〈2007年9月16日開設〉
これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。
尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。
絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
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この辺りには珍しく、霧がよく晴れた夜、僕は裏山に入った。
山とは言ってもそれ程傾斜は厳しくない。丘に毛が生えた程度の、この付近の子供達の小さい頃からの遊び場だった。それでも、この辺りの標高自体が高い所為か、夜には霧が多く、入る事は禁じられていたけれど。
それに高校に上がった今、殆ど入る事は無かった。
只、今夜は余りにも月が冴え冴えとして……僕の足は自然とそこへと向かった。
殆ど懐中電灯も要らない程の、皓々とした月明かりの下、僕はある場所を目指した。
山の中腹にたった一本、月の明かりに白くぼんやりと浮かび上がる、桜の木。それは今しも満開に咲き誇り、時折吹く風にはらはらと花弁を散らしていた。
此処に来るのは一年振りか――僕は木を見上げてふと苦笑した。
幼い頃は一丁前にお花見と称して、友達と菓子やジュースを持ち寄ってこの下に集まったものだった。勿論、花より団子だったけれど。
今は僕一人……いや。
下生えを踏む音にはっと振り向けば、僕と同年代の男が一人。そちらも僕の姿を認めて、驚いた様子で懐中電灯片手に脚を止めていた。幾ら月明かりがあっても人の顔迄は判別出来ない。僕は失礼かと思いながらも、足元から順に懐中電灯で照らした。
そして、明かりに照らされた顔に幼い頃の面影を認めて、思わず声を上げた。
「克樹? お前、克樹じゃないのか?」
「そう言うお前は……正也? 懐かしいなぁ!」相手も僕に明かりを当て、明るい声を上げる。
「帰って来てたのかよ! 連絡位しろよ!」僕も懐かしい旧友に、嬉しくなって駆け寄る。
「悪い。疲れててさ。寝てたんだけど、この月明かりに誘われて、つい此処を思い出して……」言いつつ、克樹はやはり懐かしそうに桜の木を見上げる。「変わってないな……」安堵した様な、呟き。
「ああ……」僕の相槌も、同じ響きを持っていた。
克樹達幼馴染みが次々とこの小さな街を出て行ってからも、この桜は変わらず、春には花をつけ続けてきた。いつでも、あの頃の様に……。
「そうか……」克樹はふっと微笑む。どこか寂しさと安堵感を合わせた様な、不思議な笑み。「俺達を待っててくれてるみたいだな……」
それは勿論、人間側の勝手な思い込みだろう。桜は季節が巡れば咲くものだ。けれど、やはり僕も、この桜には言い知れぬものを感じていた。故郷の中の故郷――帰れる場所、そんな安心感。
「よかった……」心の奥底から吐き出す様な声に振り返って見れば、克樹はその頬に涙の雫を残し――うっすらと、姿を消した。
「!?」僕は慌てて周囲を懐中電灯で狂った様に照らす。しかしその何処にも、克樹の姿は無かった。
不安を感じて、僕は家に飛ぶ様に帰ると、彼が引っ越して行った先の電話番号を探して机の引き出しを引っ繰り返した。
『多分、ちょっと疲れてたんだと思う』電話の向こうで、思いの他元気な声が言った。『精神的に……。今日も何もやる気が起きなくて、部屋でごろごろ寝てたんだけど、窓からの月明かりが――こんな街中にしては嘘みたいに――綺麗でさ、何と無く、あの山の桜の事を思い出して……その儘いつの間にか眠り込んでたんだけど。真逆夢で、あの桜の下でお前に会えるなんてな』
「夢……」僕は受話器を手にした儘、茫然と呟く。
『ああ。けど、お陰で何かすっきりした気がするよ。こっちに来てから、どこか完全には馴染めなくて迷う事が多くて……。けど、帰る場所があるって解ったら、何だか吹っ切れた気がする。無理に背伸びして迄馴染まなくっていいんだって……』
柔らかい声音でそう言って、克樹は最後にこう締め括った。
『近い内に里帰りするよ。今度は、ちゃんと……』
桜、桜。
もう少しゆっくり、咲いてておくれ。
―了―
夜霧がサボったので急遽考える(--;)
山とは言ってもそれ程傾斜は厳しくない。丘に毛が生えた程度の、この付近の子供達の小さい頃からの遊び場だった。それでも、この辺りの標高自体が高い所為か、夜には霧が多く、入る事は禁じられていたけれど。
それに高校に上がった今、殆ど入る事は無かった。
只、今夜は余りにも月が冴え冴えとして……僕の足は自然とそこへと向かった。
殆ど懐中電灯も要らない程の、皓々とした月明かりの下、僕はある場所を目指した。
山の中腹にたった一本、月の明かりに白くぼんやりと浮かび上がる、桜の木。それは今しも満開に咲き誇り、時折吹く風にはらはらと花弁を散らしていた。
此処に来るのは一年振りか――僕は木を見上げてふと苦笑した。
幼い頃は一丁前にお花見と称して、友達と菓子やジュースを持ち寄ってこの下に集まったものだった。勿論、花より団子だったけれど。
今は僕一人……いや。
