〈2007年9月16日開設〉
これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。
尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。
絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
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昨日夜霧――夜原霧枝先生――が空を見上げると、余りに見事な月夜で、彼女は教師達の懇親会から早々に退場したかったのだそうだ。
あれでも夜霧は美術教師。美しいものには目が無いのだろう。
その割に、いつもみたいにその時の気分で行動するような事もなかったらしく、結局最後迄付き合う破目になったと、この昼休み迄ぼやいていた。懇親会と言っても――他に集まれる日にちが無かったとは言え――週の半ばで、お酒殆ど出なかったし……とも。夜霧、呑みたかったんだろうか。
「寧ろ珍しいよな。夜霧のぼやき」勇輝が言った。「いつもは好き放題やってるから、ぼやく事は余り無いもんな」
確かに、と僕は頷いた。
「そもそも帰らなかったのさえ珍しいかも。夜霧なら適当に理由付けて切り上げそうなものだけど」
「いい大人が酒抜きでの懇親会なんて、盛り上がりそうもないしな」
確かに、とまた僕は頷く。先生方の歳ともなると、酒の力でも借りなきゃ腹を割っての話なんて出来そうにもないんじゃないか? 夜霧はある意味常に本音かも知れないけど。
その夜霧が何故、帰らなかったんだろう?――僕達が首を傾げていると、双子の兄、京が呆れ顔で割って入った。
「お前等余程暇なのか? この間は何故早退したのか、今度は何故帰らなかったのか……。酒抜きの懇親会という事は、何か大事な話でもあったかも知れないじゃないか。流石に帰れる空気じゃなかっただけだろう」
僕と勇輝は顔を見合わせ――同時に頭を振った。
あり得ない、と。
あれでも夜霧は美術教師。美しいものには目が無いのだろう。
その割に、いつもみたいにその時の気分で行動するような事もなかったらしく、結局最後迄付き合う破目になったと、この昼休み迄ぼやいていた。懇親会と言っても――他に集まれる日にちが無かったとは言え――週の半ばで、お酒殆ど出なかったし……とも。夜霧、呑みたかったんだろうか。
「寧ろ珍しいよな。夜霧のぼやき」勇輝が言った。「いつもは好き放題やってるから、ぼやく事は余り無いもんな」
確かに、と僕は頷いた。
「そもそも帰らなかったのさえ珍しいかも。夜霧なら適当に理由付けて切り上げそうなものだけど」
「いい大人が酒抜きでの懇親会なんて、盛り上がりそうもないしな」
確かに、とまた僕は頷く。先生方の歳ともなると、酒の力でも借りなきゃ腹を割っての話なんて出来そうにもないんじゃないか? 夜霧はある意味常に本音かも知れないけど。
その夜霧が何故、帰らなかったんだろう?――僕達が首を傾げていると、双子の兄、京が呆れ顔で割って入った。
「お前等余程暇なのか? この間は何故早退したのか、今度は何故帰らなかったのか……。酒抜きの懇親会という事は、何か大事な話でもあったかも知れないじゃないか。流石に帰れる空気じゃなかっただけだろう」
僕と勇輝は顔を見合わせ――同時に頭を振った。
あり得ない、と。
「夜霧が空気を読むと思うか?」と、勇輝。「イニシャルからしてK.Yだぞ?」
イニシャルは偶然としても、これ迄の行動からして、夜霧に協調性とかいうものを求めるのが難しいのは周知の事実だろう。
流石に京も反論出来ず、唸る。
「じゃあ、一体……」
「それが解らないから、考えてるんだよ」と、僕。「尤も、あの夜霧の行動原理が、僕達が考えて解るものかどうか疑問だけど」
確かに、と今度は京と勇輝が頷く。
「それにしても……昨夜ってそんなに綺麗な月夜だったっけ?」ふと、僕は首を傾げた。
梅雨の季節も近いのか、空は僅かに曇りを帯びて、月もその輪郭を淡く滲ませていた――昨夜、寮の窓から見た夜空はそんな感じだった。それはそれで趣はあったけれど、特に夜霧が惹かれる程だったろうか。
それよりも僕としては今朝の、雲間を破って降り注ぐ陽光にきらきらと輝く木々の緑の方が絵になると感じたんだけど……夜霧は僕みたいな一般人の感覚とはまた違うのかも知れない。
と、いつも僕達が抱えるささやかな疑問を解決してくれる関西人が目に留まり、僕は間宮栗栖に声を掛けた。京の眉間に皺が寄ったけど、気にしない事にする。
「あの夜霧が何で思い付いた行動を取らへんかったんか、やな?」栗栖は僕の話を聞くと、疑問点を要約した。
「うん、夜霧の事だから他の先生方に遠慮したとも考え難いし……」
「どんな社会人や、夜霧」栗栖は笑い出す。「生徒からここ迄言われるやなんて……。然も、俺も否定出来へんし」
夜霧……社会性無き社会人。
「それは兎も角……。俺は昨夜は早う寝てしもたんやけど、祥の話からすると、夜中に雨が降った様やな?」
「は?」僕はぽかんと口を開けた儘、固まる。そんな話、してたっけ?
