〈2007年9月16日開設〉
これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。
尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。
絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
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「鍵を捜しているんだ」と言う困り顔の少年の言葉に、しかし青い服の少女は些か淡白にこう言っただけだった。
「ああ、そう」
「……君ならもしかしたら知ってるんじゃないかって、皆が言ってたんだけど……。ありす」
ありすと呼ばれた栗色の髪に青いリボンの似合う、青い服の少女は、ふぅ、と溜息をついた。
「私の手元にあるのは、最早使われなくなった鍵よ。対象となる錠が無くなった物、必要とする人が居なくなった物、色々だけれどね」そう語る少女の腰のベルトには、何十本もの造りも年代もばらばらな鍵が、束になって下げられている。
「それなら、ある筈じゃないかな。僕の家の鍵。鍵っ子だった僕が死んで……必要なくなった筈だから」暫し俯いた顔を上げ、少女を見詰めて少年は言った。
「……必要なくなった物だと解っていながら、何故捜すの?」
少年は暫し、黙した。言うべき事を吟味する様な難しい表情をした後、やがて彼は全てを語る事にした。
「生きていた頃、僕達は正直、幸せじゃなかった」と、彼は言った。「両親は共働き、夜遅く迄小さな弟と二人だけで、家事は小さい頃から僕が殆どやってた。でも、それは未だよかったんだ。疲れて帰って来た両親は……僕を打った」
仕事上のストレス、働いても働いても先が見えないストレス、そんな事もあったのだろう。二人は帰って顔を合わせれば喧嘩し、仲裁に入った少年を打った。時には家事の手抜かりを発見しては、打った。
煩い、弟を泣かせるな、ちゃんと面倒を見ろ……少年に掛けられる言葉の大半がそれだった。
自分がストレスの捌け口になっている――少年がそれを察するのに時間は掛からず、それによる彼自身のストレスは……更に弱い弟に向けられた。
お前が泣かなければ僕は怒られないんだ、お前が居なければ……。
だが、抓られて火の付いた様に泣く弟の声に、はっと我に返っては宥める。そんな日々が続いていた。
ところが数週間前、彼は弟を家に残して夕飯の買い出しに出掛けた帰りに、交通事故に遭ってしまった。即死、だった。
「それ以来なんだ。弟は――元々未だ小さくて危ないからなるべく外には出すなって言われてたけど――今じゃ家から一歩も出して貰えなくなった。僕が居た頃は近くの公園に散歩に連れて行ったりしてたんだけど……」そう言って、少年は俯いた。
「君が外で死んだから、余計に神経質になってるだけなんじゃないの? お父さん達。また同じ様な事故に遭わないように」
少年は激しく頭を振った。
「違うよ。僕が死んだ時、お葬式に予想外にお金が掛かったって、ぼやいてた。お通夜の、親戚皆が居る所で――苦笑いしながら」少年は拳を握り締める。悔しさに、怒りに、そして悲しみに。「同じ事が起こらないようにっていうのは確かだろうけどね。小さな弟じゃ、事故に遭う確率は僕より高いだろうし」
なるほどね、と少女は肩を竦めた。
「でも、両親共働きで、君も居なくなって……家に閉じ込めた切りで面倒は誰が見てるの? 人を雇いそうには思えないし」
「……誰も」
「……弟君、幾つ?」
「一歳半。朝は母さんが食べさせて出るんだけど、後は……夜遅く、先に帰った方があげる事になってるけど、それでもまた喧嘩して……」
「それってネグレクト――育児放棄じゃあ……?」
こくり、少年は頷いた。
「実際――泣き声とか出入りの状態で察してくれたんだろうけど――近所の人がお役所に相談して、保育園に預けるべきだとか、色々言われてるみたいなんだけど、二人ともそれにも応じなくて。然もそれを鬱陶しがって、帰って来る時間も段々遅くなって……この儘じゃ、弟が……!」
両親二殺サレテシマウ――少年は、確かにそれを確信していた。
「状況は解ったけれど……それで、鍵を見付けてどうしようと言うの? 今更貴方には必要ない物よ?」
