〈2007年9月16日開設〉
これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。
尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。
絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
Admin
Link
×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
「どこから持って来たのか知らないが、そんな鍵もう要らないよ」上半身を持ち上げたリクライニングのベッドに身を沈めた儘、老人は緩やかに――本人としては精一杯の力なのだが――手を振った。
「そう言わないで、お爺さん」ベッドの横に立った少女が笑う。「この鍵の、最後の仕事なんだから」
「最後……」その言葉に、ぴくりと眉が跳ね上がる。「……私と、同じか」
それについては何も言わずに、栗色の髪に青いリボンのよく似合う少女は、老人の皺だらけの手にそっと、一本の鍵を乗せた。
老人は鍵をじっと見詰める。
「あの時も……この鍵を素直に受け取っていればよかったのだろうか?」
老人の呟きに、少女は「知らないわ」とばかりに微苦笑を浮かべて、肩を竦めるばかりだった。
「そう言わないで、お爺さん」ベッドの横に立った少女が笑う。「この鍵の、最後の仕事なんだから」
「最後……」その言葉に、ぴくりと眉が跳ね上がる。「……私と、同じか」
それについては何も言わずに、栗色の髪に青いリボンのよく似合う少女は、老人の皺だらけの手にそっと、一本の鍵を乗せた。
老人は鍵をじっと見詰める。
「あの時も……この鍵を素直に受け取っていればよかったのだろうか?」
老人の呟きに、少女は「知らないわ」とばかりに微苦笑を浮かべて、肩を竦めるばかりだった。
老人がかつてその鍵を託されようとしていたのは、さる老婦人からだった。
祖母の妹に当たるというその老婦人は、それ迄その存在さえ意識していなかった彼等親族を突然呼び寄せ、遺産の話を持ち掛けたのだった。
集まった二家族の中の子供三人――その中のたった一人に、自分の遺産を譲る、と。
それからおかしくなった、と老人は顔を顰める。
それぞれの両親は兎に角自分の子供を老婦人に気に入って貰おうと躍起になり、子供達にも互いへの対抗意識を強要した。それ迄仲のよかった、歳の近い従兄弟との間も、どこかぎくしゃくしてしまった。自分の妹でさえ気を許せなくなったのは……自身にも、両親同様の欲があったのかも知れない。その欲深さを子供心に見下していたのに。
ああ、本当におかしくなってしまった――老人は鍵を持たぬ方の手で顔を覆う。
五十年程前のその当時、彼の家は決して裕福ではなかった。金があれば……そう思わずにいる事は困難だった。そこに高そうな調度品や絵画を見せられ、子供達の内の誰かにその遺産が齎されると言われたのだ。
おかしくならない方が……おかしいのか。老人は苦笑する。
だが、その変化は彼にとって非常に不快だった。
両親が金に困っている事も知っていた。金さえあればもっと楽な暮らしが出来る事も解っていた。だが、金に目をぎらつかせている両親や、何より自分自身の中にその浅ましさを見るのが嫌だった。
その原因となった老婦人を、彼は恨んだ。
これ迄は楽ではないながらも、仲のいい家族だったのに、と。両親や自分のこんな醜い面など、見たくはなかった、と。
それでいて両親の手前もあってか、老婦人の前ではいい子を演じている自分が、尚更嫌だった。
挙句に……あれだ――老人は目頭を揉む。今でも、思い出せば涙が溢れそうだった。
悔し涙が。
二、三日老婦人宅に泊まって、様子を見る事になった。その間に子供達を見極めて、誰に託すか――あるいは誰にも託さず、施設に寄付するか――を決めると言うのだ。
ところが、一日目の晩、足を傷めているという老婦人が階段を上るのを手伝っていた時、不意に彼女は、彼の手に一本の鍵を握らせたのだった。この家の鍵だ、と。意味が解らず顔を見上げる彼に、老婦人はどこか酷薄な笑みを浮かべてこう言った。
『実はもうあんたに譲る事に決めてるんだよ。理由? これといった理由なんてないさ。他の二人より、あんたがほんのちょっとだけ、賢そうだったからかねぇ。ああ、この事は最終日迄内緒だよ。面白いじゃないか。あたしに取り入ろうと躍起になってる連中の滑稽さを、一緒に堪能しようじゃないかね』
彼は頭の中がかっと熱くなるのを感じ、気が付いた時にはもう鍵を突き返していた。
