〈2007年9月16日開設〉
これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。
尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。
絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
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「未だ開いてるか?」疲れた顔で椚要が扉を開けたのは午前零時五十分。終電待ちに立ち寄った客は一掃され、ごく近所の常連が一人、居座っている処だった。
椚自身はやはり近所のアパートで一人暮らし。為に仕事帰りにこの店に寄るのは最早日課。立派な常連だ。
「今夜は随分と遅かったんですね」注文に応じながら店主、楡庵が言う。普段は控え目な男だが、相手が旧友とあっては些か口数も増す様だ。
しかし、椚が密かに待つ言葉は出て来ない。
代わりにそれを言ったのは楡の弟、棗だった。
「何か事件でもあったんですか?」と。
好奇心旺盛そうな大きな目に笑みが浮かんでいる――兄が態と言わない事に気付いていたか……。
庵はそれと判らぬ程の溜め息をつき、椚は笑うのだった。
長身痩躯、硬めの短髪に日焼けした人懐っこい顔の三十五歳。椚要はこれでも警官だった。
「棗。警官には守秘義務というものがあって事件の内容を私達の様な民間人に話すべきでは――」という半ば椚本人に向けての庵の言葉は、その警官によって掻き消された。
「堅い事言うなって」
「椚さんが言うべき事ですが」営業中はお客様、とさん付けで庵は呼ぶ。
椚はそれを笑って誤魔化すと、唐突に話を始めた。
「空き巣狙いによる盗難事件があって、その事件に駆り出されてたんだ」
「この辺も物騒になったもんだなぁ」居残り常連の瀧が口を挟む。
「済みません」警官の一人として、椚は頭を下げる。「これが乱暴な奴で大きな金庫ごと、奪って行ったんだ。現金、ダイヤ、その他諸々入りを」
椚自身はやはり近所のアパートで一人暮らし。為に仕事帰りにこの店に寄るのは最早日課。立派な常連だ。
「今夜は随分と遅かったんですね」注文に応じながら店主、楡庵が言う。普段は控え目な男だが、相手が旧友とあっては些か口数も増す様だ。
しかし、椚が密かに待つ言葉は出て来ない。
代わりにそれを言ったのは楡の弟、棗だった。
「何か事件でもあったんですか?」と。
好奇心旺盛そうな大きな目に笑みが浮かんでいる――兄が態と言わない事に気付いていたか……。
庵はそれと判らぬ程の溜め息をつき、椚は笑うのだった。
長身痩躯、硬めの短髪に日焼けした人懐っこい顔の三十五歳。椚要はこれでも警官だった。
「棗。警官には守秘義務というものがあって事件の内容を私達の様な民間人に話すべきでは――」という半ば椚本人に向けての庵の言葉は、その警官によって掻き消された。
「堅い事言うなって」
「椚さんが言うべき事ですが」営業中はお客様、とさん付けで庵は呼ぶ。
椚はそれを笑って誤魔化すと、唐突に話を始めた。
「空き巣狙いによる盗難事件があって、その事件に駆り出されてたんだ」
「この辺も物騒になったもんだなぁ」居残り常連の瀧が口を挟む。
「済みません」警官の一人として、椚は頭を下げる。「これが乱暴な奴で大きな金庫ごと、奪って行ったんだ。現金、ダイヤ、その他諸々入りを」
中でもダイヤが一番の価値があったらしく――窃盗団の狙いもそれだったのだ。
そう断言出来るのも椚達の頑張りの成果か、耐火金庫を開けるのに街外れの廃工場とは言え、大型機械で派手な音を響かせた奴等の間抜けさの所為か――彼等が御用となったからだった。
ところが、金庫の残骸を中心にどれだけ探してみても、破れた現金等はあってもダイヤが見付からない。被害者曰く十カラットはある珍しい青ダイヤなのだから、目に付かない筈など無いらしいのだが。
当然窃盗団の総勢六名も綿密に身体検査を受けた。が、それ以前に彼等の誰一人として、その青ダイヤを見ていないと証言した。そして実際、出ては来なかった。
話を聞く内、庵の表情が沈鬱なものに変わりつつあった。
「最初から入ってなかったってのはどうだい?」先ず、瀧が口を開いた。「うっかり別の……貸金庫とかに預けたのを忘れてたとか……」
「それは真っ先に確認して貰いました」椚は頭を振る。「どこにも移動してはいないそうです」
「保険金掛けておいて態と盗ませたってのは?」
「それにしては窃盗団が間抜け過ぎます」
「あっさり捕まったんじゃねぇ……」瀧も呆れる。
と、楡兄弟――棗迄もが黙した儘なのに気付く。
何か案は無いのかいと瀧が訊くと、二人は顔を見合わせた。丸でお互いに言い難い事を言うのを譲り合っているかの様。
しかし結局、兄が折れたらしい。
