〈2007年9月16日開設〉
これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。
尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。
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こんな暑い日にはちょっとだけ、良介君が羨ましくなる。不謹慎かも知れないけれど。
恐らく亡くなった時の儘の格好なのだろう、長袖の綿シャツと半ズボン。それでも当然の事ながら汗一つかかず、涼しい顔をしている。
幽霊だから暑さとか関係ないんだろうけれど――この空調の利いた図書館に来たが最後、もう外に出たくない! という程の熱波に襲われた身にはちょっとだけ羨ましいと同時に、その長袖、見てるだけで暑いんだけど、と突っ込みたくもなる。
取り敢えず席を確保して、本格的に本探しに行く前に一息つく私に、鹿嶋良介君はくすくす笑いながら言った。
「すばるお姉ちゃん、暑がりだねぇ」
私は普通だと、断固抗議したかったけれど、それは彼の現在の身の上を突き付ける様な感じがして、私は暑さの所為にして口を噤んだ。
と、そんなに暑いなら、と良介君は昔話を始めた。
恐らく亡くなった時の儘の格好なのだろう、長袖の綿シャツと半ズボン。それでも当然の事ながら汗一つかかず、涼しい顔をしている。
幽霊だから暑さとか関係ないんだろうけれど――この空調の利いた図書館に来たが最後、もう外に出たくない! という程の熱波に襲われた身にはちょっとだけ羨ましいと同時に、その長袖、見てるだけで暑いんだけど、と突っ込みたくもなる。
取り敢えず席を確保して、本格的に本探しに行く前に一息つく私に、鹿嶋良介君はくすくす笑いながら言った。
「すばるお姉ちゃん、暑がりだねぇ」
私は普通だと、断固抗議したかったけれど、それは彼の現在の身の上を突き付ける様な感じがして、私は暑さの所為にして口を噤んだ。
と、そんなに暑いなら、と良介君は昔話を始めた。
「昔と言っても十年前位かな? この図書館に一人の職員さんが居たんだけど、何故だか一冊の本を持って帰った切り、出て来なくなっちゃったんだ。山名さんが何度連絡しても、理由も言わずに只「出られない」の一点張りで……」
「何の本だったの?」私は恐る恐る訊いた。この町立鹿嶋記念図書館、時折妙な本や曰く付きの本がが発見される所でもある。
「確か童話集だったと思うんだけど……結局その職員さん、それ以来本と一緒に出て来ない儘になっちゃったから、正確には解らないんだ」
「その……それはおかしな本だったの?」私は〈おかしな〉を強調して言う。「何か憑いてるとか……」
「そんな気配は無かったよ」良介君は頭を振った。「少なくとも、此処にあった時には」
「……その職員さんが持って帰って以降の事は解らないって事ね?」
良介君は頷く。今でこそ行った事のある場所や私に付いて行ける場所には苦も無く移動出来る様になった良介君だけど、当時はこの図書館だけが彼の世界だったのだ。
「結局、その職員さんは今どうしてるの? 当然此処は辞めちゃったんでしょうけれど……。本も返して貰わない儘でよかったのかしら?」
「実は……」上目遣いに私を見ながら、良介君は話を続けた。
それによると、此処から動ける様になってから暫くして、その職員の家を訪ねたのだと言う。勿論、良介君は幽霊。正面から御免下さい、という訳には行かないけれど。住所は過去の名簿があり、また別の職員さん――五年前に入った人で面識は無いらしい――の自宅の近くでもあったのだと言う。
そうして辿り着いたのは古い二階建てアパートの一階の一室。微かに漂うのは線香の匂い。一階という事で窓側には小さな庭もあったが、それなりに手を加えられているらしき両隣と違って草茫々。その丈の高い草に埋もれる様に、錆の浮いた三輪車が放置されていた。
そしてその窓から見えたのは、薄汚れた六畳の和室と、小さな仏壇。そしてその前に座り込んだ儘の、髭ぼうぼうの男。頬のこけた顔、筋の浮いた手、痩せた身体――それでも、かの職員の面影だけは、残酷な程に微かに残されていた。図書館を辞めてどうやって暮らしてきたものか解らないが、決していい暮らし向きだとは思われなかったと言う。何よりも、精神的に。
筋張った手には手垢の付いた一冊の本。子供向きの本と思われた。そしてそのページをゆっくり、ゆっくり捲りながら、彼はぼそぼそと、それを読み上げている。
小さな、彼に似た女の子の遺影の飾られた、仏壇に向かって。
読み終えてはまた最初に戻り、読み終えてはまた……。
やがて日の傾いた部屋でも、明かりは灯る事無く、しかし本のページは捲られ続けた。幾度も幾度も読まれたそれは、最早男の脳裏に刻み込まれているのだろう。それでもページは捲られていく……。
その様にぞっとしたものを感じて、良介君は帰って来たのだと言う。
「その後、どうにか山名さんの夢に入り込んでそれとなくあの職員さんの事を思い出させては置いたけど……。あ、その時に山名さんから聞いたんだ。職員さんには小さな娘さんが居て、どうやらあの本を借りて帰る直前、事故で亡くなっていたんだって。あの本はその子が大好きな話だったんだって――だから図書館も無理に帰せとは言わなかったみたい。あんな事になってるとは知らなかったみたいだけど。だからどうにかしてくれたかも知れない。けど、僕はそれ以来、あのアパートには行ってないんだ」俯き気味に、良介君は言った。「怖くて……」
怖い?――私は目を丸くした。だって良介君だって幽霊よ?
