〈2007年9月16日開設〉
これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。
尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。
絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
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水底から見る月は、仄かに白くて、妙に平板で、波に連れてゆらゆらとたゆとう様(さま)は、のっぺらぼうの百面相の如く、何かしら可笑(おか)しかった。
でも、私は笑えない。
さりとて泣けもしない。こんな冷たい湖中に打ち捨てられたと言うのに。
それは私が人形だから。
人に似せて作られながら、人でなく。
物として作られながら、人は只の物以上の愛情を注ぐ――それ故に、心など持ってしまったのだろうか? 私は。
それ以上でもそれ以下でもない「物」であれば、この湖水の冷たさも、その中に私を投じた人の冷たさも知る事無く、沈んでいたでしょうに。
口惜しや……。
でも、私は笑えない。
さりとて泣けもしない。こんな冷たい湖中に打ち捨てられたと言うのに。
それは私が人形だから。
人に似せて作られながら、人でなく。
物として作られながら、人は只の物以上の愛情を注ぐ――それ故に、心など持ってしまったのだろうか? 私は。
それ以上でもそれ以下でもない「物」であれば、この湖水の冷たさも、その中に私を投じた人の冷たさも知る事無く、沈んでいたでしょうに。
口惜しや……。
七つの祝いの品として、私は彼女の祖父母から贈られた――尤もその当時は形作られたばかりの事、私は只の「物」だった。これらの事が解ったのは、彼女が自らに姿のよく似た私を可愛がり、言葉は通じぬと知りながらも私を話し相手としていたから。
背を覆う艶やかな黒髪を梳(くしけず)り、赤を基調とした手鞠の模様の着物を整え、白い顔を向き合わせ、姉妹の如く語らう。勿論、会話は彼女の一人芝居だったけれど。
そうする内に、いつしか私は心を備えるに至り、彼女の名が「ゆり」といい、私を「つばき」と呼んでいた事。早くに両親を亡くし、私を与えた母方の祖父母に育てられた事等を知った。父方は次男の忘れ形見を、跡取りである長男家族が居るからと引き取らず、時折、僅かばかりの金を送るのみ。
それでも三人と私は何不自由無く、何の患いも無く暮らしていた。
ところが、ゆりが美しい娘に成長し、私が共に遊ぶ相手を離れ、箪笥の上より彼女を見守る事多くなった頃だったろうか。運悪き事に伯父夫婦の一人息子が身罷(みまか)った。ゆりよりも一つ、二つ年嵩だったが、流行り病をこじらせ、熱に浮かされながら死の床についたと聞き及んだ。
問題だったのは、伯父夫婦に他に子供が無く、そして歳を重ねている事だった。
跡取りを求め、ゆりを養子に――そんな勝手な話が舞い込んだのは風花舞う季節だったろうか。
一度はその申し出を言下に断ったものの、元より父方の家は地方の名士。これ迄ゆりを引き取らなかったのも、父に逆らって嫁を得た次男への蟠(わだかま)りもあったのだろう。だが、その確執よりも、彼等は血と名の絶えるのを恐れた。脅し紛いの懇願に、ゆりは祖父母――彼女の想う祖父母は母方のみだ――の身を案じ、自ら家を移る事を申し出た。
『つばきを私の代わりと思って……』涙伝う頬で笑みを作り、ゆりは祖父母に言った。『つばき。二人を見守って上げて……』
それが最初で最後の、ゆりとの約定だった。
ああ、なのに……!
呪われてでもいるのだろうか? あの家は。
ゆりが従兄と同じ病を得て、死んだ――こんな報せを聞く事になるなら、意識持たぬ物の儘でいたかった!
そして私、つばきは……今生でゆりを完全に失った老夫婦が、失意の内に弱り行く様を、只見届ける事しか出来なかった。
見守るなどと、おこがましい……!
自嘲の想いに心は震えても、この腕一本、上がりはしないのに! 慰めの言葉一つ、掛けられもしないのに!
自ら、壊れる事さえ出来ず、二人の死を見送った私は無人の家にぽつり、取り残された。
それからどれだけ経ったろう?
