〈2007年9月16日開設〉
これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。
尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。
絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
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今日、通称夜霧――夜原霧枝先生――は僕の兄貴をとある決意を持って寮長先生と共に訪問されたみたいだった……。
それで京は、有期での自宅療養については納得したのだろうか?
座を外していた僕が寮の部屋に戻って来て以降、全く口も利かず、僕からも話し掛け辛い雰囲気だったのだけど。
尤も、それでなくても熱に浮かされていつものとは違う種の皺を眉間に刻む双子の兄に、僕が掛けられるのはほんの気休めの言葉でしかなかったのだ。京は寧ろ近付くなと言いたげにこちらに背を向けて、ベッドに潜っている。
氷を貰って来るという口実を持って、僕は部屋を出た。
今更だけど、この学園は全寮制だ。何百、何千という生徒達が一つの空間に共同で生活している。
そんな環境で怖いのは――インフルエンザといった感染症、だった。
基本二人一部屋、それが一つ所に集まっているのだから、感染力の強いウイルスでも入り込もうものなら、爆発的に広まっても無理はない。勿論、各部屋の温度や湿度には気を配り、それらが活動し難い環境を作るよう、注意はされていたけれど。
それでも完全に、その侵入を防ぐ事は叶わなかった様だ。
所謂学校閉鎖寸前――但し、問題は此処が全寮制だという事だった。
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昨日夜霧が、実家に連絡したいなぁ、と呟いていた。
それと言うのも実家には齢九十を越えた祖父がおられ、長年自宅療養を続けてこられたそうだが、いよいよかも知れないという電話を、一昨日の夜に受けたらしい。小さい頃可愛がられたそうで、直ぐにでも会いに行きたそうだったが、実家には苦手な相手も居るらしい。
それで昨日の夜、夜霧が姪――美衣ちゃんというそうだ――と老人宅へ行った時、駐車場への案内を必要としないですと、断ったそうだ。その相手に。
夜霧が苦手とする相手。
気にならない訳がない。しかしそれとなく尋ねる心算だったのに兄貴を同行させたのは、僕のミスだろうか?
「どういう人が苦手なんですか?」今日も直球勝負だぞ、京。
流石に夜霧も苦笑して、それでも話してはくれた。
兄貴を同行させたのは、結果オーライだったかも知れない。
それと言うのも実家には齢九十を越えた祖父がおられ、長年自宅療養を続けてこられたそうだが、いよいよかも知れないという電話を、一昨日の夜に受けたらしい。小さい頃可愛がられたそうで、直ぐにでも会いに行きたそうだったが、実家には苦手な相手も居るらしい。
それで昨日の夜、夜霧が姪――美衣ちゃんというそうだ――と老人宅へ行った時、駐車場への案内を必要としないですと、断ったそうだ。その相手に。
夜霧が苦手とする相手。
気にならない訳がない。しかしそれとなく尋ねる心算だったのに兄貴を同行させたのは、僕のミスだろうか?
「どういう人が苦手なんですか?」今日も直球勝負だぞ、京。
流石に夜霧も苦笑して、それでも話してはくれた。
兄貴を同行させたのは、結果オーライだったかも知れない。
今日夜霧――夜原霧枝先生――は前日にマンションを所有するオーナーに呼び出されたみたいで……始業式早々、いつも以上に、機嫌が悪かった。
それでも時折仮名みぃちゃんの事に話が及ぶ度に愚痴が的外れになっていたのは、あの僅かな間を回想したからだろうか?