下生えを踏む音にはっと振り向けば、僕と同年代の男が一人。そちらも僕の姿を認めて、驚いた様子で懐中電灯片手に脚を止めていた。幾ら月明かりがあっても人の顔迄は判別出来ない。僕は失礼かと思いながらも、足元から順に懐中電灯で照らした。
そして、明かりに照らされた顔に幼い頃の面影を認めて、思わず声を上げた。
「克樹? お前、克樹じゃないのか?」
「そう言うお前は……正也? 懐かしいなぁ!」相手も僕に明かりを当て、明るい声を上げる。
「帰って来てたのかよ! 連絡位しろよ!」僕も懐かしい旧友に、嬉しくなって駆け寄る。
「悪い。疲れててさ。寝てたんだけど、この月明かりに誘われて、つい此処を思い出して……」言いつつ、克樹はやはり懐かしそうに桜の木を見上げる。「変わってないな……」安堵した様な、呟き。
「ああ……」僕の相槌も、同じ響きを持っていた。
克樹達幼馴染みが次々とこの小さな街を出て行ってからも、この桜は変わらず、春には花をつけ続けてきた。いつでも、あの頃の様に……。
「そうか……」克樹はふっと微笑む。どこか寂しさと安堵感を合わせた様な、不思議な笑み。「俺達を待っててくれてるみたいだな……」
それは勿論、人間側の勝手な思い込みだろう。桜は季節が巡れば咲くものだ。けれど、やはり僕も、この桜には言い知れぬものを感じていた。故郷の中の故郷――帰れる場所、そんな安心感。
「よかった……」心の奥底から吐き出す様な声に振り返って見れば、克樹はその頬に涙の雫を残し――うっすらと、姿を消した。
「!?」僕は慌てて周囲を懐中電灯で狂った様に照らす。しかしその何処にも、克樹の姿は無かった。
不安を感じて、僕は家に飛ぶ様に帰ると、彼が引っ越して行った先の電話番号を探して机の引き出しを引っ繰り返した。
『多分、ちょっと疲れてたんだと思う』電話の向こうで、思いの他元気な声が言った。『精神的に……。今日も何もやる気が起きなくて、部屋でごろごろ寝てたんだけど、窓からの月明かりが――こんな街中にしては嘘みたいに――綺麗でさ、何と無く、あの山の桜の事を思い出して……その儘いつの間にか眠り込んでたんだけど。真逆夢で、あの桜の下でお前に会えるなんてな』
「夢……」僕は受話器を手にした儘、茫然と呟く。
『ああ。けど、お陰で何かすっきりした気がするよ。こっちに来てから、どこか完全には馴染めなくて迷う事が多くて……。けど、帰る場所があるって解ったら、何だか吹っ切れた気がする。無理に背伸びして迄馴染まなくっていいんだって……』
柔らかい声音でそう言って、克樹は最後にこう締め括った。
『近い内に里帰りするよ。今度は、ちゃんと……』
桜、桜。
もう少しゆっくり、咲いてておくれ。
―了―
夜霧がサボったので急遽考える(--;)
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人形が笑う――そんな訳はないと母は私を笑った。
それでも尚言い募ると、怒り出したものだ。馬鹿な事を言うんじゃありません、と。そして私を気味悪げに見た。あるいは、不安げな目で。
今年小学校に上がる娘は、どこかおかしいんじゃないかしら? 十五年近く経った今となれば、母の考えも手に取る様に解る。
無理もないとは思う。お人形は笑わない物。それ位、その当時の私も解っていた。
けれど、お祖母ちゃんから貰った二体のお人形の内、青い着物を着た方は確かに、私を見下ろして笑っていたのだ。
赤い着物と青い着物。それ以外はそっくりな、どちらも女の子のお人形だった。肩迄の黒髪。黒い目。ふっくらとした造形の白い顔。それはとても愛らしい、抱き人形だったけれど、何故か私はいつも赤い方を遊び相手としていた。
幼い私は人形に名前を付けていた。赤い方にはあけみちゃん、青い方にはあおいちゃん。
あおいちゃんを椅子に座らせた儘、あけみちゃんとままごと遊びをする――近所に同年代の子供が少なく、家で遊ぶ事が多かった私の、それが日常だった。
そして時折見上げると――あおいちゃんが笑っていたのだ。
その笑みの意味が、当時の私には解らなかった。
笑顔なのに楽しそうじゃないな……子供心にそんな事を思っただけ。そしてそれを母に訴えても、解っては貰えなかった。
けれど、今になってみれば解る。
あれは本当は泣き顔だったのだ。涙を隠して無理に微笑む、そんな器用さを覚えた今なら、それが解る。
あおいちゃんは私に笑顔を作りながら、泣いていたのだ。
けれどそれが何故なのか、最近迄解らなかった。素直に泣かないのは、私を気遣っていたのかも知れない。けれど何故? あけみちゃんと同じ様に遊ばなかったからだろうか。でも、それなら何故私を気遣うのだろう。
そんな事を考えながら、既に遊び相手になる事もなく、箪笥の上に飾った儘になっていた二体の埃を取ろうと手に取った時だった。
あおいちゃんの着物の袖に、ちょっとした違和感。今迄気付かなかった自分に――それほどあおいちゃんと遊んでいなかった事に――呆れながらも探ってみると、そこには一枚の紙片。四つ折にされた和紙で、古い物の様だった。そっと開いて見ると、今は亡きお祖母ちゃんの達者な文字。
そこには私の知らない女の子への宛名が書かれていた。
あおいちゃんは、私ではない誰かへの贈り物だったのだ。
