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ここには入っちゃ駄目だからね――その従妹の言葉を信じなかったのが、全ての始まりだったのだ。
僕より四つ下、今年小学校に上がったばかりの従妹とは、お正月や夏休みに、従妹の家族が同居するお祖父ちゃんの家に行った時に会う程度の付き合いだった。
ちょっと内気で、最初は馴染むのに時間が掛かったけど、今では行く度に、真っ先に出迎えてくれる。
その従妹が、廊下の突き当たりの板戸を背にして、真面目な顔で言ったのが先の台詞だった。
当然、僕はどうしてと尋ねた。そう言えばそこには入った事がないな、と思いながら。北側の廊下はひんやりしていて、夏には格好の遊び場だったと言うのに、去年辺り迄その板戸の前に雑多な荷物が積まれていた事もあって、殆ど意識すらしていなかったのだ。
従妹は暫し考え込む様子を見せたものの、やはり只、首を振って、入っちゃ駄目とだけ、繰り返した。入った事があるのかという問いにも、只頭を振るだけ。
開かずの間という奴だろうか。
そんな物が本当に、然も身近にあったとは……僕の好奇心が甚く刺激されたのは当然の事だろう。
従妹には物分りよく了解した振りをしたものの、僕は夜中にこっそり、布団を抜け出した。
家族に訊けば済む事かも知れない。いや、多分、祖父母や伯父達に訊けば、先ずあっさりと解答が得られるだろう。だけど、それじゃあ詰まらないじゃないか。
何だ、と苦笑いする事になっても、僕は自分で確かめたかった。
だから、音に注意しながら、そっと板戸を引き開けた。
部屋の中は暗かったが、正面の十字枠の窓からの月明かりが、僕の足元を照らしてくれた。携帯のライトを用意していたけれど、僕はそれを使わずに、丸で僕を導く様に照らし出す月明かりの中に、そっと足を踏み入れた。
そして後ろでにそうっと板戸を閉めた直後――僕は意識を失った。
* * *
「それで? 気が付いたら八月三十日の夜だったって言うのね?」担任の先生は顰めっ面でそう質した。「それで、宿題が出来なかった、と」
今日は九月一日。始業式を終え、宿題を提出する段になって、僕が出したのは殆ど白紙のドリルだった。
「嘘をつくならもっとマシな嘘をつきなさい! そんなしっかり日焼けしてる癖に」
「あ、やっぱり信じて貰えませんか」
「当たり前です! 今週中にやっていらっしゃい!」遂に雷が落ちた。
まぁ、仕方がないとは思う。
目が覚めた時、部屋の中は夜目にもはっきり判る、只の空き部屋だった。もっとよく見ようと携帯のライトを点けようとしたら、充電が切れていて、仕方なく僕はその部屋を出て、寝室に戻った。
そして――布団に上半身を起こしている、僕の姿を見た。
声を上げる間もなく、その僕の姿をした奴は、僕を見上げてにやりと笑って、姿を消した。
それがドッペルゲンガーだったのか、幽体離脱だったのか、全く以って解らない。
只、充電を済ませて電源を入れた携帯を日付を見て、僕は仰天した。八月三十日。僕があの部屋に入ったのは八月三日だったと言うのに。
そして更に不思議なのは、それだけの間気を失っていたと言うのに、僕はお腹も空いていなければ、痩せこけてもいなかった事。そして、誰も捜しに来なかったらしい事。もし、僕が居なくなれば、先ずは家中を捜すだろう。
翌朝、帰り支度を急かす母に尋ねれば、何と、僕はずっと居たと言う。毎日毎日、外で遊んでいたと。
只――従妹は何故だか、近寄らなかったそうだけど。
その従妹が、別れ際に僕に言った。
「あそこには子供が居るの。外に出て遊びたい子供。でも、誰かと入れ替わらないと出られないの。だから……開けちゃ駄目なんだよ?」
もっと早く言ってくれ――いや、どうせ聞いただけでは信じなかっただろうけど。
だから、先生が信じなかったのも仕方ない。
それにしても、どうせ入れ替わるのなら、宿題もして行って欲しかったなぁ。
―了―
八月終わり! でも暑い!
