〈2007年9月16日開設〉
これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。
尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。
絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
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日差しに瞳孔を細めながら、黒猫白陽は塀の上を歩いて行った。
白い土壁に瓦の乗った、地方としては立派な造りの塀はぐるりと連なり延びて、玉砂利の敷かれた広い庭を囲っている。この地方の領主か豪商か、いずれにせよ相応の地位と財力を持った者の邸だろう。濡れ縁の奥の障子は開け放たれ、風が邸内にからりとした空気を運んでいる。
その障子のほぼ正面、塀の間際に一本の木。青々とした葉を茂らせ、日差しに熱せられた瓦の上に濃い影を落としていた。肉球に伝わる熱さにやや辟易していた白陽は足取り軽くそこを目指した。
が、寸前、はたと立ち止まる。
耳が前を向き、横を向き、また前へと忙しく動いて周囲を探る。ひげの動きも遽しい。
取り敢えず危険は無いと判断しながらも、尚鼻をひくつかせながら白陽は日陰に足を踏み入れた。瓦がひんやりと、心地よかった。
と、そこにも黒猫が一匹――但し既にこの世のものではないと察したのは、生来の勘なのか連れの人間の影響か。
しかし同時に悪いものではないとも見抜き、白陽は黒猫に鼻を突き付けた。一瞬、瞳孔を縮小させつつも、この世ならぬ黒猫も、鼻を合わせてくる。死んでも、同胞との挨拶は忘れていないらしい。白陽よりは二回り程も大きい、尻尾の短い雌猫だった。
二匹は暫し寄り添い、鳴き交わした。涼やかな木陰に、葉擦れの音と白陽の鳴き声が静かに響く。
その声に誘われる様に、濡れ縁の奥から畳を踏む微かな足音――現れたのは白陽よりも小さな仔猫が三匹。黒、灰、茶と毛色は様々だが、面差しにはいずれも傍らの黒猫の残り香。そして共通して短い尻尾。彼女の子供達だと、容易に察せられた。
仔猫達には母の姿は見えているのかいないのか、濡れ縁でじゃれ合いを始める。丸で元気な姿を見せようとしているかの様に、飛び付き、縺れ合い、勢い余って畳に転がり……。その輝く目と、しなやかに丈夫そうに伸びた四肢、仔猫特有のぽっこりとしたお腹は極めて健康に育っている事を示していた。
傍らの母猫が目を細める。
この仔猫達を見守る為に、彼女は此処に留まっていたのだと白陽は悟った。
白陽自身は生まれてから程なく母猫からも引き離され、その温もりも微かにしか覚えていない。思わず、仔猫の様な甘い声が漏れた。
ぺろりと、頬を舐められた――感触があった。
隣を見ると、どこか微笑む様な表情を残して、黒猫が姿を消す所だった。
丸で夢から醒めた様に、白陽は周囲を見回し――仔猫達に向かって一声鳴くと、散歩を終えて連れの元へと戻るべく、再び塀を巡り出した。
この塀の上に、またあの黒猫は現れるのだろう。恐らくは仔猫達が育つ迄。安心して残して行けると彼女が感じる迄。
連れは恐らく明日にはこの街を発つだろう。そう思うと一旦足が止まり、木陰を振り返りそうになった白陽だったが――ひげを揺らしただけでまた歩き出した。
今の自分には連れの肩の上が居心地が好い、と。
―了―
何と無く書きたくなっただけ(苦笑)
落ちも捻りも無くて済みません(汗)
白い土壁に瓦の乗った、地方としては立派な造りの塀はぐるりと連なり延びて、玉砂利の敷かれた広い庭を囲っている。この地方の領主か豪商か、いずれにせよ相応の地位と財力を持った者の邸だろう。濡れ縁の奥の障子は開け放たれ、風が邸内にからりとした空気を運んでいる。