書かれた名前に覚えは無かったけれど、一つだけ、思い当たる事があった。
母は私を産んだ時、難産でそれ以来子供が出来なくなったと言う。下手をすれば私の命も危うかった、と。
もし――その時私の他に、お腹に姉か妹が居たとしたら……。
あおいちゃんはその姉妹の物だったのだ。
彼女は私と同じ様に遊べなくて寂しかったのだろうか。哀しかったのだろうか。だから、人形の姿を借りて、泣いていたのだろうか。それでも尚、私を気遣って、笑顔に隠して。
私は紙片を戻すと、あおいちゃんを――いや、私の姉妹を抱き締めた。
今でも、二体の人形は私の部屋の箪笥の上に、仲良く並んでいる。
もう、笑う事は無いけれど。
―了―
余り怖くない――筈――の人形ネタ。
それにしても眠い~(--;)
それでも尚言い募ると、怒り出したものだ。馬鹿な事を言うんじゃありません、と。そして私を気味悪げに見た。あるいは、不安げな目で。
今年小学校に上がる娘は、どこかおかしいんじゃないかしら? 十五年近く経った今となれば、母の考えも手に取る様に解る。
無理もないとは思う。お人形は笑わない物。それ位、その当時の私も解っていた。
けれど、お祖母ちゃんから貰った二体のお人形の内、青い着物を着た方は確かに、私を見下ろして笑っていたのだ。
赤い着物と青い着物。それ以外はそっくりな、どちらも女の子のお人形だった。肩迄の黒髪。黒い目。ふっくらとした造形の白い顔。それはとても愛らしい、抱き人形だったけれど、何故か私はいつも赤い方を遊び相手としていた。
幼い私は人形に名前を付けていた。赤い方にはあけみちゃん、青い方にはあおいちゃん。
あおいちゃんを椅子に座らせた儘、あけみちゃんとままごと遊びをする――近所に同年代の子供が少なく、家で遊ぶ事が多かった私の、それが日常だった。
そして時折見上げると――あおいちゃんが笑っていたのだ。
その笑みの意味が、当時の私には解らなかった。
笑顔なのに楽しそうじゃないな……子供心にそんな事を思っただけ。そしてそれを母に訴えても、解っては貰えなかった。
けれど、今になってみれば解る。
あれは本当は泣き顔だったのだ。涙を隠して無理に微笑む、そんな器用さを覚えた今なら、それが解る。
あおいちゃんは私に笑顔を作りながら、泣いていたのだ。
けれどそれが何故なのか、最近迄解らなかった。素直に泣かないのは、私を気遣っていたのかも知れない。けれど何故? あけみちゃんと同じ様に遊ばなかったからだろうか。でも、それなら何故私を気遣うのだろう。
そんな事を考えながら、既に遊び相手になる事もなく、箪笥の上に飾った儘になっていた二体の埃を取ろうと手に取った時だった。
あおいちゃんの着物の袖に、ちょっとした違和感。今迄気付かなかった自分に――それほどあおいちゃんと遊んでいなかった事に――呆れながらも探ってみると、そこには一枚の紙片。四つ折にされた和紙で、古い物の様だった。そっと開いて見ると、今は亡きお祖母ちゃんの達者な文字。
そこには私の知らない女の子への宛名が書かれていた。
あおいちゃんは、私ではない誰かへの贈り物だったのだ。
書かれた名前に覚えは無かったけれど、一つだけ、思い当たる事があった。
母は私を産んだ時、難産でそれ以来子供が出来なくなったと言う。下手をすれば私の命も危うかった、と。
もし――その時私の他に、お腹に姉か妹が居たとしたら……。
あおいちゃんはその姉妹の物だったのだ。
彼女は私と同じ様に遊べなくて寂しかったのだろうか。哀しかったのだろうか。だから、人形の姿を借りて、泣いていたのだろうか。それでも尚、私を気遣って、笑顔に隠して。
私は紙片を戻すと、あおいちゃんを――いや、私の姉妹を抱き締めた。
今でも、二体の人形は私の部屋の箪笥の上に、仲良く並んでいる。
もう、笑う事は無いけれど。
―了―
余り怖くない――筈――の人形ネタ。
それにしても眠い~(--;)
突然の電話の呼び出し音に、友人と共にレポートに集中していた美奈は軽く舌打ちした。彼女の携帯ではなく自宅の電話に掛かってくるなんて、両親の知人かセールスに決まっている。留守電に設定して置くべきだったか――もう遅いけど。
それでも精一杯愛想のいい声で受話器を取ってみれば、案の定保険のセールスだった。一見丁寧に、かつきっぱりと断り、一分足らずで受話器を置く。今度こそ留守電に設定し、席に戻る。
「美奈、確か妹さん居るんじゃなかったっけ?」先程挨拶した事を思い出しつつ、友人の紗江が言った。「大事な勉強中だからって、出て貰えばいいじゃない。セールスの電話ばっかりでもないだろうし。急ぎの用事だったらどうするの?」
「ああ、あの子は最近、出ないから」美奈は肩を竦めた。「自分の携帯には勿論出るんだけど……家電には絶対に出ないのよね」
「へぇ? やっぱり面倒臭いのかしらね?」
「……と言うより、何か……怖がってるみたいな……」美奈は頻りと首を捻る。「前に、手が離せない時に出てって言ったら、電話の前で手も出さずにじっと電話を睨んでたの。何してるのって言ったらこっちを見て……何だか怯えた目で私を見てた」
「何だろ? 悪戯電話とでも思ったのかな? 美奈が知らない内に無言電話が頻発してたとか……」
