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〈2007年9月16日開設〉 これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。 尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。 絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
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〈お盆だって言うのに、帰れないのかい?〉
 電話の向こうの母の声に、しおりは軽く溜息をついて、再度口を開いた。
「解ってるわ。でも、帰れないの。ごめんなさい。その……色々と都合が付かなくて。船とか」
〈船賃が足りないのかい? それなら送ってあげるよ〉
「ううん、そうじゃなくて、その……便そのものが少なくて、席を取れなかったのよ。そっちには実質的に船でしか帰れないし……。だから、今回はごめん」
〈どうしても駄目かい……。去年のお葬式以来だって言うのに〉電話口で重い溜息をつく気配。〈きっと帰って来るだろうと思って、楽しみにしてたのにねぇ。お盆と言えばご先祖様だって帰ってみえると言うじゃないか。だからきっとお前だって……〉母の声に、湿っぽいものが混じり出した。
「本当、ごめんね。その内、顔見せに帰るから。じゃ、またね」栞は半ば強引に、電話を終わらせた。

 やれやれ、と栞は天を仰ぐ。
 徐々に、電話口の向こうの母は、涙脆くなっていく様だった。それだけ、離れてから月日が経ったという事なのかも知れない。
 それにしても、ご先祖様と同列に考えられても困る。
 とは言え、母の寂しそうな声を聞くのはやはり心苦しかった。
 実際、船がどうこうなんて、嘘だ。彼女の実家、船でなければ通えない離島への便なんて、少々申し込みが遅くなったからと言ってチケットが取れない程、混みはしない。
 それは確かに、こんな日位、帰るべきなのだろうけど――栞は部屋の片隅を見遣った。
「私が帰ったら付いて来ちゃうよねぇ、お祖母ちゃんも」ぼんやりとした姿に、溜息を一つ。
 生前も決して仲がよくはなかったけれど……昨年葬式を終え、今年が初盆だと言うのに、実家ではなく孫娘の所へ来る程に母を嫌う祖母を、連れて帰っていいものかどうか、栞は悩むのだった。

                      ―了―
 ばーちゃん、ちゃんと家帰れやー(--;)

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「何度言ったら解ってくれるんですか! 私は犯人なんかじゃありません!」
「なら、どうして、敢えて公表していない、犯人しか知り得ない事を知っているんだ?」
「で、ですから私は超能力で透視して……。刑事さん、番組見てたんでしょう? 先月起きた老婆殺人事件の犯行を透視するっていう企画。犯人の手掛かりが浮かんで来ないって言うから、こっちは協力しようとしてるんじゃないですか」
「ほほう……。詐欺の前科を持ち、一時は怪しい宗教団体の広告塔を勤めていた『三流マジシャン』のあんたがねぇ?」
 刑事の言い様に、男はぐっと言葉に詰まる。
 過去、霊能力だの奇跡の力だのを売りとした宗教団体の運営に力を貸していたのは事実だった。尤も実態は、霊能力に見せ掛けた彼のマジックで信者を引き寄せ、金を集めるだけの組織。彼等が信じているのは神ではなく、金だったのだが。
 結局そこも詐欺的商法が摘発され崩壊、彼も前科持ちとなり、一旦は地下に潜ったのだが……。

「た、確かにあの頃は私の行った奇跡は全て、マジックでした。でも、今は本当に見えるんです! その……三箇月程前から、指導霊がついていまして」
「そんな怪しい話で誤魔化されるか!」
「本当なんですよ! ほら、三年前の整形美人OL殺人事件、あれだって四箇月程前、テレビに出演して、もう一歩という所迄、犯人の足取りに迫ってたんですよ」
「む。確かにその次の通り魔事件では犯人を的中させていたし、その次も……。いや、やはり認められるか、そんなもの!」
「そんなぁ!」男は悲痛な声を上げた。
「なら、その指導霊とやらは今どうしてるんだ? この苦境を乗り切る知恵は教えてくれないのか? 真犯人でも透視出来れば、疑いも――もしも真犯人なんてものが居るとすればだが――晴れるかも知れんぞ?」
「そ、それが……」男は口籠った。「此処に連れて来られてから、どれだけ呼び掛けても答えてくれなくて……。信じて下さい! 本当に彼女は居るんです! あの情報だって彼女が……」
「いい加減にしろ!」

