〈2007年9月16日開設〉
これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。
尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。
絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
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男は手の中の鍵を弄びながら、前を行く少女の後をつけていた。
矢鱈古めかしい造りのその鍵は、少女の落し物だった。十歳になるかならないかだろうか、茶色い髪に青いリボンのよく似合う、青い服の少女だった。
男は彼女の身形の良さと、鍵にさり気なく凝らされた意匠から、彼女の家の経済状態を推し量る。いつもやっている事。それは彼にとっては人と会った時の条件反射の様なものだった。
そして、彼は尾行を開始した。
彼女が帰る家を目指して。
住宅街を抜け、やや寂しい街外れに出る。
こんな所に家があっただろうか――そんな疑問が頭を掠めはしたが、この鍵に見合う屋敷だ、せせこましい住宅街には似合わない。街外れなら仕事にも好都合ではないか。そう思って尾行を続ける。
道はちょっとした林に入り、視界が遮られる様になった男は少し、距離を詰めた。
そして、少女の前に、黒い瓦屋根の館が姿を現した。
少女はポケットを探り、途惑った様な素振りをした。
家の鍵が無くて慌てているのだろう――男はその様子をニヤニヤ笑って眺めている。自らの手の中で、鍵を弄びつつ。
やがて、少女は鍵を帰路に求めたらしく、踵を返した。やや急ぎ足で道を戻る彼女を、男は木陰に隠れてやり過ごした。
その小さい姿が角を曲がってしまってから、男は影から出て、黒い館へと向かう。子供が呼び鈴を鳴らす事も無く、鍵を探しに行ったという事は、この時間、家には誰も居ないという事だ。そう、分析しながら。
これだけの館なのに、使用人も居ないとは無用心な事だ――口の端に哂いを刻む彼の後ろ姿を、少女が見ているとは思いもしていなかった。
矢鱈古めかしい造りのその鍵は、少女の落し物だった。十歳になるかならないかだろうか、茶色い髪に青いリボンのよく似合う、青い服の少女だった。
男は彼女の身形の良さと、鍵にさり気なく凝らされた意匠から、彼女の家の経済状態を推し量る。いつもやっている事。それは彼にとっては人と会った時の条件反射の様なものだった。
そして、彼は尾行を開始した。
彼女が帰る家を目指して。
住宅街を抜け、やや寂しい街外れに出る。
こんな所に家があっただろうか――そんな疑問が頭を掠めはしたが、この鍵に見合う屋敷だ、せせこましい住宅街には似合わない。街外れなら仕事にも好都合ではないか。そう思って尾行を続ける。
道はちょっとした林に入り、視界が遮られる様になった男は少し、距離を詰めた。
そして、少女の前に、黒い瓦屋根の館が姿を現した。
少女はポケットを探り、途惑った様な素振りをした。
家の鍵が無くて慌てているのだろう――男はその様子をニヤニヤ笑って眺めている。自らの手の中で、鍵を弄びつつ。
やがて、少女は鍵を帰路に求めたらしく、踵を返した。やや急ぎ足で道を戻る彼女を、男は木陰に隠れてやり過ごした。
その小さい姿が角を曲がってしまってから、男は影から出て、黒い館へと向かう。子供が呼び鈴を鳴らす事も無く、鍵を探しに行ったという事は、この時間、家には誰も居ないという事だ。そう、分析しながら。
これだけの館なのに、使用人も居ないとは無用心な事だ――口の端に哂いを刻む彼の後ろ姿を、少女が見ているとは思いもしていなかった。
玄関の錠を拾った鍵で開ける。
重い音を立てて、扉は開き――それと同時に異様な臭気が吹き出した。
「な、何だ?」男は鼻と口を押さえながら、周囲を見回した。
知らない臭いではない。寧ろ馴染んだ、鉄っぽい臭い。
真逆、誰かに先を越された? 男は内側から鍵を閉める。いつ子供が鍵探しを諦めて帰って来るか解らないし、他の家人が帰宅する可能性も充分にある。
この状態で人に見付かったら、言い逃れは出来ないだろう。
此処はさっさと立ち去った方が賢明だ。
そう考えているのに、何故か彼は立ち去り難く感じていた。ポケットからジャックナイフを取り出し、いつでも使える様にしておく。
臭いの元は何処だろう? 男は暗い館内を捜索した。先ずは万が一の退路を確保するべく一階の部屋へ。
一階には食堂、厨房――こちらに勝手口があった――そして個人の私室と思われる部屋が二部屋。使用人部屋ではないかと、男は当たりを付けた。
