〈2007年9月16日開設〉
これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。
尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。
絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
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今日、通称夜霧――夜原霧枝先生――は僕の兄貴をとある決意を持って寮長先生と共に訪問されたみたいだった……。
それで京は、有期での自宅療養については納得したのだろうか?
座を外していた僕が寮の部屋に戻って来て以降、全く口も利かず、僕からも話し掛け辛い雰囲気だったのだけど。
尤も、それでなくても熱に浮かされていつものとは違う種の皺を眉間に刻む双子の兄に、僕が掛けられるのはほんの気休めの言葉でしかなかったのだ。京は寧ろ近付くなと言いたげにこちらに背を向けて、ベッドに潜っている。
氷を貰って来るという口実を持って、僕は部屋を出た。
今更だけど、この学園は全寮制だ。何百、何千という生徒達が一つの空間に共同で生活している。
そんな環境で怖いのは――インフルエンザといった感染症、だった。
基本二人一部屋、それが一つ所に集まっているのだから、感染力の強いウイルスでも入り込もうものなら、爆発的に広まっても無理はない。勿論、各部屋の温度や湿度には気を配り、それらが活動し難い環境を作るよう、注意はされていたけれど。
それでも完全に、その侵入を防ぐ事は叶わなかった様だ。
所謂学校閉鎖寸前――但し、問題は此処が全寮制だという事だった。
「此処におって他の生徒にうつされても困るし、治ってもまた罹り兼ねんゆう訳やな」寮内の図書室で、間宮栗栖は僕の話を聞いてくれた。流石に此処も、いつもに比べて生徒達の姿が少ない。罹患している者は此処に来るどころではないし、そうでない者も極力他者との接触を避けている。
中には非感染者だけを別の部屋に移している部屋もある。
僕が来たのは少しでも京が楽になる方法が無いか、本を漁りに来ただけだ。
一方の栗栖はと言えば、やはり同室の生徒が倒れ、いっそ人の少ない此処の方が、と出て来たらしい。
「だから、インフルエンザだって診断された生徒には自宅療養を勧めてるんだって」僕は言った。「此処の校医の先生だけじゃ手に負えないっていうのもあるだろうし……」
「せやろなぁ。寧ろ同室の祥にうつってへんのが不思議な位やし」
「どうせ何とかは風邪ひかないからね」僕は苦笑して見せた。
「風邪とインフルエンザは別もんやで? 病気を引き起こすウイルスが違うねんから」
僕は言葉に詰まる。確かにそうだった。風邪はアデノウイルスだの、感冒性ウイルスが引き起こす炎症の総称でしかない。それだけに治療において決定打が無く、肺炎等の二次感染を防ぐ抗生物質の投与や栄養補給、充分な安静が治療法とされている訳だが。
一方インフルエンザは一応、原因となるウイルスが同定されている。問題はそれがRNAウイルスであり、変異が激しい為に、ワクチンや治療薬の開発が大変だという事だけど。因みに二重螺旋のDNAを持つウイルスよりもRNAのみのウイルスの方が増殖の際に遺伝情報のコピーエラーを起こし易いらしい。それがインフルエンザの特徴の一つでもある急激な突然変異にも繋がるらしいんだけど。
閑話休題。
「それで? 京は帰る事にしたんか?」
僕は困った顔で頭を振った。解らない、と。
「ずっと黙り込んでて……。京の奴、寮の纏め役としての責任も解るけど、あの状態じゃそれどころじゃないだろうに……」
「そやな。祥かていつ迄もうつらずにおれるかどうか解れへんし」
同室に居る以上、確かにその不安はある。然も僕達は一卵性双生児。全く同じ遺伝情報を持っているのだ。後々獲得した耐性の違いはあるかも知れないけれど、基本的には同種のウイルスには弱い筈だった。
只、それ以上に、いつもは皮肉な迄の口調で僕を圧倒する京が、全くそんな元気も無く、熱に浮かされている様を見るのは、やはり忍びなかった。僕には只、冷却材を取り替えたり、汗を拭いてやる事位しか出来ない。僕への感染を恐れているのだろう、それさえも京は断ろうとする程だった。