跡取りも無く、朽ち果てた家に興味本位で入り込んだ若者達に、私は拾い上げられた。酒気を帯びた、甲高く品の無い声で笑いながら、彼等は「戦利品」と称して私を持ち出し――山を一つ越えて、酔いも醒めたのだろうか。気味が悪い、と言って私をこの湖に……。
口惜しや……。
いつも私に出来るのは、見る事だけ。あの届かぬ月も同じ……。
と――思わず伸ばした手が、少しだけ、動いた。
真逆、波の揺らぎの所為……いや……確かに、動いた。
何故、今頃になって――水面の月が滲む。これも波の所為ではなくて、この眼から……? ああ、それならどうしてもっと早く……! せめてあの二人が生きている内に、彼等と共に涙したかったものを。
口惜しや、口惜しや……。
でも――足も動く事を確認して、私は波に揺られながらも身を起こした――せめてあの家に帰り、見守ろう。もう誰も居ないけれど、これ以上思い出が荒らされないように。
けれども、その前に……ゆりを奪ったあの家。老夫婦と長男夫婦はもう身罷ったのだろうか? もし……もし未だ生き長らえていたら……。
紅の褪せた唇の端を上げ、私は天空に浮かぶ満月を見上げて、笑った。
―了―
はい、人形物です。今回は日本人形ですね(^^)
時代的にはちょっと昔ですね。家に拘ってたりする辺り。
意識だけあってどうにも出来ないというのは、かなり哀しい状況ではないかと思う。
背を覆う艶やかな黒髪を梳(くしけず)り、赤を基調とした手鞠の模様の着物を整え、白い顔を向き合わせ、姉妹の如く語らう。勿論、会話は彼女の一人芝居だったけれど。
そうする内に、いつしか私は心を備えるに至り、彼女の名が「ゆり」といい、私を「つばき」と呼んでいた事。早くに両親を亡くし、私を与えた母方の祖父母に育てられた事等を知った。父方は次男の忘れ形見を、跡取りである長男家族が居るからと引き取らず、時折、僅かばかりの金を送るのみ。
それでも三人と私は何不自由無く、何の患いも無く暮らしていた。
ところが、ゆりが美しい娘に成長し、私が共に遊ぶ相手を離れ、箪笥の上より彼女を見守る事多くなった頃だったろうか。運悪き事に伯父夫婦の一人息子が身罷(みまか)った。ゆりよりも一つ、二つ年嵩だったが、流行り病をこじらせ、熱に浮かされながら死の床についたと聞き及んだ。
問題だったのは、伯父夫婦に他に子供が無く、そして歳を重ねている事だった。
跡取りを求め、ゆりを養子に――そんな勝手な話が舞い込んだのは風花舞う季節だったろうか。
一度はその申し出を言下に断ったものの、元より父方の家は地方の名士。これ迄ゆりを引き取らなかったのも、父に逆らって嫁を得た次男への蟠(わだかま)りもあったのだろう。だが、その確執よりも、彼等は血と名の絶えるのを恐れた。脅し紛いの懇願に、ゆりは祖父母――彼女の想う祖父母は母方のみだ――の身を案じ、自ら家を移る事を申し出た。
『つばきを私の代わりと思って……』涙伝う頬で笑みを作り、ゆりは祖父母に言った。『つばき。二人を見守って上げて……』
それが最初で最後の、ゆりとの約定だった。
ああ、なのに……!
呪われてでもいるのだろうか? あの家は。
ゆりが従兄と同じ病を得て、死んだ――こんな報せを聞く事になるなら、意識持たぬ物の儘でいたかった!
そして私、つばきは……今生でゆりを完全に失った老夫婦が、失意の内に弱り行く様を、只見届ける事しか出来なかった。
見守るなどと、おこがましい……!
自嘲の想いに心は震えても、この腕一本、上がりはしないのに! 慰めの言葉一つ、掛けられもしないのに!
自ら、壊れる事さえ出来ず、二人の死を見送った私は無人の家にぽつり、取り残された。
それからどれだけ経ったろう?
跡取りも無く、朽ち果てた家に興味本位で入り込んだ若者達に、私は拾い上げられた。酒気を帯びた、甲高く品の無い声で笑いながら、彼等は「戦利品」と称して私を持ち出し――山を一つ越えて、酔いも醒めたのだろうか。気味が悪い、と言って私をこの湖に……。
口惜しや……。
いつも私に出来るのは、見る事だけ。あの届かぬ月も同じ……。
と――思わず伸ばした手が、少しだけ、動いた。
真逆、波の揺らぎの所為……いや……確かに、動いた。
何故、今頃になって――水面の月が滲む。これも波の所為ではなくて、この眼から……? ああ、それならどうしてもっと早く……! せめてあの二人が生きている内に、彼等と共に涙したかったものを。
口惜しや、口惜しや……。
でも――足も動く事を確認して、私は波に揺られながらも身を起こした――せめてあの家に帰り、見守ろう。もう誰も居ないけれど、これ以上思い出が荒らされないように。
けれども、その前に……ゆりを奪ったあの家。老夫婦と長男夫婦はもう身罷ったのだろうか? もし……もし未だ生き長らえていたら……。
紅の褪せた唇の端を上げ、私は天空に浮かぶ満月を見上げて、笑った。
―了―
はい、人形物です。今回は日本人形ですね(^^)
時代的にはちょっと昔ですね。家に拘ってたりする辺り。
意識だけあってどうにも出来ないというのは、かなり哀しい状況ではないかと思う。
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こんばんは♪
ふ~む!恐くなるのは、これから先だネ!
