキー板は勧めに従って玄関脇に立て掛け、雛子は彼女の部屋へと案内を受けた。
部屋へ入ってから、雛子は不自然さに気付いた。
みちるは夫婦で此処へ来ていると言った。それで部屋が余分に無いと言うのなら、夫婦同室なのだろう、と雛子は思っていた。それでもベッドが二つあれば女二人同室でも構わない筈。だからダブルサイズが一台なのだと、いつしか勝手に思っていた。
しかし、案内された部屋にはシングルサイズのベッドが一台切り。とても二人の人間が寝られるとは思えない。現に枕も一つ切りだ。
ならば、街に出ていると言う夫の部屋が空いている筈。そちらに他の女を泊めたくないというのは解るが、みちるがそちらに寝る分には構わないのではないか。
それとも余程心配で、眠る所ではないのだろうか。ずっと、暖炉の火を見詰めて夫の帰りを待つ心算なのだろうか。
ベッドに腰掛けながらも、雛子は友人の安否を思って溜め息をついた。
部屋はストーブで暖かかったが、彼女は友人とお揃いのマフラーを抱いて、ベッドに入った。無事でありますように、そう願いつつ。
バタン!――そんな音を聞いた気がして、雛子は眠い目を擦って身を起こした。時計を見れば未だ午前二時。
こんな時間に……もしかして、夫が帰って来たのだろうか? それなら吹雪も止んでいるのかも知れない。だとしても流石にこんな時間にホテル迄案内して貰う訳にも行かないが……挨拶だけでも、と雛子は身支度を整えてドアを開けた。
だが、リビングにはみちるの姿も無く、火も小さくなってしまっていた。
ぶるり、身が震える。
火を大きくしようと近寄ってみると、火は自然に小さくなったのではなく、上から灰を掛けられていた。
「?」雛子は首を傾げた。みちるは気が変わって夫の部屋で休む事にしたのだろうか? 先程の音はその際のドアの開閉音? いや、それにしては、リビングの温度は既にかなり冷えていた。今さっき火を落とした状態ではない。
足音を忍ばせて、山小屋の中を歩く。窓から見る景色は、やや穏やかになった様だった。これなら夜が明ければ、スキーでホテルに戻れるかも知れない。
と、玄関に立て掛けた筈のそのスキーが無くなっている事に、雛子は気付いた。
「真逆……」急ぎ足で、雛子は山小屋従の部屋を捜索した。みちるの姿を探して。
だが、何処にもみちるの姿は無く、そして――もう一つのベッドも無かった。
してみると先程の物音は玄関の音だったのか? みちるが某かの用意をし、雛子のスキーで山小屋を出た?
「どういう事?」雛子は茫然と呟いた。
物置、食料庫、空き室……。何処も冷え切っていて、彼女が居た寝室とリビング以外の何処にも、人が居られそうな所は無かった。天井は梁が剥き出しで、屋根裏部屋の様なものも無い。
元々夫など居なかったのだろうか? あれは只、見知らぬ雛子を警戒して、夫が帰って来るかも知れないと思わせたかっただけだったのか?
そして吹雪が治まってきたのを幸いと逃げたのだろうか。雛子のスキーで? いや、スキーが趣味だというのが本当なら、自分の道具を持っている筈。だがそれも、山小屋内には見受けられない。
しかし、そこ迄警戒される程、自分は不審人物に見えただろうか?――少々気分を害して、雛子は暖炉の灰を火掻き棒で掻き回す。熾火が新たな酸素を得て、ぽっと燃え上がった。女同士だし、そもそもそれなら入れなければよかったじゃない。それとも早々に理由を付けて追い出すか……。
雛子はふと、電話を探し始めた。夫が居るというのが嘘なら、電話の事はどうなのかと、疑問が頭を掠めたのだ。
リビングの片隅に設えられた電話。通じないのなら、とこれ迄手も触れなかったが……。恐る恐る受話器を取り上げて、メモしておいたホテルのナンバーを呼び出す。
トゥルルル……トゥルルル……その音に涙が出そうになった。
電話は生きている! この山小屋がどの辺なのかは解らないが、兎に角連絡が付けられる!