「それならそれで、言うと思うんだけど……。イタ電なら母さん達に言えば対処のしようもあるんだしさ」
「変だね」紗江は小首を傾げた。
その仕草を見て、美奈はしまった、と思う。集中していたとは言え、二人共レポートの作成には少々飽きがきている。そんな時に紗江の好奇心を刺激してしまったら……。
「ここははっきり訊いてみたら?」案の定、ペンを置いてそんな事を言い出したのだった。
妹の可奈は下の階の居間に居た。電話の親機が置かれた廊下には一番、近い。しかし、読書に集中している――あるいは集中しようとしている――彼女には、先程の電話にも対処しようとした様子は見られなかった。
「可奈、私達ちょっとレポートに集中したいんで、電話があったら出てくれる?」美奈は一応、そう持ち掛けた。
が、可奈は困った顔で、何らかの断りの言葉を探している様だった。
姉は軽く、溜め息をつく。
「可奈、何で家の電話には出られないの? 携帯だと普通に出る癖に」
「ひょっとしてイタ電?」紗江が口を挟む。可奈とは幾度も面識があるから、気安いものだ。「それなら話して、番号変えて貰うとか、悪質だったら警察に着き止めて貰うとか……。大丈夫、手はあるから!」
可奈は途惑った様な視線で二人を見比べる。そしてふぅっと、深い息を吐き出した。
「お姉ちゃんは……出た事無いのね?」やがて言ったのはそんな言葉だった。
何に?――との問いに可奈が返したのは「幽霊電話」という耳慣れない言葉だった。
「何よ、それ?」美奈は軽く眉を顰める。「都市伝説か何か?」
「う……ん、都市伝説って言えば、そうなのかな」可奈は首を捻る。「一度掛かってきたのを受けちゃって……それから私なりに調べてみたんだけどね……」
始まりはごく普通の電話の呼び出し音。表示は非通知ではないものの、見慣れず、何処のものとも知れない番号。誰だろう、と首を傾げながらも出てみると、受話器を耳に当てた途端に一言――『一度目』
誰、と訊く前に、それはぷつりと切れるのだと言う。
「最初は私も只の悪戯だろうって、ちょっと嫌な気分になっただけだった。けど、何日かして、また……」
呼び出し音。何処のものとも知れない番号。そして――『二度目』
「だから行き当たりばったりで適当に掛けてるんじゃなくて、うちを狙ってるんじゃないかって、気味が悪くなっちゃって……。でも、これと言って被害も出てないしさ。取り敢えず他にもこういう悪戯ってあるのかなって、ネットで調べてみたら……」
『三度目』――そう言われたら命は無い。
それはあの世からの電話であり、回線を通じて命を獲られてしまうのだ、と。
そんな情報に辿り着いたのだと言う。
「馬鹿馬鹿しい。それこそ都市伝説の類でしょう?」美奈は肩を竦めた。「どこかの馬鹿がそれを利用して悪戯してるだけよ」
「そうは思うんだけど……。じゃ、お姉ちゃんは出られる?」
そう訊き返されると、言葉に詰まる美奈だった。
「確かに気味は悪いよね」紗江が頷く。「でもさ、それならその怪しい番号からのだけ、出なければいいんじゃないの? 態々通知してくれてるんだから、間抜けなあの世の使いよね」
「それが……三度目は違うんだそうです。非通知だったり、知ってる人の番号だったり……。だから、母さんや父さんの携帯の番号でも、出られなくて……」
「……悪戯、だとしても、確かにそれは出たくなくなるわね」美奈は唸る。「それが本当ならの話だけど」
「お姉ちゃん! 私が嘘ついてるって言うの? 面倒だから出たくないだけだって?」可奈は非難の声を上げた。
「疑う訳じゃないけど、実際には私はそんなの受けた事も、聞いた事も無いし……」美奈は困った様に顔を顰める。
「疑ってるじゃないの!」
まあまあ、と紗江が姉妹の間に割って入ろうとした時だった。
廊下から電話の呼び出し音。
思わず三人共、びくりと身を震わせた。
顔を見合わせ、幽霊電話など悪戯だと主張した手前、美奈が先に立って居間を出る。その後ろに恐る恐る、紗江と可奈が続いた。
そしてディスプレイに出た番号を確認して――美奈は思わず息を詰めた。
そこに表示されていたのは彼女自身の携帯の番号だったのだ。そしてその携帯は今、彼女のポケットの中にある。慌てて取り出してみるも、それには何の変化も無い。
十数回も鳴っただろうか。誰も出ようとはせず、じっと息を殺していた。
「可奈、本当、ごめん!」電話が鳴り止み、その音の呪縛が解けた様に、美奈は妹を振り返って言った。「やっぱり、この電話、おかしいわ。私の携帯ナンバーから掛かってくるのもおかしいし、何より……さっき留守電にしたのに、一向に切り替わらないなんて……」
「うん、もういいよ……」肩の力を抜いて、可奈は言った。「それより、今ふと気になったんだけど……」
「……何?」
「これって家の電話でしょ? 一度目、二度目は確かに私が受けたけど……これって、私が対象なのかしら? それとも、不特定にこの家電に出た人が対象なのかしら?」
「……」答を持たない二人は、じっと黙り込むしかなかった。
それ以来、この家の電話はいつでも、留守電になっていると言う。
―了―
眠いよ~。
あ、因みに私も家の電話は殆ど出ません(←おい)
何かに集中している時にセールスの電話なんかあると……ガチャン!(笑)
