〈2007年9月16日開設〉
これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。
尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。
絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
Admin
Link
×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
「濱さん、もうよした方がいいよ」佃は眉根を寄せて、友人に忠告した。「そりゃ酒でも飲んで気晴らしをと誘ったのは私だが……」
久方振りに会った友人の浮かない顔を見て、気に入りのバーに彼を連れて来たのだが……この店の空気や酒を愉しむ余裕も無い様子。
哀しげなブルドッグの様な顔で酒を呷るだけ……。
「何があった?」幾度目かの問いにやっと答えて言うには――「俺の車で人が死んだ」
濱が昨年タクシードライバーに転職した事を聞いていた佃は、交通事故と早合点しかけたが……濱はそれを否定して、僅かに苦笑した。
「恐らくは自殺……だと思う」話し始めると、不思議と自嘲的な笑みが濱の顔に浮かんだ。
「車の前に飛び出して来たのか?」
「いや、客が車内で自殺したんだ」
「はぁ!? どうやって?」
「ナイフでこう……胸を一突き」箸を逆手に握り、刺す仕草。
佃は暫し言葉を失う。自殺者は年に何万人だか、いつも聞き流すニュースの中にあった気がするが何もタクシーの車内で、そんな……。
彼が茫然としている間に濱は詳細を語り出した。
久方振りに会った友人の浮かない顔を見て、気に入りのバーに彼を連れて来たのだが……この店の空気や酒を愉しむ余裕も無い様子。
哀しげなブルドッグの様な顔で酒を呷るだけ……。
「何があった?」幾度目かの問いにやっと答えて言うには――「俺の車で人が死んだ」
濱が昨年タクシードライバーに転職した事を聞いていた佃は、交通事故と早合点しかけたが……濱はそれを否定して、僅かに苦笑した。
「恐らくは自殺……だと思う」話し始めると、不思議と自嘲的な笑みが濱の顔に浮かんだ。
「車の前に飛び出して来たのか?」
「いや、客が車内で自殺したんだ」
「はぁ!? どうやって?」
「ナイフでこう……胸を一突き」箸を逆手に握り、刺す仕草。
佃は暫し言葉を失う。自殺者は年に何万人だか、いつも聞き流すニュースの中にあった気がするが何もタクシーの車内で、そんな……。
彼が茫然としている間に濱は詳細を語り出した。
「乗せた時から少し変わった客だな……とは気付いてたんだ。と言うのも、普通の客は一人で乗る時、先ず運転手の後ろに座る事は少ない。細かい指示を出すにも視界が塞がれるし、降りる時だって降り難い。とは言え、どこに座ろうと客の自由だ。鏡越しにも人と顔を合わせたくない気分なのかも知れない――俯き気味だったし。おれは勝手にそう思った。今思えば俺に見咎められて止められないように死角に入ろうとしてたんだろう。そうと気付いて上げられれば、止められたかも……」
「いや、しかしそんな事とは君は知らなかったのだし……」佃はどうにか慰めの言葉を口にする。寧ろ濱は被害者だろうに、と。
「見知らぬ男だし、タクシー待ちの列に並んでたんだから、俺は単に運が悪かったんだろう。偶々そんな客を乗せちまったんだから。でも、俺の車内なんだ。一時でも空間を共有してたんだよ。只の荷物じゃなくてお客なんだ。顔も伏せてたし、話を振っても無口で……そんな様子に気付いてたのに、思い至らなかったんだ。一度だけ向こうから身を乗り出して離し掛けてきた時も、飛び出した猫に慌てて急ブレーキ踏んで、勢いで俺の後ろにぶつかった客は、呻いた儘話すのも止めちまった……。大丈夫ですかって訊いても気分を害したか答えてくれなかった。俺もこれ以上機嫌を損ねても、と話すのを止めた。そこでちゃんと話を聞いていればもしかしたらと思うと……自分が情けなくてな……。それ以来ハンドルも握れないんだ……」
「だが、君の所為じゃない。自殺なのは確かなんだろう?」
「ナイフは彼自身が持ち込んだ物だった。鞘も鞄の中にあった。一人だったのは話した通りだ。警官もあっさりそう判断したよ。俺自身、そうとしか思えない――目的地で振り返ったら……胸にナイフが……」
「思い出さなくていい」見る見る蒼くなる友人に佃は言う。
「気に病む事は無いと思いますけど」つまみの小皿と共にテーブルに届いた声に、二人の男ははっと顔を上げた。
「棗君……」
このリングワンデルングの店員、楡棗だった。店主・庵の弟でもある。
「それは……俺が自殺の原因って訳じゃないし……。けど……」
「いや、きっと本人も死ぬ気なんて無かったと思いますよ?」棗は苦笑する。
と、カウンターから庵の穏やかながらも咎める声音。
「棗、この件は……」
「あれ? 兄さんの解釈は違うの?」
「起こった事態は同じでも、受け取り方は……」
