〈2007年9月16日開設〉
これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。
尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。
絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
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夜霧――夜原霧枝先生――は先日、周囲の人間に告知したらしい。
自分が教師を辞めるかも知れない、と。
「何でだろうね? 時期的にも中途半端だし……」噂を種に、昼休みの歓談。「真逆、結婚とか?」
本当に真逆、だ。あの気分屋の夜霧に付き合える男性が果たして居るのだろうか?
そう思っていたのは僕だけではない様で、我が双子の兄、京と同級生の知多勇輝が同時に頭を振る。無い無い、と。そこ迄否定するのも、ちょっと気の毒な気がしないでもないけれど……。
「女性が辞職するイコール結婚、というのは安直過ぎるぞ、祥」眉間に皺寄せて、京が言った。「田舎の両親の面倒を見る為とか、自分がやりたい仕事が別に見付かったとか、色々あるだろう。今は一介の美術教師でも、実は画家を目指しててそれに集中したい、とか……」
今一つ年齢不肖な夜霧だけど、この学校には結構長く居るらしいから、まぁ、それなりの歳なんだろう。正面切って訊く勇気は、生憎と僕には無い。けど、歳を取ってからプロの画家になる人だって居る。少なくとも、なりたいと思うのは何歳だって可能だ。
「大体、辞めるかも知れないっていうのも、噂だろう?」と、勇輝。「夜霧の事だから、癇癪でも起こしてたんじゃないか? それを誰かが大袈裟に話したとか、そんな所じゃないのか?」
その可能性も否定出来ない。何せ噂には尾鰭が付くものだ。
取り敢えず、朝のホームルームで見た、夜霧の様子には何ら変わった所は無かったし。尤も、気紛れな夜霧の事、変わってない様に見えるだけかも知れないけれど。
出る筈もない結論に辿り着く前に、午後の授業を知らせる予鈴が鳴った。
自分が教師を辞めるかも知れない、と。
「何でだろうね? 時期的にも中途半端だし……」噂を種に、昼休みの歓談。「真逆、結婚とか?」
本当に真逆、だ。あの気分屋の夜霧に付き合える男性が果たして居るのだろうか?
そう思っていたのは僕だけではない様で、我が双子の兄、京と同級生の知多勇輝が同時に頭を振る。無い無い、と。そこ迄否定するのも、ちょっと気の毒な気がしないでもないけれど……。
「女性が辞職するイコール結婚、というのは安直過ぎるぞ、祥」眉間に皺寄せて、京が言った。「田舎の両親の面倒を見る為とか、自分がやりたい仕事が別に見付かったとか、色々あるだろう。今は一介の美術教師でも、実は画家を目指しててそれに集中したい、とか……」
今一つ年齢不肖な夜霧だけど、この学校には結構長く居るらしいから、まぁ、それなりの歳なんだろう。正面切って訊く勇気は、生憎と僕には無い。けど、歳を取ってからプロの画家になる人だって居る。少なくとも、なりたいと思うのは何歳だって可能だ。
「大体、辞めるかも知れないっていうのも、噂だろう?」と、勇輝。「夜霧の事だから、癇癪でも起こしてたんじゃないか? それを誰かが大袈裟に話したとか、そんな所じゃないのか?」
その可能性も否定出来ない。何せ噂には尾鰭が付くものだ。
取り敢えず、朝のホームルームで見た、夜霧の様子には何ら変わった所は無かったし。尤も、気紛れな夜霧の事、変わってない様に見えるだけかも知れないけれど。
出る筈もない結論に辿り着く前に、午後の授業を知らせる予鈴が鳴った。
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夜霧は逸脱しなかったよ――少なくとも、授業の内容に関しては。
美術教師である夜原霧枝先生が、今日の授業で生徒に水彩画を描かせたのは当然の事だろう。
疑問点があるとすれば、只一つ。そのモチーフだった。
テーマは、雪景色。
春先の麗かな陽気の中、何故雪の絵を描かなければならないのか。今頃なら写生するにしても普通、桜とか新緑の若葉だろう。
気分屋の夜霧の事だから、大した理由は無いのかも知れないけれど……。
それとも記憶力か想像力を鍛える為なのだろうか?
