〈2007年9月16日開設〉
これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。
尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。
絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
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「やっぱり失敗だったかなぁ」カウンターにグラスを戻しつつ、牧武は溜め息をついた。「家賃二万三千円共益費込みを甘く見たな……」
すかさず、隣に座った瀧が嘴を入れる。
「何か起こったかい? タケ坊」
「タケ坊は止して下さいって。それに瀧さん、その言い方……あそこが本当に〈出る〉部屋だって知ってたんじゃないんすか!?」
「噂には聞いてたよ」瀧は悪びれずに笑う。「でもそれはタケ坊だって最初に説明受けたんだろ? 昔自殺者が出てこんな噂があります。それを承知の上なら破格値で貸しますよってのは」
武は渋々頷くのみ。実際そう聞いたし、それでも幽霊なんて信じないからと借りたのは自分なのだから仕方がない。また溜め息が出る。
しかし具体的にははっきり何が起こったという訳でもない。恨めしげな声もしないし、寝苦しさに苛まれる事も無い。稀に夜中に目が覚めた時など、小さな光の玉が壁際に浮いていたり、丁度その方から隙間風とも思えない空気の流れを感じたりといった事はあったものの、それだけなら被害は皆無に近かった。寧ろ、その程度で他の部屋の三分の一位の家賃で部屋を借りられるのだから、未だ親元を離れて、大手広告代理店とは言えやっと職を得たばかりの彼には有難い程だ。
家具も造り付けで、特に拘りも無い彼には充分過ぎる物だった。只一つ、難があるとすれば……壁に掛けられた一枚の面位か。
「面?」瀧が怪訝な表情で訊く。
「……壁にね、面があるんすよ――ひょっとこの」
「……何でひょっとこなんだ?」
「いえ、それがね」武は頭を掻く。「ひょっとこは火男に通じて、火は浄化の力が……とか何とか祓い屋に言われたそうで……裏に有難いお札も貼ってあるから触れるなって」
「……怖いんだか笑えるんだか……」瀧は複雑な顔。
「まぁ、それを除けば文句の付け様が無いんすよね。自殺者が出た所為で安いだけで造りはいいし、マンションのオーナーだって部屋が隣で、俺が一人暮らしな所為か、いろいろ気ィ遣って……お裾分け持って来てくれたり、まめに様子を尋ねに来てくれたり。余り度々で煩い位……って言ったら罰当たりっすね」
「全くだ」瀧はふんと鼻を鳴らす。「タケの坊主にゃ勿体無い。換わって欲しいよ」
この人に愚痴を零そうとしたのも失敗だったかもと内心落涙しながらも武は続けた。
「でもあそこに入ってから運が無いんすよね」
すかさず、隣に座った瀧が嘴を入れる。
「何か起こったかい? タケ坊」
「タケ坊は止して下さいって。それに瀧さん、その言い方……あそこが本当に〈出る〉部屋だって知ってたんじゃないんすか!?」
「噂には聞いてたよ」瀧は悪びれずに笑う。「でもそれはタケ坊だって最初に説明受けたんだろ? 昔自殺者が出てこんな噂があります。それを承知の上なら破格値で貸しますよってのは」
武は渋々頷くのみ。実際そう聞いたし、それでも幽霊なんて信じないからと借りたのは自分なのだから仕方がない。また溜め息が出る。
しかし具体的にははっきり何が起こったという訳でもない。恨めしげな声もしないし、寝苦しさに苛まれる事も無い。稀に夜中に目が覚めた時など、小さな光の玉が壁際に浮いていたり、丁度その方から隙間風とも思えない空気の流れを感じたりといった事はあったものの、それだけなら被害は皆無に近かった。寧ろ、その程度で他の部屋の三分の一位の家賃で部屋を借りられるのだから、未だ親元を離れて、大手広告代理店とは言えやっと職を得たばかりの彼には有難い程だ。
家具も造り付けで、特に拘りも無い彼には充分過ぎる物だった。只一つ、難があるとすれば……壁に掛けられた一枚の面位か。
「面?」瀧が怪訝な表情で訊く。
