〈2007年9月16日開設〉
これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。
尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。
絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
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白い外壁の家の中、南に面したリビングにはローテーブルとソファを置いて……そうね、色調は二人が落ち着けるように淡いベージュがいいかしら?――女は草に覆われた空き地を前に、これ迄幾度も夢想した、我が家のコーディネートを反芻していた。
キッチンも白よりはベージュで統一して、清潔さの中にも暖かさを残したい。カーテンも暖色系にして……。
でも、赤は嫌だ――ふと、顔を曇らせて、彼女は俯いた。
脳裏で、赤い色がゆらゆらと揺れる。それを振り払う様に、女は強く頭を振った。
それにしても、いつになったらこの幾度も夢想した景色の中に行けるのだろう、と溜息を漏らす。目を閉じればまざまざと思い描ける程に、思い願っていると言うのに。
「早く行きたい……」と彼女は呟いた。「あの人が居る、私達の家に……」
最近では痛みを覚える様になった脚をゆっくりと交わして踵を返した時、彼女はそこに十歳ばかりの少女が居る事に気が付いた。いつの間に来たものか、全く気配を感じなかった。それとも、子供の接近にも気付かない程に、自分は夢想に耽っていたのかと、彼女は苦笑する。
「お嬢ちゃん、どうしたの?」一人で、彼女を見上げて立っている少女に、彼女は声を掛けた。「私に何かご用?」
栗色の髪によく似合う青いリボン、青い服のその少女はにこりともせずに、腰のベルトに下げた鍵束から外した一本の鍵を、両手で彼女に差し出した。丸で厳粛な儀式ででもあるかの様に。
キッチンも白よりはベージュで統一して、清潔さの中にも暖かさを残したい。カーテンも暖色系にして……。
でも、赤は嫌だ――ふと、顔を曇らせて、彼女は俯いた。
脳裏で、赤い色がゆらゆらと揺れる。それを振り払う様に、女は強く頭を振った。
それにしても、いつになったらこの幾度も夢想した景色の中に行けるのだろう、と溜息を漏らす。目を閉じればまざまざと思い描ける程に、思い願っていると言うのに。
「早く行きたい……」と彼女は呟いた。「あの人が居る、私達の家に……」
最近では痛みを覚える様になった脚をゆっくりと交わして踵を返した時、彼女はそこに十歳ばかりの少女が居る事に気が付いた。いつの間に来たものか、全く気配を感じなかった。それとも、子供の接近にも気付かない程に、自分は夢想に耽っていたのかと、彼女は苦笑する。
「お嬢ちゃん、どうしたの?」一人で、彼女を見上げて立っている少女に、彼女は声を掛けた。「私に何かご用?」
栗色の髪によく似合う青いリボン、青い服のその少女はにこりともせずに、腰のベルトに下げた鍵束から外した一本の鍵を、両手で彼女に差し出した。丸で厳粛な儀式ででもあるかの様に。
「これを……私に?」女は自分の胸を指差して、尋ねた。
少女はこくりと頷いた。
「時が、来たから」彼女にとっては意味不明な事を言いつつ、少女は鍵をその手に握らせる。
「時? 何の?」
少女は何も言わず、彼女の背後を指差した。
釣られる様に振り返った彼女の目に映ったのは、草茫々の空き地ではなく――秋の柔らかな陽を浴びて穏やかに佇む、白い壁。
「これは……!」我が目を疑い、彼女は幾度も頭を振る。「どうして……?」
これ迄幾度も夢想した、その儘の姿で、彼女が住む筈だった家は、そこに建っていた。
「どうして……? あの家は……引き渡されたばかりのあの日、引越しの段取りの為にと先に泊り込んだあの人と一緒に……火事で……火事で燃えてしまったと言うのに……!」
それから何十年、こうして空き地の前で佇んでいただろう。
二人で要望を出し合い、二人で費用を賄い、漸く建てた二人だけの家。
入居間近、仕事の都合で遠出していた彼女より一足先に、彼は泊まり、その晩に火事に消えた夢の家。
土地を売る気にもなれず、さりとて新たな家を建てる気にも最早ならず――夫が居なくなった今、二人の家に何の意味があろう? それでも、彼女はずっとこの土地を守ってきた。女独りで懸命に働きながら。
焼け跡が醜い傷跡の様に残っていた頃から、徐々に草が生えて煤に染まった土台が覆われ、やがてそれも枯れて、今度は雪に覆われ……また、草に覆われる。それを幾度繰り返しただろう?