「両親は外出の時には厳重に鍵を掛けて出掛ける。間違っても弟が外に出たりしないように。だから、弟がお腹を空かせて泣いてても、誰もどうしようもない。でも、近所の誰かが鍵を持っていたら、こっそりでも、ご飯を上げられるんじゃないかって……」
「近所の親切な人に不法侵入しろって言うの?」少女は溜息をついた。
「だって、この儘じゃあ……!」少年は憤った。「流石に両親も弟を打ったりはしてないから、警察もどうしようもないみたいだし、お役所の人が訪ねて来たって、二人共居ないし……。でも、僕にはもう……ご飯を上げる事も出来ないし……」
俯き、無力な自らの掌を見詰める少年に、少女は溜息と共に言った。
「生憎と、その鍵はもう手放しちゃったわ。必要だって言う人が居たから」
「そんな……! 一体誰が……!?」精一杯の名案が崩れ去る思いに、少年は悲痛な声を上げた。
「君の家のお隣のおばさん」
その言葉に、しかし少年の表情は更に苦悩に歪んだ。
「あ、あの人は……あの人だけは駄目だよ! 僕が世話をしていた頃から、弟が泣くと煩いってドアをガンガン叩く様な人だったんだ! 弟を連れてる時に外で顔を合わせたりすると、凄い顔で睨んできて……。今にも『殺してやる』って追い掛けられそうで……。そんなおばさんが一体何故? 真逆……!」
弟が殺される!?――居ても立ってもいられず、少年はかつての自宅を目指した。
そこで見た光景は――不思議なものだった。
家事をこなす者が居なくなり、ゴミだらけの雑然とした室内。敷かれた儘の布団。投げ付けられた様にひしゃげた玩具。
そして、用意して来たらしき包丁を投げ出して、滂沱の涙を流しながら弟を抱き、あやす女。
それは紛れもなく、隣のおばさんだった。
後に不法侵入した事を自首し、彼女はこう語ったと言う。
「一日中、泣き続ける隣の子供に、私も少し、おかしくなってたんだと思います。『もう嫌だ! もう耐えられない!』そう思って……隣に行きました。でも、あの部屋を、そして痩せこけたあの子を見たら……あの子は被害者なんだって思ったら……。とても殺すなんて、出来ませんでした」
侵入に関して問題となった鍵は、いつの間にか彼女の手の中から消えていたと言う。
「結局、あの部屋の状況や、弟の栄養状態から、両親の養育義務放棄がはっきりして、弟は施設に引き取られる事になったよ」少年は、静かに微笑して言った。「ありす、君はこうなると解っていて、あのおばさんに鍵を渡したんだね?」
「さぁね」淡白にそう言って、少女は踵を返す。「偶々、あのおばさんだけがあの子に関心を持っていたから――それだけの理由かもよ?」
「……」少年はじっと考える。
彼女が持っていたのは殺意と言う、いわば「不の関心」だった。それでも……それでも、全くの無関心よりは……? 未だ、今回の様に反転する余地もあるのでは?
誰かの無関心が、それとは意図せずに誰かを殺す事もあるのかも知れない――。
「まぁ、兎も角」少女は一本の鍵を鍵束に繋ぎながら言った。「ご苦労様」
これで本当にあの鍵は誰にも必要とされなくなったのだと、僅かに感傷に浸る少年の前から、いつしか少女の姿は掻き消えていた。
―了―
仕事で疲れたから短く行こう! と思ってたのに何でこんな長文になってるんだ?(^^;)
仕事上のストレス、働いても働いても先が見えないストレス、そんな事もあったのだろう。二人は帰って顔を合わせれば喧嘩し、仲裁に入った少年を打った。時には家事の手抜かりを発見しては、打った。
煩い、弟を泣かせるな、ちゃんと面倒を見ろ……少年に掛けられる言葉の大半がそれだった。
自分がストレスの捌け口になっている――少年がそれを察するのに時間は掛からず、それによる彼自身のストレスは……更に弱い弟に向けられた。
お前が泣かなければ僕は怒られないんだ、お前が居なければ……。
だが、抓られて火の付いた様に泣く弟の声に、はっと我に返っては宥める。そんな日々が続いていた。
ところが数週間前、彼は弟を家に残して夕飯の買い出しに出掛けた帰りに、交通事故に遭ってしまった。即死、だった。
「それ以来なんだ。弟は――元々未だ小さくて危ないからなるべく外には出すなって言われてたけど――今じゃ家から一歩も出して貰えなくなった。僕が居た頃は近くの公園に散歩に連れて行ったりしてたんだけど……」そう言って、少年は俯いた。