その障子のほぼ正面、塀の間際に一本の木。青々とした葉を茂らせ、日差しに熱せられた瓦の上に濃い影を落としていた。肉球に伝わる熱さにやや辟易していた白陽は足取り軽くそこを目指した。
が、寸前、はたと立ち止まる。
耳が前を向き、横を向き、また前へと忙しく動いて周囲を探る。ひげの動きも遽しい。
取り敢えず危険は無いと判断しながらも、尚鼻をひくつかせながら白陽は日陰に足を踏み入れた。瓦がひんやりと、心地よかった。
と、そこにも黒猫が一匹――但し既にこの世のものではないと察したのは、生来の勘なのか連れの人間の影響か。
しかし同時に悪いものではないとも見抜き、白陽は黒猫に鼻を突き付けた。一瞬、瞳孔を縮小させつつも、この世ならぬ黒猫も、鼻を合わせてくる。死んでも、同胞との挨拶は忘れていないらしい。白陽よりは二回り程も大きい、尻尾の短い雌猫だった。
二匹は暫し寄り添い、鳴き交わした。涼やかな木陰に、葉擦れの音と白陽の鳴き声が静かに響く。
その声に誘われる様に、濡れ縁の奥から畳を踏む微かな足音――現れたのは白陽よりも小さな仔猫が三匹。黒、灰、茶と毛色は様々だが、面差しにはいずれも傍らの黒猫の残り香。そして共通して短い尻尾。彼女の子供達だと、容易に察せられた。
仔猫達には母の姿は見えているのかいないのか、濡れ縁でじゃれ合いを始める。丸で元気な姿を見せようとしているかの様に、飛び付き、縺れ合い、勢い余って畳に転がり……。その輝く目と、しなやかに丈夫そうに伸びた四肢、仔猫特有のぽっこりとしたお腹は極めて健康に育っている事を示していた。
傍らの母猫が目を細める。
この仔猫達を見守る為に、彼女は此処に留まっていたのだと白陽は悟った。
白陽自身は生まれてから程なく母猫からも引き離され、その温もりも微かにしか覚えていない。思わず、仔猫の様な甘い声が漏れた。
ぺろりと、頬を舐められた――感触があった。
隣を見ると、どこか微笑む様な表情を残して、黒猫が姿を消す所だった。
丸で夢から醒めた様に、白陽は周囲を見回し――仔猫達に向かって一声鳴くと、散歩を終えて連れの元へと戻るべく、再び塀を巡り出した。
この塀の上に、またあの黒猫は現れるのだろう。恐らくは仔猫達が育つ迄。安心して残して行けると彼女が感じる迄。
連れは恐らく明日にはこの街を発つだろう。そう思うと一旦足が止まり、木陰を振り返りそうになった白陽だったが――ひげを揺らしただけでまた歩き出した。
今の自分には連れの肩の上が居心地が好い、と。
―了―
何と無く書きたくなっただけ(苦笑)
落ちも捻りも無くて済みません(汗)
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闇中に金色の目が浮かんでいた。
こういう時に黒猫というのは尚妖しいものだな、などと、自らも黒い着物に身を包みながら、黒髪、黒い目の青年は苦笑した。手には小型の提灯。その仄かで頼りない明かりに、足元が危うく浮かび上がる。
「白陽、幾らお前の目でも、これより先は難儀するだろう。少し歩調を緩めないか?」突き出た柱を避けながら、至遠は前を行く黒猫に声を掛けた。
その言葉が解ったかの様に、黒猫白陽は足音もなく戻って来る。とととっ、と身軽に至遠の背を駆け上がり、その肩に陣取る。
冬に拾った子猫はすっかり重くなっていたが、至遠は気にせず、額を擦り付けてじゃれる黒猫を撫でた。
周囲は無明に近い闇。時折何処からか水滴が水溜まりに落ちる音が響き、それが反響しては方向感覚を狂わせる。空気は徐々に冷たく滞る様になり、闇も厚みを増していった。
やはりこんな鍾乳洞に、本当に幽鬼にかどわかされた子供など居る訳がない――流石に至遠がそう思い始めた頃、奥と思われる方角から声が洩れ聞こえてきた。