 その後、ひょんな事から真犯人が捕まり、彼は再び自由の身を手に入れた。
 釈放されはしたものの、げっそりと痩せこけ、一時の名声も失った男の元に、件の指導霊が現れた。
「どうして助けてくれなかったんですか!」非難する男に、彼女は冷ややかに告げた。
 指導霊の振りをして幾つかの実績を踏ませ、名が売れた所で必要以上の情報を与えて疑わせるよう仕向けたのだ、と。
「そ、そんな……。何故そんな事を? 君は一体……?」
「だって貴方は名前を売る為に、私が殺された事件を利用しようとした。その力も、犯人を捕まえようなんて気もなかった癖に。売名行為に利用されるなんて真っ平よ――事件をいつ迄も穿り返されて、処分した筈の昔の顔が、いつか報道されてしまうかも知れないなんて事に煩わされるのも」
 そう言って、些か地味ながらも生真面目そうな顔の上に、報道写真で散々流された新しいやや派手な造りの顔を被り、彼女は男の元を去って行った。
「……整形美人OLの……」男は茫然と呟いた。
 当時、男は再起を賭けていた。自分にそんな力が無いのは解っている。報道から繋ぎ合わせた推測に曖昧さを加えて、一定の答えの様に見せて、不特定多数の答えが出るよう、焦点をぼかした情報だけを口にした。それでも、テレビ局や視聴者はもしかしたらと、意外な程の反応を見せ……男はこっそりと、快哉を叫んだ。
 然も、その直後に思いがけず指導霊を得て、やっと自分にもいい風が吹いて来たと思っていた。
 だが……。
「真逆、指導霊に嵌められるとはな」男は独り、肩を落とした。

                      ―了―
 人を利用しようとすると、碌な事はないよという話(?)

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 昨日、私がほんの気紛れで犯してしまった罪を告白する事で、両親はどれ程吃驚するだろうか?
 引っ込み思案で臆病者。親や先生からは真面目だと言われているけれど、それは相手が間違っていると確信していてさえもそれを指摘する勇気がないだけ。社会ルールも取り敢えず食み出さなければトラブルになる事はないから、従う。その意味なんて、理由なんて解らなくても。
 そんな私が……。

 切っ掛けは一台の携帯電話の音だった。
 夏休みの宿題の為に通った図書館で、ページを捲る音が静かに空気を揺らす中、突然の大音量で流れた着メロ。思わず皆が視線を集中させる中、矢鱈面倒臭そうに鞄を漁り、携帯を取り出す男の姿。更には皆に詫びるでもなく、部屋を出るでもなく、その場で通話ボタンを押し、決して抑えているとは居えない声で、話し始めた。
 非常識な――そんな皆の視線さえ、意に介した様子はない。
 そもそも、マナーモードにしていない時点で非常識だ。
 でも、誰もそれを咎めに行こうとはしない。下手に注意して、面倒事に巻き込まれたくないから――私もそうだから、それはとってもよく解る。
 だって、ルールを逸脱する人は、他の点でもルールを逸脱するかも知れない。注意されて畏まるどころか逆に食って掛かるかも知れない。
 そんな人に関わりたくはない。
 そう思って目を逸らしつつ、私は胸の内に蟠るものを感じていた。

 どうしてルールを守らないあの人より、ルールを守っている私の方がびくびくしているんだろう?
 どうして、当たり前の事を言うというそれだけの事が、怖いんだろう?
 どうしてこんなに、腹が立つんだろう?

 それはルールを破りたいという願望が、私の中のどこかにもあるから? 思っていても出来ない事をしている人への、それは嫉妬?
 冗談じゃないわ――私は馬鹿げた考えを振り払おうと、化粧室に立った。洗面台の冷たい水が、心地よかった。
 と、見ると洗面台の上に、一台の携帯電話が置きっ放しになっていた。ビーズのストラップの付いた、可愛らしいピンクの携帯。
 化粧室内には私が入って来た時から人の気配はなかった。前に入った誰かの忘れ物だ。図書館の窓口に届けなければ、と私はそれを手に取った。
 が――ふと気になって、私はそれを開いてみた。案の定と言うか、マナーモードの表示はなかった。待ち受けの中で本人のものらしい写真がおどけた顔で笑っている。
 これも非常識な人……。私は思わず、その携帯電話を握り込んでいた。

