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その問いに、リビングに集まった六人は一様に頷いた。
「風邪気味で、薬を飲んで早くに寝付いてしまったものですから」一人が言う。
それに続く様に声が上がった。
「ヘッドフォンで音楽を聴いていて……」
「私の部屋は一番遠いので……」
「元々、このアパートは防音がしっかりしてるんですよ。入居者は音大生ばかりなので、自室でも練習出来るようにと」
「そうそう、ドアを開け放してでもいなければ、部屋の外の音なんて聞こえませんよね」
「友達の家に泊まりに行っていて、帰ったのが朝だったんです」
逐一メモを取り、警官は最後の発言者を見遣った。
「それで帰って来られて朝一番に発見されたんですね? この部屋に飾られている――」彼はリビングをぐるりと見回した。「楽器が全て壊されているのを」
はい、と彼は頷いた。
「吃驚しましたよ。喉が渇いたので何か飲もうとキッチンに直行しようとしたら……。あ、このアパート、ダイニングキッチン、リビングは共用になっていて、然も繋がっているのでリビングを通らないとキッチンに行けないんです。それでリビングに入った途端、この惨状で……」
それはさぞかし驚いた事だろう、と警官は唸った。
十二畳程のリビングの壁際には飾り棚が置かれ、様々な管楽器や弦楽器、打楽器が展示されていたらしいのだが、それらは全て棚から引き摺り出され、ある物は床に叩き付けられ、ある物は踏み砕かれ、酷い惨状を呈していた。
だが、これだけの破壊の限りが尽くされていたのなら、楽器だけに尚の事、激しい物音がしただろうという警官の読みは外れた。よもや誰も聞いていないとは。これでは犯行時刻さえ、彼等全員が部屋に戻り、外に出る事もなかったと言う午後十二時以降から発見時刻の午前六時過ぎ迄、約六時間の間としか特定のしようがない。
そもそも、一体誰がこんな事をしようとするだろうか。
「侵入された形跡は無かったんですね?」
「取り敢えず、鍵が壊されていたり、窓が割られていたりといった事は無かったです。真逆、此処の入居者――僕達を疑ってるんですか?」
心外そうな声に、警官は曖昧に笑って形式的なものですから、とだけ答える。
「言って置きますけど、僕達はこれでも音大生――音楽家の卵ですよ? 大事な楽器に対してこんな狼藉を働ける訳がないじゃないですか。それは……巧く操れなくて癪に障る事も、ま、皆ありますけどね」
「だからって壊そうとなんてするもんか。況してや此処のは大家さんが『いずれこういった名器を扱えるようになるように』って、俺達の目標の一つとして、飾ってくれていたんだから。時々棚から出して磨いたりこそすれ、壊すだなんて……考えられないよ!」
「大家さん……! そうだ、もう直大家さんが海外から戻って来られるんだ。この状態を見たらきっとがっかりするぞ。ああ、どうやって説明したらいいんだよ……!?」
一時、大家への説明のし方に苦慮する学生達を見て、どうやらその大家は慕われている様だと警官は意外に思った。大家と言えば親も同然、店子と言えば子も同然――そんな言葉は廃れたと思っていたのだが。
「此処はね、キッチンやリビングを共用にする事で、設備費を削減してるんですよ。ほら、防音の設置が必須な分、普通の学生寮なんかより建築の際にはお金が掛かるじゃないですか。それが家賃に跳ね返るのを少しでも抑えようとして……。そういう人なんですよ、大家さんは」
「我々みたいな夢はあるけど金は無い連中には有難い限りですよ」
なるほど、と警官は頷き、しかし事件そのものには首を捻りながら、更に調べを続ける事にした。
「という事なんだが、どう思う?」いつもの様に馴染みのバーの店主が警官の守秘義務を云々するのを無視して、椚要は事件の概要を一気に語り終えた。
「大家さんはお気の毒ですね……」店主、楡庵は気遣わしげに眉根を寄せた。