こういう時に黒猫というのは尚妖しいものだな、などと、自らも黒い着物に身を包みながら、黒髪、黒い目の青年は苦笑した。手には小型の提灯。その仄かで頼りない明かりに、足元が危うく浮かび上がる。
「白陽、幾らお前の目でも、これより先は難儀するだろう。少し歩調を緩めないか?」突き出た柱を避けながら、至遠は前を行く黒猫に声を掛けた。
その言葉が解ったかの様に、黒猫白陽は足音もなく戻って来る。とととっ、と身軽に至遠の背を駆け上がり、その肩に陣取る。
冬に拾った子猫はすっかり重くなっていたが、至遠は気にせず、額を擦り付けてじゃれる黒猫を撫でた。
周囲は無明に近い闇。時折何処からか水滴が水溜まりに落ちる音が響き、それが反響しては方向感覚を狂わせる。空気は徐々に冷たく滞る様になり、闇も厚みを増していった。
やはりこんな鍾乳洞に、本当に幽鬼にかどわかされた子供など居る訳がない――流石に至遠がそう思い始めた頃、奥と思われる方角から声が洩れ聞こえてきた。
降り止まぬ雨に、小さな黒猫は退屈そうな欠伸を洩らした。
一夜の宿としている破(や)れ寺は、ここ数日の雨の影響以上の湿気を帯びている。何しろ放置されて数年、全く手入れがされていた様子もない。天気が良ければ日向ぼっこにも向くだろう濡れ縁も、所々板が抜け、子猫でさえ歩こうとしない。
「白陽、寒くないか?」辛うじて使える囲炉裏に火を熾(おこ)し、黒髪、黒い目、黒い着物の青年は黒猫を呼んだ。「こっちへおいで」
言葉が解ったものか、黒猫はととと……っと、駆けて行く。火からは適度な距離を取りつつも、青年の傍らで丸くなる。此処に辿り着く迄に濡れてしまった体毛を、火の暖かさも借りて毛繕い。
そんな連れの様に微笑しながら、青年は村人から聞いた話を思い出していた。
曰く、この破れ寺には悪霊が棲む、と。
一夜の宿としている破(や)れ寺は、ここ数日の雨の影響以上の湿気を帯びている。何しろ放置されて数年、全く手入れがされていた様子もない。天気が良ければ日向ぼっこにも向くだろう濡れ縁も、所々板が抜け、子猫でさえ歩こうとしない。
「白陽、寒くないか?」辛うじて使える囲炉裏に火を熾(おこ)し、黒髪、黒い目、黒い着物の青年は黒猫を呼んだ。「こっちへおいで」
言葉が解ったものか、黒猫はととと……っと、駆けて行く。火からは適度な距離を取りつつも、青年の傍らで丸くなる。此処に辿り着く迄に濡れてしまった体毛を、火の暖かさも借りて毛繕い。
そんな連れの様に微笑しながら、青年は村人から聞いた話を思い出していた。
曰く、この破れ寺には悪霊が棲む、と。
今日も夜霧は地層の様に重なり、周囲は白に満たされた。
でも、夜霧は幽鬼となると先生へと対面した様だ――そう告げたのは今宵幽鬼と遭遇し、その儘魂を抜かれた様に意識不明に陥ったという術師の、たった一人の弟子だった。
「貴方は一緒に行かなかったの?」尋ねたのは十四、五歳の少女。その口調は詰問と呼ぶには優しかったが、吊り気味の目の所為か些か、尖った雰囲気に見える。背後にはこの小さな街の役人が一人、表情を消して控えていた。
「先生はお一人で行かれました。私では未だ足手纏いにしかなりませんから……」
「その足手纏いになるかも知れない貴方が、跡を追ったのはどの位後?」
「……一刻程も経ってからでしょうか」流石に些か気分を害した様子ながら、彼は答えた。「先生のお帰りが余りに遅いので、もしもの事でもあったのではと、そちらのお役人様と一緒に」少女の背後の役人を目で示す。
「それで二人で行ってみたら、術師の先生が倒れていた、という事なのね?」言って、少女――琳璃は二人を見比べた。
でも、夜霧は幽鬼となると先生へと対面した様だ――そう告げたのは今宵幽鬼と遭遇し、その儘魂を抜かれた様に意識不明に陥ったという術師の、たった一人の弟子だった。
