〈2007年9月16日開設〉
これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。
尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。
絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
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「迎えに来たの?」怯えを含んだ小さな声を、部屋の片隅に置かれたベッドの上で上げたのは、二十歳前だろうか、線の細い女性だった。灯の消えた部屋にあって尚青白い顔、痩せた首筋が病的だった。
その彼女が声を掛けた相手は、思い掛けない声に一瞬目を丸くして彼女を見詰めた後、ついと目を逸らした。家という安全な箱の中の、窓という外部との狭間、そこから染み入る様に入って来た黒い髪、黒い服の十五、六歳程の少女。僅かに伏せた目は無表情ながら、女はそこに哀れみの色を見た様な気がした。
「覚悟は……出来てるのよ?」女は頬を引き攣らせながらも笑みを浮かべて見せる。幼い頃から虚弱体質を抱え、毎日の様に死を想像する暮らし。この歳迄生きられたのも、寧ろ奇跡と感謝していた。
だが、黒い少女は彼女を無視し、部屋のドアをやはり摺り抜けて、出て行ってしまった。
翌日、彼女を常に見守り、育んでくれた母が亡くなった。娘には決して辛い顔を見せはしなかったが、彼女もまた、病を抱えていたらしい。明け方異変に気付いた父が救急車を呼んだものの、手遅れだった。
「今度は私を迎えに来たのよね?」あれから数年の後、全く変わらない少女の姿に、女はそう問い掛けた。
だが、やはり少女は無表情の儘、彼女を無視し、ドアへと向かう。摺り抜ける事は可能でも、それは窓やドアといった狭間においてのみなのか、それとも彼女の習慣なのか。
「ま、待ってよ!」慌てて、女はベッドから降りる。スリッパを履くのももどかしく、少女を追う。数年前、少女が来た日に母は死んだ。「今度も私じゃあないとしたら……誰が死ぬと言うのよ?」
もし、あの時、少女の姿を見て直ぐに、母の異変に気付いていたなら――その思いがあれからずっと、彼女の頭から離れない。もしかしたら手遅れにはならなかったのではないか、と。
だから彼女は少女の後を追って部屋を出た。
しかし、暗い廊下にはもう少女の姿は無かった。
彼女は左右を見渡す。左に進めば父の部屋、そして右には祖父の部屋があった。
どっちに行けばいいの?――心理的な負荷の所為だろうか、ずきん、と胸が痛んだ。ああもう! これだからこの身体は……! 胸を押さえて彼女は歯噛みする。
迷った挙げ句、緊張に激しく脈を打つ胸を押さえながら彼女が脚を運んだのは、今は父が独り寝ている部屋だった。かつて、母が亡くなった部屋でもある。そっとドアを開け、安らかに鼾を立てる父の姿に、彼女は胸を鎮めた。思わずベッドの傍らに膝を突いて、父の手に縋り――その儘意識を失う様に、眠りに落ちてしまった。
翌朝目を覚ますと、彼女は父のベッドに寝かされていて、父は祖父の病院への搬送に付き添って行くという書置きを残していた。
また、間に合わなかった――彼女は掌に顔を埋めた。
「今度は私? それとも父?」更に数年後、彼女は三度現われた黒い少女の姿に、詰問の声を浴びせた。「どうして私じゃないの!? 母や、祖父や……大事な人を次々奪って行って、何故……!」
激しい感情に、全身が脈を打つ様に震え、息が詰まった。言いたい事の半分も言えていないのに、胸が苦しくて声にならない。双眸が熱く、涙が溢れた。
これ迄彼女を無視し続けてきた少女は、しかし今夜は彼女を正面に捉え、やはり無表情の儘に口を開いた。
「別に貴女の大事な人を奪っている訳じゃあないわ」
「だって……貴女、死神でしょ!? 初めて見た時から解っていたわ。只の幽霊なんかじゃないって……。貴女が……貴女が連れて行ったんでしょう!?」
