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雨の中に立ち尽くして、少女は空を見上げていた。
雪に変わってくれたらいいのに――冷たい雨を顔に受けながら、思う。
身体は芯迄冷え、悴んだ指先は痛い程で、歯はガチガチ鳴っていると言うのに、校舎に入ろうともせずに彼女は只、思う。
雪に変わって……私を埋めてくれたらいいのに、と。
雪山に向かい、雪崩に飲まれて行方が未だ判らないという、あの人の代わりに。
「それで帰って来た彼が、喜ぶのかしら?」丸で彼女の思いを全て読んだかの様な声が、不意に背後から掛かった。
「……誰?」振り向いて、見知らぬ少女に問い返す。
そこには彼女より一つか二つ、下だろうか。十五、六の黒衣の少女が立っていた。不思議な事に、この雨の中、傘も差していないと言うのに黒く長い髪も黒衣も、濡れている様に見えない。そして、手にした手帳も。
「只の通りすがり」とだけ言って、少女は微苦笑を浮かべた。
「なら……放って置いて」また、視線を空へと戻し、彼女は願う。
「自分が身代わりになってもいいから、彼を無事に帰してって?」
「……何で貴女に解るのよ、そんな事」
「まぁ、色々と、ね。それより、貴女、この儘だと本当に寿命縮めちゃうよ?」
手帳のページを捲る音が、雨音を通してさえも耳につく。
「私はいいのよ」
「帰って来る彼を迎えてあげないの?」
「何か連絡があったの!?」勢い込んで、彼女は質した。友人には何か情報が入れば携帯に連絡を入れてくれるよう、頼んである。だが、未だ、それは沈黙していた。
「未だよ」
「なら……! 邪魔しないで!」
ふと、黒衣の少女は笑った。
「何の邪魔? 貴女が此処で彼の身代わりになったって、彼が助かる訳じゃない。貴女が彼の無事を祈り、願うのは自由だけれど……悲劇のヒロインになり切って寿命を縮めるなんて馬鹿馬鹿しくない?」
「ばっ……!」余りの言い様に激昂し、彼女は初めて一歩、その場を動いた。少女に詰め寄り、その頬を打ちたい衝動を辛うじて、抑える。「馬鹿馬鹿しいとは何よ! 彼の無事を願うのは当然じゃないの!」
「だから、それは自由だって。悲劇のヒロインごっこが滑稽だって言ってるだけよ」
今度こそ、彼女は腕を振り上げた。
だが、掌が頬を打つ音は聞こえなかった。
近付いて、正面から見て改めて解った。黒衣の少女は雨に濡れている様に見えないのではない。雨を浴びてなどいないのだ。天から遍く降り注ぐ雨は少女の身体を通り越し、グラウンドに小さな穴を穿つだけ。
人間じゃない――彼女は確信した。
「解っちゃった様だからはっきり言うね」少女は微苦笑して言った。「私は死神だから。人の寿命は解るんだよ。貴女のも。勿論、彼のも」
「そ、それで……!」下ろした手を握り締めて、彼女は問うた。「彼は……? 彼の寿命は……!?」
「……未だ未だ、長いわよ。生憎とね」そう言って、少女は笑みを治めた。「悲劇のヒロインになり損ねたわね? 態々、遭難の確率の高い山を選んで彼に勧めたのに。おまけに出立を見送りながら貴女、山での情報源であるラジオを彼の荷物から抜き取ったわね?」
「……」凍り付いた目をして、彼女は死神を見詰めた。
「そんな貴女がどうなろうと私はどうでもいいんだけど……。もしこの儘風邪でもこじらせて死んだら、こっちで罪を償う事も出来ない儘――あっちで償うのは、もっときつい事になるよ?」
ま、どうでもいいんだけどね――言いたい事だけ言って、薄れる様に姿を消した死神を見送った後、ヒロインになり損ねた彼女は再度、空を見上げた。
彼が帰って来る――それは少しの恐怖と失望と、胸一杯の喜びを、彼女に齎した。
自分の本当の願いを、彼女は知った。
―了―
短くしようと思いつつ……(--;)
怖い女の子だね。なんで彼氏を遭難させたかったのかしら?ヒロインになりたいって理由だけではないのよね??
人間は嫌だにゃ~(^・x・^)
あ。久しぶりでなんなんだけど…[こっちで罪を償い事も出来ない儘―](笑)
人間は色々、面倒臭いわよね。