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半分が古めかしい石造り、もう半分がそれに似せてはいるものの後から付け足したのが明白な新しい建材だというちぐはぐさもさる事ながら、本当の奇妙さは室内にあった。
寝室、居間、応接間……それどころか客間、食堂、遊戯室と、至る所に同じ人形が飾られている。顔立ちも同じならば服装も全く同じ、全ての造作が同じ人形が。
余程、この館の主である老婆の気に入りなのかも知れないが――稀に泊まりに来た親戚や友人は陰で囁いていた――いつも同じ人形に見張られている様で、気味が悪い。自分がどの部屋に居るのかさえ、判らなくなる事さえある、と。そうして徐々に、彼等の足は館から、そして老婆から遠退いて行った。
それでも彼女は一人、通いの家政婦に身の回りの世話を頼みつつも、人形を愛で続けていた。館に十数体ある、同じ人形を。
「どの子が一番大事なの?」庭に面したテラスで、人形の髪を梳いていた老婆に声を掛けたのは、十歳ばかりの少女だった。栗色の髪に青いリボン、青い服がよく似合っている。
勝手に入って来た事を咎めもせずに、老婆は小首を傾げた。
「どの子が一番大事って事はないわ。皆、大事な私の子よ」微笑んでそう答え、また人形に目を戻す。
「ふぅん……?」今度は少女が首を傾げる。「でも……寂しがってる子が居るんだけどね?」
「え?」顔を上げた時、そこには少女の姿は無く、テーブルの上に一本の鍵が残されていた。
老婆は暫し、その鍵を凝視し――人形を手から滑り落とすと、最早それを見向きもせずに、そのやや重厚な鍵を手に取った。
そして向かったのは館の地下――地下室を改築して造られた耐震用のシェルターだった。もしもの時の為に開け放してある厚い扉を抜け、救援が来る迄の蓄えとして買い揃えた保存食と飲料水の入った箱の間を抜け、彼女が目指したのはその一番奥。
小さな、錠で閉じられた棺が安置されていた。
老婆は手にした鍵でそれを解き、棺の蓋を、そっと開けた。
そこには腐敗防止の保存処理がなされた、少女の遺体。その面立ちは例の人形に似て、その服装は全くと言っていい程、そっくりだった。いや、そもそもが、あの人形達が彼女を模して作られたものだったのだ。
「ごめんね……」老婆は呟いた。「お前を忘れていた訳じゃないんだよ。いいえ、忘れられる訳がない。だから私はお前に似た人形を作らせて……」
「館中に置いたの?」
不意の言葉に老婆が振り向くと、そこには先の少女の姿。
どうしてだか、やはり咎める気にもなれず、老婆は頷いた。
「この館、おかしいと思うでしょ? 半分は古くて、半分は新しい……。この子が八歳の時、この一帯で大きな地震が起きてね、元々老朽化していた館半分が倒壊してしまったの。そしてこの子は……倒壊した側に居た。私は必死に探し回ったけれど、辺り一帯が大混乱でここ迄は捜索の手も足りなくて、やっと重機が瓦礫を除けた時には……手遅れだったわ。瓦礫の直撃は受けなかった様だけれど、狭い隙間に閉じ込められて食べる事も飲む事も出来ず……この子は独り、死んでしまった……。それ以来ね、怖くなったの」
何が? と少女は問うた。
「大事なものを、失う事が」老婆はぽつり、涙を零した。「この目の届かない所で、この手の及ばない所で、大事なものが失われるのが恐ろしい。だからこうしてシェルターも作ったわ。あの人形達はこの子の代わり。けれど、どこに置いておいても安心出来ない。この手に抱いていても、心は落ち着かない。予備を置いておかなくちゃ……」
「そうしてまた、予備の予備を……? それでこんなになっちゃったのね」少女は肩を竦めた。「でも……本当に失いたくないものは、何?」
「それは……」老婆は振り返り、棺の中の遺体を見遣る。
幸いにも傷そのものは少なく、丸で眠っているかの様にさえ見える、小さな遺体。墓所に納めて、手の届かない所で何かあったらと、この館から出す事すら出来なかった、遺体。
しかし、それはもう、失われてしまった命の抜け殻。
「私は……」老婆は肩を落とした。一気に、老化が進んだ様に、身体が重い。思考が鈍い。「私の大事なものは……もう……。なのに、何でこんなシェルター迄作っちゃったのかしら。滑稽よね?」
いいえ、と少女は頭を振った。
「娘さんには間に合わなくても、貴女や周りの人にとっては、もしもの時があるかも知れない。その時は大事でしょうね、此処は」
「でも、あの子が守れないんじゃあ、何の役にも……!」
「貴女の大事な命は守れるんじゃない?」
「私の命なんて……」
「貴女が娘さんを大事に思う様に、娘さんも貴女が大事なんじゃないかしら?」
「……!」胸の詰まる想いに、老婆は言葉を失くした。
少女の言葉は素っ気無い。決して同情でも慰めでも何でもなく、只事実を言っているだけといった感がある。
それだけに、老婆の心に響いた。
老婆は、娘の棺に取り縋って、一頻り泣き、少女はその間に姿を消していた。
「ご苦労様」呟いて、少女は鍵を鍵束に繋いだ。
その目の前に、彼女より二つ程幼い少女の姿。
「あれでよかったの?」
いいの、と幼い少女は言った。
「お母さんがあの人形に……私に執着している限り、あの館には人が寄り付かない。お母さんも人を求めない。でも、私だって私の届かない所で何かあって欲しくない。けれど、もう、私には何も出来ないから……」小さな両手を見詰め、少女は顔を曇らせた。「私の代わりなら、いざって時に何も出来ない人形より、生きている人の方がいいわ」
「なるほどね」
「じゃ、私は行くわね。有難う、ありす」そう言って、少女の姿は薄らいで行った。
それを見送って、青い少女は微苦笑を浮かべた。
「どれ程傍に居ても、人間の手で出来る事には限りがあるわよね。ま、想いには限りはないかも知れないけどね」
そうして彼女もまた、夕暮れの中、姿を消した。
―了―
な、長くなった(--;)
ありすの相手は色々、鍵も色々です。
そうそう、代わりになれる物なんて無いけれどね~。