美術教師である夜原霧枝先生が、今日の授業で生徒に水彩画を描かせたのは当然の事だろう。
疑問点があるとすれば、只一つ。そのモチーフだった。
テーマは、雪景色。
春先の麗かな陽気の中、何故雪の絵を描かなければならないのか。今頃なら写生するにしても普通、桜とか新緑の若葉だろう。
気分屋の夜霧の事だから、大した理由は無いのかも知れないけれど……。
それとも記憶力か想像力を鍛える為なのだろうか?
今日夜霧――夜原霧枝先生――は、東南から順に、と時計回りに並ばせた彼等が本来何の仕事がしたかったのかと尋ねて回れと、僕と京に命じた。
そのいずれもこの学園の卒業生――僕達の先輩だ。
同窓会を懐かしい学び舎で、と休みの日取りに合わせて数年振りにこの学園に来たそうなのだけど……そこで数人が一悶着起こしてしまったのだ。
僕と京は偶々学園内の図書館に来ていたのだけれど、夜霧の怒鳴り声で何事かと顔を出したのが運の尽き。別室に彼等を引き連れて行こうとしていた夜霧に見付かり、自分は他の卒業生達との話があるからと言う彼女は、尋問役を僕達に押し付けてしまったのだ。
それは確かに京は寮内では纏め役だし、生徒達の話を訊くのは慣れてるけど……相手は先輩方だ。
それでも解りましたと二つ返事で頷いた京を、僕は頼もしく思うべきなのか、不安に思うべきなのか……。いや、正直に言えば不安なのだが。
兎も角、僕達は諍いの余韻なのか些か剣呑な目をした男女と共に、教室に閉じ込められたのだった。
そのいずれもこの学園の卒業生――僕達の先輩だ。
同窓会を懐かしい学び舎で、と休みの日取りに合わせて数年振りにこの学園に来たそうなのだけど……そこで数人が一悶着起こしてしまったのだ。
僕と京は偶々学園内の図書館に来ていたのだけれど、夜霧の怒鳴り声で何事かと顔を出したのが運の尽き。別室に彼等を引き連れて行こうとしていた夜霧に見付かり、自分は他の卒業生達との話があるからと言う彼女は、尋問役を僕達に押し付けてしまったのだ。
それは確かに京は寮内では纏め役だし、生徒達の話を訊くのは慣れてるけど……相手は先輩方だ。
それでも解りましたと二つ返事で頷いた京を、僕は頼もしく思うべきなのか、不安に思うべきなのか……。いや、正直に言えば不安なのだが。
兎も角、僕達は諍いの余韻なのか些か剣呑な目をした男女と共に、教室に閉じ込められたのだった。
「昨日入った堤と、放送すればよかったんじゃないのか? そんなに文句言うならさ」そう言葉を投げ捨てながら、部屋から出て来たのは知多勇輝だった。珍しい事もあるもんだ、と僕は目を丸くする。
それと言うのも彼が出て来たのは放送部の部室。実は席は置いてあるらしいのだけれど、実質幽霊部員の彼が、部活に出ていたのもさる事ながら、彼があんな言い方をする事も滅多に無いからだ。
と、その彼を追って出て来た生徒を見て、僕は更に目を丸くする。
我が双子の兄、真田京だった。因みに彼は放送部ではない。
一方、出て来た二人も僕と鉢合わせして、目を瞬かせていた。
「何か、あったのかい?」成り行きで、僕はそう尋ねていた。
「お前、今日の昼の校内放送、聞いてなかったのか?」眉間に皺を刻んで言ったのは、京だった。尤も、出食わした時点で皺はあったので、きっと僕の所為ではない……多分。
「聞いてたよ」僕は答えた。「休みに備えての注意事項があるからって、京も参加してたんだよね?」
男子寮の纏め役たる京だが、そこ迄する必要があるのかなと、首を傾げながら聞いていたものだった。確かに休みに入れば、実家に帰る生徒も居るし、開放的な気分になるものだけれど。
まぁ、内容的には全てお決まりの文句だった。
