〈2007年9月16日開設〉
これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。
尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。
絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
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やっぱり人の居ない所はいい――新緑の装いに彩られた木々を見上げて、銀華は大きく深呼吸した。
人里離れた山の麓に結んだ小さな庵。そこが今の彼女の住処だった。
白い肌に白と言うよりは銀の長い髪。
この他者とは違った姿と、幾ばくかの力の為に幼い頃より、人からは奇異の目で見られ続けてきた彼女には、人の居ない環境は寧ろ、安堵出来るものだった。
これでも、人嫌いは改善されてはきたのだ――野に生えた一本の黒百合に目を止めて、彼女は苦笑した。そうでなければ、全く人の居ない世界を望んだかも知れない……。
見る者に更に彼女の色合いを印象付けるかの様な白い着物の袖で降り注ぐ陽を覆い、彼女はかつて会った人を思い出した。
彼女とは対照的な、黒い髪に黒い目、そして黒い着物を纏った人。会った当時は未だ少年だったが、先日再会した彼は立派な青年に成長していた。彼女よりは一つか二つ、年下の様だった。
そして、彼女以上の力を持っていた。
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雪に刻まれた荷車のものらしき轍を頼りに、青年は道を歩いていた。
辺りは一面の白銀。
黒髪、黒い着物、黒い連れ――そんな彼の黒尽くめの姿をも覆い隠そうとするかの様な、圧倒的な雪。それは未だ降り続いており、急がなければ轍さえも消え去りそうだった。
懐に入れた黒猫、白陽を気遣いつつ、至遠は白い息を吐いた。
「真逆この雪の深さ迄、この国特有の現象じゃないだろうな?」苦笑も漏れる。
人々の深い思い――時には思い込みの域に迄達する――が現象にも影響する。それがこの国特有の事情の一つだった。それでも、これ程の規模となると、必要となるのは余程の人数か、余程の強い想いか……。
轍が雪に掻き消されるより僅かに前に、至遠は一つの村に辿り着いた。
辺りは一面の白銀。
黒髪、黒い着物、黒い連れ――そんな彼の黒尽くめの姿をも覆い隠そうとするかの様な、圧倒的な雪。それは未だ降り続いており、急がなければ轍さえも消え去りそうだった。
懐に入れた黒猫、白陽を気遣いつつ、至遠は白い息を吐いた。
「真逆この雪の深さ迄、この国特有の現象じゃないだろうな?」苦笑も漏れる。
人々の深い思い――時には思い込みの域に迄達する――が現象にも影響する。それがこの国特有の事情の一つだった。それでも、これ程の規模となると、必要となるのは余程の人数か、余程の強い想いか……。
轍が雪に掻き消されるより僅かに前に、至遠は一つの村に辿り着いた。
「守り神は信じられているからこそ、その力を発現出来る――そう聞いた事はありませんか?」そう尋ねたのは、黒い髪に黒い目、黒い着物の青年だった。ご丁寧に連れている猫迄真っ黒だ。
「はあ……。呪い事は全く解りませんです」頼りない答えを返したのは一夜の宿の主、康尚だった。宿を営んでいる訳ではなく、只、村外れに佇んでいたこの黒尽くめの青年に声を掛けたのが事の切っ掛けだった。どうせこの小さな村に宿など無い。狭い家だが一晩位は、との言葉に、青年は有難い、と頭を垂れたのだった。
そして質素な夕餉を終え、旅の話やこの辺りの話など、つらつらと話していた所で、先の台詞が出たのだった。
