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「島谷君って、あの霊感少年の島谷君?」妙に勢い込んだ様子でそう聞かれて、私は呆気に取られながらも頷いた。高校からの友人に、最近当時の友人と再会したと話しただけなのだけれど。
島谷君――島谷潤也は高校時代、霊感少年と噂され、そして実際、彼にはその様な感覚が今現在も備わっている様だ。
何しろ、私にしか見えなかった、町立鹿嶋記念図書館に住む幽霊の姿がはっきりと見え、またごく普通に会話迄こなすのだから。自分の死後、街に図書館を蔵書ごと寄付した創立者の息子、鹿嶋良介君という享年七歳の男の子と。
尤も、彼に言わせると、私も霊感持ちらしいのだけれど……自覚はない。
それは兎も角、友人、井上美里の反応は予想以上だった。
「どうかしたの? 美里」私は訊いた。「島谷君と仲良かったっけ?」
「ううん、別に。元々、霊感少年なんて胡散臭いなぁって思ってたし」あっけらかんと言う美里。そう言えば自他共に認める現実主義者だったわ、彼女。「只ちょっと……先々週引っ越した部屋で何か色々あるんで、見て貰えたらなぁ……って。ほら、私はそういうの信じない人だけどさ、万が一って事があるじゃない」
どうやら彼女が用があるのは島谷君個人と言うより、霊感持ちの知人らしい。
「色々って?」私は尋ねた。
そう。美里が主義を曲げて迄見て貰いたいと言うのだ。況して当時胡散臭いなどと思っていた友人に頼もうと言うのだ。何か余程の事があったのかも知れない。
「夜中に寝てるとね、急に息苦しくなったかと思ったら部屋の何処からか唸り声が聞こえてくるのよ。音の発生源ははっきりとしないのに、部屋の中だって事は判るの。これも変でしょ? 気味が悪いから起き上がって電気を点けると一度は止むんだけど、電気を消すと、また……。勿論、音の発生源は探したわよ? 最初は誰か不審者が入り込んでるんじゃないかと思って、護身用にラケット持って部屋中、隠れられそうな所も探したわ。でも、私以外誰も居なかったし、唸り声やそれに似た音を発する物なんて何処にも無かった。だから段々……これは普通じゃないんじゃないかって……」
「何か謂れでもあるのかしら? その部屋」私は首を傾げた。
「解らないわ。オーナーと不動産屋は何も言ってなかったけれど……。未だ越して来て日が浅いから、近所の人にも訊き難いしねぇ」
「他には?」
「私が部屋を出て帰って来ると、何か細かい物の場所が変わってたりするのよ。置時計だとか、人形だとか。この間なんて朝出て、三分と経たない内に忘れ物を取りに戻ったら、玄関の靴箱の上の時計が裏側向いてて……。本当に気味が悪かったわ」
他にも人の気配を感じたり、何か見えないものにぶつかった感触を覚えたりと、薄気味の悪い事が続いたらしい。確かに、これでは彼女でも超自然のものの存在を考えたくなるだろう。
ところで……。
「美里、新居に遊びにおいでって誘ってくれたのは嬉しいけどねぇ」私は言った。「回れ右していい?」これから向かおうという矢先に何て不吉な話をするのだろうか。まぁ、訊いたのは私だけれど。
「嫌よ、一人で帰るの怖いんだもの」彼女はそう言って、私の腕を掴んだのだった。
良介君を連れて来るべきだったかしら?