人形のお話は不気味なものが多いけど、これは切ないねぇ~!人形の側に立ってみたら、なるほど切なさ、哀しさ、いかばかり!ってよく分かりました!
出だしが妖しかったので、てっきりドロドロか!
と思ってしまったけど美しくも哀しいお話だったねぇ・・・・・
人形のお話は不気味なものが多いけど、これは切ないねぇ~!人形の側に立ってみたら、なるほど切なさ、哀しさ、いかばかり!ってよく分かりました!
出だしが妖しかったので、てっきりドロドロか!
と思ってしまったけど美しくも哀しいお話だったねぇ・・・・・
Re:こんばんは♪
何気に一行目を書いてみたら、これは幽霊か人形か……。よし、人形で行こう、と。そしたら路線が決定しました(^^)
魂の宿った人形だからこその悲哀、という奴で。
魂の宿った人形だからこその悲哀、という奴で。
わっ!
巽さんってさ………人形好きだよね…………。
怖いって~~~(泣)
なら、読まなきゃいいって?
読んでしまうのよね~~~。
ああ、どこかの家政婦みたく物陰から覗く人形のイメージが頭から離れないよぅ(/_;)
怖いって~~~(泣)
なら、読まなきゃいいって?
読んでしまうのよね~~~。
ああ、どこかの家政婦みたく物陰から覗く人形のイメージが頭から離れないよぅ(/_;)
Re:わっ!
人形、特に好きではないけどね(苦笑)
寧ろ、やっぱり怖い感じがするから使っちゃう(笑)
寧ろ、やっぱり怖い感じがするから使っちゃう(笑)
こんばんわー
すごく続きが気になりますねー、この話!
日本人形はどうも苦手ですね・・・どこかのアンティークドールよりかはマシなのですが。
もしや、これからアカシックレコードに接続してキーを手にしアリスに・・・!
なるわけないですよね、すいません・・・^^;
しかしドールという物言わぬヒトカタは比喩に使い易いですよね。
日本人形はどうも苦手ですね・・・どこかのアンティークドールよりかはマシなのですが。
もしや、これからアカシックレコードに接続してキーを手にしアリスに・・・!
なるわけないですよね、すいません・・・^^;
しかしドールという物言わぬヒトカタは比喩に使い易いですよね。
Re:こんばんわー
ありすだとやっぱり(モデルがあるとすれば)西洋人形だと思う(^^)
人形は色々籠め易くて楽しいですね♪
Chainの人形も増えましたね~♪
人形は色々籠め易くて楽しいですね♪
Chainの人形も増えましたね~♪
Re:無題
つばきは標的を定めているタイプなので、元の家を荒らす様な事をしなければ、無害です(^^)
しかし、廃墟にぽつりと日本人形……それだけで充分不気味かも。
しかし、廃墟にぽつりと日本人形……それだけで充分不気味かも。
Re:日本人形は
家が廃墟になる程の時間が経過しているので、多分跡取りの無い父方の家も……。
見届けてから三人と暮らした家に帰るんでしょうね。つばき。
見届けてから三人と暮らした家に帰るんでしょうね。つばき。
Re:無題
やっぱり人型なのがね~。
人型でありながら動く筈の無い物。それが動くから、怖い。
でも、つばきをここ迄追い込んだ人間達も、それなりに怖い。
人型でありながら動く筈の無い物。それが動くから、怖い。
でも、つばきをここ迄追い込んだ人間達も、それなりに怖い。
無題
こんばんわ(^o^)丿
つばきさんの語り口が美しくって
悲しい音楽のようでした。
でも、このお話、映像で見てたら速効チャンネル買えちゃいますね(>_<)
西洋人形は普通に怖いけど、
日本人形はすごく怖い・・・
つばきさんの語り口が美しくって
悲しい音楽のようでした。
でも、このお話、映像で見てたら速効チャンネル買えちゃいますね(>_<)
西洋人形は普通に怖いけど、
日本人形はすごく怖い・・・
Re:無題
有難うございます。
日本人形はあの雰囲気がね……(^^;)
つばきの視点からなので当の人形は余り出てないけれど、映像だとやっぱりそこから映っていく訳で……。
波間にたゆとう長い黒髪。長の年月の間に薄汚れながらも、白い顔には未だ消えやらぬ唇の紅……。それが水中に沈んでるとやっぱり何かしら物悲しくも、怖いかも。