と言うか、状況は兎も角、幽霊の子供への読み聞かせって……私がやってる事と同じじゃないの! 良介君、私も怖いの!?
私が微苦笑しながらそう質すと、良介君は笑み一つ見せずに言った。
「違うよ。あの職員さんとすばるお姉ちゃんは全然違う。だって、あの小さな仏壇には――あの人の傍にはこの世の者もあの世の者も、誰も居なかったんだもん」
「……」良介君の言う怖さが、心霊的なものではなくて、人の精神の壊れた様だと気付いて、私は――やはりぞっとした。とんだ暑気払いだわ、と私は身を竦めた。
―了―
怖くねー(^^;)
大体幽霊と普通に会話してるすばるさんに怖いものってあるんだろうか?
「何の本だったの?」私は恐る恐る訊いた。この町立鹿嶋記念図書館、時折妙な本や曰く付きの本がが発見される所でもある。
「確か童話集だったと思うんだけど……結局その職員さん、それ以来本と一緒に出て来ない儘になっちゃったから、正確には解らないんだ」
「その……それはおかしな本だったの?」私は〈おかしな〉を強調して言う。「何か憑いてるとか……」
「そんな気配は無かったよ」良介君は頭を振った。「少なくとも、此処にあった時には」
「……その職員さんが持って帰って以降の事は解らないって事ね?」
良介君は頷く。今でこそ行った事のある場所や私に付いて行ける場所には苦も無く移動出来る様になった良介君だけど、当時はこの図書館だけが彼の世界だったのだ。
「結局、その職員さんは今どうしてるの? 当然此処は辞めちゃったんでしょうけれど……。本も返して貰わない儘でよかったのかしら?」
「実は……」上目遣いに私を見ながら、良介君は話を続けた。
それによると、此処から動ける様になってから暫くして、その職員の家を訪ねたのだと言う。勿論、良介君は幽霊。正面から御免下さい、という訳には行かないけれど。住所は過去の名簿があり、また別の職員さん――五年前に入った人で面識は無いらしい――の自宅の近くでもあったのだと言う。
そうして辿り着いたのは古い二階建てアパートの一階の一室。微かに漂うのは線香の匂い。一階という事で窓側には小さな庭もあったが、それなりに手を加えられているらしき両隣と違って草茫々。その丈の高い草に埋もれる様に、錆の浮いた三輪車が放置されていた。
そしてその窓から見えたのは、薄汚れた六畳の和室と、小さな仏壇。そしてその前に座り込んだ儘の、髭ぼうぼうの男。頬のこけた顔、筋の浮いた手、痩せた身体――それでも、かの職員の面影だけは、残酷な程に微かに残されていた。図書館を辞めてどうやって暮らしてきたものか解らないが、決していい暮らし向きだとは思われなかったと言う。何よりも、精神的に。
筋張った手には手垢の付いた一冊の本。子供向きの本と思われた。そしてそのページをゆっくり、ゆっくり捲りながら、彼はぼそぼそと、それを読み上げている。
小さな、彼に似た女の子の遺影の飾られた、仏壇に向かって。
読み終えてはまた最初に戻り、読み終えてはまた……。
やがて日の傾いた部屋でも、明かりは灯る事無く、しかし本のページは捲られ続けた。幾度も幾度も読まれたそれは、最早男の脳裏に刻み込まれているのだろう。それでもページは捲られていく……。
その様にぞっとしたものを感じて、良介君は帰って来たのだと言う。
「その後、どうにか山名さんの夢に入り込んでそれとなくあの職員さんの事を思い出させては置いたけど……。あ、その時に山名さんから聞いたんだ。職員さんには小さな娘さんが居て、どうやらあの本を借りて帰る直前、事故で亡くなっていたんだって。あの本はその子が大好きな話だったんだって――だから図書館も無理に帰せとは言わなかったみたい。あんな事になってるとは知らなかったみたいだけど。だからどうにかしてくれたかも知れない。けど、僕はそれ以来、あのアパートには行ってないんだ」俯き気味に、良介君は言った。「怖くて……」
怖い?――私は目を丸くした。だって良介君だって幽霊よ?