それでも精一杯愛想のいい声で受話器を取ってみれば、案の定保険のセールスだった。一見丁寧に、かつきっぱりと断り、一分足らずで受話器を置く。今度こそ留守電に設定し、席に戻る。
「美奈、確か妹さん居るんじゃなかったっけ?」先程挨拶した事を思い出しつつ、友人の紗江が言った。「大事な勉強中だからって、出て貰えばいいじゃない。セールスの電話ばっかりでもないだろうし。急ぎの用事だったらどうするの?」
「ああ、あの子は最近、出ないから」美奈は肩を竦めた。「自分の携帯には勿論出るんだけど……家電には絶対に出ないのよね」
「へぇ? やっぱり面倒臭いのかしらね?」
「……と言うより、何か……怖がってるみたいな……」美奈は頻りと首を捻る。「前に、手が離せない時に出てって言ったら、電話の前で手も出さずにじっと電話を睨んでたの。何してるのって言ったらこっちを見て……何だか怯えた目で私を見てた」
「何だろ? 悪戯電話とでも思ったのかな? 美奈が知らない内に無言電話が頻発してたとか……」
「それならそれで、言うと思うんだけど……。イタ電なら母さん達に言えば対処のしようもあるんだしさ」
「変だね」紗江は小首を傾げた。
その仕草を見て、美奈はしまった、と思う。集中していたとは言え、二人共レポートの作成には少々飽きがきている。そんな時に紗江の好奇心を刺激してしまったら……。
「ここははっきり訊いてみたら?」案の定、ペンを置いてそんな事を言い出したのだった。
妹の可奈は下の階の居間に居た。電話の親機が置かれた廊下には一番、近い。しかし、読書に集中している――あるいは集中しようとしている――彼女には、先程の電話にも対処しようとした様子は見られなかった。
「可奈、私達ちょっとレポートに集中したいんで、電話があったら出てくれる?」美奈は一応、そう持ち掛けた。
が、可奈は困った顔で、何らかの断りの言葉を探している様だった。
姉は軽く、溜め息をつく。
「可奈、何で家の電話には出られないの? 携帯だと普通に出る癖に」
「ひょっとしてイタ電?」紗江が口を挟む。可奈とは幾度も面識があるから、気安いものだ。「それなら話して、番号変えて貰うとか、悪質だったら警察に着き止めて貰うとか……。大丈夫、手はあるから!」
可奈は途惑った様な視線で二人を見比べる。そしてふぅっと、深い息を吐き出した。
「お姉ちゃんは……出た事無いのね?」やがて言ったのはそんな言葉だった。
何に?――との問いに可奈が返したのは「幽霊電話」という耳慣れない言葉だった。
「何よ、それ?」美奈は軽く眉を顰める。「都市伝説か何か?」
「う……ん、都市伝説って言えば、そうなのかな」可奈は首を捻る。「一度掛かってきたのを受けちゃって……それから私なりに調べてみたんだけどね……」
始まりはごく普通の電話の呼び出し音。表示は非通知ではないものの、見慣れず、何処のものとも知れない番号。誰だろう、と首を傾げながらも出てみると、受話器を耳に当てた途端に一言――『一度目』
誰、と訊く前に、それはぷつりと切れるのだと言う。
「最初は私も只の悪戯だろうって、ちょっと嫌な気分になっただけだった。けど、何日かして、また……」
呼び出し音。何処のものとも知れない番号。そして――『二度目』
「だから行き当たりばったりで適当に掛けてるんじゃなくて、うちを狙ってるんじゃないかって、気味が悪くなっちゃって……。でも、これと言って被害も出てないしさ。取り敢えず他にもこういう悪戯ってあるのかなって、ネットで調べてみたら……」
『三度目』――そう言われたら命は無い。
それはあの世からの電話であり、回線を通じて命を獲られてしまうのだ、と。
そんな情報に辿り着いたのだと言う。
「馬鹿馬鹿しい。それこそ都市伝説の類でしょう?」美奈は肩を竦めた。「どこかの馬鹿がそれを利用して悪戯してるだけよ」
「そうは思うんだけど……。じゃ、お姉ちゃんは出られる?」
そう訊き返されると、言葉に詰まる美奈だった。
「確かに気味は悪いよね」紗江が頷く。「でもさ、それならその怪しい番号からのだけ、出なければいいんじゃないの? 態々通知してくれてるんだから、間抜けなあの世の使いよね」
「それが……三度目は違うんだそうです。非通知だったり、知ってる人の番号だったり……。だから、母さんや父さんの携帯の番号でも、出られなくて……」
「……悪戯、だとしても、確かにそれは出たくなくなるわね」美奈は唸る。「それが本当ならの話だけど」
「お姉ちゃん! 私が嘘ついてるって言うの? 面倒だから出たくないだけだって?」可奈は非難の声を上げた。
「疑う訳じゃないけど、実際には私はそんなの受けた事も、聞いた事も無いし……」美奈は困った様に顔を顰める。
「疑ってるじゃないの!」
まあまあ、と紗江が姉妹の間に割って入ろうとした時だった。
廊下から電話の呼び出し音。
思わず三人共、びくりと身を震わせた。
顔を見合わせ、幽霊電話など悪戯だと主張した手前、美奈が先に立って居間を出る。その後ろに恐る恐る、紗江と可奈が続いた。
そしてディスプレイに出た番号を確認して――美奈は思わず息を詰めた。
そこに表示されていたのは彼女自身の携帯の番号だったのだ。そしてその携帯は今、彼女のポケットの中にある。慌てて取り出してみるも、それには何の変化も無い。
