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とある週の月曜日、お巡りさんが来て言った。怪しい奴は何処ですか? また次の週も月曜日。また訊いた――怪しい奴は何処ですか?
「それがここ何週間か続いてね」駅前のコンビニの店長、岡洋は首を捻りつつ言う。「うちじゃ誰も怪しい奴なんか見ちゃいないし、勿論通報もしちゃいないのにだよ? ちょっと薄気味悪いだろう?」
共に卓を囲む瀧は頷きながらもカウンターに追加の注文。
「……別に今の所、害があるって話じゃないんだろう?」岡の恨めしげな顔に言い訳めいた瀧の声。「店長がほっつき歩いてて、滅多に店に居ないんだ。警官がまめに来る位の方が防犯上いいだろうが」
「それを言われると……」痛点を突かれた岡が視線を流すとカウンター席に男が一人。
見慣れない男だな――思わず岡は観察する。妙に目付きが鋭い様な。が、店主に頻りと愚痴を言っては執成して貰う様は丸で子供の様。
「見掛けないけど楡さんの知り合いかい?」という瀧の声に振り向くと、いつの間にか追加を運んで来た楡棗が今しも首肯した処。
「兄さんの学生時代からの友達です。今度こっちに赴任して来たそうで」
何だ、そうか――岡は内心ほっとする。正体不明者ではない。やはり怪しい奴などそうそう居るものでは……と安堵し掛けた頃になって、瀧が眉根を寄せて言う。
「ところでさっきの話だが……よくよく考えたら変だな」と。
「何だい、今頃……」
「いや、警官は呼ばれたから来たって言うんだろ? なのに誰も呼んでない。家族も店員も?」
岡は頷く。
「間違いにしては毎週ってのもおかしい。周囲は調べたんだろう?」
「ああ、一応見回りと……通報が携帯からだったって言うんで何回目の時だったか、念の為に番号聞いて帰って行ったな。店員のも」
「一応確認するが……警官は本物だったかい? 制服組だろ?」
「駅通りの交番勤務の本物。弁当買いにも来る」
「なら……狼少年かな?」
「……って、真逆怪しい奴が居るって偽通報を繰り返しして、警官がどうせまた悪戯だって来なくなるのを見計らってるとか言うのかい? 誰がそんな馬鹿な事を……」一笑に附そうとして瀧の真剣な顔に固まる。
「怪しい奴……さ」瀧は言う。「警官を呼んでも来ないようにしようって言うんだから、まともな奴じゃないさ。例えば……コンビニ強盗」
「!」店を開いてから、ニュースで見る度に思わず眼が吸い寄せられる単語だった。無論、恐れるが故に。「冗談は止してくれよ……」
「冗談で済めば、いいがなぁ……」瀧が唸り――彼等の周囲に沈黙が訪れる。
今夜は客も少なく、庵の友人だという男の声だけが響く。
「……で、そのお茅さんが越した先が、この近所らしいんだよ。また担当地域……勘弁して欲しいよ」
「それが椚(くぬぎ)さんのお仕事でしょう?」庵は穏やかながらも、とめどもない愚痴に対してきっぱりとそう返した。
椚と呼ばれた男は仕方無しに項垂れる。解ってはいる、と。
聞くともなしにその会話を耳にしていた岡は、瀧が時計を見て舌打ちしたのに気付かなかった。気付いたのは客の表情に敏感な店主とその弟。
「岡さん、さっきの話ですけど……」些か早口に言ったのは棗だった。「心配じゃないんですか?」
「そりゃ少しは……でも強盗は幾ら何でも……」
「いえ、もっと身近な問題で」不得要領な顔の男二人に説明を続ける。「携帯の番号を聞いて帰ったんですよね? その警官」
「ああ。家族全員と店員のを……」岡は頷く。
「自慢のお嬢さんのも、ですよね?」棗が重ねた質問に、岡の顔色が変わった。
「あの警官……鞠の携帯番号を聞きだそうとして茶番を……!?」こうしちゃいられない、とばかりに岡は帰宅の途に着いた。
棗が笑う。
「岡さんを少しでも早く帰らせようと思ったらこういう風に言わないと」
「なるほど、娘さんか――親馬鹿め」瀧は皮肉げに右の口元を吊り上げた。
瀧は岡の奥方から相談を受けていたのだ。店に居付かない主人を早く帰るように出来ないかと。それで今し方聞いた謎をダシに不安を煽ろうとしたが……失敗。
棗はそれと察して助け舟を出したのだった。
しかし――。
「棗君、あれじゃ俺の同僚が職権濫用してるみたいじゃないか」という椚の苦笑。
それで瀧は気付いた。彼の正体が警官だと。瀧は試しに謎解きを彼に求めた。
「それは……楡、任せた」椚は――椚要は短髪の頭を掻きながら、友人に話を振った。
庵は肩を竦める。今さっき迄自分であれだけ愚痴を零していた癖にと。
「俺の愚痴と何の関係があるんだよ?」
「毎週警官を呼び付けて話しに付き合わせる老婦人に困っていたと、言っていたでしょう? その彼女が越して行って助かったと思っていたら移動でまた、担当地域になったと……」
「あ! あのお茅さんか! そう言えば毎週月曜日だったな……。日曜日に孫が遊びに来て、帰った後が寂しかったんだろうけど……。でも何でそれがさっきの人の店に……?」
「彼女は未だ馴染みの無い街で警官を呼ぶのに、コンビニを近所の目印にしたのでしょう。それに先程の話では彼女の名前はお茅さん……でしたね」
「お茅と岡屋か……!」瀧が吹き出した。「やれやれ、楡さんに先に説明されなくて良かったよ。岡の奴安心し切っちまって帰りゃしないよ」
だから機先を制して言ったのだ、と棗。
「僕も確認を取っただけで嘘は言ってないけど……兄さんは嘘も方便って言葉より、お客様を安心させる方が優先順位上だからね」
「それが私の仕事ですからね」と、楡庵は微笑した。
―了―
このシリーズ順番は特に無いけれど、一応椚迄出ないと役者が揃わない――なので取り敢えずここ迄は続けてしまえ、と。
因みに椚は「弄り易いキャラその2」な感じ。
夜霧に「首ほしいの?」って言われました……怖いよ。
夜霧、「通報も怪しい」とか言ってましたが、一番怪しいのはあんたや! と突っ込んどきました。
え? 飼い主がもっと怪しい?