「君が外で死んだから、余計に神経質になってるだけなんじゃないの? お父さん達。また同じ様な事故に遭わないように」
少年は激しく頭を振った。
「違うよ。僕が死んだ時、お葬式に予想外にお金が掛かったって、ぼやいてた。お通夜の、親戚皆が居る所で――苦笑いしながら」少年は拳を握り締める。悔しさに、怒りに、そして悲しみに。「同じ事が起こらないようにっていうのは確かだろうけどね。小さな弟じゃ、事故に遭う確率は僕より高いだろうし」
なるほどね、と少女は肩を竦めた。
「でも、両親共働きで、君も居なくなって……家に閉じ込めた切りで面倒は誰が見てるの? 人を雇いそうには思えないし」
「……誰も」
「……弟君、幾つ?」
「一歳半。朝は母さんが食べさせて出るんだけど、後は……夜遅く、先に帰った方があげる事になってるけど、それでもまた喧嘩して……」
「それってネグレクト――育児放棄じゃあ……?」
こくり、少年は頷いた。
「実際――泣き声とか出入りの状態で察してくれたんだろうけど――近所の人がお役所に相談して、保育園に預けるべきだとか、色々言われてるみたいなんだけど、二人ともそれにも応じなくて。然もそれを鬱陶しがって、帰って来る時間も段々遅くなって……この儘じゃ、弟が……!」
両親二殺サレテシマウ――少年は、確かにそれを確信していた。
「状況は解ったけれど……それで、鍵を見付けてどうしようと言うの? 今更貴方には必要ない物よ?」
「両親は外出の時には厳重に鍵を掛けて出掛ける。間違っても弟が外に出たりしないように。だから、弟がお腹を空かせて泣いてても、誰もどうしようもない。でも、近所の誰かが鍵を持っていたら、こっそりでも、ご飯を上げられるんじゃないかって……」
「近所の親切な人に不法侵入しろって言うの?」少女は溜息をついた。
「だって、この儘じゃあ……!」少年は憤った。「流石に両親も弟を打ったりはしてないから、警察もどうしようもないみたいだし、お役所の人が訪ねて来たって、二人共居ないし……。でも、僕にはもう……ご飯を上げる事も出来ないし……」
俯き、無力な自らの掌を見詰める少年に、少女は溜息と共に言った。
「生憎と、その鍵はもう手放しちゃったわ。必要だって言う人が居たから」
「そんな……! 一体誰が……!?」精一杯の名案が崩れ去る思いに、少年は悲痛な声を上げた。
「君の家のお隣のおばさん」
その言葉に、しかし少年の表情は更に苦悩に歪んだ。
「あ、あの人は……あの人だけは駄目だよ! 僕が世話をしていた頃から、弟が泣くと煩いってドアをガンガン叩く様な人だったんだ! 弟を連れてる時に外で顔を合わせたりすると、凄い顔で睨んできて……。今にも『殺してやる』って追い掛けられそうで……。そんなおばさんが一体何故? 真逆……!」
弟が殺される!?――居ても立ってもいられず、少年はかつての自宅を目指した。
そこで見た光景は――不思議なものだった。
家事をこなす者が居なくなり、ゴミだらけの雑然とした室内。敷かれた儘の布団。投げ付けられた様にひしゃげた玩具。
そして、用意して来たらしき包丁を投げ出して、滂沱の涙を流しながら弟を抱き、あやす女。
それは紛れもなく、隣のおばさんだった。
後に不法侵入した事を自首し、彼女はこう語ったと言う。
「一日中、泣き続ける隣の子供に、私も少し、おかしくなってたんだと思います。『もう嫌だ! もう耐えられない!』そう思って……隣に行きました。でも、あの部屋を、そして痩せこけたあの子を見たら……あの子は被害者なんだって思ったら……。とても殺すなんて、出来ませんでした」
侵入に関して問題となった鍵は、いつの間にか彼女の手の中から消えていたと言う。
「結局、あの部屋の状況や、弟の栄養状態から、両親の養育義務放棄がはっきりして、弟は施設に引き取られる事になったよ」少年は、静かに微笑して言った。「ありす、君はこうなると解っていて、あのおばさんに鍵を渡したんだね?」
「さぁね」淡白にそう言って、少女は踵を返す。「偶々、あのおばさんだけがあの子に関心を持っていたから――それだけの理由かもよ?」
「……」少年はじっと考える。
彼女が持っていたのは殺意と言う、いわば「不の関心」だった。それでも……それでも、全くの無関心よりは……? 未だ、今回の様に反転する余地もあるのでは?