「何より、自分がウイルスをばら撒く事になっても……」僕は溜め息をついて、自室の方角を見遣った。
部屋に戻った時、京の姿は無かった。
机の上に置手紙が一つ。僕は慌ててそれを読むと、次いで彼のクローゼットを確認した。最低限だろうけれど、荷物が無くなっている。
どうやら、僕の居ない間に両親から迎えが来て、連れ帰ったらしかった。部屋には僅かに、消毒薬の匂いが残っていた。
とすれば京は話を飲んだのか……。僕に相談もせず。
悔しい様な、寂しい様な、そんな思いを抱えて、僕は窓からの夕陽に照らされた空っぽのベッドを見詰めていた。
結局それからの数日で、学校は連日休校。寮からも生徒が減って行った。どの途授業が無いならと、罹患していない者の避難的帰省も認められた様だ。
それでも僕は寮に居残った。京だっていつ迄も自宅療養している訳じゃない。
自宅が遠いからだろうか、栗栖も帰らなかった。彼のルームメイトはさっさと自宅療養に切り替えたらしいけど。
「部屋が広うて敵わへんな」苦笑交じりに、彼はそう言った。
僕は黙って頷いた。
「……京、祥の事が心配やったんやろうな」不意に、そんな事を呟く栗栖。
僕が彼を見遣って小首を傾げると、彼は話を続けた。
「京がおったら、何やかんや言うても祥はその世話を焼くやろう? せやけどその分、うつる確率も上がる。寮の纏め役の責任と、弟を持つ兄貴の責任とを秤に掛けて――兄貴としての責任を取ったんやろう」
「……馬鹿兄貴……」僕は思わず呟いていた。
その馬鹿兄貴は一週間程して、寮に戻って来た。
「何だ、祥。高校生にもなって、如何にも『寂しかったよー』みたいな顔して出迎えに来るんじゃない!」いきなり、そんな皮肉を食らったけれど。「しゃんとしろ! ともあれ――元気だったか? ま、何とかは風邪ひかないからな」
僕は大きく頷いて、京の懐かしい憎まれ口を聞いていた。
―了―
夜霧先生、もう少しまともなお題をお願いします(--;)
中には非感染者だけを別の部屋に移している部屋もある。
僕が来たのは少しでも京が楽になる方法が無いか、本を漁りに来ただけだ。
一方の栗栖はと言えば、やはり同室の生徒が倒れ、いっそ人の少ない此処の方が、と出て来たらしい。
「だから、インフルエンザだって診断された生徒には自宅療養を勧めてるんだって」僕は言った。「此処の校医の先生だけじゃ手に負えないっていうのもあるだろうし……」
「せやろなぁ。寧ろ同室の祥にうつってへんのが不思議な位やし」
「どうせ何とかは風邪ひかないからね」僕は苦笑して見せた。
「風邪とインフルエンザは別もんやで? 病気を引き起こすウイルスが違うねんから」
僕は言葉に詰まる。確かにそうだった。風邪はアデノウイルスだの、感冒性ウイルスが引き起こす炎症の総称でしかない。それだけに治療において決定打が無く、肺炎等の二次感染を防ぐ抗生物質の投与や栄養補給、充分な安静が治療法とされている訳だが。
一方インフルエンザは一応、原因となるウイルスが同定されている。問題はそれがRNAウイルスであり、変異が激しい為に、ワクチンや治療薬の開発が大変だという事だけど。因みに二重螺旋のDNAを持つウイルスよりもRNAのみのウイルスの方が増殖の際に遺伝情報のコピーエラーを起こし易いらしい。それがインフルエンザの特徴の一つでもある急激な突然変異にも繋がるらしいんだけど。
閑話休題。
「それで? 京は帰る事にしたんか?」
僕は困った顔で頭を振った。解らない、と。
「ずっと黙り込んでて……。京の奴、寮の纏め役としての責任も解るけど、あの状態じゃそれどころじゃないだろうに……」
「そやな。祥かていつ迄もうつらずにおれるかどうか解れへんし」
同室に居る以上、確かにその不安はある。然も僕達は一卵性双生児。全く同じ遺伝情報を持っているのだ。後々獲得した耐性の違いはあるかも知れないけれど、基本的には同種のウイルスには弱い筈だった。
只、それ以上に、いつもは皮肉な迄の口調で僕を圧倒する京が、全くそんな元気も無く、熱に浮かされている様を見るのは、やはり忍びなかった。僕には只、冷却材を取り替えたり、汗を拭いてやる事位しか出来ない。僕への感染を恐れているのだろう、それさえも京は断ろうとする程だった。