そうして此処に佇み、夢見たあの場所へ、夫の元へと行ける日を待ち望んでいた彼女の前に、今こうしてその家と、その扉の鍵が現れたのだった。
今にも駆け寄りたい思いに駆られながら、彼女は少女を振り返った。これはどういう事なのか、この鍵は自分が所持していいのか、と。
「どうぞ」少女は頷いた。「それは貴女の鍵よ」
その言葉に背中を押される様に、彼女は思う様に動かない脚で駆け出した。玄関迄のほんの数メートルが遠い。それでも、急がないとこの幻の如き家が消えてしまいそうで、彼女は懸命に走った。
消えないで、行かないで……懸命に、それだけを祈りながら。
やがて、白い扉に辿り着き、彼女は震える手で鍵を鍵穴に差し込んだ。
かちり――軽い音を立てて鍵は開き、扉は彼女を招き入れた。
淡いベージュの暖かさに包まれた、夢見た通りの、彼女達の家へと。
* * *
「ご苦労様」空き地を前に佇んで、少女は手にした鍵を、元の物とは違う鍵束に収めた。
風に揺れる草の海に沈む様に、女性の遺体が横たわっている。
穏やかな笑みを浮かべて。
「何の時って訊かれても、流石に答え難いわね」微苦笑を浮かべて、少女は呟いた。「ともあれ、貴女が彼の元に行ける時……には違いないかしらね」
それにしてもよく何十年間も、その夢の重さに耐え兼ねて忘れる事も、況してや安易な死を選ぶ事もせず、想いを繋いできたものだ。
「ま、途中で選んだ死なら……鍵は手に出来なかったけれどね」
おやすみなさい――そう呟いて、少女はどこへともなく、姿を消した。
―了―
久し振りシリーズ(笑)
少女はこくりと頷いた。
「時が、来たから」彼女にとっては意味不明な事を言いつつ、少女は鍵をその手に握らせる。
「時? 何の?」
少女は何も言わず、彼女の背後を指差した。
釣られる様に振り返った彼女の目に映ったのは、草茫々の空き地ではなく――秋の柔らかな陽を浴びて穏やかに佇む、白い壁。
「これは……!」我が目を疑い、彼女は幾度も頭を振る。「どうして……?」
これ迄幾度も夢想した、その儘の姿で、彼女が住む筈だった家は、そこに建っていた。
「どうして……? あの家は……引き渡されたばかりのあの日、引越しの段取りの為にと先に泊り込んだあの人と一緒に……火事で……火事で燃えてしまったと言うのに……!」
それから何十年、こうして空き地の前で佇んでいただろう。
二人で要望を出し合い、二人で費用を賄い、漸く建てた二人だけの家。
入居間近、仕事の都合で遠出していた彼女より一足先に、彼は泊まり、その晩に火事に消えた夢の家。
土地を売る気にもなれず、さりとて新たな家を建てる気にも最早ならず――夫が居なくなった今、二人の家に何の意味があろう? それでも、彼女はずっとこの土地を守ってきた。女独りで懸命に働きながら。
焼け跡が醜い傷跡の様に残っていた頃から、徐々に草が生えて煤に染まった土台が覆われ、やがてそれも枯れて、今度は雪に覆われ……また、草に覆われる。それを幾度繰り返しただろう?
そうして此処に佇み、夢見たあの場所へ、夫の元へと行ける日を待ち望んでいた彼女の前に、今こうしてその家と、その扉の鍵が現れたのだった。
今にも駆け寄りたい思いに駆られながら、彼女は少女を振り返った。これはどういう事なのか、この鍵は自分が所持していいのか、と。
「どうぞ」少女は頷いた。「それは貴女の鍵よ」
その言葉に背中を押される様に、彼女は思う様に動かない脚で駆け出した。玄関迄のほんの数メートルが遠い。それでも、急がないとこの幻の如き家が消えてしまいそうで、彼女は懸命に走った。
消えないで、行かないで……懸命に、それだけを祈りながら。
やがて、白い扉に辿り着き、彼女は震える手で鍵を鍵穴に差し込んだ。
かちり――軽い音を立てて鍵は開き、扉は彼女を招き入れた。
淡いベージュの暖かさに包まれた、夢見た通りの、彼女達の家へと。
* * *
「ご苦労様」空き地を前に佇んで、少女は手にした鍵を、元の物とは違う鍵束に収めた。
風に揺れる草の海に沈む様に、女性の遺体が横たわっている。
穏やかな笑みを浮かべて。
「何の時って訊かれても、流石に答え難いわね」微苦笑を浮かべて、少女は呟いた。「ともあれ、貴女が彼の元に行ける時……には違いないかしらね」
それにしてもよく何十年間も、その夢の重さに耐え兼ねて忘れる事も、況してや安易な死を選ぶ事もせず、想いを繋いできたものだ。
「ま、途中で選んだ死なら……鍵は手に出来なかったけれどね」
おやすみなさい――そう呟いて、少女はどこへともなく、姿を消した。
―了―
久し振りシリーズ(笑)
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Re:こんばんは♪
そういう時だったんですよ~。
何十年も、現実的には叶わない夢を見続ける彼女の人生は、さぞ長かったろうな~。
何十年も、現実的には叶わない夢を見続ける彼女の人生は、さぞ長かったろうな~。
おはよ~
売ることもせず、そのまま所持し続けたかぁ。
拘っているからこそ生きてこれたのか、拘りを捨てた方が生き易かったのか。
夢想と共に生きてきた、強かったのかなぁ?
寧ろ、弱かったんじゃないかなぁ?
忌まわしい記憶は、心の片隅に留め置いて、別の道を進んだ方が、良かった気もするのだが・・・。
拘っているからこそ生きてこれたのか、拘りを捨てた方が生き易かったのか。
夢想と共に生きてきた、強かったのかなぁ?
寧ろ、弱かったんじゃないかなぁ?
忌まわしい記憶は、心の片隅に留め置いて、別の道を進んだ方が、良かった気もするのだが・・・。
Re:おはよ~
確かに弱かったからこそ、叶わないと解っている夢にしがみ付き続けていたのかも?
未だ若い頃に別の道に気が付いていれば……別の鍵があったかも?
未だ若い頃に別の道に気が付いていれば……別の鍵があったかも?
Re:こんばんは♪
深過ぎて自分も抜け出せなくなってる感もありますが、彼女(^^;)