人の家を掻き回して置いて、何て言い草だ! 馬鹿にするな!――そんな事を喚いた気がする。尤も、余りの怒りに殆ど呂律が回っていなかったかも知れないが。
そうして駆け去る彼を、老婦人は笑って見下ろしていた。
後になって、それは試されたのかも知れないと思った。だが、そうだとしても、あの言い様は許せなかった。あんな老婦人に取り入る為にいい子を演じるなど、もううんざりだった。
そして彼は、老婦人への殺意を抱いた。
警戒心を抱かれる事もなく、本人も未だ善悪の判断の甘い幼い妹を使い、老婦人を階段から突き落として亡き者とした。彼女は未だ書面としては遺産相続人を定めておらず、結局遺産は施設に寄付される運びとなった。
彼は老婦人を突き落とす際に妹が利用した紙風船を始末し、序でに、彼が一度は握らされた鍵を彼女のポケットから掏り取った。家を囲む森の中に力一杯、投げ捨てる為に。
その行為に実質的な意味などないのだろう。只、彼はその鍵と共にこの騒動を彼等の家族に持ち込んだ老婦人との縁を、捨ててしまいたかったのかも知れない。
そしてその鍵が今、彼の手にある。
「ああ……駄目だ。やはりこれを素直に受け取る事など出来ないよ」老人は嘆息した。「何度思い返しても……。そう、何度も思い返したさ。一緒に居た従兄弟にも何度もあの時の話をされ、うんざりしたものだった。その度に怒りがぶり返し、悔し涙を堪えるのがやっとだった。彼の方は何も知らず、只過去の笑い話としていた様だがね。それに耐え切れず、私は彼さえも……」
「殺したの?」
こっくりと、老人は頷く。
「それでも自首する事もなく、のうのうと生き続けた……。私はあの時の両親より、大叔母より、尚、醜い……!」両手で顔を覆い、老人は嗚咽を漏らす。「それでいて自ら命を絶つ事も出来ず、老いさらばえて、死が向こうから歩いて来るのを待っているのだ。もう直ぐ……来てくれそうだがね」
それはどこか、安堵を含んだ声音。もう直ぐ逃れられる、そんな思いが漏れてくる。
だが……。
「そうかしらね?」悪戯っぽい少女の声に、老人は顔を上げた。
「どういう……意味だ?」
「貴方が過去に鍵を受け取らなかったのは、貴方の自由だわ。でも……他の人の命や人生は貴方が自由にしていいものじゃない。なのに貴方は妹を使って大叔母様を殺し、従兄弟迄も殺めた。その貴方に……自由が許されると思って?」
くすくすと忍び笑いを漏らす少女の姿が、彼の目の前から薄れて行く。いや、景色そのものが薄れ、遠ざかって行く。
「これは……!?」狼狽に辺りを見回す老人は――いつの間にか自宅のベッドの上ではなく、あの家の玄関の前に立っていた。手にはその玄関の、鍵。「…………」
彼は吸い寄せられる様に、鍵を鍵穴に差し込んだ。
開いた扉の向こうに待っていたのは、過去の忌むべき日の光景だった。
呆然とする彼の後ろで扉が閉まる。
その扉、一方通行なの――そんな声が聞こえた様な気がした。
* * *
「ご苦労様」鍵を鍵束に繋ぎ、少女は呟いた。
彼女の前にはベッドに身を預けた、老人の遺体がある。驚愕と恐怖に見開かれた儘の目をそっと瞑らせて、彼女は踵を返した。
「身体は最期を迎えても、心の方は……最期があるのかしらね?」
くすり、少女は微笑み、金色の鍵を手近な扉の鍵穴に差し、その向こうの何処とも知れない空間へと、去って行った。
―了―
「あんた」宅にありす、派遣しときました☆
祖母の妹に当たるというその老婦人は、それ迄その存在さえ意識していなかった彼等親族を突然呼び寄せ、遺産の話を持ち掛けたのだった。
集まった二家族の中の子供三人――その中のたった一人に、自分の遺産を譲る、と。
それからおかしくなった、と老人は顔を顰める。
それぞれの両親は兎に角自分の子供を老婦人に気に入って貰おうと躍起になり、子供達にも互いへの対抗意識を強要した。それ迄仲のよかった、歳の近い従兄弟との間も、どこかぎくしゃくしてしまった。自分の妹でさえ気を許せなくなったのは……自身にも、両親同様の欲があったのかも知れない。その欲深さを子供心に見下していたのに。
ああ、本当におかしくなってしまった――老人は鍵を持たぬ方の手で顔を覆う。
五十年程前のその当時、彼の家は決して裕福ではなかった。金があれば……そう思わずにいる事は困難だった。そこに高そうな調度品や絵画を見せられ、子供達の内の誰かにその遺産が齎されると言われたのだ。
おかしくならない方が……おかしいのか。老人は苦笑する。
だが、その変化は彼にとって非常に不快だった。
両親が金に困っている事も知っていた。金さえあればもっと楽な暮らしが出来る事も解っていた。だが、金に目をぎらつかせている両親や、何より自分自身の中にその浅ましさを見るのが嫌だった。
その原因となった老婦人を、彼は恨んだ。
