〈2007年9月16日開設〉
これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。
尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。
絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
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困った嬢ちゃんだなぁ――そう嘆息する相手の顔は、だが窺い知れなかった。黒い布を頭から目深に被り、心底困った風情で幾度も頭を振っている。声やシルエットから解るのは、壮年近い男だという事位か。
そんな怪しい風体をした相手に困られても知った事じゃないもの、と少女は相手を睨み据えていた。尤も、それは言い逃れに過ぎない事も、頭の片隅では理解している。どうあったって、彼女はその舟には乗りたくないのだ。
暗い水面に浮かぶ小舟。男はその船頭らしく、手にした長い棹を水底に差して、舟をその場に留めていた。
そして彼女に、その舟に乗れ、と言うのだ。
その舟には二度、乗った事があった。
一度は道路近くの空き地で遊んでいて、あらぬ方向に跳ねたボールを追って夢中で道路に飛び出し、迫る車に悲鳴を上げ――そこで途切れた意識が再び目覚めた時、もう彼女は舟に乗せられていて、岸を離れた所だった。
そして二度目はほんの三日前。乗せられて着いた先は懐かしい我が家。暖かい灯が、彼女の到着を待ってくれていた。家族の誰も、親戚の者も、彼女を見もしなかったけれど、それが仕方のない事だとは、彼女にも解ってはいた。
彼女はあの事故で、死んだ身なのだから。
そんな怪しい風体をした相手に困られても知った事じゃないもの、と少女は相手を睨み据えていた。尤も、それは言い逃れに過ぎない事も、頭の片隅では理解している。どうあったって、彼女はその舟には乗りたくないのだ。
暗い水面に浮かぶ小舟。男はその船頭らしく、手にした長い棹を水底に差して、舟をその場に留めていた。
そして彼女に、その舟に乗れ、と言うのだ。
その舟には二度、乗った事があった。
一度は道路近くの空き地で遊んでいて、あらぬ方向に跳ねたボールを追って夢中で道路に飛び出し、迫る車に悲鳴を上げ――そこで途切れた意識が再び目覚めた時、もう彼女は舟に乗せられていて、岸を離れた所だった。
そして二度目はほんの三日前。乗せられて着いた先は懐かしい我が家。暖かい灯が、彼女の到着を待ってくれていた。家族の誰も、親戚の者も、彼女を見もしなかったけれど、それが仕方のない事だとは、彼女にも解ってはいた。
彼女はあの事故で、死んだ身なのだから。
「戻らなきゃならない事位解ってるだろう? 嬢ちゃんはもう、此処に居られない」
「嫌よ!」短く、しかしきっぱりと少女は言い放った。
「嬢ちゃん、駄々を捏ねりゃどうにかなる事と、ならない事がある位は解るな? これはどうにもならない類の事だ」
「嫌だってば!」少女は一歩、後退る。「やっと家に帰れたのよ!? 何でまた行かなきゃならないの? あたし一人で……」
「参ったなぁ」船頭は再び、嘆息する。「偶に居るんだよなぁ。盆に帰れたが為に里心がつく奴が……。なぁ、嬢ちゃん、また来年送り届けてやるから」
「嫌!」少女の拒絶の言葉は鋭かった。更に一歩下がる。だが、舟との距離は少しも遠ざかっていない気がして、少女は焦りの色を浮かべた。
「逃げられやしないよ。迎え火迎えられた亡者は、今度は送り火に見送られて行く……それが決まりってもんだ。それを破れば……そいつは何処にも行けなくなる。その場に縛られて留まり続けるか、この世をふらふら彷徨うか……どっちにしても先行きが立たねぇ」
いずれ質のよくない霊に吸収されるか、永い年月の後に全てが薄れて消えてしまうか――どちらにしても碌な事にはならない、と船頭は言った。
「そんなの脅しよ」口を尖らせて、少女は反駁した。尤もその口元は戦慄いていて、恐れるが故の反抗だと知れる。「あたしはこの家に居るもん。パパやママが居る限り、ずっと、ずぅっと!」
「そのパパやママが居なくなっても?」割り込んだのは十五、六の、少女の声だった。
背後から聞こえたその声に、少女が慌てて振り返って見れば、そこに居たのは黒い髪、黒い服の少女。
「お姉ちゃん、一度会った事がある……。確か、あたしが連れられて行く時に、岸で舟を見送っていたわ。またあたしをあっちに送りに来たの?」上目遣いに睨みながら、少女は攻撃的な口調で言った。
しかし黒い少女は涼しい顔でそれを受け流した。
「質問は私の方が先ね。パパやママが居なくなっても、此処に居る心算?」
「誰も居なくなったら、あたしが此処に居る意味ないじゃない! 独りで居たってしょうがないもの」
「独りで居るのが嫌なの?」
「当たり前じゃない!」馬鹿にした様な口調で、少女は怒鳴った。「だからあっちに行きたくないんじゃないの! そんな事も解らないの?」
「なら尚更、此処で舟に乗らないとね」意に介した風もなく、少女は舟を指差す。「長くこちらに居続けると、あちらに行くのが難しくなるわ。貴女のパパやママがあちらに行く時が来ても、貴女はこちらで迷う事になるかもね」
「お、脅したって……」
「脅しでも何でもないよ」
「……」本当に、脅そうという意思も何も見られない淡々とした言葉に、少女はそれが真実なのだと感じ取った。
独りで居るのが嫌で、肉親の居るこちらに残りたいと思った。だが、その肉親亡き後、こちらに独り残るのはもっと嫌な結果になるのではないか?
