〈2007年9月16日開設〉
これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。
尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。
絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
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「鍵を捜してくれないかい?」上体だけを起こしたベッドに身を沈めながら、老婆は目の前に立った少女に言った。齢九十は越えているのだろうか。もうすっかり、目も脚も弱っている様で、老眼鏡を幾度も調節している。
それに対して、目の前の少女――栗色の髪によく似合う青いリボンを付け、青い服を着た十歳ばかりの少女――は、にべもなく言った。
「嫌よ」と。
「おやおや」老婆は幾分態とらしい程に目を丸くした。「鍵を捜すのが嫌だって? あんたは、ありすだろう?」
「正確には、貴女の鍵を捜すのは、嫌」少女は言い直した。
「思い出の鍵を捜して欲しいっていう、この年寄りの願いが聞けないのかい?」哀願の様でもあり脅迫の様でもあるその声に、しかし少女は眉一つ動かさずに、頭を振った。
「未だ開ける物がある鍵は持ち主の手に」謡う様に、彼女は言った。「最期の鍵は我が手に……貴女の鍵はそのどちらでもないもの。もう二度と開けられる事はない、けれど、最期でもない――封じ続けなければならないんだもの」
貴女という、この屋敷に巣食った悪霊を。
そう言い残して、少女は何処へともなく姿を消した。
「おのれ……!」誰も居なくなったくらい部屋で、老婆は鬼人もかくやという表情で歯噛みした。身体の弱った老婆という、過去に纏っていた姿をかなぐり捨て、本性を現したのだ。
かつてはこの家に心安らかに住んでいた彼女だったが、密かに慕っていた人と親友との挙式以後、人間不信を、そして心の病を募らせた。
――あの人を慕っている事を、親友の彼女にだけは話したのに……! 私の心を知りながら、彼女は私を裏切った! 絶対に許せはしない……!
以前から付き合いはあったけれど、申し訳なくて言い出せなかったのだと言う親友に、表面上は笑顔を向けた。数少ない親友さえも失うのが、怖かったから。
だが、その表面と内面との乖離は更に彼女の心を乱れさせ、闇を深くした。
いっそ罵詈雑言を浴びせ掛け、涙で流してしまえばよかったのかも知れない。だが、僅かな矜持も邪魔したのだろうか、彼女はそうせず、内に籠った闇は彼女の死後、その魂をこの屋敷に留まらせてしまった。
悪霊として。
以降、この屋敷に立ち入る者には不吉の影が降り、更には恐ろしい老婆の姿の目撃も後を断たなかった。
当然、人は遠ざかった。しかし、立地的には一等地と言っていいこの土地と、年代を感じさせる重厚なこの屋敷を遊ばせておくのをよしとしなかった管理者は、呪い師を雇い、彼女を封じてしまったのだった。
だが、封印にも鍵がある――老婆は目を光らせた――それは物理的な物だったり、何かの切っ掛けだったり、様々だ。
だが、何にせよ此処から出られる可能性は未だ、ある。
ありすに断られようと、この屋敷に好奇心旺盛な人間が出入りする限り、その切っ掛けは訪れるかも知れない。これ迄待ったのだ。未だ未だ、待ってやろうではないか。
そしていずれ、この屋敷の鍵を、親友と思い人の子孫が手にするように……。
暗闇の中、老婆のくぐもった笑い声だけが、遠雷の様に低く響いていた。
* * *
「ご苦労様」少女は鍵を鍵束に収めながら呟いた。
それはあの屋敷の鍵。最早老朽化し、危険だからと取り壊しが決まった建物の鍵。
「どれだけ待ったって、二人の子孫は来ないってば」少女は肩を竦め、一度だけ、屋敷を振り返った。「その状態じゃ、貴女に鍵なんて無用の長物でしょ。貴女は……自分の心に籠った儘なんだから」