これ迄は楽ではないながらも、仲のいい家族だったのに、と。両親や自分のこんな醜い面など、見たくはなかった、と。
それでいて両親の手前もあってか、老婦人の前ではいい子を演じている自分が、尚更嫌だった。
挙句に……あれだ――老人は目頭を揉む。今でも、思い出せば涙が溢れそうだった。
悔し涙が。
二、三日老婦人宅に泊まって、様子を見る事になった。その間に子供達を見極めて、誰に託すか――あるいは誰にも託さず、施設に寄付するか――を決めると言うのだ。
ところが、一日目の晩、足を傷めているという老婦人が階段を上るのを手伝っていた時、不意に彼女は、彼の手に一本の鍵を握らせたのだった。この家の鍵だ、と。意味が解らず顔を見上げる彼に、老婦人はどこか酷薄な笑みを浮かべてこう言った。
『実はもうあんたに譲る事に決めてるんだよ。理由? これといった理由なんてないさ。他の二人より、あんたがほんのちょっとだけ、賢そうだったからかねぇ。ああ、この事は最終日迄内緒だよ。面白いじゃないか。あたしに取り入ろうと躍起になってる連中の滑稽さを、一緒に堪能しようじゃないかね』
彼は頭の中がかっと熱くなるのを感じ、気が付いた時にはもう鍵を突き返していた。
人の家を掻き回して置いて、何て言い草だ! 馬鹿にするな!――そんな事を喚いた気がする。尤も、余りの怒りに殆ど呂律が回っていなかったかも知れないが。
そうして駆け去る彼を、老婦人は笑って見下ろしていた。
後になって、それは試されたのかも知れないと思った。だが、そうだとしても、あの言い様は許せなかった。あんな老婦人に取り入る為にいい子を演じるなど、もううんざりだった。
そして彼は、老婦人への殺意を抱いた。
警戒心を抱かれる事もなく、本人も未だ善悪の判断の甘い幼い妹を使い、老婦人を階段から突き落として亡き者とした。彼女は未だ書面としては遺産相続人を定めておらず、結局遺産は施設に寄付される運びとなった。
彼は老婦人を突き落とす際に妹が利用した紙風船を始末し、序でに、彼が一度は握らされた鍵を彼女のポケットから掏り取った。家を囲む森の中に力一杯、投げ捨てる為に。
その行為に実質的な意味などないのだろう。只、彼はその鍵と共にこの騒動を彼等の家族に持ち込んだ老婦人との縁を、捨ててしまいたかったのかも知れない。
そしてその鍵が今、彼の手にある。
「ああ……駄目だ。やはりこれを素直に受け取る事など出来ないよ」老人は嘆息した。「何度思い返しても……。そう、何度も思い返したさ。一緒に居た従兄弟にも何度もあの時の話をされ、うんざりしたものだった。その度に怒りがぶり返し、悔し涙を堪えるのがやっとだった。彼の方は何も知らず、只過去の笑い話としていた様だがね。それに耐え切れず、私は彼さえも……」
「殺したの?」
こっくりと、老人は頷く。
「それでも自首する事もなく、のうのうと生き続けた……。私はあの時の両親より、大叔母より、尚、醜い……!」両手で顔を覆い、老人は嗚咽を漏らす。「それでいて自ら命を絶つ事も出来ず、老いさらばえて、死が向こうから歩いて来るのを待っているのだ。もう直ぐ……来てくれそうだがね」
それはどこか、安堵を含んだ声音。もう直ぐ逃れられる、そんな思いが漏れてくる。
だが……。
「そうかしらね?」悪戯っぽい少女の声に、老人は顔を上げた。
「どういう……意味だ?」
「貴方が過去に鍵を受け取らなかったのは、貴方の自由だわ。でも……他の人の命や人生は貴方が自由にしていいものじゃない。なのに貴方は妹を使って大叔母様を殺し、従兄弟迄も殺めた。その貴方に……自由が許されると思って?」
くすくすと忍び笑いを漏らす少女の姿が、彼の目の前から薄れて行く。いや、景色そのものが薄れ、遠ざかって行く。
「これは……!?」狼狽に辺りを見回す老人は――いつの間にか自宅のベッドの上ではなく、あの家の玄関の前に立っていた。手にはその玄関の、鍵。「…………」
彼は吸い寄せられる様に、鍵を鍵穴に差し込んだ。
開いた扉の向こうに待っていたのは、過去の忌むべき日の光景だった。
呆然とする彼の後ろで扉が閉まる。
その扉、一方通行なの――そんな声が聞こえた様な気がした。
* * *
「ご苦労様」鍵を鍵束に繋ぎ、少女は呟いた。
彼女の前にはベッドに身を預けた、老人の遺体がある。驚愕と恐怖に見開かれた儘の目をそっと瞑らせて、彼女は踵を返した。
「身体は最期を迎えても、心の方は……最期があるのかしらね?」
くすり、少女は微笑み、金色の鍵を手近な扉の鍵穴に差し、その向こうの何処とも知れない空間へと、去って行った。
―了―
「あんた」宅にありす、派遣しときました☆
PR
この記事にコメントする
あれ?
