〈2007年9月16日開設〉
これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。
尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。
絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
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月明かりに照らされた夜の公園で、ジャングルジムの天辺に腰掛けて夜空を見上げる少女――その絵を描き上げた直後に、画家は失踪した。
書置きの類は一切無く、家族にも友人にも何の相談も無く。
「最近、創作の事で悩んでいた風だったからなぁ」
「そうそう、もっと人が見た事もない様な、独創的なものを描きたいって」
「疲れていたみたいだったし……。早く無事に帰って来てくれるといいんだけど」
友人達は口々にそう言ったが、悩める画家の創作意欲が減退した訳ではなさそうなのは、描き上げた絵を除けて新たに用意された真っ更のキャンバスからも窺えた。絵の具も補充されたばかりだった。
今直ぐにでも描きたい!――そう言っている様に。
書置きの類は一切無く、家族にも友人にも何の相談も無く。
「最近、創作の事で悩んでいた風だったからなぁ」
「そうそう、もっと人が見た事もない様な、独創的なものを描きたいって」
「疲れていたみたいだったし……。早く無事に帰って来てくれるといいんだけど」
友人達は口々にそう言ったが、悩める画家の創作意欲が減退した訳ではなさそうなのは、描き上げた絵を除けて新たに用意された真っ更のキャンバスからも窺えた。絵の具も補充されたばかりだった。
今直ぐにでも描きたい!――そう言っている様に。
遡る事十数日前、創作に行き詰った画家は気を紛らわせようと夜の散歩に出掛けた。ひっそりと静まった住宅地を抜け、昼間の賑わいが嘘の様な公園に入る。
そしてそこで、件の少女に会ったのだった。
ジャングルジムの天辺に座って、月を見上げる少女。月明かりと街灯の明かりで、どうにか風体が判る。栗色の長い髪に青いリボン、青い服の十歳ばかりの少女だ。こんな時間に此処に居るのは余りに場違いだった。
心細げな風は微塵も見られないから、迷子ではないだろう、と画家は推察した。家出か?
ともあれ、大人として保護するべきだろうと、彼は声を掛ける事にした。脳裏には最寄の交番迄の地図が浮かんでいる、
「こんな時間にどうしたんだい?」
「迷子でも家出人でもないから安心して」彼の考えを読んだ様に、少女はそう言って笑った。「余りにいい月だから、見ていただけよ」
釣られる様に、男は月を見上げる。
大きく、のし掛かって来る様な月が蒼く、優しく地上を照らしている。確かに綺麗な月だ、と画家は頷いた。だが――自分の描きたいのはこれでもない、と呟く。
少女はありすと名乗り、彼に興味を示した様だった。
「どんなものが描きたいの? 絵の具の匂いのするお兄さん」
「……誰も見た事の無いもの」と、彼は答えた。
少女は小首を傾げて、話を促す。
「今夜の月は綺麗だけれど、今起きている人ならちょっと空を見上げれば、誰でも見られる。それは、技術さえあれば誰でも描けるって事だ。だけど僕は……僕にしか描けないものを描きたい。僕にしか見えない風景を……」
「お兄さんにしか見えない風景……ねぇ」少女は空を見上げる。星を数えてでもいるのか、別の何かを見ようとしているのか。「私にはお兄さんの見ている風景は見えないけれどね?」
それはそうだ、と画家は笑った。少女はジャングルジムの上、自分は土の上、視点が違うのだからと。
ふっと微苦笑を浮かべて、少女はジャングルジムから降りて来た。並んで見ても今度は私が低過ぎるのね、と笑う。何か含みのありそうな笑みに胸がざわつくものの、画家はこっくりと頷いた。
そして公園の時計台を見上げ、時刻を確認すると少女に帰宅を促した。