大量の海水と共にそれらを吸い込み、細かくも鋭い刃を備えた通路を通して、排水路へと吐き出す。シンプルな造りながら、効果はあった。漁港と、やや離れてはいるが水力発電所の取水口を守る為の、それは大事な砦でもあった。
海水温の温暖化だとか、富栄養化だとか原因は色々言われているけれど、兎に角近年の水母の数には、皆、参っていた。
網を仕掛ければ魚の何倍もの数の水母が掛かる。然もその毒で弱った魚は鮮度も悪く、売り物にはならない。重みで網も傷む――魚の重みで傷むのなら未だ嬉しいんだがと、伯父は悲しげな目で苦笑していた。
取水口に奴等が取り付けば、充分な水が取り込めず、発電所がストップすると言われている。幸い、そこ迄酷くなる前に、職員や街の有志で撤去しているが、切りがない。
そこで街は、件の機械を導入したのだった。
細かく刻んでしまえば網にも掛からないし、詰まる前に排水路から流してしまえる。これで一安心と、皆は思った。
その機械を、何故、僕達が壊してしまったのか?
それは、水母ではないものに、頼まれてしまったから……。
「どうだった? お姉ちゃん」
私がドアを開けた途端、廊下で所在なげに立ち尽くしていたのだろう、真奈はそう尋ねた。
「誰も、何も居なかったよ」苦笑しつつ、私は答えた。中学二年生にもなって、怖がり屋な妹に。折角旅行に来たって言うのに、ホテルの部屋には誰かに確かめて貰わないと入れないなんて。「それより、窓からの景色、なかなかいいよ。入って見てごらん」
怯ず怯ずと頷いて、真奈は部屋のドアを潜った。
クリーム色を基調とした落ち着いた装飾の室内にはベッドが二台。テーブルと椅子が一揃い。それ程広くはないけれど、感じのいい部屋だと思う。何より窓からは海辺の景色が眼下に一望出来る。
暫くきょろきょろと室内を見回していたけれど、やがて落ち着いたのか片方のベッドに手荷物を置いて、窓に歩み寄った。
窓には安全を考慮してかストッパーが付いていて、全開には出来ないけれど、僅かに開けただけでも心地よい海風が入ってくる。
と、暫くその風に長い髪を靡かせていた真奈が、不意にぴしゃりと窓を閉めた。
「ど、どうかしたの?」着替えを出していた私は驚いて尋ねた。
真奈はくるりと振り返ると、意を決した様にこう言った。
「あたし、お姉ちゃんとは二度と旅行に来ないからね」
「何よ、それ?」流石に、私は顔を顰めた。「うちは自営業で両親共働きだし、折角の夏休みでも旅行にも行けないなんて詰まらないだろうと思って――実際あんた位の頃、私はそう思ってたし――こうして時々誘って上げてるんじゃない。何が不満な訳?」
真奈はばつが悪そうに俯いたけれど、やがて顔を上げて言った。
「お姉ちゃんが私の為にこうやって旅行とか遊びに連れて来てくれるのは、嬉しいし有難うって思ってるわ。只……偶然なのか何なのか解らないんだけど、お姉ちゃんが選ぶ所って何故か……居るのよ」
「居るって……?」
「……さっきも、窓の外から叫び声が聞こえて……」
「えっと……海ではしゃいでる人達の声とかじゃなくて?」
真奈は頭を振った。聞き間違えようがない、と。
それに何より、そんな声は私には聞こえなかった。
「聞き間違いじゃあないの? 私にはそんな声聞こえなかったわよ?」
「お姉ちゃん、こういうの、鈍いじゃない」盛大に、溜息をつかれてしまった。
「もしかして、今迄の所でも……?」
「色々居たわ」
「何でもっと早く言わないのよ? 今迄だって、何も言わなかったじゃない」
「迂闊に話をするとね、寄って来ちゃうのよ」じっと、私の背後を見詰めて、真奈は言った。「本当はね、今だってここでこんな話はしない方がいいんだけど……」
何故私の背後を見るのか、そこに何があるのか、確かめたい気持ちと確かめたくない思いが鬩ぎ合う。
「取り敢えず……」真奈は言った。「外、出ようか。この部屋自体には居ないみたいだし。後、帰る迄はこの件には触れないようにね」
あんたが言い出したんじゃない、と突っ込む余裕もなく、私はこくこくと頷いた。
結局、海で半日遊んで、夕食に舌鼓を打ってと、旅行を満喫していると、そんな事を言われたのが笑い話かの様に、何事も起こりはしなかった。そう、これ迄の旅行だって、何もおかしな事なんて起こらなかった。
きっと真奈は思春期特有の、繊細な時期なのだろう。
それとも、私をからかってる?