封印以前に、老婆には自身で設けた強固な鍵が存在していた。
そこから出る鍵は自分にしか見付けられないの、と苦笑を浮かべ、少女は夜の闇に姿を消した。
―了―
眠い、眠い(--)。゜
それに対して、目の前の少女――栗色の髪によく似合う青いリボンを付け、青い服を着た十歳ばかりの少女――は、にべもなく言った。
「嫌よ」と。
「おやおや」老婆は幾分態とらしい程に目を丸くした。「鍵を捜すのが嫌だって? あんたは、ありすだろう?」
「正確には、貴女の鍵を捜すのは、嫌」少女は言い直した。
「思い出の鍵を捜して欲しいっていう、この年寄りの願いが聞けないのかい?」哀願の様でもあり脅迫の様でもあるその声に、しかし少女は眉一つ動かさずに、頭を振った。
「未だ開ける物がある鍵は持ち主の手に」謡う様に、彼女は言った。「最期の鍵は我が手に……貴女の鍵はそのどちらでもないもの。もう二度と開けられる事はない、けれど、最期でもない――封じ続けなければならないんだもの」
貴女という、この屋敷に巣食った悪霊を。
そう言い残して、少女は何処へともなく姿を消した。
「おのれ……!」誰も居なくなったくらい部屋で、老婆は鬼人もかくやという表情で歯噛みした。身体の弱った老婆という、過去に纏っていた姿をかなぐり捨て、本性を現したのだ。
かつてはこの家に心安らかに住んでいた彼女だったが、密かに慕っていた人と親友との挙式以後、人間不信を、そして心の病を募らせた。
――あの人を慕っている事を、親友の彼女にだけは話したのに……! 私の心を知りながら、彼女は私を裏切った! 絶対に許せはしない……!
以前から付き合いはあったけれど、申し訳なくて言い出せなかったのだと言う親友に、表面上は笑顔を向けた。数少ない親友さえも失うのが、怖かったから。
だが、その表面と内面との乖離は更に彼女の心を乱れさせ、闇を深くした。
いっそ罵詈雑言を浴びせ掛け、涙で流してしまえばよかったのかも知れない。だが、僅かな矜持も邪魔したのだろうか、彼女はそうせず、内に籠った闇は彼女の死後、その魂をこの屋敷に留まらせてしまった。
悪霊として。
以降、この屋敷に立ち入る者には不吉の影が降り、更には恐ろしい老婆の姿の目撃も後を断たなかった。
当然、人は遠ざかった。しかし、立地的には一等地と言っていいこの土地と、年代を感じさせる重厚なこの屋敷を遊ばせておくのをよしとしなかった管理者は、呪い師を雇い、彼女を封じてしまったのだった。
だが、封印にも鍵がある――老婆は目を光らせた――それは物理的な物だったり、何かの切っ掛けだったり、様々だ。
だが、何にせよ此処から出られる可能性は未だ、ある。
ありすに断られようと、この屋敷に好奇心旺盛な人間が出入りする限り、その切っ掛けは訪れるかも知れない。これ迄待ったのだ。未だ未だ、待ってやろうではないか。
そしていずれ、この屋敷の鍵を、親友と思い人の子孫が手にするように……。
暗闇の中、老婆のくぐもった笑い声だけが、遠雷の様に低く響いていた。
* * *
「ご苦労様」少女は鍵を鍵束に収めながら呟いた。
それはあの屋敷の鍵。最早老朽化し、危険だからと取り壊しが決まった建物の鍵。
「どれだけ待ったって、二人の子孫は来ないってば」少女は肩を竦め、一度だけ、屋敷を振り返った。「その状態じゃ、貴女に鍵なんて無用の長物でしょ。貴女は……自分の心に籠った儘なんだから」
封印以前に、老婆には自身で設けた強固な鍵が存在していた。
そこから出る鍵は自分にしか見付けられないの、と苦笑を浮かべ、少女は夜の闇に姿を消した。
―了―
眠い、眠い(--)。゜
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Re:こんにちは☆
何事も内に籠り過ぎるのはよくないかと(^^;)
程よく発散しないとね♪
程よく発散しないとね♪
Re:無題
自分で自分を縛っちゃうと、他の人がそれを解くのはかなり大変かもね~。