「もう真夜中じゃないか。家は近いのかい? 送ろうか?」
「大丈夫よ。直ぐ近くだから」そう言って、少女は踵を返した。「一人で大丈夫」
そう言われたものの、画家は軽やかに駆け出した彼女の後を追った。こんな夜中に女の子を一人で出歩かせて、何かあったら寝覚めが悪い、と。
見れば少女は住宅街の方へは向かわず、公園の管理事務所らしき小さな小屋へと足を向けていた。やはり家出少女なのか? と眉を顰めていると、彼女は胸元から金色の鍵を取り出し、小屋のドアを開けた。
その途端、画家は彼女を追う事も忘れ、その場に立ち尽くした。
小さな小屋の筈のそこには、これ迄に彼が見た事もない色彩、そして光に満ちた風景が広がっていた。管理事務所などでは決してあり得ない。
呆然とする間に、少女はその風景の中に溶け込み、何の飾りも無いドアは閉められた。
はっと我に返り、画家は小屋に駆け寄った。
窓から明かりは漏れていない。誰かが居る気配も無い。あの少女さえも。
恐る恐る手を伸ばしたドアノブには、ひんやりとした感触と、しっかりとした鍵の手応え。ついさっき、それが開けられたのだとは思えない程に、ドアは厳然と彼とあの景色とを分断していた。思い切ってドアをノックしてみたものの、答えは無い。
何処に行ったんだ? あの子は――暫し呆然と、彼はそこに立ち尽くしていた。
翌日から、彼は絵の制作に取り掛かった。ジャングルジムに腰掛けた少女の絵。本当に描きたかったのはあの風景だったが、それは脳裏に焼き付いていながらも掴めない雲の様に彼を翻弄し、苛付かせた。
もう一度、今度はあんな一瞬ではなく、ちゃんと見たい。それにはあの少女を見付けなければ……。
夜も日も眠れず、日中は少女の姿を忘れまいとするかの様に絵を描き続け、夜は公園を中心に少女を探し回った。一度は昼に公園を訪れ、管理事務所の人間に頼んで中を見せて貰ったが、案の定と言うか、そこはごく普通の事務所に過ぎなかった。
頬はこけ、友人からは恋煩いかとからかわれる有様だった――強ち、間違いではないなと彼は苦笑した。
そして昨夜、遂に彼は見付けたのだった。あの少女を。
画家は訳を話し、あの風景を見せて欲しいと彼女に頼んだ。
「描きたかったのはお兄さんにしか見えないものじゃなかったの?」少女はそう言って微苦笑を浮かべた。「あの風景は私にも見えてるわよ?」
「それでも……!」彼は縋り付かんばかりに彼女に詰め寄った。「あの風景を描きたいんだ。これ迄、僕はあんな風景を見た事が無い。あれなら……あの風景なら、誰も見た事のないものが描けそうなんだ……!」
「誰も見た事のないもの……」少女は繰り返した。「貴方以外の、ね」
「頼むよ!」
「……いいわ」少女は肩を竦めた。「但し、足を踏み入れない事。私以外の人間に関しては、責任持てないわ」
画家は頷く。あの風景が見られるのならばどんな誓いでもする、と。
そして少女は鍵を使い――彼はその風景へと足を踏み入れてしまった。誓いも吹き飛んでしまう程に、彼はその風景に惹き付けられてしまったのだった。
「やっぱり……人間の誓いなんて、こんなものね」少女は肩を竦め、溜息をついた。「ま、運がよければ何処かで拾って、帰して上げるわ」
彼女が管理するあの世界は、余りに広いけれど。
「お兄さん、私と貴方の違いは視点の違いだけじゃないのにね。貴方の見ているもの=他人が見ているものじゃあない。それは目の高さだけじゃなくて、これ迄に培われたものや、受け取り方……全てが千差万別だと、いつ、気付くのかな?」
まぁ、時間だけはたっぷりありそうよね、と少女は笑い、あり得ない風景の中へと、姿を消した。
―了―
あの世界では年取らなかったりして……☆
そしてそこで、件の少女に会ったのだった。
ジャングルジムの天辺に座って、月を見上げる少女。月明かりと街灯の明かりで、どうにか風体が判る。栗色の長い髪に青いリボン、青い服の十歳ばかりの少女だ。こんな時間に此処に居るのは余りに場違いだった。
心細げな風は微塵も見られないから、迷子ではないだろう、と画家は推察した。家出か?