「いやいや、そういう感想じゃなくて」椚は目を眇める。「俺の訊きたい事は解ってるんだろうが、楡」
「犯人は誰かって事でしょう?」そう答えたのは店主の弟、棗だった。無論、それは庵にも解っているのだが……。
「椚さんのお仕事を取る気はありませんから」笑って言う、庵。
「遠慮するな。殺しでもないんだから、世間話だと思って付き合え」
閉店間際のバーには彼等以外の姿は無い。折からの雨に常連達も早めに帰ってしまったのだ。
棗は退屈紛れとばかりに、質問を開始した。
「外部からの侵入の線は、本当に無かったんですか? 鑑識の結果は?」
「玄関の鍵穴の周りに針金で突いた様な細かい傷が幾つか発見されはしたんだが、それがどうも鍵穴に達した様子はなくて、寧ろ偽装なんじゃないかって話だよ。だから……余り嬉しくない話だが、やはり入居者の中の誰か、あるいは鍵を持っている誰かに限られそうなんだよな。ま、合鍵をこっそり作っていたら、捜査対象は増えるんだけど」
問題は動機なんだよな、と椚はごちた。
「あれだけの破壊を尽くそうと思ったらそれなりの時間も掛かる。だから友人宅を出た時間、帰宅に掛かった時間が特定出来ている第一発見者には無理だと思う。昨日アパートを出たのは夕方で、それ以降は友人と一緒だった。詰まり彼にはアリバイはある。だが、それ以外、アパートに居た五人は誰が部屋を出入りしてもお互い解らなかった。誰にでも、機会はあったんだ。だが、機会があっても動機がなければ……」
動機、と聞いて庵の表情が更に曇った。
「その残骸が、そこに飾られていた物だったという確証は取れたんですか?」質問はまたも、棗。
「え?」椚は目を丸くした。
「元々飾られていた楽器はそれなりにいい物だったんでしょう? 大家さんがそれを目標にと飾ってくれていたのなら。でも、いい楽器って値も張りますよね。売ってもそれなりのお金になったかも。貧乏学生にとっては……」
「元あった物を売って、安い物と摩り替えていた、と?」椚の顔が険しくなる。
「普段は棚に飾ってあるだけ。偶に下ろしても磨く程度で弾いて音を聴く訳でもない。よく似た物を飾って置けば、彼等には解らなかったかも知れませんね。でも、大家さんのご帰宅となったら……彼等の様に誤魔化されはしないかも」
「だから、判らないように破壊した、と?」椚は唸る。彼等の為にと、家賃も抑え、夢を育てるべく楽器を飾ってくれた大家さんの善意を踏み躙った奴があの中に居るのかと思うと、腸の煮えくり返る思いだった。「だが、一体誰が……? どいつがそんな事を!」
楽器の悲鳴を聞きたくなかった人でしょうね――庵がぽつりと言った。
「楽器の、悲鳴?」椚が訊き返す。
「お一人だけ、おかしな事を仰ってますね。椚さん、気付かれませんでしたか?」
「……何だよ?」
「全室防音、ドアを閉めてしまえば外の音も聞こえない、そんな所に居ながら、何故自室で音楽を聴くのにヘッドフォンが必要なのですか?」
「あ!」
「その方は音楽を聴く為ではなく、破壊される楽器の不協和音から耳を塞ぐ為にヘッドフォンをしていたのでしょう。自分の摩り替えた安い物とは言え、音大生にとって大事な楽器です。大家さんの善意を裏切ってしまった事、それを知った大家さんを傷付けてしまうだろう事、それを避ける為の苦肉の策だったのかも知れませんが……その方、この先ちゃんと楽器が弾けるのでしょうかね?」表の看板の電気を落としながら、庵は静かに告げた。「この先、手に取った楽器の音色の全てが、悲鳴に聞こえるかも、知れませんね」
自業自得、と棗が苦笑いした。
―了―
またもお久し振りで(^^;)
訪問しても更新止まってたり……。元気なら、まぁ、いいんですが、ちょっと寂しいですね。
偶にはミステリー書いてみました(?)
大家さんが帰って来る迄にはこんな惨状を見せたくないとか言って、片付けちゃうけど(笑)