忍者ブログ
〈2007年9月16日開設〉 これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。 尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。 絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
Admin Link
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

 はらり……窓際の文机に開いた儘置かれた本のページが一枚、風に捲られた。
 風は時折、窓から吹き込んでは、更に二枚、三枚とページを捲って行く。
 
 丸で透明人間が本を読んでいるみたいだ、と床に伏せった儘、香夏子は思った。そして、ああ、しまった、栞を挟んで置くんだった、と。これでは続きを捜すのに手間取りそうだ。
 しかし、読書中に襲ったいつもの発作の苦しさに、助けを呼ぶのに必死で、それどころではなかったのも事実。
 幸い、今日一日安静にしていれば回復出来そうだ――それが自分でも解る程に、慣れてしまっていた。

 はらり……更にページは捲れる。
 窓の外の竹林を通して差し込む和らいだ日差しと、静かな中に時折流れるその音に誘われる様に、香夏子は眠りに落ちて行った。

 夕方、冷えるからと窓を閉めに来た母の気配に、香夏子は目を覚ました。
 具合はどうかと尋ねる母に、大分気分がいいと、半身を起こして答える。そしてふと、目をやると、文机の上の本はすっかり終わり迄、捲れてしまっていた。
 本を取って欲しいと頼むと、母は苦笑しつつもそれを手渡してくれた。程々にしなさいよ、と言いつつ。
 あら?――と香夏子は目を丸くした。倒れる前に読んでいた辺りに、栞が差し挟まれている。開いてみると、やはり見覚えのある文章と、その先に続く未知の文章。
 あの時、栞を挟んで置いてくれたのかと母に訊くと、彼女は首を横に振った。それどころじゃなかった、と。
 けれどあれ以来この部屋に来たのは、掛かり付けの医師位。文机に近付きさえしていなかった筈だ。
 
 首を傾げる彼女に、母は何かの思い違いでしょうと微苦笑し、後で夕飯を持って来るから大人しく寝ていなさいと言い置いて出て行った。
 母の言葉に頷きつつ、香夏子はこっそりと床を抜け出し、文机迄両手両膝で這って行く。
 文机の前に敷かれた座布団に手を突いてみると、仄かに、温かかった。
 本当に読書好きの透明人間でも居たのかも知れない、と香夏子は微笑した。そう言えばあの時、ページを捲る程の風があったにしては、窓外の竹林はざわりともしていなかった。
 栞はささやかなお礼なのかも知れない。

                      ―了―


 遅くなったので短めに~☆

拍手[0回]

PR

 今日の占い――東南と、南側に要注意とは、この事を意味したのだろうか?
 私は足の痛みを堪えながら、校舎一階の保健室を目指した。校舎南側の側溝の蓋がずれていたのか、私はそれを踏み外し、足を挫いてしまったのだ。

「亮子、どうしたの? 大丈夫?」私に気付いたクラスメートの千佳が駆け寄って来て、肩を貸してくれた。
「有難う。ちょっと、南側の側溝に落ちちゃって……」
「南側?」一瞬きょとんとし、千佳は私が歩いて来た方向と、校舎とを見比べる。
「ほら、そっちの校舎の南側」私は指差した。「やっぱり、今日は東南と南側は要注意って、占いで言ってたのよね……。なのに近付くなんて、迂闊だったわ」
 この学校の校舎はグラウンドを囲み込む様に「コ」の字型に配置されていて、私は上の横棒の下の辺で、捻挫したのだ。
「……それって、グラウンドの北側じゃあ……?」千佳が何やら呟いているけれど、私にとってはやっぱり南側――今日の要注意の方角なのだ。
 何しろ、足を挫いたのよ? 論より証拠じゃない。
「と、兎に角保健室に行こうか」何故か微苦笑を浮かべて腕を引いてくれる、千佳。
 けれど、私はある事に気付いて足を止めた。
「保健室は……校舎東南角じゃない……!」