ややあって出たフロントは、行方不明になっていた客だと知ると、眠気の吹き飛んだ声で居場所を尋ねた。
「それが、解らないんです。山小屋で……此処に居た女の人は黒田と名乗ったんですが」それも嘘でないという確信は無い。何故そこ迄偽られなければならないのかは解らないが。「兎に角、無事です! それより、友達は戻ってますか?」
『それが、一旦戻られたのですが、貴女が未だだと知ると、捜索隊に付いて行ってしまわれまして……』
「そんな……」雛子は嘆息する。だが、捜索隊と一緒という事なら危険は然程無いだろう――そう信じたい。
『では、そこを動かないようになさって下さい。黒田様の登録名の山小屋という事で、捜索隊に無線連絡致しますので』
解りました、と答えて雛子は電話を切った。
スキーは無い、みちるも居ない、何故彼女が偽りを言ったのかも判然としない、そんな状態で命綱とも言える電話を切りたくはなかったが、もし、みちるが戻って来たら――偽りがばれたと知った彼女がどう出るか、それが解らなかった。
解らないのが怖い。
雛子は再び暖炉の火を落とし、寝室に戻った。何にも気付いていない。それを装うべく。
まんじりともせず、風を通して聞こえる音だけに意識を集中する。
窓に木の枝先が擦る音、雪が屋根から落ちる音、風が窓を叩く音……それらを掻き分けて、バタン、と再びの音。
みちるが帰って来たのだろうかと、雛子は身を硬くした。親切な山小屋の女主人は、もやは得体の知れない人間と化していた。
神経を耳に集中する。
リビングの扉が開いた。足音。火掻き棒を取り上げた音だろうか? そして暖炉の熾きを掻き回し……棒を置いた音がしなかった。その儘、足音が近付いて来る。やがて寝室の前に……。
「夜分、ごめんなさい」雛子が起きていると確信しているかの様な声音。「雛子さん、よく眠れませんでした? やはり、寝酒が必要だったかしら?」
そう言われて、夕食の際断ったワインを思い出す。もしかしたらあれに何か入れられていたのか? 彼女が起きないように?
どういう事だろう――ベッドから出ながら、雛子は懸命に考える。みちるが見知らぬ訪問者を恐れたのなら、何故彼女は帰って来た? 逃げられると思ったからスキーを使って家を出た筈ではなかったのか? それとも、考え違いをしている?
考える間にも、みちるは寝室のドアを開けて入って来た。手にはやはり、火掻き棒がしっかりと握られていた。
「何故……?」マフラーを握り締めて問う雛子に、みちるは言った。
「貴女、家の中をうろついたでしょう? 火を起こした跡があったわ。隠してたけれどね。そうなるとね、後で訪ねられても困るのよ。もう此処からは消えるんだけれど」
話はそれだけとばかりに火掻き棒を振り上げたみちるの背後から、窓を通してか、眩い光が差し込んだ。旭光ではない。もっと直線的な、強い光。
モーター音に気付いたのはその時だった。
咄嗟にみちるの隙を突いて、玄関へ向かう。
窓の外の雪は細かく、ちらつくばかりとなっていた。
玄関に向けられたスノーモービルのライト。その中に飛び出した雛子は、覚えのある声を聞いた。ほんの半日程度の別れだったと言うのに、それは酷く懐かしかった。
そしてそれと同時に、何者かが覆い被さってきた。縺れ合う様にして、玄関の雪に埋もれた石段を転がる。途中、何者かの呻き声。それは懐かしい人の声に似ていた。
転がりながら見た風景の中に、石段の上で火掻き棒を振り下ろした体勢の儘、捜索隊に取り押さえられるみちる。
そして落ち着いて雪に埋もれた彼女に手を貸してくれたのは、彼女とお揃いのマフラーをした人。
「雄也……」雛子はその名を呼んだ。そして直ぐに立ち上がり、相手を気遣う。彼女を庇ったのだろう、左肩を押さえていたから。「大丈夫!?」
幸い、軽い打撲だと彼は請け合った。
「それより、やばい所に居たものだな」彼は捜索隊と共に雛子を捜しながら得た情報だと言った。「此処の所有者は黒田なんて名じゃない。彼女も此処の人間じゃない。どうやら始末したい人間を呼び出して、酒で酔わせて凍死させた後、スキーを使って捨ててきた所らしい。生憎と、大々的に展開していた捜索隊が見付けちまったよ」
最後の一言は、みちるに向けてのものだった様だ。
「雛子のか自分のスキーに遺体を乗せて、自分もスキーで引っ張る。仕事がやり易くなると思って引き止めたんだろうがな。雛子が友達と連絡も取れない状態で熟睡出来る様な子じゃなくて残念だったな」
「雄也ぁ」泣き声で、雛子は相手の名を呼ぶと、その上着に顔を埋めた。
雄也が頭を撫でると、ちょっと顔を上げて、彼女は言った。
「いつ迄、友達なの?」
軽く面食らった顔をした後、雄也は彼女の肩に傷んでいない方の手を回し、雪上車へと並んで足跡を刻んだ。
―了―
長くなったー。なかなか終わりが見えな~い(笑)
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この記事にコメントする
Re:うひゃあ
自分でも書いてて痒い(笑)
まぁ、二人で旅行に来るんだから、最初から気はあったんだろうけど、庇ってくれたので気持ちが固まった?
