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美術の試験回答を白紙で出した、同級生に関して。
試験内容に関しては決して難しいものじゃあなかったと思う。我が校は美術専門校ではないし、夜霧は寧ろ普段の実技――作品の評価に重きを置いている様だし。ちょっとした音楽史と、カラーコーディネートのお手本。後は簡単なスケッチを描いて終わり。夜霧としては寧ろ点を取らせようとしていたのだろう。
ところがその生徒はその一切を、白紙で提出した。名前さえ書かずに。
名前を書かなくても当然席順や消去法で誰かは判る。
当然、彼は零点になった。
けれど、問題が解らなくて出来なかったのと、やらなかったのでは全く、訳が違う。そして彼に出来なかったとは、到底思えない。夜霧は当然、問い質した。
何故、白紙なのかと。
名前さえ書かなかったという事は、零点を覚悟しての回答の放棄。美術という教科をそれ程軽んじているのかと、夜霧は眦を吊り上げた。英数国語等程には一般的に重要視されないとしても、夜霧も美術教師として、この扱いは面白かろう筈もない。
だが、その生徒はそれに対しても無回答を決め込んだ。何を訊かれても、だんまりを通したのだ。
寮の門限を迎え、仕方なく解放したものの、当然の事ながら夜霧は不機嫌だった。
その不機嫌さが目の当たりに窺える様な声音で、京の携帯に電話してきたのだが……。
「真田弟?」電話を受けたのが僕だと知ると、棘のある声で夜霧は言った。「兄は? 携帯放り出して何処行ったのよ?」
「談話室です」僅かに傷付きながらも、僕は答えた。「例の……無回答の彼の聴取だそうですよ」
それを聞くと夜霧は僅かに気配を和らげた。
「何だ、やる事やってるのね」
いやいや、寮の纏め役って、普通、そこ迄するものじゃないと思いますが、先生――突っ込むに突っ込めず、僕はそっと溜息を漏らした。
それにしても彼には同情する。学園での夜霧の聴取から逃れて来たと思ったら、京に捕まるなんて。こういう時の京は矢鱈と嫌味っぽくて、しつこいんだ。
「じゃあ、何か解ったら連絡するよう伝えといて」
「解りました」
と、通話を終えた直ぐ後に、京が部屋に戻って来た。
「案外早かったね。訳は解ったのかい?」僕は尋ねた。尤も、彼が相変わらずのだんまりを決め込んでいたのなら、京がこうも早く部屋に帰って来る事はなかっただろう。
しかし、京は今一つ晴れない表情で溜息をつきながら、自分の椅子に腰掛けた。
「訳は聞いたが……やっぱり訳が解らん」
「は?」京の言葉の意味が解らず、僕は間の抜けた声を発した。
「何でも、この先美術とは一切の縁を切るから、試験にも回答出来ない……だそうだ」
「縁を……切る?」僕は目を丸くする。「だって……彼は確か美術部員だったろう?」
そう。問題の生徒は美術部員だった。だからこそ、出来なかったとは到底考えられないのだ。
「美術部には退部届けを提出済みだそうだ」
「ええ? 本当に辞める心算なのか? まぁ、その辺は個人の自由だけど……・。でも、試験迄手を付けないなんて、変じゃないかい?」
「変だとも」京は言い切った。「進学や就職を考えて早めに部活から手を引く奴は居るだろうが、それなら内申にも響く試験をボイコットするなんてあり得ない。然もこの先一切、美術には関わらないと迄言ったぞ」
「という事は、授業も……?」
その心算らしい、と京は頷いた。
「そんな馬鹿な。この間だって進路相談があった時、出来れば美大に進みたいって言ってたのに」
「そんな事言ってたのか? あいつ」京が目を丸くした。談話室――別名、京の取調室での頑なな態度からは考えられないと言う様に。
「ほら、この間は保護者も来てただろう? その時に親にも話してみるんだって、意気込んでたのに……」
と、僕はふと、思い付いた事を口にした。
「もしかして、その時に美大への進学を反対されたのかな?」
「反対?」京が眉根を寄せた。
「将来的に美術関連で食べて行くって、やっぱり大変そうじゃないか。才能があってもなかなか芽が出なかったりするし……。親としてはその辺を心配して、もっと一般的な職を勧めたんじゃないかなぁ?」
「……ところが、奴はそれに納得せず、かと言ってその反対を押し切りも出来ず……美術部を辞めた、と?」
「でも、やっぱり納得出来ないから、逆に可愛さ余って難さ百倍的に、美術を遠ざけようとしてる、とか……」
僕達は暫し、鏡に映した様に顔を見合わせた。
『子供か』そして同時に、嘆息を漏らした。
「ええい、美術家志願なら、例え反対する親の援助を受けられずに苦学してもバイトで食い繋ぎながらやって行く位の気概を見せんか!」京が吼えた。
「いや、京、それは何か……昔の映画か何かのイメージか?」流石に僕は突っ込む。今時、若き芸術家を苦学生と同一視するのは如何なものか。
まぁ、解らないでもないけれど。
ともあれ――と僕は京に携帯を差し出した。夜霧が連絡をくれと言っていた、と。
考えてみれば担任でもある夜霧なら、進路相談の時の親子のやり取りも知っている筈じゃないか。
取り敢えず説明して――後の進路相談はそれこそ教師の領分だろう。
彼にとっていい方向に進んでくれる事を祈りつつ……僕は夜霧の鈍感さに、改めて溜息をついた。
―了―
リハビリしてみる。
この間のはまた今度~(--)ノ
なかなか完治しなくて(汗)
夜霧に冷静さ……果たして存在するのかどうか(笑)