日本人形はあの雰囲気がね……(^^;)
つばきの視点からなので当の人形は余り出てないけれど、映像だとやっぱりそこから映っていく訳で……。
波間にたゆとう長い黒髪。長の年月の間に薄汚れながらも、白い顔には未だ消えやらぬ唇の紅……。それが水中に沈んでるとやっぱり何かしら物悲しくも、怖いかも。
こんにちは
はい、告白します。
実は、最初七つの祝いを七つの呪いと読んでしまった為、全く意味が分からず、ちんぷんかんぷん。
丹念に読み直して漸く分かった。^^;
そのせいで見つけてしまったのだ、伯父夫婦の一人息子、「流行り病を得たのか、事故だったのか……」ってあるのに、ゆりは「従兄と同じ病を得て、死んだ」ってあるよ。
で感想だけど、う~む、怖い話しだな。
この後つばきはどうするんだろうか。
きっと、連れ出して湖に捨てた若者も、ただでは済むまいな。
怖ぁ~~~~~。^^;
実は、最初七つの祝いを七つの呪いと読んでしまった為、全く意味が分からず、ちんぷんかんぷん。
丹念に読み直して漸く分かった。^^;
そのせいで見つけてしまったのだ、伯父夫婦の一人息子、「流行り病を得たのか、事故だったのか……」ってあるのに、ゆりは「従兄と同じ病を得て、死んだ」ってあるよ。
で感想だけど、う~む、怖い話しだな。
この後つばきはどうするんだろうか。
きっと、連れ出して湖に捨てた若者も、ただでは済むまいな。
怖ぁ~~~~~。^^;
Re:こんにちは
はわっ!∑( ̄□ ̄;)
はい、告白します。気付きませんでした!(笑)
ちょい書き直しますね(汗)丹念に読んでくれて有難う!これも呪いの所為(笑)
うん、若者達も只では済まないなぁ(^^;)
はい、告白します。気付きませんでした!(笑)
ちょい書き直しますね(汗)丹念に読んでくれて有難う!これも呪いの所為(笑)
うん、若者達も只では済まないなぁ(^^;)
Re:人形
見てるだけしか出来ないってスタンスは、辛いと思います~。
なまじ人型なのに人の様には出来ないというのは。
つばき、用を済ませたら後は元の家をじっと見守り続けるんだろうなぁ。今度は「見詰める」だけじゃなく「見守る」事が出来るから(用が何かを深く追求すると……怖いよ? 笑)
なまじ人型なのに人の様には出来ないというのは。
つばき、用を済ませたら後は元の家をじっと見守り続けるんだろうなぁ。今度は「見詰める」だけじゃなく「見守る」事が出来るから(用が何かを深く追求すると……怖いよ? 笑)
Re:こんにちは
後ろでじっと見てる人形、動きたがっていませんか? とか言ってみる(笑)
怖いのに何で惹かれるんでしょうね? 人形って。
怖いのに何で惹かれるんでしょうね? 人形って。
無題
また寒い時に、
怖いなあ、湖に浮かぶ命を得た人形。
その後陸に上がり、一人暮らしのカオルさんに拾われ、毎日髪が伸び、主の不在中にワープロを打つ「つばき」……それは私だ!
なんてあったら、ちびってたところですよ!?
続きもありそうな終わり方がまた怖い。
怖いなあ、湖に浮かぶ命を得た人形。
その後陸に上がり、一人暮らしのカオルさんに拾われ、毎日髪が伸び、主の不在中にワープロを打つ「つばき」……それは私だ!
なんてあったら、ちびってたところですよ!?
続きもありそうな終わり方がまた怖い。
Re:無題
はい、寒い時期に怪談です(苦笑)
季節外れは得意技(笑)
ワープロ・パソコンも考えてみたら相手が見えない分、オカルト・アイテム化し易いなぁ。実は……!?
季節外れは得意技(笑)
ワープロ・パソコンも考えてみたら相手が見えない分、オカルト・アイテム化し易いなぁ。実は……!?
Re:そうかぁ~
人形寺にずらりと並んだお人形もなかなか迫力ありますよ~。
古い物が多い所為もあるかも知れませんけど。
古い物が多い所為もあるかも知れませんけど。
Re:こんばんわ★
家が朽ちる程の年月は経ってますからねぇ。
そっちの家も断絶してるかもね。
そっちの家も断絶してるかもね。