「おかしい……」思わず彼は呟いていた。
この館は何処かおかしい。これだけの館で、使用人も居るらしいのにこの夕方の時間に姿が無い。普通なら夕餉の支度に掛かっている時分だろう。
そして何より、彼は此処に見覚えがある様な気がしていた。
未だ一階を見た限りだが、その造りには何処か覚えがある。
「何……家の造りなんて何処も大差無いって事さ」彼は嘯いた。「俺もこの稼業に馴染んじまったって事だろうな」
自己への嘲笑を残して、彼は二階への階段を上った。
生臭さは更に濃くなってくる。人の気配は無い。少なくとも生きた人の気配は。
階段はロビーを見下ろす吹き降ろしの廊下に連なり、館の右翼には主である老人の部屋、そして夫人の部屋が並び――男は勢いよく頭を振って湧き出す記憶を振り払った。
「馬鹿な……。この街に来るのは初めてなんだ。此処に来た事が……此処で仕事をした筈が無い」
自らの記憶を否定する証拠を見付けるべく、男は〈主の部屋〉の扉を開けた。
豪奢な天蓋付きの寝台。薄いカーテンを通して窺える死んだ以上には、人型の膨らみ。そして不自然に突き立った、ナイフ。寝台の端から滴った血が、毛足の深い緋毛氈を更に濃く、暗い色に染めていた。
そう、あの時は眠った儘の老人にナイフを突き立て……初めてにしては楽な仕事だった――男は慌てて部屋を出る。喉がからからに渇いていた。
「馬鹿な……。俺は此処に来てから未だ何もしていない! あれは……あれは過去の……」
幻影だ。そう言い切って再び扉を開けるには、男の精神は脆弱だった。
それでも次の否定材料を求め、隣の〈夫人の部屋〉を開ける。
老人より十幾つ若い夫人は、窓際に倒れていた。
そう、逃げ回る彼女を窓際に追い詰めて、この手で絞め殺し……恨めしげな死者の視線から目を背けながらも、首に掛けていた見事な首飾りも失敬した――男は荒れた部屋を後にした。
男は一旦厨房に行き、喉を湿らせた。極力痕跡は残さないように、蛇口から流れ落ちる水を浴びる様に飲む。
「どうなってるんだよ、此処は」椅子に身体を預け、暫し眼を瞑る。「俺が前にやった仕事と同じ……誰かが先を越したとしても、こんな事が……」
あの当時、男は未だ若かった。両親を早くに亡くし、親戚も彼を歓迎せず――それは普段からの彼の素行の所為もあったが――彼を見放した。高校も中退し、バイトでどうにか食い繋ぐ内、あの館の事を知った。家具の配達の仕事の時だったろうか。世の中には酷く豪奢な館があるもので、そしてそこで暮らす御伽噺の登場人物の様な人間が居るものだという事を知った。
自分とは全く違う境遇の人間。
丸でフィクションの中の人間――その思いが元々緩かった彼の枷を外したのだろうか。
彼は当時その館に住んでいた家族三人を殺した。老人と、十幾つ若い夫人と、彼等の小さな子供。使用人達は丁度里帰りしていて、難を逃れたらしい。子供は、男の子だったろうか、それとも女の子? よく覚えていない。が、子供を虐殺した記憶は、彼の脳裏に刻まれていた。苦労を知らない子供に、理不尽な怒りをぶつけてしまった……。「すえながくしあわせにくらしましたとさ」そんな結末を壊してやりたかった。
そしてそれ以来、彼は目星を付けた家を狙っては空き巣や、時には強盗殺人を働き、生き延びて来たのだった。
だが、それにしても、最初の事件は彼にとっても特別だった。初めての殺人――初めての恐怖。忘れられるものではない。
「……」一息つくと、彼は再び、二階への階段を目指した。館の左翼には子供部屋がある。直ぐそこの勝手口から逃げたい気は、あった。だが、見なければいけない――そんな気持ちの方が強かった。
二階の階段に近い部屋。その扉を開けて、男は言葉を失った。
「おじちゃん、誰?」振り返った男の子が無邪気に、そう問うたのだ。
血の臭いに包まれた館の中で無邪気に微笑む子供。ほんの五つか六つだろうか。幼いその子供が、彼には酷く恐ろしいものに見えた。
かつての子供の顔――それが完全にダブる。
「すえながくしあわせにくらしました」その結末を信じている様な顔。
彼の様な暮らしをする者など知らない、顔。
男の手から、ずっと握り締めていた鍵が、ぽとりと落ちた。
古めかしい、さり気ない意匠の凝らされた鍵。
途端、何処か不審げだった男の子の表情がぱぁっと晴れた。
「そうか、お姉ちゃんが約束通り、連れて来てくれたんだね?」
「お姉ちゃん……?」
「うん。ありすのお姉ちゃん」
どうやらそれが、この鍵を落とした少女だろうとは、男にも想像が付いた。しかし、連れて来てくれたとは?
