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「鬼さん、鬼さん、有難うございました! さようなら!」
口々にそう言って、誰も居ない方に向かって頭を下げる子供達に、翔太は目を丸くした。
初めて来た母方の祖父母の家。初めて見る田舎の風景に最初は物珍しそうに興味を示していた翔太だったが、いつものテレビ番組が見られない、スーパーも近所には無い、そんな環境に不満を感じ始めた頃、見慣れない同年代の子供に興味を示した近所の子供達に誘われたのだった。
鬼ごっこをしないかと。
携帯型のゲームで遊んでいた翔太は、その誰もがそんな物を買い与えられていないと聞いて少し吃驚すると同時に自慢げではあったが……結局一人でゲームをしても詰まらないと、真新しい運動靴を履いて駆け出したのだった。
そうして、数刻、自己紹介やお互いの情報交換を挟みながら、彼等は鬼ごっこに興じた。
じゃんけんで鬼を決め、他の者は逃げる。捕まったらその子が鬼。ごくありふれたルールの、ごく普通の鬼ごっこだった。
それだけに、日も傾いてきたからそろそろ終わりにしようと年長で隣家の昌司が言った後の、彼等の行動に翔太は驚いたのだった。
「何、やってるの?」翔太は昌司に訊いた。
「え? 鬼ごっこ終わりにするから、鬼に挨拶しないと」きょとんとした顔で、昌司は言った。「当たり前だろ?」
「え?」翔太は更に驚く。「え? ええ!?」
そんな話は聞いた事もないし、当然これ迄もやった事はないと翔太が言うと、今度は子供達が仰け反らんばかりに驚いた。
「そ、それで……今迄何ともなかったんか?」
「ある訳ないだろ?」呆れた様に、翔太は返した。「鬼なんて、居やしないのに……。大体、たかが鬼ごっこじゃないか」
子供達がざわつく。何て罰当たりな……そんな視線が控え目に向けられる。
ごくり、と翔太は唾を飲み込んだ。鬼なんて居やしない、そう解っているのに子供達の行動に不安を煽られる。
「も、もし……その挨拶をしなかったらどうにかなるのかい?」
「翔太の所じゃどうか知らないけど、此処じゃあ、鬼ごっこの鬼は一時的に鬼の器になる。鬼が乗り移って、本当に鬼と一緒に遊ぶんだって。だから、ちゃんとお別れの挨拶をしないと、鬼は離れてくれない……」そう話す昌司の顔は真剣だった。決して何も知らない余所者をからかってやろうという風情には見えない。
「……鬼が、離れてくれないとどうなるの?」
「……いずれ鬼になると言われてる。直ぐには何ともなくても、いつの間にか鬼に取って代わられていて……どこかに連れて行かれるんだって」
「どこかって? 連れて行かれるって誰に?」
詳しい事は解らないと、昌司は首を振った。
「鬼になって手に負えなくなった子供を、大人達が何処かに隔離するのかも知れないとも言われてる」
「俺は始末されるんだって聞いた」
「ええ? 鬼のお迎えが来て行っちゃうんだって、祖母ちゃんは言ってたよ?」
口々に、それぞれの憶測や伝え聞いた事を話し出す子供達。
さりとて、本当に鬼になった子供が居るのかと訊くと、具体的な話は終ぞ聞けなかった。
都市伝説や迷信みたいなものだろう、翔太がそう胸を撫で下ろしていると、昌司がやはり真剣な顔で言った。
「まぁ、挨拶位しといても減るもんじゃないし、しときなよ」
「う、うん」翔太は頷いて、彼等の流儀を真似する事にした。
誰も居ない方向に向かい、頭を下げる。
「鬼さん、鬼さん、有難うございました!――さようなら!」
ごおっ! という音と共に突風が吹いた。
子供達は土の柔らかさが幸いしたものの、周囲の畑に薙ぎ倒され、目を白黒させた。木々の枝は揺れ、葉がざわざわと不穏な音を奏でた。
だが、それらはほんの一瞬の出来事で、やがて泥だらけの姿で恐る恐る畑から這い上がった子供達は、怪異への驚きを口にした。
ある者は恐ろしい声を聞いたと言い、またある者は黒い影を見たと言う。だが、その声も姿も千差万別で、捉え所がない。
只一つ、確かだと思えるのは――夕暮れに染まった空を見上げて、翔太は思った。
「何年分だか、何匹分だか知らないけど……やっとお別れ出来た気分」
以来、滅多に鬼ごっこはやらない翔太だが、やった時にはきっちり、別れの挨拶を欠かさないようにしている。
―了―
勿論、フィクションです(笑)
や、変わった鬼ごっこも何処かにあるかも知れませんが(^^;)
作中人物登場を覚えた。
……鬼にして魔王にしてラスボスの夜霧サン、これ以上レベルアップしたらどうしよう……(・・∥)