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「兎に角、この森からは出なきゃいけないのよ」
夢の中で出会った女の子はそう言って、僕の手を引っ張った。
辺りは鬱蒼とした森。空高く迄生い茂った緑が、僕達に覆い被さってくる様だ。その所為で茜色掛かった空は殆ど、見えない。
僕達が居るのはそんな森の只中に開けた、ちょっとした広場だった。
どこからどうやって来たものか、周囲に伸びる道は、獣道一本さえも無い。尤も、夢の中だと自覚していたから、僕は然して不思議だとも思わなかったし、彼女の様に焦りもしなかったけれど。
「ほら、早く!」焦りも露に、彼女は再度、僕の手を引いた。
「何処に行くのさ?」その焦り振りがどこか可愛くて、僕は態と暢気にそう言った。
「何処でもいいから!」彼女は言う。「この森じゃない何処かよ。この森には居ちゃいけないの」
「どうして?」
「この森には魔物が現れるの」
甚く真剣な彼女には悪いが、僕は思わず失笑してしまった。幾ら夢の中とは言え、魔物? 僕も随分とメルヘンな夢を見たものだ。ゲームのし過ぎだろうか?
「そんなもの、僕が退治してあげるよ」此処は僕の夢の中――気が大きくなった僕はそんな事を言った。
が。
「無理よ」一言の元に、斬って捨てられてしまう。
む。夢の中の登場人物の癖に。
僕は思わず仏頂面で女の子を睨む。
「だ、だって……」それに怯んだか、女の子は僕の手を放した。
そして天を仰ぎ、更に焦りを露にする。
釣られて見上げれば、茜色は早くも色褪せ始め、宵の紺が取って代わり出していた。
女の子は更に、二歩、三歩と僕から距離を取る。
「だって、早くこの森から出て、月の光の届かない家の中に籠もらないと……」それでも、彼女は言った。「貴方は……」
最後迄言い終える事が出来なかったのは、ひとえに僕の所為だった。
現実よりも早い月の出に、思わず変身してしまった僕が、彼女の喉笛を爪で切り裂いたから。
「何だよ。夢の中でも人狼症って治らないのか」変身に伴ってくぐもった声でそう呟いて、僕は満月に向かって一声、吠えた。
―了―
本人的には魔物ではなく病気、らしいです(^^;)
が、一様に首を横に振る。聞こえない、と。
「あれ? 聞き間違いかなぁ」自信なさ気に頼子は頭を掻く。「サイレンの音がしたと思ったんだけど……。でも、ずっと遠くで鳴ってるみたいな小さな音だったし、空耳なのかな」
「何だよ、空耳かよ」和喜が笑う。「近くだったら見に行こうと思ったのに」
「野次馬」頼子は呆れ顔で、好奇心旺盛な同級生に向かって舌を出した。
頼子が帰宅すると、とっぷり日が暮れたと言うのに家は暗く、伯父が倒れて病院に運ばれたとの連絡を受けて急遽出掛ける事になったと、母の書置きがあった。父も会社帰りにそちらに直行するらしく、二人とも帰りは遅くなるだろうとの事だった。
頼子は溜息をつく。食事は冷蔵庫の買い置きを何でも使っていいと書いてあるから、自分一人位何か適当なものでいいだろう。一人の家での夜は、心細くはあったけれど。
伯父は大丈夫なのだろうか?――頼子は母の携帯に電話してみた。マナーモードになっているかも知れないと思ったが、意外にも彼女は直ぐに出た。
軽度の脳梗塞との診断で、発見、搬送も早かったお陰で、もう大丈夫だと言う。
詳しい話を聞いている内、ふと、頼子は夕方聞いた救急車のサイレンを思い出していた。伯父が搬送されたのが、丁度同じ時刻だったのだ。
しかし、それが聞こえたという事はあり得ない。伯父の家へは電車で二時間の距離なのだ。
寒い時期だけに救急車の出動も多いのかも知れない――気を付けて帰って来るよう母に伝えると、頼子は電話を切った。
「これを手放しちゃいけないよ」
祖母がそう言って、私の小さな掌を両手で包む様にして渡してくれたお守りを、私はその日の内に机の抽斗にしまい込んだ。だって小さなペンダントになってはいたけれど、それは小さな目の様で、気味が悪かったのだもの。
白い光沢のある石の中に浮かんだ黒い虹彩。瞳孔に当たる中心部は一際黒く、小さな私にはそれは自分をじっと見返す目にしか思えなかったのだ。
そしてこんな気味の悪い物をくれる祖母から距離を取った。元々父の実家である祖母宅にはお盆や正月、法事に出向く程度。元はその地方の大地主だったらしく、今でも立派な家を構えている。どこか暗い、私にとっては十七歳になった今でも寄り付き難い家だけれど。
只、私の父は長男で、何れ帰って来るようにと請われている。
格式のある家は大変だからと、母もなかなか首を縦に振らない為、話は延び延びになっているけれど。
それでも、その祖母が倒れたとあっては、家族揃って行かない訳にはいかない――昨夜、その報せを受け取った私達一家は、取り急ぎ手荷物を纏め、車を走らせた。
只一人、屋敷の主を除いて。
彼は溜息をつくと部屋を出、音のした部屋へと向かった。ノックし、返答がある事に安堵の吐息を漏らすと、ドアを開けた。
「どうしたんだ? さっきの音は」可能な限り、心配を声に滲ませて、彼は尋ねた。
「ああ、あなた」部屋に居た、彼の妻が振り返り、涙を滲ませる。「戸棚がいきなり倒れたの! それも隆志に向かって!」
見れば部屋の壁際に据えられていた大人の胸程の高さの木製の戸棚が、前に向かって倒れている。先程の音はそれだったのかと、主は納得しながら、近付いて戸棚と周囲を検める。決して倒れ易い物ではないが、装飾性重視のデザインの為、底が高くなっており、足元には空間がある。それだけ重心が高い場所にあるという訳だ。
「それで? 隆志は無事なんだろう?」
「それは勿論よ」妻は深く頷いて答えた。「私が近くに居てよかったわ。危ないと思って直ぐに引き寄せたの。本当に、危ない所だったわ」
「それは何よりだ」
「ええ、本当に。ねぇ、あなた……こんな事言いたくはないけれど、本当に誰か、この子の命を狙っているのじゃないのかしら? この子は貴方の只一人の子供。それに先代――お祖父様の遺産の相続人でもあるわ。もしこの子が居なくなればって、この屋敷に出入りする親族の誰かが……。ああ! ごめんなさい、こんな事を……! 身内だと言うのに、疑ってしまうなんて!」妻はさも恐ろしい事を言ってしまったとばかりに顔を両の掌で覆い、顔を伏せてしまった。「でも……これ迄だって、何度も隆志は危ない目に……」
「大丈夫だ」妻の肩を優しく叩き、彼は言った。「隆志は大丈夫。例えそんな不心得者が居たとしても、危険な事などない。ここは私の……私達の家だ。好きにはさせんよ」
もう何度、このやり取りを繰り返したろう――そんな事はおくびにも出さず、彼は妻を宥める。
「ええ、そうね。私達で隆志を護りましょう」妻がそう言って、顔を上げる迄。
もう十年も前に事故で亡くなった子供を護れる筈もない――とは、ほんの束の間、愛息子から目を離した事を、記憶の混乱の中に逃避し、仮想の敵から子供を護る母を演じ続ける妻には言えなかった。
―了―
風邪ひいた~(--;)