ともあれ、大人として保護するべきだろうと、彼は声を掛ける事にした。脳裏には最寄の交番迄の地図が浮かんでいる、
「こんな時間にどうしたんだい?」
「迷子でも家出人でもないから安心して」彼の考えを読んだ様に、少女はそう言って笑った。「余りにいい月だから、見ていただけよ」
釣られる様に、男は月を見上げる。
大きく、のし掛かって来る様な月が蒼く、優しく地上を照らしている。確かに綺麗な月だ、と画家は頷いた。だが――自分の描きたいのはこれでもない、と呟く。
少女はありすと名乗り、彼に興味を示した様だった。
「どんなものが描きたいの? 絵の具の匂いのするお兄さん」
「……誰も見た事の無いもの」と、彼は答えた。
少女は小首を傾げて、話を促す。
「今夜の月は綺麗だけれど、今起きている人ならちょっと空を見上げれば、誰でも見られる。それは、技術さえあれば誰でも描けるって事だ。だけど僕は……僕にしか描けないものを描きたい。僕にしか見えない風景を……」
「お兄さんにしか見えない風景……ねぇ」少女は空を見上げる。星を数えてでもいるのか、別の何かを見ようとしているのか。「私にはお兄さんの見ている風景は見えないけれどね?」
それはそうだ、と画家は笑った。少女はジャングルジムの上、自分は土の上、視点が違うのだからと。
ふっと微苦笑を浮かべて、少女はジャングルジムから降りて来た。並んで見ても今度は私が低過ぎるのね、と笑う。何か含みのありそうな笑みに胸がざわつくものの、画家はこっくりと頷いた。
そして公園の時計台を見上げ、時刻を確認すると少女に帰宅を促した。
「もう真夜中じゃないか。家は近いのかい? 送ろうか?」
「大丈夫よ。直ぐ近くだから」そう言って、少女は踵を返した。「一人で大丈夫」
そう言われたものの、画家は軽やかに駆け出した彼女の後を追った。こんな夜中に女の子を一人で出歩かせて、何かあったら寝覚めが悪い、と。
見れば少女は住宅街の方へは向かわず、公園の管理事務所らしき小さな小屋へと足を向けていた。やはり家出少女なのか? と眉を顰めていると、彼女は胸元から金色の鍵を取り出し、小屋のドアを開けた。
その途端、画家は彼女を追う事も忘れ、その場に立ち尽くした。
小さな小屋の筈のそこには、これ迄に彼が見た事もない色彩、そして光に満ちた風景が広がっていた。管理事務所などでは決してあり得ない。
呆然とする間に、少女はその風景の中に溶け込み、何の飾りも無いドアは閉められた。
はっと我に返り、画家は小屋に駆け寄った。
窓から明かりは漏れていない。誰かが居る気配も無い。あの少女さえも。
恐る恐る手を伸ばしたドアノブには、ひんやりとした感触と、しっかりとした鍵の手応え。ついさっき、それが開けられたのだとは思えない程に、ドアは厳然と彼とあの景色とを分断していた。思い切ってドアをノックしてみたものの、答えは無い。
何処に行ったんだ? あの子は――暫し呆然と、彼はそこに立ち尽くしていた。
翌日から、彼は絵の制作に取り掛かった。ジャングルジムに腰掛けた少女の絵。本当に描きたかったのはあの風景だったが、それは脳裏に焼き付いていながらも掴めない雲の様に彼を翻弄し、苛付かせた。
もう一度、今度はあんな一瞬ではなく、ちゃんと見たい。それにはあの少女を見付けなければ……。
夜も日も眠れず、日中は少女の姿を忘れまいとするかの様に絵を描き続け、夜は公園を中心に少女を探し回った。一度は昼に公園を訪れ、管理事務所の人間に頼んで中を見せて貰ったが、案の定と言うか、そこはごく普通の事務所に過ぎなかった。
頬はこけ、友人からは恋煩いかとからかわれる有様だった――強ち、間違いではないなと彼は苦笑した。
そして昨夜、遂に彼は見付けたのだった。あの少女を。
画家は訳を話し、あの風景を見せて欲しいと彼女に頼んだ。
「描きたかったのはお兄さんにしか見えないものじゃなかったの?」少女はそう言って微苦笑を浮かべた。「あの風景は私にも見えてるわよ?」
「それでも……!」彼は縋り付かんばかりに彼女に詰め寄った。「あの風景を描きたいんだ。これ迄、僕はあんな風景を見た事が無い。あれなら……あの風景なら、誰も見た事のないものが描けそうなんだ……!」
「誰も見た事のないもの……」少女は繰り返した。「貴方以外の、ね」
「頼むよ!」
「……いいわ」少女は肩を竦めた。「但し、足を踏み入れない事。私以外の人間に関しては、責任持てないわ」
画家は頷く。あの風景が見られるのならばどんな誓いでもする、と。
そして少女は鍵を使い――彼はその風景へと足を踏み入れてしまった。誓いも吹き飛んでしまう程に、彼はその風景に惹き付けられてしまったのだった。
「やっぱり……人間の誓いなんて、こんなものね」少女は肩を竦め、溜息をついた。「ま、運がよければ何処かで拾って、帰して上げるわ」
彼女が管理するあの世界は、余りに広いけれど。
「お兄さん、私と貴方の違いは視点の違いだけじゃないのにね。貴方の見ているもの=他人が見ているものじゃあない。それは目の高さだけじゃなくて、これ迄に培われたものや、受け取り方……全てが千差万別だと、いつ、気付くのかな?」
まぁ、時間だけはたっぷりありそうよね、と少女は笑い、あり得ない風景の中へと、姿を消した。
―了―
あの世界では年取らなかったりして……☆
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Re:こんばんは(^^)
行っちゃいましたね(笑)
芸術家……何か違うものを見てそうな気がする……(^^;)
芸術家……何か違うものを見てそうな気がする……(^^;)
Re:こんばんは
戻れたら浦島太郎状態かもね♪
戻れるかどうか解らんけど(←おい)
戻れるかどうか解らんけど(←おい)
おはよう!
