『夏の終わりは……』

「このまま夏が終わらなかったら、どうする？」
　真顔で聞かれて、返事につまってしまった。

　そんな事は常識的にあり得ないのだから、仮定の話などしても無意味だ、と突っ撥ねる事も出来た。
　ちょっと前なら。
　だが、今や夏と言っていい気温を越える日は年の半分以上に達し、五月の東京は既に連日の真夏日にぐったりと蹲っていた。熱帯にしか無かった様な花が咲き、虫達も新たな住環境を謳歌している。大した順応力だ。
　それに引き換え我々人間達は冷房の利いたビル内という檻に自ら閉じ篭もり、、結果、新たに熱を放散している。悪循環と解っていても、エアコン無しで過ごす事などとても考えられない。
　それでも十一月ともなれば、涼しい風が吹き、夏も一先ずの終わりを告げる筈だった。此処は常夏の島ではないのだから。
　けれど――僕は言葉に詰まった。今後、絶対にそんな事が無いと言い切れるのだろうか、と。
　地球は生きている。今も地殻変動は起こり続けており、気の遠くなる様な時間を掛けて、時には一瞬に近しい時間で姿を変えていく。それに加えて、気象面では人間の営みも少なからぬ影響を及ぼしているとのデータ。
　夏が終わらない――そんな時代が来てもおかしくはないのではないか。
　そしてそんな時、僕はどうする？
　やはり冷房の利いた室内に籠もり、見た事も無い様な大きさの熱帯の虫に怯え、更にはそれらが媒介するかも知れない病原体に怯え……ああ、ネガティブな姿しか浮かんでこない。
　それに引き換え軽薄な男がのたまっている――年中海水浴が出来ていいね。
　馬鹿か、と僕は舌打ちする。それが芸風とは言え、能天気が過ぎる。そんな状態じゃ海中だって、僕等が知っている海じゃあない。熱帯魚が綺麗とか言ってる場合か。

　しかしそんな間にも時代は移り変わり、僕が答えを出せない儘に、晩秋の東京は小春日和などというどこかほっとする言葉とは縁の無い、夏へと変化していた。十二月に入っても夏日に近い気温が続くと言う……。
　冬がこんなに恋しいものだとは思わなかった。

「こんな時代が来たらどうしますか？」
　再度の問いに、今度は僕ははっきりと答えた。
「ええ、こんな時代にならないように、環境保護を訴えて行きたいですね」
　シミュレーターのモニタを切って、相手は満足そうな笑みで頷いた。
「我が財団はそんな良心的な方々の為に存在しております。是非貴方様にもご参加を……。只、こういった活動には多大な資金が……」
「解っているよ、地球環境は金には換えられない」
　事務的な手続きの為に財団の事務室へと向かう僕達を、軽薄な男が見送った。皮肉げな笑みを口元に浮かべて。財団の宣伝塔、とも呼ばれるタレントだったが、寧ろ逆効果なんじゃないか？　あれなら僕の方が余程真剣に環境の事を考えている。

　財団が大規模な詐欺集団で、そのタレントはカモの敵愾心と功名心を煽る為の存在だったと知ったのは、僕の資産が底を尽いた頃だった。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―了―

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　なんて事もあるかもねーという話。
　でも地球環境は大切に！