「でも……でも、一人で行くのは嫌なの!」そう叫んで、不意に駆け出した少女の腕を、黒い少女が掴んだ。「放して! 誰か……誰でもいいから付いて来て欲しいの!」
「駄目」静かに、しかしきっぱりと彼女は言った。「それはやってはいけない事。誰かを連れて行くのは――私達死神にしか許されない事」
「嬢ちゃん、それをやったらわしはあんたを前に居た場所に連れては行けなくなる。あんたは此処に繋がれた儘……悪霊になっちまう」船頭が静かに船を近付け、黒の少女に頷き掛ける。「そうなったら……終わりだ」
終わり、という言葉が胸に圧し掛かる。死でさえも終わりではなかったと言うのに、本当の終わりがあると言うのか? そしてそれはきっと、今以上の孤独を彼女に与えるのだろう。
だらりと肩を落とした少女の胸を、黒い少女の白い手がとん、と押した。
最早抵抗もなく、少女は船頭に抱えられる様にして舟に乗った。
「また来年……連れて来てくれる?」動き出した舟に座り込んで、少女は船頭に問うた。
黒い少女はいつかの様に、岸辺で舟を見送っている。
「嬢ちゃんがまた駄々を捏ねなけりゃな」苦笑した気配が、黒い布の舌から滲み出した。
―了―
ねーむーいー!
N○Kの所為だ!(笑)
「嫌よ!」短く、しかしきっぱりと少女は言い放った。
「嬢ちゃん、駄々を捏ねりゃどうにかなる事と、ならない事がある位は解るな? これはどうにもならない類の事だ」
「嫌だってば!」少女は一歩、後退る。「やっと家に帰れたのよ!? 何でまた行かなきゃならないの? あたし一人で……」
「参ったなぁ」船頭は再び、嘆息する。「偶に居るんだよなぁ。盆に帰れたが為に里心がつく奴が……。なぁ、嬢ちゃん、また来年送り届けてやるから」
「嫌!」少女の拒絶の言葉は鋭かった。更に一歩下がる。だが、舟との距離は少しも遠ざかっていない気がして、少女は焦りの色を浮かべた。
「逃げられやしないよ。迎え火迎えられた亡者は、今度は送り火に見送られて行く……それが決まりってもんだ。それを破れば……そいつは何処にも行けなくなる。その場に縛られて留まり続けるか、この世をふらふら彷徨うか……どっちにしても先行きが立たねぇ」
いずれ質のよくない霊に吸収されるか、永い年月の後に全てが薄れて消えてしまうか――どちらにしても碌な事にはならない、と船頭は言った。
「そんなの脅しよ」口を尖らせて、少女は反駁した。尤もその口元は戦慄いていて、恐れるが故の反抗だと知れる。「あたしはこの家に居るもん。パパやママが居る限り、ずっと、ずぅっと!」
「そのパパやママが居なくなっても?」割り込んだのは十五、六の、少女の声だった。
背後から聞こえたその声に、少女が慌てて振り返って見れば、そこに居たのは黒い髪、黒い服の少女。
「お姉ちゃん、一度会った事がある……。確か、あたしが連れられて行く時に、岸で舟を見送っていたわ。またあたしをあっちに送りに来たの?」上目遣いに睨みながら、少女は攻撃的な口調で言った。
しかし黒い少女は涼しい顔でそれを受け流した。
「質問は私の方が先ね。パパやママが居なくなっても、此処に居る心算?」
「誰も居なくなったら、あたしが此処に居る意味ないじゃない! 独りで居たってしょうがないもの」
「独りで居るのが嫌なの?」
「当たり前じゃない!」馬鹿にした様な口調で、少女は怒鳴った。「だからあっちに行きたくないんじゃないの! そんな事も解らないの?」
「なら尚更、此処で舟に乗らないとね」意に介した風もなく、少女は舟を指差す。「長くこちらに居続けると、あちらに行くのが難しくなるわ。貴女のパパやママがあちらに行く時が来ても、貴女はこちらで迷う事になるかもね」
「お、脅したって……」
「脅しでも何でもないよ」
「……」本当に、脅そうという意思も何も見られない淡々とした言葉に、少女はそれが真実なのだと感じ取った。
独りで居るのが嫌で、肉親の居るこちらに残りたいと思った。だが、その肉親亡き後、こちらに独り残るのはもっと嫌な結果になるのではないか?