「非常に申し上げ難いのですが……私共には、そのダイヤを見極める事は出来ません」彼は重い溜め息と共に言った。
「……」
初めて聞く友人の弱気な発言に、暫し茫然としていた椚達だったが――突如椚が破顔した。
「あ、もしかして連中が金庫を大型のバーナーで焼き切ったとでも思ったんだろ? ダイヤは純粋な炭素だからな。その火で燃えちまったんだと?」
そうなのかい!?――と声を上げたのは瀧のみ。
「あんな石が燃えるのかい!?」
「科捜研の連中に今日聞きました。でもその可能性は無さそうだ、とも」
「耐火金庫って言ってましたもんね」棗が苦笑いする。「バーナーを使った位じゃそんな派手な音もしないでしょうし……」
でも違うんだよ――と、その眼が言っている。
「椚さん、使ったのは重機か何かですね? あるいはプレス機か……」
庵の言葉に頷く椚。
「ダイヤは固いからって無茶な連中だよ」と、笑う。
「無茶と申しますか……」庵は言葉を途切れさせ、只、肩を竦めた。店主として客の前で口にすべきでない単語と判断したのだろうか。
「兎に角、何か解ってるんなら説明しろよ。俺はまた明日も捜索なんだからな! もう今日だけど」
「では……」庵は覚悟を決めた様に言った。「確かにダイヤは最も堅い鉱物と言われますが……一般的に硬度というのはモース硬度の事を言います。別名〈引っ掻き硬度〉……」
「引っ掻き……?」
「基準となる鉱物で引っ掻いた際の傷の出来具合等から硬度を求める方法で……ダイヤは十種の基準となる鉱物の内最硬の十を誇ります」
「やっぱり硬いんだな」
「ええ、でもこれはあくまで引っ掻き――摩擦に対する強度です。ダイヤはね、金槌ででも割れるんですよ。粉々にね」
「……粉々……?」信じられないという様に椚はゆっくりと言った。
「特定方向からの打撃に対しての強度はそれ程でもないんですよね」と、棗。
「じゃ、じゃあ……金庫に入っていたダイヤは……粉々……?」
「廃工場とおっしゃいましたね? 散乱した硝子片にでも紛れているのでしょうね」表の看板の灯を落としながら、庵は言った。「ですから、ダイヤを探すのであれば、私達ではなく腕と根気の良い鑑定士に頼るべき状況ですね」
「こ、粉々になったダイヤの価値って……?」やはり茫然としていた瀧が尋ねた。「あるのかい?」
「私はバーテンですから詳しくは存じませんが……ダイヤの価値は〈4C〉で決まると聞きますね」
椚に解るか、と訊く。同期に訊かれた椚は指折り、挙げ始めた。
「カラー、カット、カラット、クオリティだろ」四本目を折った途端――。
「減点二十五点ですね」
「な、何でいきなり二十五点も!? って言うか、何で減点だよ!?」
「四つで満点なのに一つ間違えたんですから当然です」平然と庵は言う。「カラー(color)、カット(cut)、カラット(carat)迄はいいですが……残る一つはクラリティ(clarity)。透明度と言うか、どれだけ美しく澄んでいるかですね。大体クオリティは〈C〉ではありません」
quality……Qか――そっと携帯のメール機能で確かめて臍を噛む椚。
「カットは形が崩れてしまえば問題外。カラットも粉々では……。カラーにしてもクラリティにしても入ったクラック(罅)が損ねてしまうでしょう……。クラック(crack)、五つ目の〈C〉は致命傷ですね。お気の毒に……」
―了―
そう断言出来るのも椚達の頑張りの成果か、耐火金庫を開けるのに街外れの廃工場とは言え、大型機械で派手な音を響かせた奴等の間抜けさの所為か――彼等が御用となったからだった。
ところが、金庫の残骸を中心にどれだけ探してみても、破れた現金等はあってもダイヤが見付からない。被害者曰く十カラットはある珍しい青ダイヤなのだから、目に付かない筈など無いらしいのだが。
当然窃盗団の総勢六名も綿密に身体検査を受けた。が、それ以前に彼等の誰一人として、その青ダイヤを見ていないと証言した。そして実際、出ては来なかった。
話を聞く内、庵の表情が沈鬱なものに変わりつつあった。
「最初から入ってなかったってのはどうだい?」先ず、瀧が口を開いた。「うっかり別の……貸金庫とかに預けたのを忘れてたとか……」
「それは真っ先に確認して貰いました」椚は頭を振る。「どこにも移動してはいないそうです」
「保険金掛けておいて態と盗ませたってのは?」
「それにしては窃盗団が間抜け過ぎます」
「あっさり捕まったんじゃねぇ……」瀧も呆れる。
と、楡兄弟――棗迄もが黙した儘なのに気付く。
何か案は無いのかいと瀧が訊くと、二人は顔を見合わせた。丸でお互いに言い難い事を言うのを譲り合っているかの様。
しかし結局、兄が折れたらしい。
「非常に申し上げ難いのですが……私共には、そのダイヤを見極める事は出来ません」彼は重い溜め息と共に言った。
「……」