「僕がお願いしてたんだ」子供は笑う。「あの時はお顔よく見えなかったけど、お姉ちゃんが連れて来てくれたんだから、間違いないよね? 僕達を殺したおじちゃんで」
「な……っ」何を馬鹿な事を、と笑い飛ばすには、男の子はあの時の子供とダブっていて――そして彼には、その細い首に手を掛け、泣きじゃくる彼を壁に叩き付けた忌まわしい記憶が宿っていた。
拙い――彼は踵を返そうとした。拙い。この儘ではまた、この子供を殺してしまう。いや、顔を見られているのだから、例え寝室の老人や夫人を殺したのが彼でないとしても、この子をこの儘にして置くのも充分拙い。だが、同じ子供を二度も殺したくはなかった。そこ迄は……。
だが、部屋を出ようと扉を開けた時、そこには胸から血を流した儘、ナイフを構える老人と、その傍らに寄り添う夫人の姿があった。
「お父様。このおじちゃんだよ」子供の声が無邪気に言った。
男は、用意していたジャックナイフの刃を立てる事すらせず、老人の刃に倒れた。
住宅街から外れた原っぱ。
林の中に僅かに開けたそこに、男が一人、倒れていた。
手には畳んだ儘のジャックナイフが握り締められ、傍らには凝った造りの古めかしい鍵が落ちている。
朝露に濡れた草地を縫って、青い服の少女が近付き、その鍵を拾った。
「御苦労様」そう囁いて、鍵を鍵束に繋ぐ。「約束は果たしたわよ」
そして男を見下ろして、微苦笑した。
「ナイフ、使わなかったのね。もし使ってたら……それは貴方の胸に刺さっていたでしょうに」
ふわりと身を翻し、彼女は男から離れ行く。
暫くの後、すっかり冷えた身体を起こした男は、頻りと周囲を見回したが、そこには昨夕の痕跡は何一つ、残ってはいなかった。
只一つ、胸に残ったやけに紅い痣の烙印を除いては。
自分は何故、昨夜このナイフを使わなかったのだろう――そう考える。相手が既に死んでいたから? 恐怖で手が出なかった?
それとも……この俺にも僅かに良心が残っていたのか? あの時、子供を殺したくないと思った様に……?
立ち上がると、男は一人、早朝の交番を目指した。
―了―
一応ファンタジーなので(怪談かも?)時空間はありすの支配下という事で。
え? ありすがmaster key使ってない? だって原っぱになっちゃったんだもん。扉を呼び出すのも考えたけど、それだと「ど○でもドアー」みたいでヤだ。
重い音を立てて、扉は開き――それと同時に異様な臭気が吹き出した。
「な、何だ?」男は鼻と口を押さえながら、周囲を見回した。
知らない臭いではない。寧ろ馴染んだ、鉄っぽい臭い。
真逆、誰かに先を越された? 男は内側から鍵を閉める。いつ子供が鍵探しを諦めて帰って来るか解らないし、他の家人が帰宅する可能性も充分にある。
この状態で人に見付かったら、言い逃れは出来ないだろう。
此処はさっさと立ち去った方が賢明だ。
そう考えているのに、何故か彼は立ち去り難く感じていた。ポケットからジャックナイフを取り出し、いつでも使える様にしておく。
臭いの元は何処だろう? 男は暗い館内を捜索した。先ずは万が一の退路を確保するべく一階の部屋へ。
一階には食堂、厨房――こちらに勝手口があった――そして個人の私室と思われる部屋が二部屋。使用人部屋ではないかと、男は当たりを付けた。
「おかしい……」思わず彼は呟いていた。
この館は何処かおかしい。これだけの館で、使用人も居るらしいのにこの夕方の時間に姿が無い。普通なら夕餉の支度に掛かっている時分だろう。
そして何より、彼は此処に見覚えがある様な気がしていた。
未だ一階を見た限りだが、その造りには何処か覚えがある。
「何……家の造りなんて何処も大差無いって事さ」彼は嘯いた。「俺もこの稼業に馴染んじまったって事だろうな」
自己への嘲笑を残して、彼は二階への階段を上った。
生臭さは更に濃くなってくる。人の気配は無い。少なくとも生きた人の気配は。
