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〈2007年9月16日開設〉 これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。 尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。 絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
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「すばるお姉ちゃん!」突然そう声を掛けられて、私は思わず飛び上がりそうになった。幸い書架に遮られて周囲からの視線を浴びる事なさそうだったけれど、私はどうにか驚きを押し殺した。
 尤も、此処はいつもの町立鹿嶋記念図書館。他の人には聞こえない、でも――私にとっては――よく通る男の子の声でそう呼ばれるのは、日常茶飯事だ。
 それなのに私が驚いたのは、まぁ、本探しに夢中になっていた所為もあるけれど、それ以上にその声の響きが、どこか切羽詰っていたからだった。
「どうしたの? 良介君」声を潜めて、私は尋ねた。
 横には私の腰の高さ位の背丈の、大きな目が利発そうな男の子がこちらを見上げて立っている。
 鹿嶋良介君。この図書館の創立者の息子にして、七歳でこの世を去った――幽霊だ。
 何故か私と、私の同窓生の島谷君にだけ、その存在が確認出来る。此処の司書の山名さんも存在は知っているけれど、見る事は出来ない様だ。
 良介君はやはりどこか思い詰めた様な表情で私を見詰め、何か言いたげだった。言いたい事はあるけれど、どこから話していいか頭の中で決め兼ねている、そん感じだろうか。
「何かあったの?」私はもう一度、訊いた。
 こくり、と頷いて、漸く良介君は言葉を発した。
「お願いがあるんだ、お姉ちゃんに」と。

 そのお願いを叶える為に、私は図書館の裏手に、山名さんを伴ってやって来ていた。通りからは隠れ、来る者もないこちら側には配電盤や通風孔、配水管等が設置されている。そして地面にも、庭の花壇に水を撒く為だろう、小さな鉄扉があり、中には蛇口とぐるぐると束ねられたホースが収められていた。
 ところが、その鉄扉は僅かに開いていて、中からは微かに――通りを通過する車の騒音に掻き消されそうになりながらも――子猫の鳴き声がしていた。
 私と山名さんは慌てて、扉を開け放ち、とぐろを巻いたホースに巻き付かれる様にして身動きならなくなっていた子猫を救出した。
 未だ三週間位だろうか。弱々しい子猫は、しかし私の手の中で何かを訴える様に元気に鳴き続けていた。
「親からはぐれて出歩いている内に、完全に閉まっていなかった扉から落ちてしまい、出られなくなったのでしょうか」不憫そうに子猫を見詰めながら、山名さんが言う。「済まなかったねぇ、きちんと閉めていればこんな事には……。これからは厳重に確認するようにしなければ」
 いつからここに嵌っていたのかは解らないが、ともあれお腹も空き、喉も乾いているだろうと、私は子猫を山名さんに預け、子猫用のミルクの調達にと走る為、踵を返した。
 その時――どこからか舌打ちが聞こえたのは、気の所為だろうか?
 ともあれ、私はペットショップへと、急いだ。