「……壁にね、面があるんすよ――ひょっとこの」
「……何でひょっとこなんだ?」
「いえ、それがね」武は頭を掻く。「ひょっとこは火男に通じて、火は浄化の力が……とか何とか祓い屋に言われたそうで……裏に有難いお札も貼ってあるから触れるなって」
「……怖いんだか笑えるんだか……」瀧は複雑な顔。
「まぁ、それを除けば文句の付け様が無いんすよね。自殺者が出た所為で安いだけで造りはいいし、マンションのオーナーだって部屋が隣で、俺が一人暮らしな所為か、いろいろ気ィ遣って……お裾分け持って来てくれたり、まめに様子を尋ねに来てくれたり。余り度々で煩い位……って言ったら罰当たりっすね」
「全くだ」瀧はふんと鼻を鳴らす。「タケの坊主にゃ勿体無い。換わって欲しいよ」
この人に愚痴を零そうとしたのも失敗だったかもと内心落涙しながらも武は続けた。
「でもあそこに入ってから運が無いんすよね」
「運が無い? 例えば?」
「……会社の顧客名簿が流出してたんすよ。で、その流出源が俺じゃないかって疑いが出てて……違いますよ? 俺は仕事持ち帰る時も、鍵付きの鞄に入れて、寄り道さえせずに帰るんすから。勿論、故意に流したりなんて事してやしません!」
「ああ、タケ坊は軽そうで根は真面目だからな。信じるよ。でもそれじゃ何で……?」
「俺が持ち帰った名簿の顧客だけが被害に……。この店に来るのさえ我慢して仕事してたのに……!」
「やっぱり部屋の所為なのかな?」
「部屋の所為と言えば言えるかも知れませんけれど……」カウンターから穏やかな声が掛かった。
「楡さん、霊感もあるのかい?」と瀧。
真逆と楡庵は苦笑する。霊感など必要無いと。
と、弟の棗が割って入り「僕ならその面を外してみますね。お札が破れてないか――というのは冗談としてですね」本気で蒼くなった武に咳払いを一つ。「壁を調べてみたいです」
「私なら……」と庵が続けて言う。「その前に新しい部屋を探しておきますね。騒ぎ立てなければ大丈夫かも知れませんが……」
「何を見付けても、ね」と、棗。
「何を……って何すか!?」血痕や人の顔型の染み……そんな想像が脳裏を渦巻く武に対し、棗は冷静に――。
「家具は造り付けでしたよね? 面の手前は……机ですか? 仕事にも使ってて、名簿広げたりもする? 人が来て玄関先に出る時も、使ってる名簿を片付けたりはしない?」
「な、棗君? 何で知ってるんすか?」些か薄気味悪げに、しかし武はいずれの問いにも頷く。
「夜中に光の玉をご覧になったのもその壁の方ですね?」という庵の問いにも。
兄弟は頷き合う。
「情報漏洩が真逆ひょっとこの口からとはね……」と棗。
「ファイバースコープならば通過可能でしょうね。あの小さくすぼめた口でも」庵が続ける。「光は先端のライトだったのでしょう」
武と瀧は暫し茫然としていたが――やがて武の方が理解した。
「詰まり……俺がお裾分けだとかで呼び出されてる間に、あの口からスコープが伸びて名簿を……」
彼は慌てて帰宅の途に着いた。確かめずにはいられなかったのだろう。
「しかし……」武を見送りながら、瀧が言った。「何でひょっとこなんだ?」
「他の面に比べて厚み……と言うか出っ張りがありますからね」棗が笑う。「瀧さん、やっぱり曰く付きの面なんかあったら、前に物を置くなりして隠したくなりませんか?」
「それは……確かに」瀧は頷く。
「触るなと言われているし、気味も悪いからあれ自体をどうにかするのは論外です。でも、物を……例えば机の上だから本棚でも置くにしてもあの口が邪魔になる。そして仕掛け人としては塞がれたくない――そういう事ですよ」
そういう事か、と破顔する瀧とは対照的に、庵は浮かぬ顔。
「牧さん……短絡的にオーナーの所へ怒鳴り込まなければよろしいのですが……」
「え? オーナーなんだろ?」と瀧。「犯人は」
「いえ、感付かれたと知れればどちらにしても、もうそこにはお住まいにはなれないだろうと……」
「あ……」棗と瀧の声が揃った。
帰宅後、壁の穴と硝子繊維の束を見付け、やはり怒鳴り込み、その勢いもかって部屋を飛び出した武は――瀧家に居候して部屋を探している。
ひょっとこ面の無い部屋を。
―了―