 結局、それを窓口に届ける事なく、私は図書館を出た。
 自由に振舞う人達への嫉妬なのか、ちょっとした意地悪の心算だったのか、自分でも判然とはしない。
 ほんの少しの、ざまを見ろという気持ちと、一杯の後悔を抱え、結局私は携帯を図書館前の街路樹の枝に引っ掛けた。もしかしたら、運良く持ち主が見付けるかも知れない。そうでなくても誰かが届けてくれるかも知れない。そんな他力本願な思いで。

 罪ってそれだけかって?
 確かに一時的とは言え窃盗に当たるだろうし、悪戯としては悪質だけれど?
 それでも私からすれば、今でも心臓がどきどきする様な犯罪だった。
 現に、警察はきっと、図書館前の街路樹にその携帯を吊るした犯人を血眼で追っているだろう。
 何故なら――。
 その電話の主が、携帯が無かった為に家族と帰宅時間の連絡が取れず、たった一人で着いた帰路で通り魔に遭ったと、私は翌朝のニュースで知った。警察は被害者の足取りを追う内に発見した携帯電話と事件との繋がりを重視しているらしい。
 正直に話した方がいいって?
 ああ、それが出来る勇気があれば、きっとあんな気の迷いを起こす程、人を妬んだりせずに済んだだろう……。

                      ―了―
 理由はどうあれ、犯罪はいけませんよ~(´・ω・`)

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 薄い光景――そんな表現があるのかどうか。
 兎も角、今、私の目の前の景色は、全てが淡い色、そして曖昧な輪郭で構成されていた。
 夏の強い日差しに白々と染め上げられたのとも違う、淡い色。曖昧で、現実感の薄い世界。目の前に翳した私の左手さえも、濃い影を落とす事はない。
 それどころか、自分が何処からどうやってこんな世界に迷い込んだのか、記憶さえ曖昧で――そう、今は私自身でさえ、薄い存在。

 何処カラ来タ?
 此処でない何処か――そんな所が本当にあったのだろうか?

 ドウヤッテ?
 解らない。
 解らない、解らない――解らない。

 私は元々、この薄い光景の一部だったのだろうか? この世界は元からこうだったのか? そうだとしたら、何故今になってこんな事を考えるのだろう?
 私は何処か、おかしいのだろうか?

 思わずその場に蹲った私の手を、誰かが掴んだ。
 はっと見上げると、そこにはくっきりとした輪郭と、濃い色の手。縋る様にその腕から先に視線を伸ばす私の視界が、不意に暗転した。

「やはり脳に直接映像を送り込むのは危険ですよ。確かにバーチャルの極みでしょうが……」頭の周りに貼り付けられた電極を外しながら、私は抗議した。「通常、人間は情報源の多くを視力に頼る生き物なんですから、その視界を摩り替えられると……。何か記憶迄混乱しちゃいましたよ」
「駄目かぁ。いいと思ったんだけどな。究極のバーチャル体験」私の上役たる教授は頭を掻いた。
「駄目ですね。下手すると現実との区別が付かなくなって、偽の記憶迄構成しちゃいます。という事で、この研究はお蔵入り。以上、体験報告終わり」

 ま、あんな現実感のない稚拙な視覚情報しか作れない内は未だ、完全には誤魔化されやしないでしょうけどね――それでも頑張って作ったらしい教授の為に、そこ迄は言わないで置く。
 ところで……決して淡くも曖昧でもないけれど、今こうして見ている光景が、誰かが作ったそれこそ究極のバーチャルでないと、誰か保証してくれる?

                      ―了―
 夜霧つついたら「薄い光景」とか言いやがったのさ~。
 それだけなのさ~。

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「鬼さん、鬼さん、有難うございました! さようなら!」
 口々にそう言って、誰も居ない方に向かって頭を下げる子供達に、翔太は目を丸くした。
 初めて来た母方の祖父母の家。初めて見る田舎の風景に最初は物珍しそうに興味を示していた翔太だったが、いつものテレビ番組が見られない、スーパーも近所には無い、そんな環境に不満を感じ始めた頃、見慣れない同年代の子供に興味を示した近所の子供達に誘われたのだった。
 鬼ごっこをしないかと。
 携帯型のゲームで遊んでいた翔太は、その誰もがそんな物を買い与えられていないと聞いて少し吃驚すると同時に自慢げではあったが……結局一人でゲームをしても詰まらないと、真新しい運動靴を履いて駆け出したのだった。
 そうして、数刻、自己紹介やお互いの情報交換を挟みながら、彼等は鬼ごっこに興じた。
 じゃんけんで鬼を決め、他の者は逃げる。捕まったらその子が鬼。ごくありふれたルールの、ごく普通の鬼ごっこだった。
 