去年の夏、小さな仔猫を保護したほんの短い期間を……。
「結局ばれたんですか? 仔猫――みぃちゃんを保護していたの、今頃になって」僕は兄貴と共に愚痴に付き合わされながら、首を傾げた。「もう半年も前の事じゃないですか」
「そうなのよ。それもほんの少しの間だったって言うのに、あのオーナー……」夜霧はぼやく。いけない、ぼやきスイッチを入れてしまった様だ。「普段はこっちに居ないもので、正月に戻って来たら以前の苦情が残されていたからって……もう猫は居ないってのに!」そう言った夜霧の横顔は、ちょっと寂しそうだった。
「苦情って、ご近所の人とトラブルでも?」
「一度だけね、出掛けに……ほら、マンションなんて締め切ってればそうそう音は洩れないんだけど、やっぱりドアを開けてるとね……隣のおばさんが猫の声を聞いたって。このマンションはペット禁止じゃないのかって噛み付いたらしいのよ。まぁ、オーナーの奥さんは大人しい人だし、一度だけ確認に来たけど、誤魔化したし」
大人しい奥さんか……きっと夜霧には強く出られなかったんだろうな。気の毒に。僕と京はそっと、そんな視線を交わした。しかし、誤魔化していいのか、先生。
「けど、旦那の方はそうも行かなくてね……」夜霧は溜め息をついた。
それでも時折仮名みぃちゃんの事に話が及ぶ度に愚痴が的外れになっていたのは、あの僅かな間を回想したからだろうか?
去年の夏、小さな仔猫を保護したほんの短い期間を……。
「結局ばれたんですか? 仔猫――みぃちゃんを保護していたの、今頃になって」僕は兄貴と共に愚痴に付き合わされながら、首を傾げた。「もう半年も前の事じゃないですか」
「そうなのよ。それもほんの少しの間だったって言うのに、あのオーナー……」夜霧はぼやく。いけない、ぼやきスイッチを入れてしまった様だ。「普段はこっちに居ないもので、正月に戻って来たら以前の苦情が残されていたからって……もう猫は居ないってのに!」そう言った夜霧の横顔は、ちょっと寂しそうだった。
「苦情って、ご近所の人とトラブルでも?」
「一度だけね、出掛けに……ほら、マンションなんて締め切ってればそうそう音は洩れないんだけど、やっぱりドアを開けてるとね……隣のおばさんが猫の声を聞いたって。このマンションはペット禁止じゃないのかって噛み付いたらしいのよ。まぁ、オーナーの奥さんは大人しい人だし、一度だけ確認に来たけど、誤魔化したし」
大人しい奥さんか……きっと夜霧には強く出られなかったんだろうな。気の毒に。僕と京はそっと、そんな視線を交わした。しかし、誤魔化していいのか、先生。
「けど、旦那の方はそうも行かなくてね……」夜霧は溜め息をついた。
今日散々催促を繰り返していたものの寮生の部屋の片隅に積み上げられていた本が、やっと返却された。お陰で今頃になって寮内の図書室の整理に大忙しだ。
冬休みで帰省組が多く、手が足りないからと僕や京迄借り出されたのだ。書庫の大掃除も兼ねているのかも知れない。
でも、こうしていると、頭をよぎるのは勇輝や栗栖といった、僕達の周りの人間達とか、彼等に関したちょっとした日常の事件の回想……。
そう言えば猫の里親探しをしていた後輩達の偽アリバイに使ったのも、書庫の整理だったな。実際には僕と栗栖がやったんだけど。おっと、これは京には内緒なんだ。
冬休みで帰省組が多く、手が足りないからと僕や京迄借り出されたのだ。書庫の大掃除も兼ねているのかも知れない。
でも、こうしていると、頭をよぎるのは勇輝や栗栖といった、僕達の周りの人間達とか、彼等に関したちょっとした日常の事件の回想……。
そう言えば猫の里親探しをしていた後輩達の偽アリバイに使ったのも、書庫の整理だったな。実際には僕と栗栖がやったんだけど。おっと、これは京には内緒なんだ。
夜霧は、いつかの子猫の事は他の先生達には連絡しなかった筈じゃなかっただろうか?