「それについては肯定するわ」
「どうして!?」激昂の儘に、彼女は言葉を続けた。「どうして、私じゃなく、母や祖父なの? 私はもう覚悟も出来てるのよ。小さい頃からこんな身体を抱えてきたんだもの。今夜眠ったら目覚めないかも知れない……そんな思いと一緒に……!」
「単に、順番の問題よ」淡々と、少女は言った。「確かに貴女は普通よりは弱い。私の姿が見えていたのも、それだけ貴女が――何よりも貴女の意識が――死に近付いていたからだと思うわ。けれど、それでも未だ寿命はあった。それに……」
「それに?」
「死んで楽になりたいなんて思っている人の所には、死神はなかなか現れないものよ」そう言って、少女は身を翻した。ドアへと向かって。
「ま、待ってぇ……!」縋ろうとした手が空を切る。見る事は出来ても触る事は出来ない様だ。「今度も……今度も私じゃないの? 未だ、私は生きなきゃいけないの!?」
かつん、と靴音を立てて少女は立ち止まり――最後に彼女を振り返った目には冷たい怒りの感情と、哀れみが入り混じっていた。
「例えどんな状態でもいいから生きたいと望んでも、生きられない人も居るよ。自分で思っている程、貴女の寿命は短くもないし、その身体も弱くない。弱いのは、貴女の精神よ」
視線に射竦められた儘、女は死神を見送るしかなかった。
* * *
「今度こそ、迎えに来たのね」数十年後、穏やかに微笑んで、彼女は黒い少女の来訪を迎えた。
夫や娘達の所に行ったら、幾ら何でも許さないわよ?――そう冗談めかして付け加える彼女に、死神も穏やかに微笑むと、そっと手を伸ばした。
今度こそ、行こう、と。
―了―
ん~、暗い?(゜゜)
だが、やはり少女は無表情の儘、彼女を無視し、ドアへと向かう。摺り抜ける事は可能でも、それは窓やドアといった狭間においてのみなのか、それとも彼女の習慣なのか。
「ま、待ってよ!」慌てて、女はベッドから降りる。スリッパを履くのももどかしく、少女を追う。数年前、少女が来た日に母は死んだ。「今度も私じゃあないとしたら……誰が死ぬと言うのよ?」
もし、あの時、少女の姿を見て直ぐに、母の異変に気付いていたなら――その思いがあれからずっと、彼女の頭から離れない。もしかしたら手遅れにはならなかったのではないか、と。
だから彼女は少女の後を追って部屋を出た。
しかし、暗い廊下にはもう少女の姿は無かった。
彼女は左右を見渡す。左に進めば父の部屋、そして右には祖父の部屋があった。
どっちに行けばいいの?――心理的な負荷の所為だろうか、ずきん、と胸が痛んだ。ああもう! これだからこの身体は……! 胸を押さえて彼女は歯噛みする。
迷った挙げ句、緊張に激しく脈を打つ胸を押さえながら彼女が脚を運んだのは、今は父が独り寝ている部屋だった。かつて、母が亡くなった部屋でもある。そっとドアを開け、安らかに鼾を立てる父の姿に、彼女は胸を鎮めた。思わずベッドの傍らに膝を突いて、父の手に縋り――その儘意識を失う様に、眠りに落ちてしまった。
翌朝目を覚ますと、彼女は父のベッドに寝かされていて、父は祖父の病院への搬送に付き添って行くという書置きを残していた。
また、間に合わなかった――彼女は掌に顔を埋めた。
「今度は私? それとも父?」更に数年後、彼女は三度現われた黒い少女の姿に、詰問の声を浴びせた。「どうして私じゃないの!? 母や、祖父や……大事な人を次々奪って行って、何故……!」
激しい感情に、全身が脈を打つ様に震え、息が詰まった。言いたい事の半分も言えていないのに、胸が苦しくて声にならない。双眸が熱く、涙が溢れた。
これ迄彼女を無視し続けてきた少女は、しかし今夜は彼女を正面に捉え、やはり無表情の儘に口を開いた。
「別に貴女の大事な人を奪っている訳じゃあないわ」
「だって……貴女、死神でしょ!? 初めて見た時から解っていたわ。只の幽霊なんかじゃないって……。貴女が……貴女が連れて行ったんでしょう!?」