初めて聞く友人の弱気な発言に、暫し茫然としていた椚達だったが――突如椚が破顔した。
「あ、もしかして連中が金庫を大型のバーナーで焼き切ったとでも思ったんだろ? ダイヤは純粋な炭素だからな。その火で燃えちまったんだと?」
そうなのかい!?――と声を上げたのは瀧のみ。
「あんな石が燃えるのかい!?」
「科捜研の連中に今日聞きました。でもその可能性は無さそうだ、とも」
「耐火金庫って言ってましたもんね」棗が苦笑いする。「バーナーを使った位じゃそんな派手な音もしないでしょうし……」
でも違うんだよ――と、その眼が言っている。
「椚さん、使ったのは重機か何かですね? あるいはプレス機か……」
庵の言葉に頷く椚。
「ダイヤは固いからって無茶な連中だよ」と、笑う。
「無茶と申しますか……」庵は言葉を途切れさせ、只、肩を竦めた。店主として客の前で口にすべきでない単語と判断したのだろうか。
「兎に角、何か解ってるんなら説明しろよ。俺はまた明日も捜索なんだからな! もう今日だけど」
「では……」庵は覚悟を決めた様に言った。「確かにダイヤは最も堅い鉱物と言われますが……一般的に硬度というのはモース硬度の事を言います。別名〈引っ掻き硬度〉……」
「引っ掻き……?」
「基準となる鉱物で引っ掻いた際の傷の出来具合等から硬度を求める方法で……ダイヤは十種の基準となる鉱物の内最硬の十を誇ります」
「やっぱり硬いんだな」
「ええ、でもこれはあくまで引っ掻き――摩擦に対する強度です。ダイヤはね、金槌ででも割れるんですよ。粉々にね」
「……粉々……?」信じられないという様に椚はゆっくりと言った。
「特定方向からの打撃に対しての強度はそれ程でもないんですよね」と、棗。
「じゃ、じゃあ……金庫に入っていたダイヤは……粉々……?」
「廃工場とおっしゃいましたね? 散乱した硝子片にでも紛れているのでしょうね」表の看板の灯を落としながら、庵は言った。「ですから、ダイヤを探すのであれば、私達ではなく腕と根気の良い鑑定士に頼るべき状況ですね」
「こ、粉々になったダイヤの価値って……?」やはり茫然としていた瀧が尋ねた。「あるのかい?」
「私はバーテンですから詳しくは存じませんが……ダイヤの価値は〈4C〉で決まると聞きますね」
椚に解るか、と訊く。同期に訊かれた椚は指折り、挙げ始めた。
「カラー、カット、カラット、クオリティだろ」四本目を折った途端――。
「減点二十五点ですね」
「な、何でいきなり二十五点も!? って言うか、何で減点だよ!?」
「四つで満点なのに一つ間違えたんですから当然です」平然と庵は言う。「カラー(color)、カット(cut)、カラット(carat)迄はいいですが……残る一つはクラリティ(clarity)。透明度と言うか、どれだけ美しく澄んでいるかですね。大体クオリティは〈C〉ではありません」
quality……Qか――そっと携帯のメール機能で確かめて臍を噛む椚。
「カットは形が崩れてしまえば問題外。カラットも粉々では……。カラーにしてもクラリティにしても入ったクラック(罅)が損ねてしまうでしょう……。クラック(crack)、五つ目の〈C〉は致命傷ですね。お気の毒に……」
―了―
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Re:これ、好きです。
有難うございます(^^)
![](/emoji/V/115.gif)
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Re:庵さん、
そ、そうですか?(^^;)
作者の趣味がそこはかとなく滲み出ているのかも知れません。
でも瀧さんは違う気がする……。段々御隠居っぽくなってるし☆
作者の趣味がそこはかとなく滲み出ているのかも知れません。
でも瀧さんは違う気がする……。段々御隠居っぽくなってるし☆
Re:瀧さんは
あ、やっぱり
でも何故か出番多いんですよ、このおやっさん(^^;)
![](/emoji/V/60.gif)
でも何故か出番多いんですよ、このおやっさん(^^;)
Re:無題
いつも有難うございます(^^)
ダイヤは余りに規則正しく並んだ炭素結晶の構造上、一定方向から衝撃が加わると意外にも割れてしまうのだそうです。
実験はとても出来ませんが!![](/emoji/V/304.gif)
![](/emoji/V/183.gif)
ダイヤは余りに規則正しく並んだ炭素結晶の構造上、一定方向から衝撃が加わると意外にも割れてしまうのだそうです。
実験はとても出来ませんが!
![](/emoji/V/304.gif)
![](/emoji/V/183.gif)
Re:無題
高いよねぇ。ごくありふれた炭素で出来てるのに(^^;)
割られたら堪ったもんじゃない(苦笑)
割られたら堪ったもんじゃない(苦笑)