『夢の夢』（夢・三夜目）

（承前の為、以下省略）

　夢は経験した出来事を睡眠中に記憶として留める過程で起きる現象だと、若い頃読んだ事がある。しかし、その割に支離滅裂なのは何故だろう？　それに何故子供の頃の、然も記憶にも無い出来事を、今頃夢に見るのだろう？

　年老いた脚を杖で補って歩みながら、私は自らの記憶を顧みる。最近では失われたものもある様だが……何が失われたのかさえ、この私自身に判らないのがもどかしい。
「忠司……」昨夜の夢に出て来た名前を口にしてみる。もし本当に記憶の中に居たのなら、その響きで何か思い出せるかも知れない――そう願っての事だったが、浮かんで来るものは無かった。在ったものが失われたのか、元より無かったのかさえ判然としない。夢の中の『俺』が猫を飼っていたのかさえも。
　それでも、私の足は公園への道を忘れてはいなかった。

「こんにちは」私以上に年を取った老木に、毎日の挨拶を。返礼は風による葉のざわめきでしかないけれど、私はこの静かな友人が好きだった。根元のベンチに腰を下ろし、木漏れ日を浴びながら本を読む。時には雨宿りになったりもしたけれど、私は雨が嫌いではなかった。
　それにしても――二晩続きの不思議な夢に出て来た老木は、先ず間違い無くこの木だろう。あちこちに瘤が出来、捻れ曲がり、一見した所――私によく似た――頑固な老人の様だ。しかし、定年を迎えてからほぼ毎日通っているが、私はこの木に洞がある事など知らない。年老いた木だから、中が空洞化している事は考えられるが、少なくとも開口部は……いや、待てよ？
　私は自らが座したベンチの背を振り返った。もしかして……？

　ベンチの背凭れ――幅十五ｃｍ程の木製のそれの後ろに、穴の上端が覗いていた。今迄、何千日と此処に居た筈なのに、私は気付いていなかったのだ。この木の枝の数迄知っていると思っていたのに……。それとも無意識に気付いていて、それが夢に表れたのか？
　だが、洞があったとしても精々が直径十五ｃｍ程度。子供は勿論、猫でさえ――齢十八ともなれば――入れるものではないだろう。それとも意外と横幅があって……？
　私はベンチを移動させて見る事にした。だが、どれ程の間置かれていたのか、ベンチの足元は老木の根に巻き込まれていた。容易には動かないそれを、私は残った全力で押し動かし……無理に引き剥がされた木の根が僅かに削り取られた。
　途端――うっ、と呻き声を上げた迄は意識があった。後は……暗い闇……。最期に見たのは吸い込まれそうに暗い、小さな小さな木の洞だった。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―了―

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三夜目、予定通りに更新します。
夢見リレー、明日はアンカーです。