階段はロビーを見下ろす吹き降ろしの廊下に連なり、館の右翼には主である老人の部屋、そして夫人の部屋が並び――男は勢いよく頭を振って湧き出す記憶を振り払った。
「馬鹿な……。この街に来るのは初めてなんだ。此処に来た事が……此処で仕事をした筈が無い」
自らの記憶を否定する証拠を見付けるべく、男は〈主の部屋〉の扉を開けた。
豪奢な天蓋付きの寝台。薄いカーテンを通して窺える死んだ以上には、人型の膨らみ。そして不自然に突き立った、ナイフ。寝台の端から滴った血が、毛足の深い緋毛氈を更に濃く、暗い色に染めていた。
そう、あの時は眠った儘の老人にナイフを突き立て……初めてにしては楽な仕事だった――男は慌てて部屋を出る。喉がからからに渇いていた。
「馬鹿な……。俺は此処に来てから未だ何もしていない! あれは……あれは過去の……」
幻影だ。そう言い切って再び扉を開けるには、男の精神は脆弱だった。
それでも次の否定材料を求め、隣の〈夫人の部屋〉を開ける。
老人より十幾つ若い夫人は、窓際に倒れていた。
そう、逃げ回る彼女を窓際に追い詰めて、この手で絞め殺し……恨めしげな死者の視線から目を背けながらも、首に掛けていた見事な首飾りも失敬した――男は荒れた部屋を後にした。
男は一旦厨房に行き、喉を湿らせた。極力痕跡は残さないように、蛇口から流れ落ちる水を浴びる様に飲む。
「どうなってるんだよ、此処は」椅子に身体を預け、暫し眼を瞑る。「俺が前にやった仕事と同じ……誰かが先を越したとしても、こんな事が……」
あの当時、男は未だ若かった。両親を早くに亡くし、親戚も彼を歓迎せず――それは普段からの彼の素行の所為もあったが――彼を見放した。高校も中退し、バイトでどうにか食い繋ぐ内、あの館の事を知った。家具の配達の仕事の時だったろうか。世の中には酷く豪奢な館があるもので、そしてそこで暮らす御伽噺の登場人物の様な人間が居るものだという事を知った。
自分とは全く違う境遇の人間。
丸でフィクションの中の人間――その思いが元々緩かった彼の枷を外したのだろうか。
彼は当時その館に住んでいた家族三人を殺した。老人と、十幾つ若い夫人と、彼等の小さな子供。使用人達は丁度里帰りしていて、難を逃れたらしい。子供は、男の子だったろうか、それとも女の子? よく覚えていない。が、子供を虐殺した記憶は、彼の脳裏に刻まれていた。苦労を知らない子供に、理不尽な怒りをぶつけてしまった……。「すえながくしあわせにくらしましたとさ」そんな結末を壊してやりたかった。
そしてそれ以来、彼は目星を付けた家を狙っては空き巣や、時には強盗殺人を働き、生き延びて来たのだった。
だが、それにしても、最初の事件は彼にとっても特別だった。初めての殺人――初めての恐怖。忘れられるものではない。
「……」一息つくと、彼は再び、二階への階段を目指した。館の左翼には子供部屋がある。直ぐそこの勝手口から逃げたい気は、あった。だが、見なければいけない――そんな気持ちの方が強かった。
二階の階段に近い部屋。その扉を開けて、男は言葉を失った。
「おじちゃん、誰?」振り返った男の子が無邪気に、そう問うたのだ。
血の臭いに包まれた館の中で無邪気に微笑む子供。ほんの五つか六つだろうか。幼いその子供が、彼には酷く恐ろしいものに見えた。
かつての子供の顔――それが完全にダブる。
「すえながくしあわせにくらしました」その結末を信じている様な顔。
彼の様な暮らしをする者など知らない、顔。
男の手から、ずっと握り締めていた鍵が、ぽとりと落ちた。
古めかしい、さり気ない意匠の凝らされた鍵。
途端、何処か不審げだった男の子の表情がぱぁっと晴れた。
「そうか、お姉ちゃんが約束通り、連れて来てくれたんだね?」
「お姉ちゃん……?」
「うん。ありすのお姉ちゃん」
どうやらそれが、この鍵を落とした少女だろうとは、男にも想像が付いた。しかし、連れて来てくれたとは?