十数回も鳴っただろうか。誰も出ようとはせず、じっと息を殺していた。
「可奈、本当、ごめん!」電話が鳴り止み、その音の呪縛が解けた様に、美奈は妹を振り返って言った。「やっぱり、この電話、おかしいわ。私の携帯ナンバーから掛かってくるのもおかしいし、何より……さっき留守電にしたのに、一向に切り替わらないなんて……」
「うん、もういいよ……」肩の力を抜いて、可奈は言った。「それより、今ふと気になったんだけど……」
「……何?」
「これって家の電話でしょ? 一度目、二度目は確かに私が受けたけど……これって、私が対象なのかしら? それとも、不特定にこの家電に出た人が対象なのかしら?」
「……」答を持たない二人は、じっと黙り込むしかなかった。
それ以来、この家の電話はいつでも、留守電になっていると言う。
―了―
眠いよ~。
あ、因みに私も家の電話は殆ど出ません(←おい)
何かに集中している時にセールスの電話なんかあると……ガチャン!(笑)
解っていたのよ、私も姉様も。
あの子は一目会っただけで、あの方を魅了してしまうだろうって。
だから絶対に会わせては駄目と、姉様は言った。まぁ、あの子の現状からして、あの方にお目通り願う機会なんて、ありはしないでしょうけれどね――そう笑いながら。
あの子は私達の義理の妹に当たるけれど、血の繋がりは無い。母様があの子の父親と再婚した、それだけの間柄。そして義父が亡くなった今、母様も姉様も、そして私も、あの子を家族としてなんて見ていなかった。
毎日の残り物で働いてくれる、ていのいい召使い。義父の生前、綺麗に梳られ輝いていた亜麻色の髪も、埃を被ってくすんでいる。ブルーの眼は私達の仕打ちを恐れて伏し目がち。服だって私達が散々着古した物。それも埃に塗れて色褪せて、見る影もない。
それでも、私達同様に着飾れば……私なんて足元にも及ばないのは解っていたわ。
だから街の娘達に城への誘いが掛かったあの日、母様と姉様は態と面倒な仕事ばかり言い付けて、仕事が終わらない内は外に出ては駄目と言い渡した。だって、普段の格好で城に行かせる訳にはいかないし、かと言って着飾らせて……あの方の目に留まったら……。母様だってどうせ目に留まるのならあの子より、実の娘である私か姉様、どちらかの方がいい、と。
けれど私は、それでも不安だった。この夜を逃せばあの子が城に上がる機会なんて、先ず永遠に無い。そう解っていても。
だって、あの子もあの方に憧れている事を、知っていたから。
だから私は、姉様達とは別に一計を講じたのだった。
夜が明けた。
昨晩の風雨が嘘の様な、柔らかな日差しと爽やかな風。がたつく雨戸を開けてそれを身体一杯に享受し、静香は庭を見渡した。
何処から飛んで来たものか、細い枝が散乱し、それ以上の葉っぱが所々、水溜まりの縁にへばり付いている。掃除が大変そうだった。
サンダルを履き、庭に下りて家を振り返る。どうやら家の方には被害は無い様だった。
そんな穏やかな朝に、彼女はふと、身を震わせた。
昨夜のあれは、何だったのだろう、と。
昨日、午後に入っての雨模様は徐々に風力を増し、それに伴って雨も屋根を打ち据える様な有り様となっていた。幸い、古い家ではあるがまめな補修や手入れの所為か、雨漏りの心配はない。それでも時折屋根ごと持って行きそうな轟音を立てる暴風に、静香は家の中心部分となる居間で身を縮こまらせていた。
折悪しき事に、両親は趣味の旅行に出てしまっていた。勿論、仕事の合間を縫っての休暇。近場ではあるのだが。それだけにこの天候もよく解るのだろう、一人娘を気遣って、幾度も電話が掛かってきた。
戸締りはよく確かめるように。雨戸もきっちり締めておく事。停電に備えて懐中電灯も……。
心配性、とそれらを半ば聞き流しながらも、一応言われた通りの事はした、静香だった。
実際一人しか居ない以上、この家も自分の身も、自分で守るしかない。
その緊張からか、風雨の轟音ゆえか、その夜はなかなか寝付けずにいた。幸い翌日は休日、更には夜更かしを注意する親も居ないとあって、静香は早々に寝る事を諦めた。どうしようもなく眠くなれば、少々の音がしても眠れるだろう、と。
深夜放送やDVDを見て過ごし、そろそろ瞼が重くなってきた、この儘炬燵で眠ってしまおうか。部屋は二階だが、尚更風当たりが強そうで、嫌だし――そんな事を漠然と考え出した頃だった。
こつ、こつ。
妙にはっきりと、ノックの音が聞こえた。
深夜二時。こんな時間に訪ねて来る人間など居ない。第一、訪問者ならインターホンを押すだろう。
きっと聞き違いだ、と静香は瞼を閉じた。雨戸か壁に飛んで来た木の枝か何かがぶつかって、偶然ノックの様に聞こえたのだろう、と。
が。
こつ、こつ。
また、全く同じ間隔で、ノックの音。
静香は流石にぱちりと目を開けた。真逆本当に訪問者だろうか。けれど、こんな夜中に……?
あるいは消防の人かも知れない。雨戸を締めて閉じ篭っている間に、川が増水でも起こして、避難を呼び掛けているのかも? いや、それなら先ず放送があるだろうし、深夜の天気予報で見た明朝の天気は晴れ。この雨は夜の内に上がると報じられていた。いや、それでも……。