自分のブログに書こうと思っていたことだけど。(苦笑)
ちょっと話は逸れるかもしれないけれど、文字って習えば書くことは出来る。
でも、文章は、書けない。
買きたい衝動、語りたい思念、伝えたい思想等が無ければね。
PCだって、タイピングを技術を習得すれば、文字を打つ事は出来るけど、何か意味のあることを書こうとすれば、書きたい思いが無ければ、1文字だって書けない。
絵を初め、その他のあらゆる表現手段も同じなんだろうね。
単に技術が拙い場合もあるけど、積み上げてきた、表現とは直接関係の無いものへの関心、感想等が重要なんだろうね。
そこで思う、昨今の幼児教育の英語への傾倒振りに、一抹の不安を覚える。
国際語といわれる英語、慣れさせる事は大切ではあると思うが、母国語で自分の意思を充分に表現できない子供に、英語で何を表現させる積りなのだろう?
そこの所、分かっていて教えているなら良いけどね。
ちょっと話は逸れるかもしれないけれど、文字って習えば書くことは出来る。
でも、文章は、書けない。
買きたい衝動、語りたい思念、伝えたい思想等が無ければね。
PCだって、タイピングを技術を習得すれば、文字を打つ事は出来るけど、何か意味のあることを書こうとすれば、書きたい思いが無ければ、1文字だって書けない。
絵を初め、その他のあらゆる表現手段も同じなんだろうね。
単に技術が拙い場合もあるけど、積み上げてきた、表現とは直接関係の無いものへの関心、感想等が重要なんだろうね。
そこで思う、昨今の幼児教育の英語への傾倒振りに、一抹の不安を覚える。
国際語といわれる英語、慣れさせる事は大切ではあると思うが、母国語で自分の意思を充分に表現できない子供に、英語で何を表現させる積りなのだろう?
そこの所、分かっていて教えているなら良いけどね。
Re:おはよう!
確かにね、知ってはいても使う事のない知識、使おうとも思わない技術というのもありますよね。
英語を覚えたからと言ってそれで何を表現するのか?
表現したいと欲する心を、先ずは培って欲しいかも。
英語を覚えたからと言ってそれで何を表現するのか?
表現したいと欲する心を、先ずは培って欲しいかも。
Re:こんにちは♪
戻って来れるかどうかは運次第……かも(^^;)
運良くありすに会えればいいけどね。
既に他人とは違うものを見ているのにそれに気付かず、欲する……それが人間かもね。
運良くありすに会えればいいけどね。
既に他人とは違うものを見ているのにそれに気付かず、欲する……それが人間かもね。
Re:こんにちはっ
戻って来られたら……どんな世界になってるんでしょうね?(^^;)
Re:無題
芸術家は命懸け(^^;)
まぁ、そこ迄の覚悟があるなら、ラッキーかも!?
まぁ、そこ迄の覚悟があるなら、ラッキーかも!?
Re:あえて、つっこむ
了解(^^)ゞ
Re:知ってるよ~
コメントの時にパス入れておくと、書いた人のパソコンからなら編集でこっそり訂正出来ますよ~。