うひゃあ(笑)
まぁ、二人で旅行に来るんだから、最初から気はあったんだろうけど、庇ってくれたので気持ちが固まった?
うひゃあ(笑)
Re:(*^^*)ポッ
珍しいエンディングになりました(笑)
雪女だとやっぱり迷い込むのは彼の方になりそうかも?
雪女だとやっぱり迷い込むのは彼の方になりそうかも?
Re:怖いなぁ
うち、ミステリーもホラーっぽいのもごっちゃですからねぇ(^^;)
シリーズもの以外もカテ分けた方がいいかな?
人間が怖いタイプと、それ以外が怖いタイプ――怖いのしか無いんかい(笑)
シリーズもの以外もカテ分けた方がいいかな?
人間が怖いタイプと、それ以外が怖いタイプ――怖いのしか無いんかい(笑)
Re:うふ。
突然の来訪者は都合が悪いけど、スキー板は都合がいい(笑)
ワインで眠らせちゃえ~と思ってたんだけど、雛子ちゃん、飲まないんだもん。静か~に出た心算なのに起きちゃうし。やっぱり泊めるんじゃなかったわ。
以上、みちるさんの心の呟きでした(笑)
ワインで眠らせちゃえ~と思ってたんだけど、雛子ちゃん、飲まないんだもん。静か~に出た心算なのに起きちゃうし。やっぱり泊めるんじゃなかったわ。
以上、みちるさんの心の呟きでした(笑)
Re:友達ねぇ
名前が出てこないのは怪しいと思って下さい(笑)
登場予定無いから付けてないだけって場合もありますが(おい)
青山先生は特に意識してないです(苦笑)
登場予定無いから付けてないだけって場合もありますが(おい)
青山先生は特に意識してないです(苦笑)
Re:ありゃ~!
雪の山荘物をやるにはやはりそこそこの人数の登場人物と、何よりトリックを考える頭が必要なので(笑)
多分、長くなるし。
あの世の方だと、雛子ちゃん、助かりそうにないかも★
ラストが……自分で書いてて、痒い(笑)
多分、長くなるし。
あの世の方だと、雛子ちゃん、助かりそうにないかも★
ラストが……自分で書いてて、痒い(笑)
こんにちは
友達と聞いて、勝手に数人の女友達と思い込んだ愚か者です。(^_^;)
ちょっと腑に落ちない感じはする。
殺すつもりがあったのなら、電話線を切ってないのも犯行が荒い気がするし、連絡が取れてから僅かの間に捜索隊が来るのも、しかも真相を把握しているのもちょっと都合が良過ぎるような。
殺したらまた死体の処理に困るわけだし。
まぁ、本格的に書くと長くなるからしょうがないかなぁ。
ちょっと腑に落ちない感じはする。
殺すつもりがあったのなら、電話線を切ってないのも犯行が荒い気がするし、連絡が取れてから僅かの間に捜索隊が来るのも、しかも真相を把握しているのもちょっと都合が良過ぎるような。
殺したらまた死体の処理に困るわけだし。
まぁ、本格的に書くと長くなるからしょうがないかなぁ。
Re:こんにちは
思い込みましたか。思う壺です(笑)
雛子ちゃんを殺す心算は無かったんですよ。只、遺体の処分にスキー(自前のもあるけど遺体もスキーで運んだ方がやり易い)を利用したかったのと、どうせなら彼女に二人共ずっと山小屋に居たと信じ込ませる事でアリバイにも利用したかったので、足止めした……んだけど、雛子ちゃん、彼女が居ない時に起きちゃったから。
電話の後……あれ? 時間消しちゃったっけ(汗)実は結構時間経ってる計算。
捜索隊が遺体を見付けちゃうのは確かにご都合主義(^^;)
雛子ちゃんを殺す心算は無かったんですよ。只、遺体の処分にスキー(自前のもあるけど遺体もスキーで運んだ方がやり易い)を利用したかったのと、どうせなら彼女に二人共ずっと山小屋に居たと信じ込ませる事でアリバイにも利用したかったので、足止めした……んだけど、雛子ちゃん、彼女が居ない時に起きちゃったから。
電話の後……あれ? 時間消しちゃったっけ(汗)実は結構時間経ってる計算。
捜索隊が遺体を見付けちゃうのは確かにご都合主義(^^;)
Re:ほんま~
キュン! ですか(^^;)
うちでは珍しい話になったやも知れません。
うちでは珍しい話になったやも知れません。
こんばんわ★
シングルベッドに大人二人で寝てるモアイネコです♪
枕も一つしかないよ?