静香は恐る恐る席を立つと、玄関へと向かった。玄関先には父のゴルフクラブがある。いざという時にはそれで威嚇しておいて、素早くドアを締める――不審者だった場合のシミュレートもしておく。
しかし、ドアスコープから覗いた玄関先には、只闇があるばかりだった。門灯には灯が点いている。完全な闇ではない。それでもそこには何者の姿も影も無かった。
やっぱり風の悪戯だったのだろう。そう判じて、静香はほっと息をつくと、踵を返し――。
こつ、こつ。
ゆっくりと、静香は振り返った。確かに聞こえた、ノックの音。しかしそれが聞こえたのはドアと言うよりは、その上方の壁から。真逆、そんな所を叩ける筈もない。
こつ、こつ……こつ、こつ……。
丸で彼女がそこに居るのは解っているとでも言う様に、ノックは繰り返される。
いや、真逆ノックな訳はない――そう考えながらも、静香は徐々に居間へと、後退りしていった。
やがて居間の入り口へと辿り着くと、彼女は慌てて駆け込み、襖を締めた。居間に鍵など無い。彼女は屋内用の箒を持って来て、襖の片方に立て掛け、仮の用心棒とした。
音は未だ、規則正しく続いている。
きっと何かの枝が当たっているだけなのだ――そう思いながらも、静香は炬燵に潜り込み、ノックを掻き消す様にDVDの音量を上げた。それでも、不自然な程に耳につく音に、彼女は耳を塞ぐ様に頭を抱え、炬燵の天板に突っ伏した。
そうして、いつしか眠ってしまった様だった。
「やっぱり、何も無いわよね」一人ごちながら、静香は家の外周を見て回る。先程出た雨戸のある縁側は家の東の横手に当たる。庭沿いに反時計回りに、彼女は回る。そうする間に昨夜あんなに不安がったのが、自分の事ながら可笑しくなってきた。
きっとどこかから飛んで来た木の枝が引っ掛かって音を立てていただけなのだ。見てみればきっと何だ、これだったのかと笑い出すに違いない、と。
庭をぐるりと回り、樋から未だ勢いよく流れ落ちる雨水を避けつつ、彼女は玄関へと回った。
そして――そこで脚を止めた。
玄関の上に張り出した屋根から、何かがぶら下がっていた。その何かが強風に煽られ、玄関上の壁にぶつかって、音を立てていた様だった。
静香はそれが何であるかを視認し――悲鳴を上げた。
どこの誰とも知れない男の遺体。薄汚れた風体に雨曝しの服装。手にはバールらしき物を握った儘だった。
その後到着した警察によると、この男は窃盗、強盗の常習犯で、雨戸も閉じられ二階からも灯の漏れぬこの家を留守と判じて盗みに入ろうとしたのではないだろうかとの事だった。それでも人が居た場合の用心として、二階から侵入しようとし、昨夜の雨に足を滑らせたのではないか、と。
挙げ句はアンテナから延びるコードに脚を絡め、宙吊りになった挙げ句、打ち所悪く……。
それ以来、静香が今迄以上に戸締りに慎重になったのは言う迄もない。
―了―
や、悪い事は出来ませんね(--;)
昨晩の風雨が嘘の様な、柔らかな日差しと爽やかな風。がたつく雨戸を開けてそれを身体一杯に享受し、静香は庭を見渡した。
何処から飛んで来たものか、細い枝が散乱し、それ以上の葉っぱが所々、水溜まりの縁にへばり付いている。掃除が大変そうだった。
サンダルを履き、庭に下りて家を振り返る。どうやら家の方には被害は無い様だった。
そんな穏やかな朝に、彼女はふと、身を震わせた。
昨夜のあれは、何だったのだろう、と。
昨日、午後に入っての雨模様は徐々に風力を増し、それに伴って雨も屋根を打ち据える様な有り様となっていた。幸い、古い家ではあるがまめな補修や手入れの所為か、雨漏りの心配はない。それでも時折屋根ごと持って行きそうな轟音を立てる暴風に、静香は家の中心部分となる居間で身を縮こまらせていた。
折悪しき事に、両親は趣味の旅行に出てしまっていた。勿論、仕事の合間を縫っての休暇。近場ではあるのだが。それだけにこの天候もよく解るのだろう、一人娘を気遣って、幾度も電話が掛かってきた。
戸締りはよく確かめるように。雨戸もきっちり締めておく事。停電に備えて懐中電灯も……。
心配性、とそれらを半ば聞き流しながらも、一応言われた通りの事はした、静香だった。
実際一人しか居ない以上、この家も自分の身も、自分で守るしかない。
その緊張からか、風雨の轟音ゆえか、その夜はなかなか寝付けずにいた。幸い翌日は休日、更には夜更かしを注意する親も居ないとあって、静香は早々に寝る事を諦めた。どうしようもなく眠くなれば、少々の音がしても眠れるだろう、と。
深夜放送やDVDを見て過ごし、そろそろ瞼が重くなってきた、この儘炬燵で眠ってしまおうか。部屋は二階だが、尚更風当たりが強そうで、嫌だし――そんな事を漠然と考え出した頃だった。
こつ、こつ。
妙にはっきりと、ノックの音が聞こえた。
深夜二時。こんな時間に訪ねて来る人間など居ない。第一、訪問者ならインターホンを押すだろう。
きっと聞き違いだ、と静香は瞼を閉じた。雨戸か壁に飛んで来た木の枝か何かがぶつかって、偶然ノックの様に聞こえたのだろう、と。
が。
こつ、こつ。
また、全く同じ間隔で、ノックの音。
静香は流石にぱちりと目を開けた。真逆本当に訪問者だろうか。けれど、こんな夜中に……?