「貴方は一緒に行かなかったの?」尋ねたのは十四、五歳の少女。その口調は詰問と呼ぶには優しかったが、吊り気味の目の所為か些か、尖った雰囲気に見える。背後にはこの小さな街の役人が一人、表情を消して控えていた。
「先生はお一人で行かれました。私では未だ足手纏いにしかなりませんから……」
「その足手纏いになるかも知れない貴方が、跡を追ったのはどの位後?」
「……一刻程も経ってからでしょうか」流石に些か気分を害した様子ながら、彼は答えた。「先生のお帰りが余りに遅いので、もしもの事でもあったのではと、そちらのお役人様と一緒に」少女の背後の役人を目で示す。
「それで二人で行ってみたら、術師の先生が倒れていた、という事なのね?」言って、少女――琳璃は二人を見比べた。
左肩に乗っていた小さな黒猫が、器用に身を丸めて右肩に移った。
それに微苦笑する黒髪、黒い目、黒い着物の青年の左側には、狭くなった街道の端、崖が川へと落ち込んでいた。大きな岩の点在する、未だ荒い上流の川。滑らかに水が流れ、岩を洗っている。未だ青い苔が、岩を彩り始めていた。
上空を覆う木々の枝葉が、濃い陰を落とし、辺り一面の緑を際立たせている。
緑の空間の中の黒い点――遠くから見れば彼と黒猫はそう見えただろう。
川の深みにさえ、藻だろうか、点々と白く慎ましい花をつけた、緑のたゆたい。
それが僅かに水の流れに逆らう動きを、見せた。
これだから地方は嫌なのよ――目の前の様相を見て取って、琳璃は固く、拳を握り締めた。都の目が届かないからと、こんな邪法を扱っているなんて!
彼女が見下ろす地面には、痩せ衰えた、犬の首が生えていた。
それは弱々しく、しかし人間への恨みに満ちた目で彼女を見上げ、低く、唸った。
この分では地中に埋められた身体の方も、痩せ衰えている事だろう。掘り返してやって、果たして回復するかどうか――琳璃は迷った。
取り敢えず周囲にこれ見よがしに転がされた食料を犬の口の届く場所に置いてみるが……警戒の為なのか、もうその力も無いのか、犬はそれに口を付けなかった。
琳璃は頭を振って、せめて仇なりと打ってやろうと、いずれ来る大馬鹿者を待つ為、近くの潅木の陰に身を隠した。
「今日、山奥の風穴を通る風が同調する筈だったみたいです」そう言って峻風(しゅんふう)は遠くそびえる急峻な岩山を振り仰いだ。「でも、何故だか風の流れが変わった様だと……。どうしたのでしょう?」
件の山深くには岩が長い年月の間に複雑な地形を作り、更にはそこを渡る風がその岩にぶつかり、風穴を通り、更に風同士がぶつかりと、複雑極まる流れを生じ、時折奇怪な音を立てるのだった。
それがこの時期、特定方向からの季節風の影響か、風はぶつかり合いながらも同調し、一つの洞穴を抜けて強力な流れとなり、山の上へと吹き出す。その際の音は一際高く、澄んでいるのだと言う。
麓の村ではそれを「御霊(みたま)送りの風」と呼んでいて、一年の間に新たに出た死者の御霊がそれに乗って、天に上がって行くのだと、伝えられていた。
ところがこの日、そろそろかと思われていた風は天に昇らず、いつもよりも不気味な音が鳴り響くばかりだった。
件の山深くには岩が長い年月の間に複雑な地形を作り、更にはそこを渡る風がその岩にぶつかり、風穴を通り、更に風同士がぶつかりと、複雑極まる流れを生じ、時折奇怪な音を立てるのだった。
それがこの時期、特定方向からの季節風の影響か、風はぶつかり合いながらも同調し、一つの洞穴を抜けて強力な流れとなり、山の上へと吹き出す。その際の音は一際高く、澄んでいるのだと言う。
麓の村ではそれを「御霊(みたま)送りの風」と呼んでいて、一年の間に新たに出た死者の御霊がそれに乗って、天に上がって行くのだと、伝えられていた。
ところがこの日、そろそろかと思われていた風は天に昇らず、いつもよりも不気味な音が鳴り響くばかりだった。