「でも……でも、一人で行くのは嫌なの!」そう叫んで、不意に駆け出した少女の腕を、黒い少女が掴んだ。「放して! 誰か……誰でもいいから付いて来て欲しいの!」
「駄目」静かに、しかしきっぱりと彼女は言った。「それはやってはいけない事。誰かを連れて行くのは――私達死神にしか許されない事」
「嬢ちゃん、それをやったらわしはあんたを前に居た場所に連れては行けなくなる。あんたは此処に繋がれた儘……悪霊になっちまう」船頭が静かに船を近付け、黒の少女に頷き掛ける。「そうなったら……終わりだ」
終わり、という言葉が胸に圧し掛かる。死でさえも終わりではなかったと言うのに、本当の終わりがあると言うのか? そしてそれはきっと、今以上の孤独を彼女に与えるのだろう。
だらりと肩を落とした少女の胸を、黒い少女の白い手がとん、と押した。
最早抵抗もなく、少女は船頭に抱えられる様にして舟に乗った。
「また来年……連れて来てくれる?」動き出した舟に座り込んで、少女は船頭に問うた。
黒い少女はいつかの様に、岸辺で舟を見送っている。
「嬢ちゃんがまた駄々を捏ねなけりゃな」苦笑した気配が、黒い布の舌から滲み出した。
―了―
ねーむーいー!
N○Kの所為だ!(笑)
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Re:無題
猫バカさんはこのシーズン、忙しいですしねぇ(^^;)
今はそこ迄やる家も少ないんじゃないかな。
今はそこ迄やる家も少ないんじゃないかな。
Re:こんにちは
NHK、百物語と称して夜中の零時から延々怪談やってたんですよ。勿論、CM無し! ぶっ通しで怪談聞き続けてました(^^;)
明け方四時迄だったかな。仕事が控えてたんで、最後迄は見られませんでしたが。
お盆の丑三つ時に百物語……いいっすね(笑)
明け方四時迄だったかな。仕事が控えてたんで、最後迄は見られませんでしたが。
お盆の丑三つ時に百物語……いいっすね(笑)
Re:こんにちは♪
怪談やってたんだよ~。延々四時間近く(^^;)
お猫様一行! キキちゃんは変な方を見て鳴いたりは……?
お猫様一行! キキちゃんは変な方を見て鳴いたりは……?
こんばんは!
先日、NHKの勧誘??が来て
「公共料金だから支払い義務が云々…」とほざいていましたが
追い返してしまった私ですw
契約の義務はないからね!NHKよ!
やっぱり親より早く逝くのは
いろいろ不都合ありますなw
「公共料金だから支払い義務が云々…」とほざいていましたが
追い返してしまった私ですw
契約の義務はないからね!NHKよ!
やっぱり親より早く逝くのは
いろいろ不都合ありますなw
Re:こんばんは!
はい、親より子が先立つのは、やはりお互いに不幸かと……。
NHK、うちは一応見てるからなぁ(苦笑)
NHK、うちは一応見てるからなぁ(苦笑)
Re:こんばんは
いえいえ、面白かったし(^^;)
休みだったら四時迄でも見てたんだけどなぁ。最近、ああいった怪談番組少ないし。
休みだったら四時迄でも見てたんだけどなぁ。最近、ああいった怪談番組少ないし。
Re:おはよう!
にゃはは(笑)
何せCMも挟まずに次々と語られるものだから、切りの付け所がなくって(^^;)
や、NHKの罠ですな(笑)
何せCMも挟まずに次々と語られるものだから、切りの付け所がなくって(^^;)
や、NHKの罠ですな(笑)