そういう人もいるにゃん(^_^;)
モアイネコも友達は女の子だと思った~。
だって、泊まりでスキーに来るような男女なら、もう恋人同士でしょ!?
グループならいざ知らず…
でも、ラストは良かったのねん♪
枕も一つしかないよ?
そういう人もいるにゃん(^_^;)
モアイネコも友達は女の子だと思った~。
だって、泊まりでスキーに来るような男女なら、もう恋人同士でしょ!?
グループならいざ知らず…
でも、ラストは良かったのねん♪
Re:こんばんわ★
シングルに大人二人+にゃんこ!
……それを知らない雛子ちゃんが「この家、怪しいわ」とか大騒ぎして、実はラブラブ夫婦だった――ら、それはそれで面白いかも?(^_^;)
ホテル、未だ部屋は別に取ってたり(笑)
……それを知らない雛子ちゃんが「この家、怪しいわ」とか大騒ぎして、実はラブラブ夫婦だった――ら、それはそれで面白いかも?(^_^;)
ホテル、未だ部屋は別に取ってたり(笑)
Re:こんにちはっ
その儘遭難しててもヤバイし、巻き込まれてもヤバイ(>_<)
雪山にはご注意をっ!(違うか)
雪山にはご注意をっ!(違うか)
無題
昨日は 私の方にトラブルが出てたみたいで 見えない書き込めないで ご迷惑かけました^^
昼ごろ 直ったみたいです また来てください^^
あっ まだ更新してませんが・・・ポリポリ
また後で ゆっくり来ますね
昼ごろ 直ったみたいです また来てください^^
あっ まだ更新してませんが・・・ポリポリ
また後で ゆっくり来ますね
Re:無題
サーバートラブルは何処も困りますよね~(--;)
えっ? 何で? って、慌てる慌てる(笑)
真っ白なmomoちゃんに会いに行きます~♪
えっ? 何で? って、慌てる慌てる(笑)
真っ白なmomoちゃんに会いに行きます~♪
Re:だぁ~!!!
ふふふ、自分でも意外な結末だ!(←おい)
雛子の一人称にした方がよかったかな?
でもそれだと友人の名前を伏せ難い(笑)
雛子の一人称にした方がよかったかな?
でもそれだと友人の名前を伏せ難い(笑)
無題
あはは。
女友達と思ってました。
まんまと騙されたw
ゆうやが出てきても、女友達に彼氏がやってきたのかと思ったw
んー。あとは
殺人犯なんだろうなぁとは思ったけど
でも、ちょっと最後の殺しの結末はむりやりかなって感じはした(笑
読んでて面白かったけどね。
女友達と思ってました。
まんまと騙されたw
ゆうやが出てきても、女友達に彼氏がやってきたのかと思ったw
んー。あとは
殺人犯なんだろうなぁとは思ったけど
でも、ちょっと最後の殺しの結末はむりやりかなって感じはした(笑
読んでて面白かったけどね。
Re:無題
ふふふ、名前が出ない時は怪しんで下さい。単に面倒で付けてない場合もありますが(笑)