「はあ……。呪い事は全く解りませんです」頼りない答えを返したのは一夜の宿の主、康尚だった。宿を営んでいる訳ではなく、只、村外れに佇んでいたこの黒尽くめの青年に声を掛けたのが事の切っ掛けだった。どうせこの小さな村に宿など無い。狭い家だが一晩位は、との言葉に、青年は有難い、と頭を垂れたのだった。
そして質素な夕餉を終え、旅の話やこの辺りの話など、つらつらと話していた所で、先の台詞が出たのだった。
嫌だ、来るな――薄い寝具に潜った儘、俊敬はうわ言の様にそう繰り返していた。
その脳裏には幾度も幾度も、同じ唄が去来している。
一夜転んで
二夜寝付き
三夜御使い来し出でて
四夜死を告げ
五夜にいつかと訊いたなら
六夜黙して
七夜にもがりの夜が来る
この村に昔から伝わる童唄だった。そして一部からは、呪唄、とも呼ばれていた。
それはこの村の社に繋がる一筋の急な坂に伝わる言い伝えに基づいていた。
その坂で転んだ者は時を置かずして、死ぬ、と。
俊敬が迂闊にも転んでしまったのが一昨日、そして怪我そのものは大した事もないにも拘らず、彼は布団にしがみ付き……そして三日目の今宵、その戸を叩いたのは肩に黒猫を乗せた黒尽くめの男だった。
その脳裏には幾度も幾度も、同じ唄が去来している。
一夜転んで
二夜寝付き
三夜御使い来し出でて
四夜死を告げ
五夜にいつかと訊いたなら
六夜黙して
七夜にもがりの夜が来る
この村に昔から伝わる童唄だった。そして一部からは、呪唄、とも呼ばれていた。
それはこの村の社に繋がる一筋の急な坂に伝わる言い伝えに基づいていた。
その坂で転んだ者は時を置かずして、死ぬ、と。
俊敬が迂闊にも転んでしまったのが一昨日、そして怪我そのものは大した事もないにも拘らず、彼は布団にしがみ付き……そして三日目の今宵、その戸を叩いたのは肩に黒猫を乗せた黒尽くめの男だった。
雲に霞んだ夜空に浮かぶ満月は、黄色い盆の様だった。
そして連れの目にも似ている、と黒髪に黒目、黒い着物を纏った青年、至遠は思った。その膝では件の連れ、黒猫の白陽が丸くなり、心地よさげにその目を閉じていた。
村外れのあばら家の縁側。月明かりが照らす狭い裏庭を眺めながら、彼はこの家の主を待っていた。
「満月の夜に出歩くものじゃあないよ」一刻程前、一夜の宿となる空き家を探そうとしていた至遠に、そう声を掛けてきたのは一人の老婆だった。齢幾つになるものか、腰は曲がり膝は出て、衣から覗く手は黒く節くれ立ち、顔はやはり黒く皺に覆われていた。
「満月の夜……何か危険でも?」立ち止まり、至遠は尋ねた。
「……鬼婆が出て人を獲る……と言われているよ。この辺りの言い伝えだがね。だからこの付近の村では満月の夜は先ず出歩かないし、訪問者が身内を名乗ったとしても戸を開けない。化かされると思ってるんだよ」
そう言って笑った老婆は、鬼婆もかくやという面相だったが、至遠は興味深そうに老婆に視線を合わせた。
「それは困りました。こんな流れ者ではそれこそ戸など開けては貰えないでしょうね」
「お困りの様ならうちに来るかね? この辺りの空き家は皆夏の台風で屋根をやられてる――この分じゃ、夜半から雨だよ、きっと」空を見上げ、僅かに鼻をひくつかせて老婆は言った。
そうして今、粗末ながらも夕飯を終え、至遠は老婆の家の縁側に座しているのだった。
そして連れの目にも似ている、と黒髪に黒目、黒い着物を纏った青年、至遠は思った。その膝では件の連れ、黒猫の白陽が丸くなり、心地よさげにその目を閉じていた。
村外れのあばら家の縁側。月明かりが照らす狭い裏庭を眺めながら、彼はこの家の主を待っていた。
「満月の夜に出歩くものじゃあないよ」一刻程前、一夜の宿となる空き家を探そうとしていた至遠に、そう声を掛けてきたのは一人の老婆だった。齢幾つになるものか、腰は曲がり膝は出て、衣から覗く手は黒く節くれ立ち、顔はやはり黒く皺に覆われていた。