「昨夜はお月さんの輪郭が滲んどった――傘みたいに雲が掛かっとったんやないか?」
僕はこくりと頷く。
「そんで今朝は朝陽に木の葉が輝いとった……。葉っぱに残った水滴が反射しとったんやろう。傘雲は雨の前兆やし、ほぼ間違いなく雨やろう」
「それは……そうかも知れないけど……」防音がしっかりした寮の中では少々の雨音は然して響かない。況して熟睡していれば、気付かない事もある。「けど、それが夜霧とどう関係が……?」
「昨夜、夜霧は夜空を見て綺麗やと思うた。けど、それはいつの時間の空や? 先生方の集まりやったら、そんなに遅い時間やないやろう。今日の授業が控えてるんやからな。精々八時かその位……祥が傘雲を見たんは?」
「はっきりとは覚えてないけど……十時よりは前だよ。十時には京がカーテン閉めるから」
「その間、天気がずぅっとおんなじやったかどうか……。綺麗なお月さんが段々薄い雲に覆われて、笠被って……夜霧が見た見事な月夜やのうなったんやとしたら、夜霧も興味を失ったんちゃうかな」
どうやら、お天気家の夜霧も、本当のお天気には敵わなかったという事らしい。
そのお天気家は、もうすっかり気分を切り替えた様で……午後からはぼやきの代わりに怒鳴り声。
曇りのち雷雨――やれやれ。
僕達はいつもの様に肩を竦めて、それをやり過ごす事にした。
明日は晴れますように――そう思いつつ。
―了―
早退したかったんなら……させたげへんもんね~(笑)
イニシャルは偶然としても、これ迄の行動からして、夜霧に協調性とかいうものを求めるのが難しいのは周知の事実だろう。
流石に京も反論出来ず、唸る。
「じゃあ、一体……」
「それが解らないから、考えてるんだよ」と、僕。「尤も、あの夜霧の行動原理が、僕達が考えて解るものかどうか疑問だけど」
確かに、と今度は京と勇輝が頷く。
「それにしても……昨夜ってそんなに綺麗な月夜だったっけ?」ふと、僕は首を傾げた。
梅雨の季節も近いのか、空は僅かに曇りを帯びて、月もその輪郭を淡く滲ませていた――昨夜、寮の窓から見た夜空はそんな感じだった。それはそれで趣はあったけれど、特に夜霧が惹かれる程だったろうか。
それよりも僕としては今朝の、雲間を破って降り注ぐ陽光にきらきらと輝く木々の緑の方が絵になると感じたんだけど……夜霧は僕みたいな一般人の感覚とはまた違うのかも知れない。
と、いつも僕達が抱えるささやかな疑問を解決してくれる関西人が目に留まり、僕は間宮栗栖に声を掛けた。京の眉間に皺が寄ったけど、気にしない事にする。
「あの夜霧が何で思い付いた行動を取らへんかったんか、やな?」栗栖は僕の話を聞くと、疑問点を要約した。
「うん、夜霧の事だから他の先生方に遠慮したとも考え難いし……」
「どんな社会人や、夜霧」栗栖は笑い出す。「生徒からここ迄言われるやなんて……。然も、俺も否定出来へんし」
夜霧……社会性無き社会人。
「それは兎も角……。俺は昨夜は早う寝てしもたんやけど、祥の話からすると、夜中に雨が降った様やな?」
「は?」僕はぽかんと口を開けた儘、固まる。そんな話、してたっけ?
「昨夜はお月さんの輪郭が滲んどった――傘みたいに雲が掛かっとったんやないか?」
僕はこくりと頷く。
「そんで今朝は朝陽に木の葉が輝いとった……。葉っぱに残った水滴が反射しとったんやろう。傘雲は雨の前兆やし、ほぼ間違いなく雨やろう」
「それは……そうかも知れないけど……」防音がしっかりした寮の中では少々の雨音は然して響かない。況して熟睡していれば、気付かない事もある。「けど、それが夜霧とどう関係が……?」
「昨夜、夜霧は夜空を見て綺麗やと思うた。けど、それはいつの時間の空や? 先生方の集まりやったら、そんなに遅い時間やないやろう。今日の授業が控えてるんやからな。精々八時かその位……祥が傘雲を見たんは?」
「はっきりとは覚えてないけど……十時よりは前だよ。十時には京がカーテン閉めるから」
「その間、天気がずぅっとおんなじやったかどうか……。綺麗なお月さんが段々薄い雲に覆われて、笠被って……夜霧が見た見事な月夜やのうなったんやとしたら、夜霧も興味を失ったんちゃうかな」
どうやら、お天気家の夜霧も、本当のお天気には敵わなかったという事らしい。
そのお天気家は、もうすっかり気分を切り替えた様で……午後からはぼやきの代わりに怒鳴り声。
曇りのち雷雨――やれやれ。
僕達はいつもの様に肩を竦めて、それをやり過ごす事にした。
明日は晴れますように――そう思いつつ。
―了―
早退したかったんなら……させたげへんもんね~(笑)
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