もういつ頃だったのか、僕達の担任の夜霧――夜原霧枝先生――が無断で遅刻して迄、校内で保護した真っ白な子猫。マンション暮らしで飼えない夜霧に替わり、後輩達の手も借りて里親を探し、無事に引き渡した。
でもその一連の事柄は、気分屋でプライドの高い夜霧は他の先生達には話していない筈だった。照れ臭かったのかも知れない。
ところが最近になって、その時の話が先生方の間に広まったらしい気配があると言う。
もういつ頃だったのか、僕達の担任の夜霧――夜原霧枝先生――が無断で遅刻して迄、校内で保護した真っ白な子猫。マンション暮らしで飼えない夜霧に替わり、後輩達の手も借りて里親を探し、無事に引き渡した。
でもその一連の事柄は、気分屋でプライドの高い夜霧は他の先生達には話していない筈だった。照れ臭かったのかも知れない。
ところが最近になって、その時の話が先生方の間に広まったらしい気配があると言う。
昨日は勇輝はキャンバスがどんな色で埋まるのを想像すればよかったんだろう?
夜霧の美術の時間、彼は筆が止まった儘、じっと白いキャンバスを見据えていた。仮題は自由。想像の儘に描いてみなさい、と夜霧は言ったのだ。僕は元よりそんな想像力も技術も無いから、その辺にある彫像をアレンジして描いて誤魔化したけど。
勇輝は妙に真剣に、何かを描こうとしていた……様に見えた。
けれど結局筆は進まず、宿題を言い渡された彼は珍しく、どこか沈んでいた。でも、それは宿題の所為と言うよりも、描きたいものを描き出せない苛立ちの様にも見えた。
夜霧の美術の時間、彼は筆が止まった儘、じっと白いキャンバスを見据えていた。仮題は自由。想像の儘に描いてみなさい、と夜霧は言ったのだ。僕は元よりそんな想像力も技術も無いから、その辺にある彫像をアレンジして描いて誤魔化したけど。
勇輝は妙に真剣に、何かを描こうとしていた……様に見えた。
けれど結局筆は進まず、宿題を言い渡された彼は珍しく、どこか沈んでいた。でも、それは宿題の所為と言うよりも、描きたいものを描き出せない苛立ちの様にも見えた。
今日夜霧――夜原霧枝先生――は、矢鱈と溜め息をついていた。人目に付く事を厭うていない辺り、何か、誰かに話したかったのかも知れない。
ちょっと気にはなったけれど、気分屋の夜霧の事、下手に詮索して気分を害したら、他のクラスメートに迄とばっちりが行く可能性もあるからと、僕はだんまりを決め込んでいた。
と、僕が飲み込んだ言葉をあっさりと吐いた奴が約一名。
「どうかしたんですか? 何か気になる事でも?」
誰だと見遣る迄もなく、その、僕によく似た声で出所は知れていた。
僕の双子の兄、真田京だ。
いや、そもそも京でしかあり得なかったのだ。他の生徒が僕と同じ様に夜霧の顔色を窺っている只中で、はっきりと口に出来るのは。
本当にマイペースと言うか、我が道を行くと言うか……もしくは鈍感なのか。
夜霧といい勝負だ。
その夜霧はと言うと、京の言葉に「大した事じゃないんだけど……」と前置きしつつも――話し相手を見付けて妙に嬉しそうに見えた。
僕は聞くともなしに、二人の会話を聞いていた。
ちょっと気にはなったけれど、気分屋の夜霧の事、下手に詮索して気分を害したら、他のクラスメートに迄とばっちりが行く可能性もあるからと、僕はだんまりを決め込んでいた。
と、僕が飲み込んだ言葉をあっさりと吐いた奴が約一名。
「どうかしたんですか? 何か気になる事でも?」
誰だと見遣る迄もなく、その、僕によく似た声で出所は知れていた。
僕の双子の兄、真田京だ。
いや、そもそも京でしかあり得なかったのだ。他の生徒が僕と同じ様に夜霧の顔色を窺っている只中で、はっきりと口に出来るのは。
本当にマイペースと言うか、我が道を行くと言うか……もしくは鈍感なのか。
夜霧といい勝負だ。
その夜霧はと言うと、京の言葉に「大した事じゃないんだけど……」と前置きしつつも――話し相手を見付けて妙に嬉しそうに見えた。
僕は聞くともなしに、二人の会話を聞いていた。