翌朝、帰り支度を整えながら、私は苦笑しながら真奈に言った。
「何も起こらなかったじゃない」
「…………」真奈は何も言わず、ふいっと顔を逸らして、ぼそっと呟いた。「まぁ、いっか」
やがて私達は無事、家に帰り着き、両親にただいまの挨拶をしに、家から渡り廊下を伝って――我がお寺の本堂に行った。
そこでいつになく数時間、父の読経を聞かされたのだけど……私達――あるいは私?――変なお土産でも持って帰ってたのかしら?
「やっぱり、お姉ちゃんとは二度と旅行に行かない」痺れる足に顔を顰めながら、真奈は言った。
―了―
そんなおみやは要りません(--;)
危険だから近付くなと命じられれば、絶対に近付かない――それが夕子という娘だった。本家の三人兄妹の末っ子で、おっとりした子ではあったが、そういう点では譲らない頑固さも持ち合わせていた。
それが何故、封鎖した上に、些かやんちゃな兄達も含めて再三の注意を繰り返してきたと言うのに、庭の枯れ井戸などに近付いたのか……。
古風な木造家屋の裏庭、家からはやや離れた所に、その井戸はあった。石の造りは未だ未だしっかりしているが、最早枯れてしまった上に深くて危険だと、滑車や釣瓶などは取り払われ、丈夫な角材で組んだ格子で蓋がされている。更に周囲には、子供達の接近を恐れてだろう、ぐるりとフェンスが張り巡らされている。一応一箇所だけ、戸口が付けられてはいるが、そこにも小さいながら、南京錠が取り付けられている。
そこ迄するなら、いっそ埋めてしまったらどうなのかと、私は従兄弟であるこの家の主に言った事があった。どうせもう水が湧く事も先ずなかろうし、湧いたとしても今更井戸水など使わないだろう、と。
だが、彼はちょっと困った顔をして、考えて置くと言っただけだった。
そしてやはり井戸は埋められる事なく――事故が起きてしまったのだ。
「やはりあの井戸は埋めた方がいいんじゃないかい? 二度とこんな事がないように」
「そうなんだが……」蒼い顔をした従兄は、何故だか歯切れが悪い。
「何か……埋められない理由でもあるのかい?」
「……悪い。これは、本家の者にしか、言ってはいけない事になっているんだ」そう言って、従兄は深々と頭を下げた。丸で私の顔を見ないようにするかの様に。
だから、言ってはいけないと言いつつ、某かの理由がある事を暗に認めた彼を、私はそれ以上、追及出来なかった。
今時珍しい位、うちは本家と分家の線引きがきっちりしていた。本家だからと威張り腐っているというのではない。寧ろ、本家筋だからこそ、家を支える為に懸命になっている様な所が、伯父や従兄達にはあった。無論、分家も更にそれを支える。そうして維持されてきたのだが……。
本家の者にしか言ってはいけない事――本家の者にしか知る事を許されない事が、この家にはあるらしい。
だが、そう言われれば知りたいと望むのが人情というもので、私はそれとなく、子供達に探りを入れてみようかと、子供達の姿を捜した。
だが――。
「駄目だよ?」足音さえなかった筈の背後から、不意に澄んだ子供の声が掛けられた。「危険だから近付くな――やっちゃいけないって教えられた事はやっちゃあいけないんだって、おじさんもお祖母ちゃん達に教えて貰ったよね? いけないって言われたのにやっちゃうと、痛い目に遭うんだよ?――あたしみたいに」
「夕子……ちゃん」ゆっくりと振り返りながら、私は感じていた。そこに居る夕子が、最早夕子ではない、と。