あるいは消防の人かも知れない。雨戸を締めて閉じ篭っている間に、川が増水でも起こして、避難を呼び掛けているのかも? いや、それなら先ず放送があるだろうし、深夜の天気予報で見た明朝の天気は晴れ。この雨は夜の内に上がると報じられていた。いや、それでも……。
静香は恐る恐る席を立つと、玄関へと向かった。玄関先には父のゴルフクラブがある。いざという時にはそれで威嚇しておいて、素早くドアを締める――不審者だった場合のシミュレートもしておく。
しかし、ドアスコープから覗いた玄関先には、只闇があるばかりだった。門灯には灯が点いている。完全な闇ではない。それでもそこには何者の姿も影も無かった。
やっぱり風の悪戯だったのだろう。そう判じて、静香はほっと息をつくと、踵を返し――。
こつ、こつ。
ゆっくりと、静香は振り返った。確かに聞こえた、ノックの音。しかしそれが聞こえたのはドアと言うよりは、その上方の壁から。真逆、そんな所を叩ける筈もない。
こつ、こつ……こつ、こつ……。
丸で彼女がそこに居るのは解っているとでも言う様に、ノックは繰り返される。
いや、真逆ノックな訳はない――そう考えながらも、静香は徐々に居間へと、後退りしていった。
やがて居間の入り口へと辿り着くと、彼女は慌てて駆け込み、襖を締めた。居間に鍵など無い。彼女は屋内用の箒を持って来て、襖の片方に立て掛け、仮の用心棒とした。
音は未だ、規則正しく続いている。
きっと何かの枝が当たっているだけなのだ――そう思いながらも、静香は炬燵に潜り込み、ノックを掻き消す様にDVDの音量を上げた。それでも、不自然な程に耳につく音に、彼女は耳を塞ぐ様に頭を抱え、炬燵の天板に突っ伏した。
そうして、いつしか眠ってしまった様だった。
「やっぱり、何も無いわよね」一人ごちながら、静香は家の外周を見て回る。先程出た雨戸のある縁側は家の東の横手に当たる。庭沿いに反時計回りに、彼女は回る。そうする間に昨夜あんなに不安がったのが、自分の事ながら可笑しくなってきた。
きっとどこかから飛んで来た木の枝が引っ掛かって音を立てていただけなのだ。見てみればきっと何だ、これだったのかと笑い出すに違いない、と。
庭をぐるりと回り、樋から未だ勢いよく流れ落ちる雨水を避けつつ、彼女は玄関へと回った。
そして――そこで脚を止めた。
玄関の上に張り出した屋根から、何かがぶら下がっていた。その何かが強風に煽られ、玄関上の壁にぶつかって、音を立てていた様だった。
静香はそれが何であるかを視認し――悲鳴を上げた。
どこの誰とも知れない男の遺体。薄汚れた風体に雨曝しの服装。手にはバールらしき物を握った儘だった。
その後到着した警察によると、この男は窃盗、強盗の常習犯で、雨戸も閉じられ二階からも灯の漏れぬこの家を留守と判じて盗みに入ろうとしたのではないだろうかとの事だった。それでも人が居た場合の用心として、二階から侵入しようとし、昨夜の雨に足を滑らせたのではないか、と。
挙げ句はアンテナから延びるコードに脚を絡め、宙吊りになった挙げ句、打ち所悪く……。
それ以来、静香が今迄以上に戸締りに慎重になったのは言う迄もない。
―了―
や、悪い事は出来ませんね(--;)
暗い回廊を辿り、更には暗く狭い階段を上った先には、この館の規模からすれば余りにも小ぢんまりとした六畳程の日本間が、異様な黒い襖の向こうにあった。
館を建てた先代の当主は洋風好みで、この館もその趣味に合わせて造られているのだが、この部屋だけが、妙に浮いている。そもそも何故この部屋はこんなに孤立しているのだろう? 幾度も曲がる回廊を通った所為で今一つ定かではないが、この部屋の近くに居住空間は、多分無い。住人達の部屋があるのは二階。そこから出て階段を上ったのだから少なくとも此処は三階――階段に僅かながら傾斜を感じたから、あるいはそれよりも……?
丸で館内の離れだ。先代当主は此処で何を考えていたのだろう?
ともあれ、僕が此処に来たのは彼の思考に思いを馳せる為ではない。
「絵里子……何処に居るんだ?」僕はそっと、呼び掛けていた。
館を建てた先代の当主は洋風好みで、この館もその趣味に合わせて造られているのだが、この部屋だけが、妙に浮いている。そもそも何故この部屋はこんなに孤立しているのだろう? 幾度も曲がる回廊を通った所為で今一つ定かではないが、この部屋の近くに居住空間は、多分無い。住人達の部屋があるのは二階。そこから出て階段を上ったのだから少なくとも此処は三階――階段に僅かながら傾斜を感じたから、あるいはそれよりも……?
丸で館内の離れだ。先代当主は此処で何を考えていたのだろう?
ともあれ、僕が此処に来たのは彼の思考に思いを馳せる為ではない。
「絵里子……何処に居るんだ?」僕はそっと、呼び掛けていた。
今日は東南の公園と、その周辺に伸びる散策コースも中継される事になった――オフィスの女子社員達の甲高い噂話の中、私はその情報だけを耳に留めた。いや、耳に残らざるを得なかったのだ。
問題の公園はこのビルからも一望出来る、なかなかの広さを備えたものだった。子供が遊ぶ為の場所と言うよりは、都会の中のオアシスを目指して設計されたものらしい。涼やかな噴水を中心に、ベンチや木々が配置され、このオフィスの者もそこで昼食を摂る事もある。
更に周囲には散策やジョギングのコースとして、花壇の中を通る道が整備されている。その一部は高い緑の壁をなし、迷路構造になっていた。そしてこの時期には欠かせない、桜並木も――恐らく中継と言うのは、それを目当ての事なのだろう。だから大丈夫だ、そう自分に言い聞かせるが……。
更にそれとなく耳をそばだてると、中継は十一時前後と予定されている様で、野次馬に行けない女子社員達から、軽く溜め息が漏れていた。恨めしそうに時計を見られても、こればかりはしようがない。
しかし、その私の目も、やはり自分の腕時計の盤面に落ちていた。後二時間……。
私は取引先を回ると言い残して、オフィスを出た。
問題の公園はこのビルからも一望出来る、なかなかの広さを備えたものだった。子供が遊ぶ為の場所と言うよりは、都会の中のオアシスを目指して設計されたものらしい。涼やかな噴水を中心に、ベンチや木々が配置され、このオフィスの者もそこで昼食を摂る事もある。
更に周囲には散策やジョギングのコースとして、花壇の中を通る道が整備されている。その一部は高い緑の壁をなし、迷路構造になっていた。そしてこの時期には欠かせない、桜並木も――恐らく中継と言うのは、それを目当ての事なのだろう。だから大丈夫だ、そう自分に言い聞かせるが……。
更にそれとなく耳をそばだてると、中継は十一時前後と予定されている様で、野次馬に行けない女子社員達から、軽く溜め息が漏れていた。恨めしそうに時計を見られても、こればかりはしようがない。
しかし、その私の目も、やはり自分の腕時計の盤面に落ちていた。後二時間……。
私は取引先を回ると言い残して、オフィスを出た。