「それについては肯定するわ」
「どうして!?」激昂の儘に、彼女は言葉を続けた。「どうして、私じゃなく、母や祖父なの? 私はもう覚悟も出来てるのよ。小さい頃からこんな身体を抱えてきたんだもの。今夜眠ったら目覚めないかも知れない……そんな思いと一緒に……!」
「単に、順番の問題よ」淡々と、少女は言った。「確かに貴女は普通よりは弱い。私の姿が見えていたのも、それだけ貴女が――何よりも貴女の意識が――死に近付いていたからだと思うわ。けれど、それでも未だ寿命はあった。それに……」
「それに?」
「死んで楽になりたいなんて思っている人の所には、死神はなかなか現れないものよ」そう言って、少女は身を翻した。ドアへと向かって。
「ま、待ってぇ……!」縋ろうとした手が空を切る。見る事は出来ても触る事は出来ない様だ。「今度も……今度も私じゃないの? 未だ、私は生きなきゃいけないの!?」
かつん、と靴音を立てて少女は立ち止まり――最後に彼女を振り返った目には冷たい怒りの感情と、哀れみが入り混じっていた。
「例えどんな状態でもいいから生きたいと望んでも、生きられない人も居るよ。自分で思っている程、貴女の寿命は短くもないし、その身体も弱くない。弱いのは、貴女の精神よ」
視線に射竦められた儘、女は死神を見送るしかなかった。
* * *
「今度こそ、迎えに来たのね」数十年後、穏やかに微笑んで、彼女は黒い少女の来訪を迎えた。
夫や娘達の所に行ったら、幾ら何でも許さないわよ?――そう冗談めかして付け加える彼女に、死神も穏やかに微笑むと、そっと手を伸ばした。
今度こそ、行こう、と。
―了―
ん~、暗い?(゜゜)
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Re:こんばんは
ボケ難いっすか!
そうか、うちの母はなまじ丈夫だから……いやいや、アレは昔からか(--;)
そうか、うちの母はなまじ丈夫だから……いやいや、アレは昔からか(--;)
Re:おはよう!
安心して寝たと言うか、それ迄の負荷があって半ば失神してしまったと言うか(^^;)
心臓バクバク言ってる時って「ヤバイんじゃね?」とか思ってしまう(汗)
心臓バクバク言ってる時って「ヤバイんじゃね?」とか思ってしまう(汗)
こんにちは♪
確かに病弱で、しょっちゅう病院通いしている
人の方が長生きして、普段元気な人が病気に
なったら、あれよあれよ!と言う間に一気に
病気が悪化してアッサリ死んでしまうなんて
事多いですよねぇ~!
一つくらいは持病みたいなものがあった方が
体に気をつけて良いのかも知れませんネ!
無病でなく一病息災かな?
人の方が長生きして、普段元気な人が病気に
なったら、あれよあれよ!と言う間に一気に
病気が悪化してアッサリ死んでしまうなんて
事多いですよねぇ~!
一つくらいは持病みたいなものがあった方が
体に気をつけて良いのかも知れませんネ!
無病でなく一病息災かな?
Re:こんにちは♪
一病息災っすか(^^;)
でも、確かに持病持ちの人は病院に行く事にも余り抵抗ないし、罹り付けの医師も居るでしょうからねぇ。元気が取り得! って人程、いざ病気になった時に精神的に脆かったりするし。
でも、確かに持病持ちの人は病院に行く事にも余り抵抗ないし、罹り付けの医師も居るでしょうからねぇ。元気が取り得! って人程、いざ病気になった時に精神的に脆かったりするし。
Re:こんばんは☆
この場合、死神としては「いい仕事」なのだろうか(笑)
まぁ、命を奪うばかりが仕事でもないよね(←そうか?)
まぁ、命を奪うばかりが仕事でもないよね(←そうか?)
Re:無題
それはサボりだ~!(爆)
人間、思い込み次第で強くもなったり弱くもなったり……過信しない程度の強気がベター?
人間、思い込み次第で強くもなったり弱くもなったり……過信しない程度の強気がベター?