餅は餅屋、ではないけれど、幽霊の事は幽霊に訊くのが手っ取り早い気がする。
けれど、その良介君は女二人のウィンドーショッピングに呆れたのか気を利かせたのか、今日は途中で別れてしまった。真逆こんな話になるとは思わないものねぇ。
ともあれ、私は友人のマンションのドアを潜ったのだった。
「何これ」彼女に続いてリビングに入るなり、私はそう、声を漏らした。
細かい物の場所がどうこうという状態ではない。
家具が、床に敷いた絨毯迄もが、部屋の半分に無理矢理押し込まれている。丸で絨毯の上に家具や調度を乗せた儘、ぐぐっと重機で押し遣ったかの様だ。残りの部分は元から何も置かれていなかったかの様に、フローリングの床が電灯の明かりを反射している。
これには美里も顔色を失い、只茫然とするばかり。
私はおっかなびっくり、リビングに足を踏み入れた。
「自棄にくっきりと線引きされてるわね」フローリングと荷物の境目、それは綺麗な直線になっていた。丸でそこから食み出すのを許さないと言う様に、冷たく光るフローリングの床。「今迄こんな事は?」
美里はぶんぶんと頭を振った。
「取り敢えず……島谷君に電話するね」私は携帯を取り出した。彼からは霊感持ちだと言われていても、これは私ではどうしようもない。実際、これといって気配も感じないし……。
と、私はふと気になって美里に訊いた。フローリングが剥き出しになった側の隣室は? と。
「そっちは寝室よ」
「ちょっと見ていい?」私は許可を貰うと、そっとドアを開けて見た。
実は半ば予想してはいたのだけれど、やはり絶句してしまった。寝室も同じ様に家具が押し退けられている。但し、リビングとは逆の向きに。境目はやはり綺麗に直線だ。
そして、こちらのフローリングの上には、ぽつりと、線の細い女性が、居た。
どうも、霊の気配とかいうものには、私は疎いらしい。
丸でそこに存在する人間の様に、くっきりと見えはするのだけれど。
年の頃は二十歳前後だろうか、細面に長い髪。古い感じの和服を着た、美人と言えば美人なのだけれど、苦悩に満ちた表情がそれを台無しにしている。冷たい床に座り込み、俯いた儘、何かを呟いている。
私の後について来てやはり移動させられた家具に蒼くなっている美里――女性の姿は見えなかったらしい――を促して、そうっとリビングに戻ると、私は今度こそ、島谷君のナンバーを呼び出した。
数秒と待たず、彼は出た。
〈さーないー、また何か変なもん見付けたのか?〉
「私じゃないわよ」私は手っ取り早く、事情を話した。「兎に角、来てくれると有難いんだけど……」
〈解った。直ぐ行く〉
そう言って通話が切れた直後だった。
ピンポーン、とインターホンが音を発し、私達が思わず身を竦めたのは。
「島谷君? お久し振りって言うか、何でそんなに早いの?」新たな来客を迎えた美里が、目を白黒させている。
「いや、ちょっとね」島谷君は曖昧に笑い、私にそっと目配せした。
見れば彼の後ろに良介君。どうやら私と別れた後、彼の元に赴いたらしい。
「お友達のお姉さん、何かおかしな感じがしたから」私と島谷君だけに聞こえる声で、良介君は言った。美里には案の定、その姿も見えてはいない。「島谷のお兄ちゃんに訊いた方がいいかなって思って」
それで良介君が私の気配を追って、二人でここ迄来てくれたらしい。
まぁ、早いに越した事はないんだけど……。
「それにしても大胆な家具の配置だな……」リビングを見て、島谷君も唸った。
「そんな訳ないでしょ」と、美里。
「寝室側もなんだって?」
「そうだけど、流石に駄目よ。見ちゃ」
そっちに張本人が居るんだけどね、美里――とは言え、同い年の女性として、同年代の男性に入られたくないのは充分、解る。
尤も、流石に島谷君は困った顔してるけど。
「佐内、お前の目で見て、どんな感じだった?」
「特に攻撃的だとかそんな感じはなかったわ。逆に、何だか苦悩しているみたいな……」