と言うか、状況は兎も角、幽霊の子供への読み聞かせって……私がやってる事と同じじゃないの! 良介君、私も怖いの!?
私が微苦笑しながらそう質すと、良介君は笑み一つ見せずに言った。
「違うよ。あの職員さんとすばるお姉ちゃんは全然違う。だって、あの小さな仏壇には――あの人の傍にはこの世の者もあの世の者も、誰も居なかったんだもん」
「……」良介君の言う怖さが、心霊的なものではなくて、人の精神の壊れた様だと気付いて、私は――やはりぞっとした。とんだ暑気払いだわ、と私は身を竦めた。
―了―
怖くねー(^^;)
大体幽霊と普通に会話してるすばるさんに怖いものってあるんだろうか?
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こんばんは♪
う~~ん・・・・壊れた精神!確かに怖いねぇ!
幽霊とは又別の怖さがあるよね、それにしても、
痛ましいね・・・・・
その子の為に本を借りて帰ったのに、肝心の子は死んでしまったなんて・・・・・
一度も読んで聞かせてあげれなかった!
さぞやさぞかし・・・・・全世界を呪いたい気分だろうなぁ・・・・・
幽霊とは又別の怖さがあるよね、それにしても、
痛ましいね・・・・・
その子の為に本を借りて帰ったのに、肝心の子は死んでしまったなんて・・・・・
一度も読んで聞かせてあげれなかった!
さぞやさぞかし・・・・・全世界を呪いたい気分だろうなぁ・・・・・
Re:こんばんは♪
怖さと物悲しさ、に挑戦してみました☆
人の精神の壊れた様は時に物悲しく痛ましく……恐ろしい。
人の精神の壊れた様は時に物悲しく痛ましく……恐ろしい。
Re:こんばんは
浮かばれませんな(--;)
すばるさん、それでも一応良介君以外の幽霊は怖かったりはするんだけど……何故か余り怖い幽霊が出て来ないと言う(笑)
変な幽霊を寄せ付けとるんちゃうかー?
すばるさん、それでも一応良介君以外の幽霊は怖かったりはするんだけど……何故か余り怖い幽霊が出て来ないと言う(笑)
変な幽霊を寄せ付けとるんちゃうかー?
Re:こ・・・こわい。
あの世のものが居るのも怖いけど、それさえ居ない中、只亡き娘の為に本を読む……そこに彼は何を見るのか……?
Re:おはようございます♪
子供一筋な親御さんは微笑ましい。娘が生きていれば、彼は笑顔で読み聞かせをしていたのでしょう。娘のあどけない笑顔を見ながら。
けれどそれが崩れてしまうと……う~む、悲劇だ。
けれどそれが崩れてしまうと……う~む、悲劇だ。
そういえば
何処かの国のお化け屋敷(?)では、過去の殺人犯とかの人間自体の恐怖を扱うそうな。。
時に人は、幽霊よりも恐い存在になりますよね。リアルに居るからこそ・・・^^;
所謂日本のホラーに出てくる幽霊も、
現実的な人の感情が篭もっているから余計恐いんだろうなと思ったりします。。
時に人は、幽霊よりも恐い存在になりますよね。リアルに居るからこそ・・・^^;
所謂日本のホラーに出てくる幽霊も、
現実的な人の感情が篭もっているから余計恐いんだろうなと思ったりします。。
Re:そういえば
それはそれで怖いですね! 人間自体の恐怖かぁ。
幽霊が怖いのは果たして超常の存在だからなのか、人の思いの残滓ゆえか……。
幽霊が怖いのは果たして超常の存在だからなのか、人の思いの残滓ゆえか……。
Re:おはよう!