 それだけに、日も傾いてきたからそろそろ終わりにしようと年長で隣家の昌司が言った後の、彼等の行動に翔太は驚いたのだった。
「何、やってるの?」翔太は昌司に訊いた。
「え? 鬼ごっこ終わりにするから、鬼に挨拶しないと」きょとんとした顔で、昌司は言った。「当たり前だろ?」
「え?」翔太は更に驚く。「え? ええ!?」
 そんな話は聞いた事もないし、当然これ迄もやった事はないと翔太が言うと、今度は子供達が仰け反らんばかりに驚いた。
「そ、それで……今迄何ともなかったんか?」
「ある訳ないだろ?」呆れた様に、翔太は返した。「鬼なんて、居やしないのに……。大体、たかが鬼ごっこじゃないか」
 子供達がざわつく。何て罰当たりな……そんな視線が控え目に向けられる。
 ごくり、と翔太は唾を飲み込んだ。鬼なんて居やしない、そう解っているのに子供達の行動に不安を煽られる。
「も、もし……その挨拶をしなかったらどうにかなるのかい?」
「翔太の所じゃどうか知らないけど、此処じゃあ、鬼ごっこの鬼は一時的に鬼の器になる。鬼が乗り移って、本当に鬼と一緒に遊ぶんだって。だから、ちゃんとお別れの挨拶をしないと、鬼は離れてくれない……」そう話す昌司の顔は真剣だった。決して何も知らない余所者をからかってやろうという風情には見えない。
「……鬼が、離れてくれないとどうなるの?」
「……いずれ鬼になると言われてる。直ぐには何ともなくても、いつの間にか鬼に取って代わられていて……どこかに連れて行かれるんだって」
「どこかって? 連れて行かれるって誰に?」
 詳しい事は解らないと、昌司は首を振った。
「鬼になって手に負えなくなった子供を、大人達が何処かに隔離するのかも知れないとも言われてる」
「俺は始末されるんだって聞いた」
「ええ? 鬼のお迎えが来て行っちゃうんだって、祖母ちゃんは言ってたよ?」
 口々に、それぞれの憶測や伝え聞いた事を話し出す子供達。
 さりとて、本当に鬼になった子供が居るのかと訊くと、具体的な話は終ぞ聞けなかった。
 都市伝説や迷信みたいなものだろう、翔太がそう胸を撫で下ろしていると、昌司がやはり真剣な顔で言った。
「まぁ、挨拶位しといても減るもんじゃないし、しときなよ」
「う、うん」翔太は頷いて、彼等の流儀を真似する事にした。
 誰も居ない方向に向かい、頭を下げる。
「鬼さん、鬼さん、有難うございました!――さようなら!」

 ごおっ! という音と共に突風が吹いた。
 子供達は土の柔らかさが幸いしたものの、周囲の畑に薙ぎ倒され、目を白黒させた。木々の枝は揺れ、葉がざわざわと不穏な音を奏でた。
 だが、それらはほんの一瞬の出来事で、やがて泥だらけの姿で恐る恐る畑から這い上がった子供達は、怪異への驚きを口にした。
 ある者は恐ろしい声を聞いたと言い、またある者は黒い影を見たと言う。だが、その声も姿も千差万別で、捉え所がない。
 只一つ、確かだと思えるのは――夕暮れに染まった空を見上げて、翔太は思った。
「何年分だか、何匹分だか知らないけど……やっとお別れ出来た気分」
 
 以来、滅多に鬼ごっこはやらない翔太だが、やった時にはきっちり、別れの挨拶を欠かさないようにしている。

                      ―了―


 勿論、フィクションです(笑)
 や、変わった鬼ごっこも何処かにあるかも知れませんが(^^;)

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 この湖に殆どいつも掛かっている夜霧は風に散り、水面を漣が渡るこんな月夜位は、私も普段いがみ合う彼女との対立など回避すればよかった?
 それで――それだけでキャラメル色の髪をした彼女は十二分に困惑する筈だったのよ。
 恐らくは滑稽な程に。

 今思い出しても、何が原因だったのか……?
 幼少時に出会ってからというもの、彼女とは諍いばかりだった。
 これ迄、花壇を作る場所を争い、写生の場所を争い、好きな男性を争った。
 実は気が合うんじゃないのかという友人のからかいに、ぞっとした事もあった。冗談じゃない、と。
 本当に、馬が合わない人というのは居るのだ。