「死んだ自覚はないのかな? 古そうだって?」
「ええ、着物が……今の人がお祝い事とかで着る様な感じじゃなくて、普段着っぽかったわ。模様とか、生地とか。身体への馴染み方も。それにこの線……今現在のこの部屋の線引きじゃない所を見ると、前にあった家か何かの跡じゃないかって気がするのよ」
リビングと寝室、そしてその間の壁。それらを合わせても彼女の領域は然して広くはなかった。
と、良介君が口を開いた。
「僕、前は図書館の中だけだったじゃない? あの中が僕の居場所で、あそこからは出られなかったし、出ようとも思ってなかった。何だか、その人が居る部分は、そんな感じがする……。そこが自分の場所だって思っている様な……。だから自分の物じゃないものが色々置かれて、何でこんな事にって思ってるんじゃないかな」
「だから家具や荷物を押し退けた? やっぱり自覚がないのかな」私は溜息をついた。「自覚……させなきゃ駄目なのね」
自分が死んだと思っていない、その事を認められない霊にそれを自覚させる。元より話が通じるかどうかも解らない上に、ちゃんと解ってくれたとしても……。
「もう死んでますよって言われて、此処には自分の居場所がないんだって知ったら……寂しいわよね」私はしんみりと言った。
でも、此処はもう美里の場所。生者の場所。
だから、しかたない。
私は寝室に行くと、彼女に語り掛けた。
貴方が居るべき場所は此処ではない、と。
解って貰う為にはどれ程でも言葉を尽くそう、と心に決めていたのだけれど――意外にもあっさりと、彼女は頷いてくれた。
かれこれ百年程前、此処には狭い長屋があったらしい。彼女はそこに住んでいたのだけれど、流行り病で若くして亡くなってしまった。誰にも見取られず。
だから、誰かに言って欲しかったのかも知れない。この世との惜別の言葉を。
誰かに――例え見も知らぬ誰かにでも――知って欲しかったのかも知れない。自分の死を。
それが果たされた今、彼女の姿は薄れ……空気に解ける様に、霧散して行った。
結局私がもう大丈夫と言った事に幾分不思議そうな顔をする美里に、暫くの間お線香でも炊いてあげてと言付けて、私達は部屋を後にした。尤も、その前に部屋の片付けを手伝わされはしたけれど。
「今、私達が暮らしている空間も、以前は色んな人達が生きて、暮らして来たのよね」夜空を見上げ、私は呟いた。
「図書館の中だって色んな人が来ては、変わって行くよ」良介君が笑う。「十何年か前に来ていた子供がお父さんになって、子供を連れて来たり。今度はその子供の子供達も来るのかもね」
「かもね」頷いて笑みを返しつつ、私はちょっと待てよと思い返す。
……それも見届ける心算なのかしら? 幽霊の良介君?
―了―
超お久し振りです、良介君です(^^;)
すばるさん……気配は感じられない、鈍い霊感持ちだからねぇ(笑)
ちゃんと気をきかせてくれたのね!
流石だね、私も良介君みたいな可愛い幽霊
だったらお友達になっておきたいなぁ!
なんか怖い物が現われた時に頼りになりそう
だものネ♪(笑)
まぁ、見た目通りでもないけれど。
年月だけなら、すばるさん以上に過ごしてますんで。図書館内部が主ですが。
もどすの?(笑)
女性の力じゃ、一人で家具を動かすことは困難だと思うけど、幽霊だと出来るのか?(笑)
最近は老人の孤独死が増えてるから、彼方此方に霊が居るかもなぁ・・・。
もう彼女は行っちゃったし。当然彼女の領域も消えるのではみ出し放題(笑)
ううう、孤独死した老人――に限らないけど――の霊がその辺ごろごろ残ってたら、困るなぁ……(--;)
食み出す……はみだす。キーちゃんがタライからハミるのと同じ、はみだす、だよ~? 辞書にも載ってたもん。
ハミ出るって、食み出るなんだね。
知らんかった。(^_^;)
ほぉ~、余計な物を吐き出すのが、拡大解釈されたんだろうねぇ。
もっと違う漢字があるんだと思ってた。
ゴメン~。
特に漢字の使い分けは悩む所。