「それにしてもよく気付いたわね、良介君」ミルクを買って戻り――館内は動物の出入りは禁止だから――事務室の方で子猫にミルクを上げながら、私はずっと心配そうに付き添っていた良介君を振り返った。
「声が、聞こえたんだ」そう言う良介君の声は、何故かしら暗い。子猫はこうして助かり、少々衰弱してはいるものの怪我もなく、元気にミルクも飲んでいると言うのに。
「どうしたの? 良介君」私は怪訝な面持ちで首を傾げた。「何か変よ?」
「声が……聞こえたんだ」
「それは解ったけど……」
「違うんだ」良介君は頭を振った。「子猫の声の事じゃないんだ。子猫の声に気付いて、図書館の裏に行った時――聞こえてきたんだ。僕位の、男の子の声が。独り言の様な、僕に話し掛けている様な……不思議な声だった」
「……それは、生きてる子? それとも……」
「……こっちの子」
 こっちの子――詰まりは良介君同様、死を経験した子供という事なのだろう。
「それで、その子は、何て言ってたの?」
 良介君は言い淀んだ。それが忌まわしい呪文ででもあるかの様に。
 けれど、それを胸にしまって置くのも辛い様で、ぽつり、と口を開いた。
「この猫はこの儘放って置けばいずれ死ぬ。こっちの世界に来る。今は触る事も出来ないけれど、こちらに来れば触れるかな、一緒に遊べるかな――それで、これははっきり僕に言ったんだと思うけど――君も一緒に遊びたいだろう? だから放っておこうよ……って……」
 そう言う良介君の口元はいつしかへの字に歪み、泣き声になりそうなのを懸命に堪えている様だった。
「良介君……」私はそれこそ触れる事も出来ず、只その名を呼ぶだけだった。肩を抱いてあげる事も出来ない、そのもどかしさは、きっと良介君が子猫に対して抱いたものと似ているのではないだろうか。
「それは僕だって遊びたいよ! 直接触ってみたいよ! 生きていた頃みたいに。すばるお姉ちゃんにだって……。でも、子猫を放って置いて、死なせるなんて……したくないよ」
 遂には泣き出してしまった良介君に、本当に私は何もしてあげられない。只、想いを声に乗せて、その名を呼ぶだけ。
「なのに、一瞬だけ……ほんの一瞬だけ、この猫が死んだら……って、考えてしまったんだ。僕は……なんて事を……!」
「良介君……」私は、良介君の代わりに子猫を抱きながら、そっと話し掛けた。「でも、良介君は私達を呼びに来たわ。子猫を助ける為に。例え一瞬迷ったとしても、ちゃんと正しい道を知っているんだもの。良介君は悪い子じゃない――私と山名さんが保証してあげる」
「すばるお姉ちゃん……」良介君は涙を拭きつつも、どうにか笑みを浮かべて見せてくれた。「でも、僕は……自分が怖くなった……。もしかしたらこの声は自分の本心なんじゃないかって。それで、この儘じゃすばるお姉ちゃんにも、同じ事を思ってしまうかも……って」
 だからこそ、その声を振り切りたくて、慌てて私の元へと来た様だ。それが、あの切羽詰った声の理由だったのか……。
「なぁに? 私が死んだら一緒に遊べるのにって?」私は敢えて笑い飛ばす。「いいわよ。尤も、いつになるかは解らないけれどね」
「うん……ずぅっと後でね。今だって本を読んでくれたり、こうしてお話ししてくれる――充分、遊べるもんね」
「それが解ってるんなら、そんな声が良介君の本心な訳ないわ。それにね」私はふと、子猫の様子に気付いて言った。「この子、もしかしたら良介君が見えてるのかも……。さっきからずっと、見てるのよ」
「え?」良介君は驚いた様な、嬉しい様な声を上げて、恐る恐る子猫の前に指を一本差し出した。
 ちょい――じゃれ付く様な素振りで、子猫は前脚を伸ばした。良介君の指が動く度に、何度も、何度も。
「やっぱり見えてるみたいね」私は微笑んだ。「触る事は出来ないけど、これも遊んでる内なんじゃないかな?」
「うん……」心なしか頬紅潮させて、良介君は頷いた。

 結局マンション暮らしの私には子猫を飼う事は難しいと、山名さんが引き取る事となった。勿論、良介君と一緒に遊びに行くのは自由。良介君は一人でも、時折入り浸っているらしい。戻って来ては、どんな事をして遊んだか、楽しそうに報告してくれる。
 私は微笑ましげに、それを聞くのが楽しみになった。