10年間付き合いの無かった山名さん達が知ってるのも、良介君が何でも解っちゃうのもおかしいよな~と思って省きましたが、奥さんは彼の状態を恐れて家出ちゃいました。推定三年程前。それ迄家計を支えたり、頑張ってはいたんだけど彼が立ち直れず……。あ。おとーさんがちょっとダメな人に……(--;)
Re:そそ、怖いと思う。
すばるさん、最初良介君が幽霊だと気付いてなかった所為もあるのかなぁ。すっかり普通(笑)
う~ん、暑いからか幽霊ものが続いたなぁ(苦笑)
う~ん、暑いからか幽霊ものが続いたなぁ(苦笑)
Re:こんにちは
気力が無いんでしょうね~。10年前、娘に読んで上げられなかった所から彼の時間が止まってる。
そして彼がそこに閉じ篭り続ける限り、周りの人間の声も届かない。だから諦めて去って行く……く、暗い!
そして彼がそこに閉じ篭り続ける限り、周りの人間の声も届かない。だから諦めて去って行く……く、暗い!
Re:暗っ!
是非、クリス君のフリッパー(羽根)ビンタで!(笑)
Re:こんにちはっ
図書館で幽霊に怖い話を聞くすばるさん(笑)
もうすっかり普通じゃなくなっちゃいましたね~(^^;)
もうすっかり普通じゃなくなっちゃいましたね~(^^;)
無題
どもども!
確かに…、怖い話にはならなかったっすねw
暑気払いにはならなかったけど、最近は涼しいんでちょうど良かったっすよ~(笑)
幽霊の存在も怖いと思うけど、それ以上に精神を病んだ人って怖いかもしれませんね。。。
確かに…、怖い話にはならなかったっすねw
暑気払いにはならなかったけど、最近は涼しいんでちょうど良かったっすよ~(笑)
幽霊の存在も怖いと思うけど、それ以上に精神を病んだ人って怖いかもしれませんね。。。
Re:無題
幽霊と人間、どっちが怖いか……って言うか、幽霊の良介君に怖がられてる元職員さんって一体(^^;)
無題
すばるさんに「良介君がここにいるのよ」と言われると普通のひとは寒くなるのだが、すばるさんは少しも寒くならない。
良介君の存在を使ってすばるさんを涼しくさせるにはどうしたらいいんだと考え込んでしまいます(笑)
良介君の存在を使ってすばるさんを涼しくさせるにはどうしたらいいんだと考え込んでしまいます(笑)
Re:無題
それは難しいですね~(^^;)
良介君にお友達を連れて来させるとか(笑)
良介君にお友達を連れて来させるとか(笑)
ここまで読み終わったぁw
良介君可愛い♪
どの作品もキャラが生きてる!!w
幽霊でも生きてるって言葉は変かなぁ?w
最近ずーっと入り浸って読んでます( 'ノェ')コッソリ
ちなみに今、会社のPCを悪用して
読み終えたとこ(つω`*)テヘ
良介君とスバル姉ちゃんは前世で何らかの形で縁があったのかなぁ?w
・・・とそんな話も見てみたいと思いながら読んでましたぁw
どの作品もキャラが生きてる!!w
幽霊でも生きてるって言葉は変かなぁ?w
最近ずーっと入り浸って読んでます( 'ノェ')コッソリ
ちなみに今、会社のPCを悪用して
読み終えたとこ(つω`*)テヘ
良介君とスバル姉ちゃんは前世で何らかの形で縁があったのかなぁ?w
・・・とそんな話も見てみたいと思いながら読んでましたぁw
Re:ここまで読み終わったぁw
会社のPC悪用して迄、有難うございます(^^)
袖すり合うも他生の縁。
なるほど、良介君とすばるさんも何処かで縁があったのかも知れませんねぇ(´ー`)
袖すり合うも他生の縁。
なるほど、良介君とすばるさんも何処かで縁があったのかも知れませんねぇ(´ー`)