『猫を追うより皿をひけ』

　鳴り出した携帯電話の着信メロディに、私はびくりと身を震わせた。耳慣れた音なのに、作業に集中している時には、やけに大きく響く。
　慌てて電話を受けながら、私は八歳になる娘にテーブルの上に並べた食材を飼い猫から守るようにと声を掛けた。材料を混ぜ合わせていたボウルを、先程から狙っていたのだ。
　何やらぶつぶつ言いながらも、娘が守りに就いたのを確認しつつ、私はベランダに出た。電波状態が悪いのか鰻の寝床の様に細長い間取りが悪いのか、我が家の屋内では切れる事があったから。
　電話は他愛もないものだった。それどころではないと、適当に話を切り上げる。今は大事な作業中なのだ。
　材料に、あれを入れてしまわなければいけない。あの人が帰ってくる前に。

　ところがキッチンに戻った時、私はそこに倒れた娘を見て、悲鳴を上げた。苦しげに痙攣を起こしている。
　何故？
　ボウルの中の材料に、一匙すくった跡が残っていた。ああ、もう、この子ったら！　普段から虫歯予防の為に甘い物を禁じていたからって……。
　それにしても何故？　あれはまだ入れていないし、第一、この子はあの人とは違ってあれを食べても平気な筈。
　ああ、そんな事より！――私は慌てて救急車を呼んだ。

　極度のピーナッツアレルギーのあの人への最後のバレンタインの贈り物。それにたっぷりとピーナッツバターを混ぜようとした私が悪かったのだ。彼が誤ってピーナッツ入りを食べた事にすれば、事故死として処理出来る、と。
　それにしても娘は両親のいけない所を引き継いでいた。あの人のアレルギー体質と、私の堪え性の無さを。
　でも、娘はピーナッツアレルギーではなかったのに何故……どうにか落ち着いて、病院のベッドで眠る彼女を見守る私に、医師は言った。
　娘はチョコレートアレルギーだと。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―了― 

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　チョコレートアレルギー、あるんだそうですよ（－－；）
　カカオに含まれるニッケルが原因だったり、浮腫を起こす可能性のある物質が原因だったり……。油断大敵です。
　バレンタインには要注意！？