「……会社の顧客名簿が流出してたんすよ。で、その流出源が俺じゃないかって疑いが出てて……違いますよ? 俺は仕事持ち帰る時も、鍵付きの鞄に入れて、寄り道さえせずに帰るんすから。勿論、故意に流したりなんて事してやしません!」
「ああ、タケ坊は軽そうで根は真面目だからな。信じるよ。でもそれじゃ何で……?」
「俺が持ち帰った名簿の顧客だけが被害に……。この店に来るのさえ我慢して仕事してたのに……!」
「やっぱり部屋の所為なのかな?」
「部屋の所為と言えば言えるかも知れませんけれど……」カウンターから穏やかな声が掛かった。
「楡さん、霊感もあるのかい?」と瀧。
真逆と楡庵は苦笑する。霊感など必要無いと。
と、弟の棗が割って入り「僕ならその面を外してみますね。お札が破れてないか――というのは冗談としてですね」本気で蒼くなった武に咳払いを一つ。「壁を調べてみたいです」
「私なら……」と庵が続けて言う。「その前に新しい部屋を探しておきますね。騒ぎ立てなければ大丈夫かも知れませんが……」
「何を見付けても、ね」と、棗。
「何を……って何すか!?」血痕や人の顔型の染み……そんな想像が脳裏を渦巻く武に対し、棗は冷静に――。
「家具は造り付けでしたよね? 面の手前は……机ですか? 仕事にも使ってて、名簿広げたりもする? 人が来て玄関先に出る時も、使ってる名簿を片付けたりはしない?」
「な、棗君? 何で知ってるんすか?」些か薄気味悪げに、しかし武はいずれの問いにも頷く。
「夜中に光の玉をご覧になったのもその壁の方ですね?」という庵の問いにも。
兄弟は頷き合う。
「情報漏洩が真逆ひょっとこの口からとはね……」と棗。
「ファイバースコープならば通過可能でしょうね。あの小さくすぼめた口でも」庵が続ける。「光は先端のライトだったのでしょう」
武と瀧は暫し茫然としていたが――やがて武の方が理解した。
「詰まり……俺がお裾分けだとかで呼び出されてる間に、あの口からスコープが伸びて名簿を……」
彼は慌てて帰宅の途に着いた。確かめずにはいられなかったのだろう。
「しかし……」武を見送りながら、瀧が言った。「何でひょっとこなんだ?」
「他の面に比べて厚み……と言うか出っ張りがありますからね」棗が笑う。「瀧さん、やっぱり曰く付きの面なんかあったら、前に物を置くなりして隠したくなりませんか?」
「それは……確かに」瀧は頷く。
「触るなと言われているし、気味も悪いからあれ自体をどうにかするのは論外です。でも、物を……例えば机の上だから本棚でも置くにしてもあの口が邪魔になる。そして仕掛け人としては塞がれたくない――そういう事ですよ」
そういう事か、と破顔する瀧とは対照的に、庵は浮かぬ顔。
「牧さん……短絡的にオーナーの所へ怒鳴り込まなければよろしいのですが……」
「え? オーナーなんだろ?」と瀧。「犯人は」
「いえ、感付かれたと知れればどちらにしても、もうそこにはお住まいにはなれないだろうと……」
「あ……」棗と瀧の声が揃った。
帰宅後、壁の穴と硝子繊維の束を見付け、やはり怒鳴り込み、その勢いもかって部屋を飛び出した武は――瀧家に居候して部屋を探している。
ひょっとこ面の無い部屋を。
―了―
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Re:やや、これは・・・
有難うございます。
ある意味ひょっとこ面を使いたいが為に考えた様な話でして(笑)
ならば、やっぱり特徴はあの口でしょう! と。(^^)
ある意味ひょっとこ面を使いたいが為に考えた様な話でして(笑)
ならば、やっぱり特徴はあの口でしょう! と。(^^)
ふっふっふっ
きっちり取ります(笑)
その上情報も……幽霊より性質悪い?
タケ坊は割と可哀想な目(?)に遭わせ易くて、作者的に好き♪(鬼)
その上情報も……幽霊より性質悪い?
タケ坊は割と可哀想な目(?)に遭わせ易くて、作者的に好き♪(鬼)
Re:無題
完全に犯罪ですよね^^;
名簿覗き見て、然もその情報を流してるんだから。
タケ坊だからなぁ(笑)
名簿覗き見て、然もその情報を流してるんだから。
タケ坊だからなぁ(笑)