 そんな彼女とこの湖の畔で出会った昨夜、私達はどちらからともなく、険悪な視線をお互いに向けていた。
 折角霧も晴れ、夕涼みの散歩にはいい気候だったのに、どうして貴女がこんな所に居るの?――やはり涼しげな風に誘われてだろう、日暮れにも拘らず出歩く周囲の人々の目も気にせず、埒もない非難を口にしたのはどちらだったか。
 そして、先に手を出したのは、果たしてどちらだったか……。

「私です!」
「いいえ、私よ!」
 今、私達はうっかりと湖に転落した子供に対して、どちらが先に救いの手を差し伸べたかで争っている。
 助けた子供に証言させればいいだろうって?
 それがどうした事か、件の子供はいつの間にか姿を消していたのだ。
 一部始終を見ていた筈の人達も、私達からは視線を逸らし、そそくさと帰って行く。
 あの剣幕じゃ、そりゃ逃げるって。同族嫌悪だな、ありゃ――そんな呟きを残して。
 冗談じゃない。
 私達はお互いにぞっとして――お互い、酷く困惑したのだった。

                      ―了―
 リハビリに夜霧って……(--;)

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 窓の外を見ると、日差し溢れた農園が広がっていた。
 濃い緑が等間隔に整列し、朝の陽を存分に浴びている。
 遠くの方には、早くも立ち働く人達の姿が見える。
 少し懐かしい感じがする。けれど、多分、それは私の記憶じゃあない。私の記憶の中にあったとしても、きっとテレビか何かで間接的に見知っただけの事。あの景色の中に、私自身が居た訳じゃない。
 それでも懐かしいのは……私の中に眠る祖先の記憶か、それとも集合的無意識という奴か。
 兎に角、此処は私の場所じゃあない。

 視界のブラックアウトと共に、私は窓から意識を逸らした。

 昼間、窓を見ると外には見渡す限りの海原が広がっていた。
 青い海面で煌く照り返しが、眩しい。
 ここ数日の猛暑の所為だろう、人の姿が思いの他、多い。
 私は海には入った事がない。淡水のプールより身体が軽いと聞くけれど、どんな感じなのだろう?
 でも、今更それを確かめる為に海に行く気にはならない。
 やはり、此処も私の場所じゃあないのだ。

 再び、視界は黒く染まった。

 夕方の窓外は、、山体に、周囲に纏った雲に、茜色の夕陽の照り映える光景が見事だった。
 黄金に輝く落日の、最後の一欠片がその陰に沈んで行く。
 麓の家々からは温かい湯気が立ち上り、夕餉の支度が進んでいる事を、帰り来る人達に教えている。
 それでも、その中に私の帰りを待ってくれている家は無い。
 やはり此処も、私の場所じゃあない。

「じゃあ、一体何処なんです?」傍らに立った車掌が、困惑顔で、そう尋ねた。
 私は黙って、自分の場所を思い浮かべた。

 灰色のビル街。猛スピードで擦れ違って行く雑多な人々。排気ガスに煤けて元気のない街路樹。
 電気が無ければ一瞬で瓦解しそうな、脆弱ながらも貪欲な社会。
 そして互いの帰りを待つと言うには程遠い、会話なき家。
 それでも、こうしてありありと思い浮かべると、何故か落ち着くのだった。
 やはり――少なくとも今は――そこが自分の場所なのだと。
 歳を取ったら、また変わるかも知れない。けれど今は、やはりそこが落ち着く。

「解りました」車掌は言い、頭を垂れると前方の車両に向かって行った。

 自分が何処からこの列車に乗っていたのか、実は定かな記憶はない。
 只、ちょっと、日常に疲れていたのは事実だ。この儘でいいのか、不安を覚えてもいた。
 それでも、私は結局、今に帰る事にした。
 窓から見た、ほんの一部ながらも、私は私の居場所を再確認出来た様だ。
 いずれ素晴らしい景色だったが、今はあの街が懐かしい。
 帰ろう。そして言おう。

「やはりうちが一番だ」と。

                      ―了―


 旅行の締めはやはりこの台詞でしょう(笑)

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プロフィール
HN:
巽(たつみ)
性別:
女性
自己紹介:
 読むのと書くのが趣味のインドア派です(^^)
 お気軽に感想orツッコミ下さると嬉しいです。
 勿論、荒らしはダメですよー?
 それと当方と関連性の無い商売目的のコメント等は、削除対象とさせて頂きます。

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