 ところで、良介君が聞いたと言う声は何だったのだろう?
 自分の本心なのではないかと、良介君は恐れていたけれど。
 後で行ってみたけれど、図書館裏には何の気配もなかった。良介君にも、もうその声は聞こえないらしい。
 元霊感少年、島谷君に相談してみた所、浮遊霊の一種だろうという事だった。
「しかし性質悪いな。人の心の作用して悪事を働かせる奴も居るが、幽霊の心に迄……。所謂『魔が差した』の『魔』だな」そう言って、彼は眉を顰めた。
 浮遊霊だからもうこの辺には居ないだろうとも言っていた。今頃はどこに居て、誰に何を囁いているのか……。
 兎も角、そんな子は……。
「私の所に来たら怒鳴り倒す!」
 ……良介君と島谷君から生暖かい笑みを送られたけれど、変な事、言ってないわよね? 私。

                      ―了―

 超お久し振りの図書館です(^^;)

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こんにちは
浮遊霊、怒鳴り倒してどうにかなるのかな?(笑)

子猫は自分で落っこちちゃったのね(;^_^A気付いてもらえて良かったよ~

で、これで猫が出てくるのは何匹目?(笑)
冬猫 2009/10/01(Thu)07:44:47 編集
Re:こんにちは
何匹目だろう?(笑)
浮遊霊は……気合だ、気合!(爆)
巽(たつみ)【2009/10/01 21:15】
おはよう!
>町立鹿鹿嶋記念図書館?
いつもの図書館の姉妹図書館?(笑)

魔が差すって、まさに自分の心の弱い部分を突かれている訳だから、はたして怒鳴り倒せるかな?(笑)
私は自身無いぞ。(笑)

う~ん、確かに自分の心に一瞬でも悪心が湧いたときは、その後の気持ちの処理に困るよね。
afool URL 2009/10/01(Thu)11:37:11 編集
Re:おはよう!
うおう、鹿が多い(爆)
一瞬の気の迷いの後って、その情動に流されなかった場合でも何かしら後悔の様なものが残りますよね……。
ところで、自身無いぞと自信たっぷりに宣言されましたな( ̄ー ̄)にやり
巽(たつみ)【2009/10/01 21:18】
無題
どもども!
>水を撒を撒く為だろう
どう読めばいいんでしょう?w

いくら性質の悪い浮遊霊だからって、同じ幽霊をそそのかしてどうするつもりなんですかね?
今回は子猫が無事だったからいいけど、もし子猫に何かあったら…私が黙ってないっすから!(爆)
猫バカ1番 URL 2009/10/01(Thu)21:20:15 編集
Re:無題
おおう!∑( ̄□ ̄;)
水、どんだけ撒けばいいんだ(爆)
こんな性質の悪い幽霊は……一喝したって下さい(笑)
巽(たつみ)【2009/10/01 22:50】
こんばんは♪
良介君って優しいのね。
人間ってどこかしらに闇の部分を持っているよね…
それを自覚するとすごい自己嫌悪になったりするし
乗り越えて大人になっていくのよね〜(しみじみ)
つきみぃ URL 2009/10/01(Thu)21:21:26 編集
Re:こんばんは♪
人間ってどうしても、どこかしらずるい部分や、負の部分を持っていますよね(--;)
でも、自らのそれと対面せずに、成長もない……のかも知れませんね。
巽(たつみ)【2009/10/01 22:53】
お久しぶりです~
またブログ再開しました♪

お久しぶりで
良介くんとすばるさんのお話だ~!^^

良介くんはイイコですよ!
ふわりぃ URL 2009/10/01(Thu)22:29:33 編集
Re:お久しぶりです~
お久し振りです!
その後お加減如何ですか~?
巽(たつみ)【2009/10/01 22:54】
こんばんは♪
あぁ~助かって良かった!
子猫に万が一の事があったら、この浮遊霊、
ただじゃおかないなぁ!ずぅえったいに、
懲らしめてやらなきゃネ!(笑)
どうやったら良いのかわからんが・・・・

しかし自分の中の、そういう嫌な面をしみじみ
感じたりすると落ち込むねぇ~!
クーピー URL 2009/10/02(Fri)00:09:22 編集
Re:こんばんは♪
良介君はいい子だけどね♪
それでも人間、一瞬の気の迷いというのはありますよね~。
そして凹む……(--;)
巽(たつみ)【2009/10/02 21:27】
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