「僕がお願いしてたんだ」子供は笑う。「あの時はお顔よく見えなかったけど、お姉ちゃんが連れて来てくれたんだから、間違いないよね? 僕達を殺したおじちゃんで」
「な……っ」何を馬鹿な事を、と笑い飛ばすには、男の子はあの時の子供とダブっていて――そして彼には、その細い首に手を掛け、泣きじゃくる彼を壁に叩き付けた忌まわしい記憶が宿っていた。
拙い――彼は踵を返そうとした。拙い。この儘ではまた、この子供を殺してしまう。いや、顔を見られているのだから、例え寝室の老人や夫人を殺したのが彼でないとしても、この子をこの儘にして置くのも充分拙い。だが、同じ子供を二度も殺したくはなかった。そこ迄は……。
だが、部屋を出ようと扉を開けた時、そこには胸から血を流した儘、ナイフを構える老人と、その傍らに寄り添う夫人の姿があった。
「お父様。このおじちゃんだよ」子供の声が無邪気に言った。
男は、用意していたジャックナイフの刃を立てる事すらせず、老人の刃に倒れた。
住宅街から外れた原っぱ。
林の中に僅かに開けたそこに、男が一人、倒れていた。
手には畳んだ儘のジャックナイフが握り締められ、傍らには凝った造りの古めかしい鍵が落ちている。
朝露に濡れた草地を縫って、青い服の少女が近付き、その鍵を拾った。
「御苦労様」そう囁いて、鍵を鍵束に繋ぐ。「約束は果たしたわよ」
そして男を見下ろして、微苦笑した。
「ナイフ、使わなかったのね。もし使ってたら……それは貴方の胸に刺さっていたでしょうに」
ふわりと身を翻し、彼女は男から離れ行く。
暫くの後、すっかり冷えた身体を起こした男は、頻りと周囲を見回したが、そこには昨夕の痕跡は何一つ、残ってはいなかった。
只一つ、胸に残ったやけに紅い痣の烙印を除いては。
自分は何故、昨夜このナイフを使わなかったのだろう――そう考える。相手が既に死んでいたから? 恐怖で手が出なかった?
それとも……この俺にも僅かに良心が残っていたのか? あの時、子供を殺したくないと思った様に……?
立ち上がると、男は一人、早朝の交番を目指した。
―了―
一応ファンタジーなので(怪談かも?)時空間はありすの支配下という事で。
え? ありすがmaster key使ってない? だって原っぱになっちゃったんだもん。扉を呼び出すのも考えたけど、それだと「ど○でもドアー」みたいでヤだ。
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こんばんは♪
このシリーズ良いねぇ~!
ドキドキさせられてもなにやら暖かさがあって!
高橋克彦さんとか、人間が好きという人の書くものって救いがあるよね!
巽さんも、きっと罪を憎んで人を憎まずって方なんだね!
読後感爽やかでした♪
ドキドキさせられてもなにやら暖かさがあって!
高橋克彦さんとか、人間が好きという人の書くものって救いがあるよね!
巽さんも、きっと罪を憎んで人を憎まずって方なんだね!
読後感爽やかでした♪
Re:こんばんは♪
有難うございます(^^)
私自身がそこ迄「イイ人」かどうかは「?」ですが(笑)
因みにありすは積極的に人を救わない立ち位置です。
救えるのは本人だけっていう事柄もありますから。
私自身がそこ迄「イイ人」かどうかは「?」ですが(笑)
因みにありすは積極的に人を救わない立ち位置です。
救えるのは本人だけっていう事柄もありますから。
Re:うん
有難うございます(^^)
男に良心が無かったら……やっぱり自分のナイフで……(((・△・;)))
男に良心が無かったら……やっぱり自分のナイフで……(((・△・;)))
Re:こんばんはっ
ありすは……何処で約束出来るんでしょうね?(^^;)
未だ未だ謎なありすです☆
未だ未だ謎なありすです☆
Re:こんばんわ★
あそこで子供を殺すとか、ジャックナイフを使うという選択をしていると……bad end★
って、ゲームかいな。
って、ゲームかいな。
Re:こんばんわ(^o^)丿
有難うございます(^^)
実は最後どうするか結構悩んだりもします。
詰まり、良心を残すか残さないか。
それで結末大違いになりますから……。
実は最後どうするか結構悩んだりもします。
詰まり、良心を残すか残さないか。
それで結末大違いになりますから……。
こんにちは
出ました心のカギの番人(勝手に名付けた)ありすちゃん。
ありすちゃん何者?
