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夜霧――夜原霧枝先生は、学園近くの雑貨屋、亀池屋の店頭の日溜まりを占拠する猫達について、店の人と話をする筈だったのだそうだ。
五匹居るその野良猫達を、引き取りたい、と。
「先生、猫飼った事あるんですか? 預かったとかその程度じゃなくて」話を聞き付けた京が尋ねる。
それに対して、夜霧はあっさりと首を横に振った。実家の方では犬を飼っていたから、飼いたくても飼えなかったのだと。
「初めてでいきなり五匹は無謀でしょう」流石に京も呆れる。勿論、僕も。
幾ら一軒家を借りる事になって猫を飼えるようになったからと言って、浮かれ過ぎだろう。
先ずは一匹から始めるべきでは?
「だって、あの中から一匹選ぶのも何かねぇ……」夜霧は腕を組んで考え込む。
因みに件の猫達はどうも親子らしく、やや大柄な黒の母猫と、黒い子猫、白い子猫、灰色の子猫、そして三毛猫が各一匹。父猫は当然、判らない。猫の特性上――子供達の毛色を見ると尚更――父親は一匹とは限らないし。
「先生はどんな猫が好きなんですか? 黒猫とか、白猫とか……」僕は訊いた。
それに対する夜霧の答は――猫なら何でも、との事だった。
「白や黒の単一色の子も綺麗だし、斑紋や縞の入った子もいいし、三毛もそれぞれ柄が違って見てて飽きないし……選べないわね」
「でも、五匹一度には無理でしょう? 世話も大変だし、予防接種とかに掛かるお金も五倍ですよ?」と、京。「先ずは一匹飼って、先生ご自身も猫を飼う事に慣れてから、多頭飼いに挑戦したらどうですか?」
「そうは思うんだけど……」唸る、夜霧。意外と優柔不断なのかも知れない。
「猫の為にもその方がいいと思いますよ?」
「それを言われると……」珍しく、夜霧がたじろぐ。猫の為、と言われると本当に弱いらしい。
仕方ない、と一匹を選ぶ事にして、亀池屋に向かった。
何故か、僕達兄弟も同行する事になった。一人だとやはり選べないから、と。
亀池屋としては飼っている訳ではなく、引き取りたいと言う人が居るなら喜んで、という事だった。
「まぁ、この子達目当てに店に来てくれる学生さんも居るみたいだから、全員連れて行かれると困るかも知れませんがね」そう言って、店主は苦笑した。
取り敢えず子猫達から母親を取り上げるのは論外という事で、自動的に母猫は候補から外された。
問題は辺りをちょこちょこ動き回っている子猫達だが……。
「真田、あんた達ならどの子を選ぶ?」纏めて訊かれてしまった。
初心者が飼うのだから、先ずは健康状態の良好な子を、と僕はそれぞれの子猫達を見て回る。
どの子も野良にしては目脂もなく、毛艶もいい。見た所体格も似たり寄ったり、よく育っている。確かにこれは迷うよなぁ。
京ならどうするだろう?――と見ると我が双子の兄はいつもの眉間の皺も何処へやら、すっかり和んでしまっている。
「あんた達も選べないんじゃない」夜霧に呆れられてしまった。
こうなったら――と夜霧は亀池屋に入って行った。
ややあって出て来た夜霧の手には煮干の袋。此処、そんな物迄売ってたのか。
「こうなったら向こうに選んで貰うわよ」そう言って掌に煮干を乗せる。「一番に来た子にするわ」
それって、夜霧を選んでるんじゃなくて、単に煮干に釣られてるだけなんじゃあ――勿論、口には出さないけれど、思わず僕達は顔を見合わせた。
やがて煮干に気付いたか、子猫達が動き出し、夜霧の手に一番に辿り着いたのは、灰色の子猫だった。
夜霧の手を押さえ込む様にして一心に煮干を食べている灰色猫を抱き上げて、夜霧は満面の笑みを見せた。
こうして夜霧は子猫を手に入れ、亀池屋の店頭からは一匹、子猫が減った訳だけれど……。
「まぁ、いいか。夜霧の所なら近いし……」少しだけ寂しげに京が呟いていたのは……?
猫達目当てに亀池屋に来る学生――どうやら少なくとも一人は、我が兄だった様だ。
もしかして、だから夜霧が五匹全部を引き取る事に反対したんじゃあないだろうね? 京?
―了―
夜霧先生、灰色子猫ゲット(笑)
勿論、猫には勝てません(爆)