『ついてない日は……』

　今朝の占いはついていなかった。
　元々そんなに信じている心算でもないのだけど、朝から蠍座が十二位なんて聞くと、流石にいい気分じゃあない。
　ラッキーアイテムはワニの歯――そんなもん持ってる訳ないだろ！　そうツッコミを入れながらも、持っていない時点でついていない気がしてしまう。
　大丈夫、大丈夫。こんなもん、気の持ち様よ。
　そう自分に言い聞かせながら、身支度を整える。
　外は朝から、冷たい雨が降り続いている。これさえも私の不運の所為みたいだ。こんな日は一日、部屋でゴロゴロしていたい。でも、皆で集まって試験勉強しようって約束したんだ。然も言い出しっぺはあたし――ついてない。
　それもあたしの部屋じゃ狭いからって、未央子の部屋を集合場所に決めている。行かない訳にはいかない。
　溜め息一つついて、あたしは鞄と傘を持って家を出た。
　

　雨は強くはないけれど、絶えず降り続き、視界をぼやけさせる。アスファルトに跳ね返る雨滴が足を濡らす。
　いつもなら自転車で二十分といった所。バスを利用しようとして時刻表を確認し、行ったばかりと確認して溜め息をつく。次を待つよりは、歩いた方が早い。回れ右したくなるのを堪えて、あたしは未央子の家に急いだ。
　
　ところが途中の橋が通行止めになっていた。此処が通れなければ、もう一つ下流の橋迄行かなければならない。かなり、遠回りになる。
　ちょっとだけ、占いを信じてもいい様な気になってきた。
　何とか下流の橋に着いた頃には、この儘では先ず約束の時間に間に合わない、そんな時刻になっていた。時間に煩い友達の顔を思い浮かべて、あたしは携帯を取り出した。橋が通行止めなのはあたしの所為じゃないもん。話せば解ってくれる――と、通話ボタンを押した途端、メッセージとアラーム音。〈充電して下さい〉……そう言えば、ゲームした後充電器に挿していなかった。当然、この場で充電が出来る訳もなく、携帯は沈黙した。
　ちょっとだけ、ワニの歯が欲しくなった。
　しかたない。可及的速やかに未央子宅に行き、事情を説明しつつ詫びるしかない。残念ながら、この住宅街に電話ボックスは見当たらない。
　慌てて橋を通り抜け、足元が濡れるのも構わず、あたしは駆けた。
　
　そして十分遅れで未央子の家迄の直線に入った時、その門から若い男が出て来るのが目に付いた。黒いトレーナーに黒いデニム。手にはニットの帽子らしき物を握り締め、もう一方の手には鞄を提げていた。背が高くて、なかなか好みのタイプ――未央子の知り合いだろうか。好みが違うから彼氏じゃあないと思うけど……。
　不運の中にも幸運があるかも。そんな浮付いた視線で彼を見送ったあたしだったけど、誰も出て来ないチャイムに痺れを切らせてリビング側の窓に回り込んだあたしからは、そんな思いは綺麗に吹き飛んでいた。
　淡いピンクは、濃く、暗い紅に取って代わられた。

　あたしが隣の家に駆け込み、通報の後数分で、周囲の道路はパトカーや救急車で埋め尽くされた。
　未央子始め友達二人、そして未央子のお母さんが、血に塗れて斃れていた光景を、そしてその直前に見たあの男の顔を、あたしは忘れられないだろう。結局、未央子達は帰らぬ人となり、あたしは殺人犯の目撃者として、事情聴取を受ける事となった。あたしは覚えている限りの事を、語った。
　ついてない、と思ったけれど、あたしはこうして話をする事が出来る。もし遅れていなかったなら、もしあたしの携帯が通じて、犯人がもう一人来る事を知って、事件の発覚を遅らせようとあたしを待ち伏せしていたら――そう考えると、あたしはついていたのかも知れない、とも思えた。
　少なくとも、今生きているのだから。
　あの時犯人と思われる黒尽くめの男は、あたしの方は向いていなかった。
　道路にあっちこっちに向けて設置されたカーブミラーで、顔迄よく見えてはいたけれど……。

　それ以来、あたしはラッキーアイテムは持たないようにしている。あたしには幸運が必要だからだ。少なくとも犯人が逮捕される迄は。
　だって、あの時カーブミラーで犯人の顔が見えたという事は、別の向きのミラーには、あたしの顔が映っていたかも知れない。犯人の、見える位置で。
　それでどうして持たないようにしているかって？
　だって、ラッキーアイテムを偶々持っているだけで、幸運を使っちゃった気がするじゃない。ワニの歯を持っている確立なんて、どんなのよ？　
　その分を全部、犯人に見付からない事に懸けたいのよ！

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―了―

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　今日の占いはどうでしたか？　因みに夜霧の占いは訳が解りません（笑）