「満月の夜……何か危険でも?」立ち止まり、至遠は尋ねた。
「……鬼婆が出て人を獲る……と言われているよ。この辺りの言い伝えだがね。だからこの付近の村では満月の夜は先ず出歩かないし、訪問者が身内を名乗ったとしても戸を開けない。化かされると思ってるんだよ」
そう言って笑った老婆は、鬼婆もかくやという面相だったが、至遠は興味深そうに老婆に視線を合わせた。
「それは困りました。こんな流れ者ではそれこそ戸など開けては貰えないでしょうね」
「お困りの様ならうちに来るかね? この辺りの空き家は皆夏の台風で屋根をやられてる――この分じゃ、夜半から雨だよ、きっと」空を見上げ、僅かに鼻をひくつかせて老婆は言った。
そうして今、粗末ながらも夕飯を終え、至遠は老婆の家の縁側に座しているのだった。
ひらひらと言うよりもよたよたと飛んでいる様に見えるのは、季節とこの冷たい風の所為だろうか――晩秋の花々の間を舞う一匹の蝶に目を止めて、至遠は思った。
仲間に取り残されたのか、これから冬篭りの心算だったのか、そんな種類による習性迄は判らなかったが、秋の風の中の蝶は、どこか寂しさを感じさせた。
低空を飛ぶそれにじゃれ付こうとする黒猫の白陽を、そっと押し留める。夏の間は黒猫のいい遊び相手位にしか思わないのだが。
何とはなしに、そっとして置いてやりたかった。
「行くよ。白陽」黒猫を抱き上げ、秋の草花の茂る草原を離れ、名残りの様な冷たい風を抜けて、街道へと戻る。
そして暫し歩いては額の汗を拭う。
暑い――初秋の日差しは時に夏をも思わせる。黒髪、黒い着物の彼には尚更日差しが集中する様だった。
「もう少し涼んで来たかったかな」至遠は苦笑した。
季節に惑った胡蝶の最期の記憶――それが造り出した幽かな空間の隙間で。
―了―
短い(笑)
眠さと文の長さは反比例します☆
仲間に取り残されたのか、これから冬篭りの心算だったのか、そんな種類による習性迄は判らなかったが、秋の風の中の蝶は、どこか寂しさを感じさせた。
低空を飛ぶそれにじゃれ付こうとする黒猫の白陽を、そっと押し留める。夏の間は黒猫のいい遊び相手位にしか思わないのだが。
何とはなしに、そっとして置いてやりたかった。
「行くよ。白陽」黒猫を抱き上げ、秋の草花の茂る草原を離れ、名残りの様な冷たい風を抜けて、街道へと戻る。
そして暫し歩いては額の汗を拭う。
暑い――初秋の日差しは時に夏をも思わせる。黒髪、黒い着物の彼には尚更日差しが集中する様だった。
「もう少し涼んで来たかったかな」至遠は苦笑した。
季節に惑った胡蝶の最期の記憶――それが造り出した幽かな空間の隙間で。
―了―
短い(笑)
眠さと文の長さは反比例します☆
黒い顔に大きな口を赤く広げ、白陽は欠伸をした。猫であるから当然口元を押さえるなどという作法も知らず、次いで全身で盛大に伸びをする。
いつもなら微笑ましいその様なのだが、今ばかりはと、至遠は緊張した。その至遠も、先程から湧き上がる眠気を噛み殺している。
どうやら目的地が近いらしい、と彼は歩を早めた。
近付けば近付く程、眠気は弥増してくるのだが、此処で二の足を踏んでもいずれ飲まれるのは同じ事。ならば意識の飛ばぬ内に、と。これからでは村に着くのは夜明け前になるが、それも仕方あるまい。
いつもなら微笑ましいその様なのだが、今ばかりはと、至遠は緊張した。その至遠も、先程から湧き上がる眠気を噛み殺している。
どうやら目的地が近いらしい、と彼は歩を早めた。
近付けば近付く程、眠気は弥増してくるのだが、此処で二の足を踏んでもいずれ飲まれるのは同じ事。ならば意識の飛ばぬ内に、と。これからでは村に着くのは夜明け前になるが、それも仕方あるまい。