『寮の冬休み』

　夜霧は、この件に関しては貴田月夜は完全に疎外すればよかったのだろうか？　しかし、教師という立場からしても、流石に気が咎めたかそれは巧く行かず、月夜に動きを知られてしまった様だ。
　ところが気分屋で気紛れな夜霧の事、ややこしい話や追求は嫌いだと、口を噤んでしまった。
　それでキャラメル――キャラクターを使用したデコレーションメールが得意な不破りえ――は代わりに言い訳する筈だったのか。あの二人に挟まれて、気の毒に……。
　結局、月夜も臍を曲げてしまい、言い訳する暇もなかったらしいけれど。

〈大体、冬休み、それもお正月だって言うのに、夜霧先生が女子寮に顔を出すなんて事がおかしいでしょう？〉
　携帯電話を通して、月夜の不機嫌そうな声が聞こえてくる。いや、実際に通話しているのは、同室の京の携帯なのだが、少し離れた僕に聞こえる程の声という事は、それだけ感情が昂ぶっているのか……。
〈普段だって先生が来られる事なんてないのに。それでどうかなさったのかと訊いても何だかはぐらかされてる感じだし。それに何か……私を避けてるみたいだったのよね。それが気になって……〉
「避けられる様な覚えがあるのか？」京はやはり、単刀直入だ。
〈勿論、ないわよ〉即答。〈ないからおかしいんじゃない。大体、生徒が先生を敬遠するなら解るけど、その逆なんて〉
　いや、どうだろうか。
　この貴田月夜、酷く几帳面な性格で、教師に対しても物怖じしない。以前は鬼の風紀委員として門前に立ち、目を光らせていたものだった――今では鬼の美化委員となって、清掃を率先しているけれど。
　そんな生徒だけに、ややずぼらな先生からは苦手意識を持たれている感もある。
　夜霧はそんな事はない様だけど。

〈真田君、何か知らない？〉
　そう訊かれて、京は思わず僕と顔を見合わせた。僕は反射的に頭を振る。
「いや、俺の耳には入ってない」あっさりとした口調で、京は答えた。
〈そう……。私の考え過ぎなのかしら？〉納得いかない風の、月夜の声。〈不破さんは情報通だし、何か知ってるみたいなんだけど……〉
「じゃあ、彼女に訊いてみればいいじゃないか」
〈でも、彼女、夜霧先生とは何か、仲いいみたいだし……。さっきも何か言いたそうだったけど、気が立ってたから無視して来ちゃった。ちょっと悪い事したかも……。うん、謝って話を聞いてみるわ〉
　そう言って、彼女は電話を切った。
　やれやれ、と僕達は肩を竦めた。

　実の所、僕も京も夜霧が何をしているのかを知っていた。
　尤も、京が「耳に入っていない」と言ったのも嘘ではない。京は誰かから聞いたのではなく、目撃し、そこから推測したのだから。
　男子寮との境でもある女子寮の裏手をうろついて、人が少ないこの時期の、生徒の気の緩みを監視しているのだと。
「ま、こちら側は俺が見張ってもいるけどな」と、京。「それでも勇輝みたいな奴も居るからなぁ」
　僕は友人とその彼女を思い出して苦笑する。
「笑い事か」京の眉間に皺が寄る。「全寮制だからこそ、秩序が大事なんだからな。尤も……貴田は厳し過ぎる面があるからな。知ったら先ず間違いなく、見回りに参加すると言うだろうし」
　いや、京に言われても。彼女が聞いていたら色々と複雑な気分に襲われた事だろう。
　それでも確かに、境の鉄柵越しのデートなど、月夜に見付かったら大事になってしまうだろう。夜霧でさえ、注意するに留めているらしいのに。
　因みに、京に見付かった男子には長くてくどい説教が待っている。
「それに彼女は美化委員の仕事だけでも大変だからね」僕は言った。
「全くだ」と、京。「傍から見ても頑張り過ぎじゃないかって位だからな。これ以上、仕事はやらん」
　夜霧だってそう思ったからこそ、元風紀委員の彼女にも声を掛けなかったのだろう。情報通のキャラメルには、その情報をその場だけに留めて貰う為にも話を通した様だけれど。
　ともあれ、今年も学園及び寮内は、変わらない様だ。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―了―

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　新年早々、イマイチ纏まらない（－－；）
　貴田月夜？　誰？　という方は『美化特別強化委員会』へＧＯ！