「それは……お客様の判断で」棗は濱に向かい、芝居がかったお辞儀をする。
「俺の判断? って言うか死ぬ気なんて無かったって……?」
「ほら、説明を求めておいでだし……」兄の顔を上目遣いに窺う。庵が肩を竦めたのを了解とし、棗は言う。「結局は事故なんですよ」
「……事故?」二人の客は呆けた様に言った。
「貴方の真後ろに陣取った男は身を乗り出して声を掛けようとした。多分その言葉は――『金を出せ』。そして貴方の首に突きつける為に、ナイフを逆手に構えようとしていた……」
「なっ……! 彼が強盗だったと……!?」
「ところが車は急ブレーキ……後ろからぶつかった時、ナイフは自身の胸に刺さってしまった。肺を傷付けて声も出せなかったのかも?」
「じゃあ……結局は俺のブレーキの……」
「お客様の所為ではございません」と、庵の穏やかな声が遮る。「因果は巡るもの……その意味ではやはり自殺とも言えましょうね」
―了―
「いや、しかしそんな事とは君は知らなかったのだし……」佃はどうにか慰めの言葉を口にする。寧ろ濱は被害者だろうに、と。
「見知らぬ男だし、タクシー待ちの列に並んでたんだから、俺は単に運が悪かったんだろう。偶々そんな客を乗せちまったんだから。でも、俺の車内なんだ。一時でも空間を共有してたんだよ。只の荷物じゃなくてお客なんだ。顔も伏せてたし、話を振っても無口で……そんな様子に気付いてたのに、思い至らなかったんだ。一度だけ向こうから身を乗り出して離し掛けてきた時も、飛び出した猫に慌てて急ブレーキ踏んで、勢いで俺の後ろにぶつかった客は、呻いた儘話すのも止めちまった……。大丈夫ですかって訊いても気分を害したか答えてくれなかった。俺もこれ以上機嫌を損ねても、と話すのを止めた。そこでちゃんと話を聞いていればもしかしたらと思うと……自分が情けなくてな……。それ以来ハンドルも握れないんだ……」
「だが、君の所為じゃない。自殺なのは確かなんだろう?」
「ナイフは彼自身が持ち込んだ物だった。鞘も鞄の中にあった。一人だったのは話した通りだ。警官もあっさりそう判断したよ。俺自身、そうとしか思えない――目的地で振り返ったら……胸にナイフが……」
「思い出さなくていい」見る見る蒼くなる友人に佃は言う。
「気に病む事は無いと思いますけど」つまみの小皿と共にテーブルに届いた声に、二人の男ははっと顔を上げた。
「棗君……」
このリングワンデルングの店員、楡棗だった。店主・庵の弟でもある。
「それは……俺が自殺の原因って訳じゃないし……。けど……」
「いや、きっと本人も死ぬ気なんて無かったと思いますよ?」棗は苦笑する。
と、カウンターから庵の穏やかながらも咎める声音。
「棗、この件は……」
「あれ? 兄さんの解釈は違うの?」
「起こった事態は同じでも、受け取り方は……」
「それは……お客様の判断で」棗は濱に向かい、芝居がかったお辞儀をする。
「俺の判断? って言うか死ぬ気なんて無かったって……?」
「ほら、説明を求めておいでだし……」兄の顔を上目遣いに窺う。庵が肩を竦めたのを了解とし、棗は言う。「結局は事故なんですよ」
「……事故?」二人の客は呆けた様に言った。
「貴方の真後ろに陣取った男は身を乗り出して声を掛けようとした。多分その言葉は――『金を出せ』。そして貴方の首に突きつける為に、ナイフを逆手に構えようとしていた……」
「なっ……! 彼が強盗だったと……!?」
「ところが車は急ブレーキ……後ろからぶつかった時、ナイフは自身の胸に刺さってしまった。肺を傷付けて声も出せなかったのかも?」
「じゃあ……結局は俺のブレーキの……」
「お客様の所為ではございません」と、庵の穏やかな声が遮る。「因果は巡るもの……その意味ではやはり自殺とも言えましょうね」
―了―
PR
この記事にコメントする
無題
こんにちは♪♪ニャン吉です^^
すごい超展開ではないですかぁ!!
濱さんかわいそぉー・・・。
と思いながら読んでました(笑)
どっちの結果にしろ不幸だぁ!!
でももしかしたら、その事すらもなにかの因果なのかもしれないですね^^
すごい超展開ではないですかぁ!!
濱さんかわいそぉー・・・。
と思いながら読んでました(笑)
どっちの結果にしろ不幸だぁ!!
でももしかしたら、その事すらもなにかの因果なのかもしれないですね^^
ニャン吉さん♪
こんにちは☆巽です(返コメの仕方間違えてて、書き直しております。ごめんなさい)
濱さん確かに不幸かも(笑)
ああなっていなければナイフ突きつけられてた訳だし……^^;
不運な人ですな。
まぁ、不運の後には幸運が巡って来るでしょう!(多分)
濱さん確かに不幸かも(笑)
ああなっていなければナイフ突きつけられてた訳だし……^^;
不運な人ですな。
まぁ、不運の後には幸運が巡って来るでしょう!(多分)
Re:無題
タクシー運転した事あるんですか?(◎o◎)
非常灯! それは騒ぎになりませんでした?(^^;)
非常灯! それは騒ぎになりませんでした?(^^;)