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暑さを避けて入った喫茶店で、俺は奇妙な光景を見た。
窓際の、四人掛けのテーブル席の一つが、花で埋まっている。天板の上は勿論、座席に至る迄。
当然誰も席に着ける筈がなく、他の客達も怪訝そうな顔をしながらも、そこを避けている。勿論、俺も首を傾げながらもその一画と背中合わせになる席に着いた。花は生花らしく、ほんのりといい香りが漂ってきた。
珈琲を注文し、待つ間にそっと身を捻ってその花を観察してみる。
間違いなく生花。それも新鮮な切り花だった。種類は門外漢の俺にはさっぱり解らないが、白、薄紅、薄黄色と全体的に淡い色彩で、品よく纏められている。尤も、アレンジメントはイマイチ、形が整っていなかったけれど。直射日光を避ける為だろう、窓にはレースのカーテンが下りていた。
これだけの花となると、さぞ金も掛かった事だろうに、一体何の意味があるのだろう?――俺は幾度も首を捻った。
予約席? それならプレート一枚で済む。こんな小さな喫茶店に予約を入れる者が居るのかどうかも不明だが、もし何かしら大事な記念日か何かでこの席をと頼まれ、店主が気を利かせたのだとしても、精々花束一つで充分だろう。第一これじゃあ、撤去する迄予約客も座れないじゃないか。
何かの理由で客を座らせないようにしている? それでもこれだけの生花を盛る必要はない。それこそプレート一枚でいい。
他に何か、理由があるのだろうか? ここ数分、店内を観察していると、俺と同じ様に外の熱波から避難して来たらしき客で満員で、新たに入って来ようとして戸口でUターンする者も居ると言うのに、店主も店員も、花を除けて席を増やそうとはしない。
俺は珈琲を運んで来たウエイトレスに声を掛けてみる事にした。
「隣の席、凄い花ですね。何かあるんですか?」
なるべく何気なく、かつにこやかに話し掛けたと言うのに、彼女は見事な営業スマイルでこう言った。
「企業秘密です」
「秘密……ですか」俺はぽかんと口を開けた。
「はい。秘密です」そう言って、ぺこりとお辞儀をする。
あからさまに怪しいんだが……。
「では、ごゆっくりどうぞ」顔を上げて、やはり笑顔で彼女は言った。「……その席は大丈夫ですし」
大丈夫って何が、と訊こうとした時には、彼女は軽やかに身を翻して、次の客の元へと向かっていた。
後に聞いた話では、その店の、あの席は風の流れも悪く、また向かいの硝子壁のビルからの反射もあってか、エアコンが効いていても尚、熱が籠り――数人が救急車で運ばれたそうだ。他の席に移ろうにも満員、外に出れば炎熱地獄、と迷っている間に、限界を超えてしまったらしい。
しかし、それで態々あんな封鎖の仕方をしていると言うのはやはり犠牲者が……?
そう勘繰った俺に、話を教えてくれた情報通の友人は肩を竦めてこう言った。
「あそこのウエイトレスは花屋の娘だが、イマイチ不器用で、家ではアレンジは弄らせて貰えないんだと。だからマスターの好意で、殆ど毎日早めに喫茶店に来て……」
「なるほど、あれは彼女の練習の成果だったのか」イマイチ形の整わない花を思い出して、俺は何だと肩を落とした。
だから言いたくなかったんだな、彼女。企業秘密だなんて。
兎も角、まぁ……頑張れ。
―了―
私も整わないなー(--;)