ひょっとしてこれは昨日からの続き・・・ですか??
ああ、やはりろくな死に方しないという訳ですねぇ。
このまま老人の魂は過去を彷徨うことになるんでしょうか。
ああ、金持ちの親戚がいない家に生まれてよかった~(私の家の事情なんか誰も聞いてないし)。
ああ、やはりろくな死に方しないという訳ですねぇ。
このまま老人の魂は過去を彷徨うことになるんでしょうか。
ああ、金持ちの親戚がいない家に生まれてよかった~(私の家の事情なんか誰も聞いてないし)。
Re:あれ?
続き(^^;)
うちも金に惑わされる心配だけはなさそうです(笑)
うちも金に惑わされる心配だけはなさそうです(笑)
Re:おはようございます☆
振り返って……まあまあと言えるかどうかは、ある程度は周囲の環境もあるけれど、やはり大部分は本人次第かも知れませんね~。
やはりこんな死に方は嫌ですよね(^^;)
やはりこんな死に方は嫌ですよね(^^;)
こんにちは♪
あややや!これは、これは!
悲惨な死に方だねぇ、もっとも人を殺したり
したら安らかな死を迎えるなんて出来ないよね!
なんかお爺さんになっちゃうと少しばかり、
気の毒な感じもしちゃうけど・・・・
でも罪は償わなきゃいけないんだね!
悲惨な死に方だねぇ、もっとも人を殺したり
したら安らかな死を迎えるなんて出来ないよね!
なんかお爺さんになっちゃうと少しばかり、
気の毒な感じもしちゃうけど・・・・
でも罪は償わなきゃいけないんだね!
Re:こんにちは♪
罪を負って……如何に良心の乏しい人間でも、心安らかにはいられませんよねぇ。生き様、死に様にもそれが反映されるかも。
こんにちは
引っ張ったね~。(笑)
色々と言いたいことがないでも無いんだけど・・・。(苦笑)
まぁ、物の考え方・感じ方は、人それぞれだしね。
もっとマシな選択肢が、色々とあったのじゃないかと思うかな?
色々と言いたいことがないでも無いんだけど・・・。(苦笑)
まぁ、物の考え方・感じ方は、人それぞれだしね。
もっとマシな選択肢が、色々とあったのじゃないかと思うかな?
Re:こんにちは
引っ張ったよ~(笑)
や、パソコンの前に座る迄は考えてなかったんだけど(←おい)
や、パソコンの前に座る迄は考えてなかったんだけど(←おい)
Re:こんばんわ~
派遣しときました(笑)
鍵さえ関わらせてしまえば、ありすのもんです(爆)
鍵さえ関わらせてしまえば、ありすのもんです(爆)
こんばんは
うわっ!
コメント読み返してみて、大変なことに気が付いた。
これだと誤解されるよね。(大汗)
>もっとマシな選択肢が、色々とあったのじゃないかと思うかな?
↑は、物語中の主人公に向けていった言葉よ~。m(__)m
コメント読み返してみて、大変なことに気が付いた。
これだと誤解されるよね。(大汗)
>もっとマシな選択肢が、色々とあったのじゃないかと思うかな?
↑は、物語中の主人公に向けていった言葉よ~。m(__)m
Re:こんばんは
ふっ……皆が皆、常にベストな選択が出来ていたならば、この世の事件の何割かは起こらずに済んでいたのだよ、ワトソン君(←誰?)
そしてネタがなくなる(^^;)
そしてネタがなくなる(^^;)
Re:無題
何となく、続けてみました(^^;)
婆さんがある意味一番のトラブルメーカーかも★
婆さんがある意味一番のトラブルメーカーかも★
Re:こんばんは
夜霧ネタをここ迄引っ張る(爆)
よい鍵を貰えるか、怖い鍵を貰えるかは本人の行い次第っすからねぇ。
よい鍵を貰えるか、怖い鍵を貰えるかは本人の行い次第っすからねぇ。