そんな私を屈託なく見上げて、にこりと笑うと、昨日、あり得ない事に掠り傷一つ無い姿で枯れ井戸の底から助け出された少女は、やはり足音も立てず、暗い廊下の先へと姿を消した。
……あの井戸の底には、何かが潜んでいたのかも知れない。
だが、それはきっと、この家にとって害にならないもの、あるいはこの家を支える為に無くてはならないものなのだろう。只、それは時折、見返りを要求するのかも知れない――取り憑ける、誰かを。
多分、それは人柱。この家の繁栄の為に、犠牲にされた誰か。
そして夕子もまた、人柱。その誰かを慰め、この家に縛り続ける為の、生贄として、呼ばれてしまったのだろう。
それが本家の者しか知ってはいけない、この家の暗部……。
夕子――あるいは別の誰か?――の言葉が脳裏に蘇る。
「いけないって言われたのにやっちゃうと、痛い目に遭うんだよ?」
知ってはいけない事を知ってしまった私は……どんな目に遭うのだろう?
―了―
あーつーいー(--;)
でも、変化の切っ掛けなんて、この単調な私の世界の、どこにあるかな……。
起きる。ちょっとした仕事がてら、食事は外で摂る。帰る。そしてまた眠る――基本はそれだけだ。
勿論、それなりに趣味や道楽もあるけれど、それもどこか惰性でやっている感がある。それに、材料もなかなか手に入らなくなってきた。
ここ何年も、私を訪ねて来る人間も、居ない。幼い頃には、近所の人間達や、時には遠くからも、ここを訪ねる人間が居たと言うのに。
成長する毎に、人々が遠ざかって行く様で、少しだけ、寂しかった。
――趣味の材料も手に入らないし。
ああ、この深い夜霧に紛れてこの塔を訪れる者は居ないかしら?
万が一にも夜の森に迷う人間が居ないかと、窓辺には目印として鬼火も灯してあるのに。
この霧が、誰かを連れて来てくれないかしら?
善きにつけ、悪しきにつけ、変化を齎す者を。
この怪しげな塔に棲む人食い魔女という定めから解き放ってくれるか……新たな趣味の材料となる者を。
磨き上げ、絶妙な配置でもって壁一杯に積み上げた頭骨を見上げ、その一隅に未だ不満足な空間があるのを確認して、私は変化を切に願った。
―了―
レベル低い内→退治しようと人が来る。
レベル高くなる→恐れて人来なくなる。
OK?(^^;)
海に行こうと誘われて、もう水母が出る時期だからと断った。
水母の毒をなめてはいけない。特に行灯みたいな、箱型をした奴は毒性が強く、然も厄介な事に「行灯」の四隅から伸びる触手は細く長く、水中では気付き難いそうだ。
掠った位なら兎も角、広範囲に巻き付かれでもしたら……。
私は断固として断った。
山に行こうと誘われて、蜂が出て危険だからと断った。
尤も、雀蜂なんて、人家の傍でも巣を作る事はあるけれど。種類によっては土の中や、樹の洞、そんな気付き難い所に巣を作り、迂闊に近寄る者に攻撃を加えてくる。
昔、刺された事があり、アナフィラキシーショックを起こす可能性もある私としては、お近付きになりたくない毒虫だ。
やはり、断固として断った。
街に行こうと誘われて、事故が不安だからと断った。
こちらがどれだけ気を付けていても、飲酒運転や無謀運転、果てはアクセルとブレーキの踏み間違い、そんな事故に巻き込まれないとは限らない。最近は自転車だって危険だそうだ。
当然の様に、断固として断った。
え? 難癖ばかり付けて、単に外に出たくないだけの引き籠もりじゃないかって?
だって――誘ってくれたのが、それぞれの場所で亡くなった友人ばかりなんだもの。
―了―
遅くなったので、短めに行こう!