誰かの無関心が、それとは意図せずに誰かを殺す事もあるのかも知れない――。
「まぁ、兎も角」少女は一本の鍵を鍵束に繋ぎながら言った。「ご苦労様」
これで本当にあの鍵は誰にも必要とされなくなったのだと、僅かに感傷に浸る少年の前から、いつしか少女の姿は掻き消えていた。
―了―
仕事で疲れたから短く行こう! と思ってたのに何でこんな長文になってるんだ?(^^;)
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Re:こんばんわ~
色々とね~(--;)
ストレスとかもあるんだろうけど……。
ストレスとかもあるんだろうけど……。
Re:こんばんは♪
前日の親とは正反対になってしまいました(苦笑)
今は一人っ子が多くて、小さい子供や赤ん坊の面倒を見た経験のない儘、親になる人も多いかと。だから実際の赤ん坊を前にして、どうしていいか解らない、思っていたのと違うと感じる人も……?
可愛いだけじゃないもんねぇ、赤ちゃん。生きてるんだから。
今は一人っ子が多くて、小さい子供や赤ん坊の面倒を見た経験のない儘、親になる人も多いかと。だから実際の赤ん坊を前にして、どうしていいか解らない、思っていたのと違うと感じる人も……?
可愛いだけじゃないもんねぇ、赤ちゃん。生きてるんだから。
すごーい^^
こんにちは^^
何が凄いか!それは巽さんの、次から次に出てくるショートストーリー w(°0°)w ホッホー
毎日違うストーリーがスラスラ書けちゃう。。。
う~ん、すごい!としか表現のしようがない私のボキャブラリーの無さを、再確認いたしました^^;wwwww orz
ああ!今回は「鍵の国のありす」シリーズなんだ^^v
これが、一話完結型シリーズもの、ってヤツですね^^vグッジョブ!
何が凄いか!それは巽さんの、次から次に出てくるショートストーリー w(°0°)w ホッホー
毎日違うストーリーがスラスラ書けちゃう。。。
う~ん、すごい!としか表現のしようがない私のボキャブラリーの無さを、再確認いたしました^^;wwwww orz
ああ!今回は「鍵の国のありす」シリーズなんだ^^v
これが、一話完結型シリーズもの、ってヤツですね^^vグッジョブ!
Re:すごーい^^
有難うございます(^-^)
や、なかなかスラスラとは行きませんが(笑)
ぼちぼちパターンを変えつつ、書いてみる(^^)
偶に思い出した様にシリーズ物が入ります(笑)
や、なかなかスラスラとは行きませんが(笑)
ぼちぼちパターンを変えつつ、書いてみる(^^)
偶に思い出した様にシリーズ物が入ります(笑)
Re:こんばんは2
有難う(^-^)
無関心は……ある意味一番どうしようもないかも。
無関心は……ある意味一番どうしようもないかも。
無題
こういう話が実際にありそうなところが二重らこわいですねえ。
なぜかマスコミも役所も強調しないけど、児童虐待があるらしいと思ったら児童相談所に通報するのは住民の「義務」なんですよね! それで少しでも悲惨な事件が減るといいけどな。
「不の関心」は「負の」かな
なぜかマスコミも役所も強調しないけど、児童虐待があるらしいと思ったら児童相談所に通報するのは住民の「義務」なんですよね! それで少しでも悲惨な事件が減るといいけどな。
「不の関心」は「負の」かな
Re:無題
おおう、負だ、負(^^;)
幼い子供が泣くのは当たり前、親が躾をするのも当たり前。それをどこからが虐待と判断するか、難しい所でもありますね。うちの親なんて頭どついてましたもん(苦笑)
そして通報した場合、逆恨みを受ける可能性を、どうしても考えてしまうかと。勿論通報者が誰かなどとは流石に言わないでしょうけれど。
幼い子供が泣くのは当たり前、親が躾をするのも当たり前。それをどこからが虐待と判断するか、難しい所でもありますね。うちの親なんて頭どついてましたもん(苦笑)
そして通報した場合、逆恨みを受ける可能性を、どうしても考えてしまうかと。勿論通報者が誰かなどとは流石に言わないでしょうけれど。