休みだからと言って気を緩めるな、に始まって、小学生じゃないんだからそこ迄……といった事迄。
そう言えば今日のメインを勤めた放送部員は――あの声は勇輝だったのか。
しかし、一体何に文句をつけたんだ? 京は。
京はキャラメル――キャラクターを使ったデコメールが得意な、新聞部副部長の不破りえ――の記事を読んで苦笑を洩らした様だった。何か興味を惹く様な記事が存在したのかも。
だけど、僕の目がそれを捉えるコンマ数秒の間に、さっと天気平年比較予報のページへと捲られ、何だか隠されたみたいに感じた……。因みに天気平年予報というのは、我が校の新聞部が独自に集めた積年のデータから、今年の天気を予測したもので――まぁ、当たるも八卦、当たらぬも八卦。下駄占いと大差ない、とは京の言。
まぁ、今日の予報は晴のち曇――現在は放課後で雲一つ無い晴天だ。
それは兎も角、僕は京の読んでいた記事が気になって――いや、隠された様な気がした事が気になって、新聞を独占している兄貴を放って、隣の部屋に脚を運んだ。本当に隠したのだとしたら、尋ねても素直には教えてくれないだろう。何、別に校内新聞を購読しているのは京だけじゃない。
だけど、僕の目がそれを捉えるコンマ数秒の間に、さっと天気平年比較予報のページへと捲られ、何だか隠されたみたいに感じた……。因みに天気平年予報というのは、我が校の新聞部が独自に集めた積年のデータから、今年の天気を予測したもので――まぁ、当たるも八卦、当たらぬも八卦。下駄占いと大差ない、とは京の言。
まぁ、今日の予報は晴のち曇――現在は放課後で雲一つ無い晴天だ。
それは兎も角、僕は京の読んでいた記事が気になって――いや、隠された様な気がした事が気になって、新聞を独占している兄貴を放って、隣の部屋に脚を運んだ。本当に隠したのだとしたら、尋ねても素直には教えてくれないだろう。何、別に校内新聞を購読しているのは京だけじゃない。
今日、キャラメル――新聞部の副部長にしてキャラを使ったデコレーションメールが得意な不破りえ――は部員達に男女共同参画社会のスローガンっぽい注意をしないで済ませた。
その文章の可愛らしさから、甘く見られがちだが、彼女の記事は校内の問題から意識して置きたい社会問題迄、その内容は多岐に渡っていた。中でも、男女差別等には鋭い考察と斬り込みを、これ迄も行なってきたのだが……男子部員の中にはそこ迄大事にすべき問題ではない、あるいはもっと別の仮題がある筈だという意見もあった様だ。女子にしても、権利を主張すればそれだけ責任も付随してくる。それはちょっと面倒だと、敬遠気味の議題でもあったらしい。
その腰の重い部員達に、彼女は再三発破を掛けてきた。そして丸で追い込む様に今日発行の新聞の特集記事の予告を前号でしていたのだが――内容は一部変更されていた。それでいて、彼女は特に何も言わなかったらしい。
これ迄には無かった事だった。
その文章の可愛らしさから、甘く見られがちだが、彼女の記事は校内の問題から意識して置きたい社会問題迄、その内容は多岐に渡っていた。中でも、男女差別等には鋭い考察と斬り込みを、これ迄も行なってきたのだが……男子部員の中にはそこ迄大事にすべき問題ではない、あるいはもっと別の仮題がある筈だという意見もあった様だ。女子にしても、権利を主張すればそれだけ責任も付随してくる。それはちょっと面倒だと、敬遠気味の議題でもあったらしい。
その腰の重い部員達に、彼女は再三発破を掛けてきた。そして丸で追い込む様に今日発行の新聞の特集記事の予告を前号でしていたのだが――内容は一部変更されていた。それでいて、彼女は特に何も言わなかったらしい。
これ迄には無かった事だった。