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「最期にね、会いたい人が居るの……」
その女の呟きを、しかし黒髪、黒い服の十五、六歳位の少女はあっさりと切り捨てた。
「駄目」これ以上ない位にきっぱりと、そして冷たい拒否の言葉。
「どうして!? 私、これが最期なんでしょ? 貴女、死神なんでしょ? 最期の望み位叶えてくれたって……!」女は自分よりも小柄な相手に縋り付かんばかりに言い募る。「最期に……会うだけでいいのよ」
「駄目」少女はもう一度、言った。余所を向いて手帳を捲りながら。
「そんな……」女はその場にぺたりと座り込んだ。毒に対して反射的に嘔吐した所為だろう、汚れたワンピースが尚更、惨めな気分を齎す。
そう、彼女は毒を飲まされたのだ。それと言うのも……。
彼女の両親は彼女が五歳の時、離婚した。父親の実家に引き取られ、経済的には不自由はなかったが、ずっと、寂しかった。母親とは会う事さえも禁じられていた。
そして十二歳の時、彼女はすっかり老けてしまった母と再会した。
夢の中で。
最期に死神に連れて来て貰ったのだと母は寂しげに微笑し、彼女は直感的に、それが真実だと悟った。母は亡くなったのだ、と。
翌日、それを裏付ける様に、父は実に事務的な口調で、かつての妻が病死した事を娘に告げた。
その出来事はずっと、彼女の脳裏に残った。
そして今夜、彼女は交際していた男に毒を飲まされ――今に至る。
「だから……! 最期の最期に、本当に会いたい人に会わせてくれるんじゃないの?」女は死神の少女に言い募った。
少女はふぅ、と長い溜息をついて彼女を振り返った。
「最期最期って……。貴女、これが何回目だと思ってるの? それは私に会った事は覚えてないでしょうけど」
「え……?」女は目を丸くした。「今迄で、会えてたの? 死神に」
「ええ、それはもう何度も」少女は苦笑する。「尤も、貴女を迎えに来た訳じゃないけどね。残念ながら、今回も」
そう言って彼女が目を落とした手帳に記されていたのは、女と交際していた――そして彼女に毒を飲ませた――男の名前と、死期。それは今夜だった。
「権力者で厳しい父親に追い詰められた振りで、悲劇を演出し、相手を追い詰めて……これ迄何度、相手をとっかえひっかえ、心中未遂した? 尤も、相手は本当に死んじゃって、貴女だけが残されるケースが多いけどね。余程寿命が……って、これは言えないけどね」
その話を聞いているのかいないのか、女は何やらぶつぶつと呟いている。
「会えてたんだ……死神……会えてた……これ迄何度も……死神に……」
人ならぬ身の少女が眉を顰める。それ程異常な、様相だった。
「会えてたのに……! ずっと聞いてくれなかったのね!? 私が本当に死んでなかったから? 私……自殺じゃあ駄目だろうと思って、態と殺されて迄……死神に会って、最期にあの人に会わせて貰いたかったのに……! 覚えてなくても、きっと何度も何度も頼んだのに!」
少女は流石に面食らう。
命乞いする者、自分を害した人間への怒りをぶちまける者、これ迄も様々な者と関わってきたが、こんな理由で食って掛かられたのは、初めてだった。
「あのね、態と殺されるように事を運ぶのって……要するに自殺じゃないの」呆れ顔で、彼女は言った。「と言うか、人に殺人を犯させてる辺り、自殺より質悪いよ。もう一遍よく考えてみるのね。未だ未だ……寿命、あるからさ」
再び、力を失くした様子で女は座り込んでしまった。未だ未だ、先が長いと知って。
「ところで一応参考迄に訊くけど、最期に会いたい人って、誰?」少女は、彼女の心中未遂に付き合わされた男の魂を回収し終えて、序でとばかりに尋ねた。
「……お父さん」ぽつりと、女は答えた。「本当の、お父さん」
少女は再び、眉を顰める。
「今のお父さんは違うの。お母さんが死んだ時も全然悲しそうじゃなかった。離婚の原因はお母さんが他の男性を好きになった所為だって……意地悪な祖母が言ってたわ。だからきっと、その相手が本当のお父さんなの。うちは他に子供が居なかったから、それに人聞きも悪いから、自分の子じゃないって知ってて、私を引き取っただけなのよ。だから……お父さんは私をちっとも見てくれなかったのよ……」
だから、いつかきっと……本当のお父さんに会いたいのよ――泣き笑いの様な表情を浮かべてそう話し続ける女を残して、少女は踵を返した。
放って置いても彼女の意識は直、現実の肉体に引き戻され、そしてまた、この場であった事を忘れるのだろう。
そうしてまた、繰り返すのだろうか?
本当の最期でも、貴女の望みは叶えられそうもないわ――手帳をしまい、少女は肩を竦めた。
その手帳には、どれだけ否定しようとも彼女が紛れもなく現在の父親と、亡き母親の娘である事も記されていた。
―了―
疲れてるのに長くなる~(--;)