天使、死神、閻魔の使い、魔法使い、不気味不気味。
シリーズ化するの?
今回はちょっと血生臭い、嫌な話だね。
自分の不遇を、人にぶつけても何も解決しないからねぇ。
ありすちゃん何者?
天使、死神、閻魔の使い、魔法使い、不気味不気味。
シリーズ化するの?
今回はちょっと血生臭い、嫌な話だね。
自分の不遇を、人にぶつけても何も解決しないからねぇ。
Re:こんにちは
心の鍵の番人、いいですね(^^)
何と無くシリーズ化。カテゴリー名は捻り無し(笑)
不遇は結局人にぶつけても、跳ね返って来るだけなんですよね。
下手すると倍になって。
何と無くシリーズ化。カテゴリー名は捻り無し(笑)
不遇は結局人にぶつけても、跳ね返って来るだけなんですよね。
下手すると倍になって。
Re:カギの女の子
はい、ありすと名乗る事になりました(^^)
鍵、家の鍵ばかりとも限りませんからねぇ![](/emoji/V/145.gif)
鍵、家の鍵ばかりとも限りませんからねぇ
![](/emoji/V/145.gif)
Re:そこに痺れる憧れるぅ
有難うございます(^^)
計算の内? さて、どうでしょう?(笑)
計算の内? さて、どうでしょう?(笑)
Re:無題
有難うございます(^^)
こちらこそ、これからも宜しくお願いします。
こちらこそ、これからも宜しくお願いします。
Re:頑張ってますよ
うん、男の選択次第ではブラック
でも結局は自分で選んだ結果なので……もし死んでても、ありすに罪悪感めいたものは無さそうです。
![](/emoji/V/351.gif)
でも結局は自分で選んだ結果なので……もし死んでても、ありすに罪悪感めいたものは無さそうです。
Re:無題
両親と良心?
ニャーゴが来たかと思ったにゃ(笑)
やっぱり死んでると後味が……(--;)
ニャーゴが来たかと思ったにゃ(笑)
やっぱり死んでると後味が……(--;)
Re:こんばんは
有難うございます(^^)
ありす……何者でしょうねぇ?(笑)
でも本当に良心の欠片も無い奴だったら……★
ありす……何者でしょうねぇ?(笑)
でも本当に良心の欠片も無い奴だったら……★
Re:ほんと。
有難うございます(^^)
ぷんさんは一人を掘り下げていくタイプの話が好きなのかな?
ぷんさんは一人を掘り下げていくタイプの話が好きなのかな?
っていうか、
ショートストーリーの限界みたいなものがあると思うんだ。
心理描写の食い足りなさを感じさせないようにするには、焦点を絞った方が分かりやすいし、入り込みやすい。
二人いたら二人の心理を知りたくなる。三人いたら三人全員の心理がそこに存在して欲しいって感じる。名前を持った登場人物なら尚更。書ききれないなら、存在理由が分からなくなる。
まあ、ミステリーだから、目くらましの存在は必要かもしれないけど・・・
必ずしも一人称でなきゃダメってことじゃなくて。
まあ、個人的な好みの問題。
心理描写の食い足りなさを感じさせないようにするには、焦点を絞った方が分かりやすいし、入り込みやすい。
二人いたら二人の心理を知りたくなる。三人いたら三人全員の心理がそこに存在して欲しいって感じる。名前を持った登場人物なら尚更。書ききれないなら、存在理由が分からなくなる。
まあ、ミステリーだから、目くらましの存在は必要かもしれないけど・・・
必ずしも一人称でなきゃダメってことじゃなくて。
まあ、個人的な好みの問題。
Re:っていうか、
なるほどー。
確かに長編なら一章毎に一人にスポット当てて――ミステリーだから全ては書けないけど(笑)――っていう手法は使えるし、実際ありますねぇ。当たった登場人物はかなりの確実でその後死体で発見されるけど(笑)
〆(。。)メモメモ……。
確かに長編なら一章毎に一人にスポット当てて――ミステリーだから全ては書けないけど(笑)――っていう手法は使えるし、実際ありますねぇ。当たった登場人物はかなりの確実でその後死体で発見されるけど(笑)
〆(。。)メモメモ……。