「何より、自分がウイルスをばら撒く事になっても……」僕は溜め息をついて、自室の方角を見遣った。
部屋に戻った時、京の姿は無かった。
机の上に置手紙が一つ。僕は慌ててそれを読むと、次いで彼のクローゼットを確認した。最低限だろうけれど、荷物が無くなっている。
どうやら、僕の居ない間に両親から迎えが来て、連れ帰ったらしかった。部屋には僅かに、消毒薬の匂いが残っていた。
とすれば京は話を飲んだのか……。僕に相談もせず。
悔しい様な、寂しい様な、そんな思いを抱えて、僕は窓からの夕陽に照らされた空っぽのベッドを見詰めていた。
結局それからの数日で、学校は連日休校。寮からも生徒が減って行った。どの途授業が無いならと、罹患していない者の避難的帰省も認められた様だ。
それでも僕は寮に居残った。京だっていつ迄も自宅療養している訳じゃない。
自宅が遠いからだろうか、栗栖も帰らなかった。彼のルームメイトはさっさと自宅療養に切り替えたらしいけど。
「部屋が広うて敵わへんな」苦笑交じりに、彼はそう言った。
僕は黙って頷いた。
「……京、祥の事が心配やったんやろうな」不意に、そんな事を呟く栗栖。
僕が彼を見遣って小首を傾げると、彼は話を続けた。
「京がおったら、何やかんや言うても祥はその世話を焼くやろう? せやけどその分、うつる確率も上がる。寮の纏め役の責任と、弟を持つ兄貴の責任とを秤に掛けて――兄貴としての責任を取ったんやろう」
「……馬鹿兄貴……」僕は思わず呟いていた。
その馬鹿兄貴は一週間程して、寮に戻って来た。
「何だ、祥。高校生にもなって、如何にも『寂しかったよー』みたいな顔して出迎えに来るんじゃない!」いきなり、そんな皮肉を食らったけれど。「しゃんとしろ! ともあれ――元気だったか? ま、何とかは風邪ひかないからな」
僕は大きく頷いて、京の懐かしい憎まれ口を聞いていた。
―了―
夜霧先生、もう少しまともなお題をお願いします(--;)
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この記事にコメントする
無題
どもども!
あの投稿から、ここまで話が膨らみましたか!!
インフルエンザの蔓延、これは寮生活してる者にとっては避けられないっすからね~。
自宅療養に切り替えてもらうのが一番だけど、京君の性格からすると苦渋の決断だったんだろうねw
あの投稿から、ここまで話が膨らみましたか!!
インフルエンザの蔓延、これは寮生活してる者にとっては避けられないっすからね~。
自宅療養に切り替えてもらうのが一番だけど、京君の性格からすると苦渋の決断だったんだろうねw
Re:無題
病院に行って、拾って来るなんて事もある位ですからね~。人が集まる場所は危険ですよね☆
Re:こんばんは
祥君は何だかんだ言いながらも京の事は嫌いじゃないのよ。眉間の皺も含めて(笑)
こんばんは♪
流石ですねぇ~!
あのケッタイナお言葉から、こんなステキなお話が誕生してしまうなんて!
素晴らしいの一語です。
兄弟って良いもんなんだねぇ~♪
私一人っ子なので、こういう話にはすぐ
ウルッ!としてしまいます。
あのケッタイナお言葉から、こんなステキなお話が誕生してしまうなんて!
素晴らしいの一語です。
兄弟って良いもんなんだねぇ~♪
私一人っ子なので、こういう話にはすぐ
ウルッ!としてしまいます。
Re:こんばんは♪
有難うございます(^^)
あの投稿見た時は頭真っ白でしたが(笑)
あの投稿見た時は頭真っ白でしたが(笑)
Re:こんにちは
や、有難う、afoolさん! 有難うユウキ君!(笑)
確かに結構応用利きますね、ユウキ(^^)
確かに結構応用利きますね、ユウキ(^^)
Re:こんばんわぁ~
まぁ、一緒に生活していればそれだけうつる機会も多いし、やはり遺伝的にもね。
って、うつしてたんですか(^^;)
って、うつしてたんですか(^^;)
Re:おはようございます♪
インフルエンザの予防には温度と湿度、そして何より予防接種、かな。
寮なんかで流行ったら大変だな(--;)
寮なんかで流行ったら大変だな(--;)