「亮子、そりゃ、占いも何かのアドバイスになる事もあるでしょうけど、そんなに毎日毎日、何から何迄信じてたら、大変でしょ?」溜息をついて、千佳は言った。「こんな時に、保健室に行かなくてどうするって言うのよ?」
「……千佳があんまり占いとか、興味ないのは知ってるけど……。こんな時こそ、占いに頼らなくてどうするの?」私は言った。
 ああ、本当に南側になんて行かなければよかったのだ。そう、占いの注意に従ってさえいれば、こんな事にはならなかったのに。今更臍を噛んでも遅いが、この上更なる不運を呼び込む事だけは避けなければならない。
「私は今日は保健室には行けないわ。そうだ、千佳、湿布薬貰って来てくれないかな? 捻挫したって言えば先生も解るだろうし……」
「医者だって症状診なけりゃ、薬くれないと思うよ? 捻挫した、だけじゃ程度も判らないし。もし、只の捻挫じゃなくて、罅でも入ってたらどうするの?」千佳は呆れ顔で言った。
「それはそうだけど……」私は苛々と爪を噛んだ。脚は痛い。昼休みの終了時間も刻々と迫っている――まぁ、それは事情を話せば大丈夫だろうけれど。おまけに千佳迄私を苛立たせる。本当に碌な事がない。
 尤も、困った顔で私を見ている千佳もまた、私に対して苛付いているのだろう。それでも、私の為を思ってくれているのは理解出来る。
 理解出来るのだけれど……。
 私が更なる不運を恐れて、保健室に行くにも行けずにいると、不意に千佳はぽん、と手を打った。
「じゃあ亮子、今日の縁起のいい方角は?」
「え? ええと、西北」
「正反対ね。まぁ、いいわ。ちょっと遠回りになるけど」そう言って、千佳は肩を借りている私を身体ごと、引っ張った。東へ。
「え? え?」何処行くのよ、と面食らう私を、いいからいいからと強引に引っ張る千佳。脚が自由にならない私は、引き摺られるしかなかった。

 コの字型の校舎の所々には、裏に通じる通用口がある。私達は東側のそれを通って、縦棒の右側に出た。そして書き順をなぞる様に下へ――。
「ちょっと、そっち南!」
「塀の北側よ」
「は?」
 構わず、千佳は歩き続け――曲がり角で一旦立ち止まった。此処、まともに校舎の東南なんだけど?
「はい、此処を起点にしまーす」何故だかそう宣言して、また歩き出す。今度はコの字の下の線を書き順逆方向へ。
 そしてやはりこちら側の校舎真ん中辺りにある通用口から、中に入った。後はすんなり、保健室を目指す。
 訳が解らず、また不安で思わず渋い顔になる私に、千佳は淡々と言った。
「さっきの起点から見れば、この保健室は西北でしょ? 縁起いいじゃない」
「あ……」唖然としている間に、私達は保健室に達していた。
 先生によれば、幸い骨への異常もなく、軽い捻挫だという事で、治療をして貰うと大分、痛みも和らいだ。こんな事ならさっさと来れば――あ、でも……。

「千佳、さっきの、あんなのでいいの? 何か頓知みたいじゃない」
「いいのいいの。昔の人だって縁起悪い方位に行く時は態々違う方向に一旦出て、そっちから向かう『方違え』とかしてたって言うし。大体――」ふと、笑みを収めて、千佳は言った。「東南とか南って、何処から見ての事? 亮子の家から? それならこの校舎内なんて狭い範囲、何処に居たって同じじゃない」
「それは……そうだけど……」
「占いだってそう。見る方向、見方を変えれば変わってくるわ。確かに脚を挫いたのはアンラッキーだったけど……。今こうして堂々と五時限目に遅刻出来るじゃない」そう言って、千佳はにやりと笑う。「始業ベル、とっくに鳴ったよ? 気付かなかった?」
「……気付かなかった……」茫然と呟くと同時に、私は今日の五時限目が苦手な体育のテストだったと、思い出した。「この脚じゃ、テストも受けられないね」じんわり、頬が緩む。
「そうそう、走って傷めてもいけないし、ゆっくり行こう」
 そうして、私達は私達のペースで、広い校舎を歩いて行った。

                      ―了―


 や、授業は出たという事で(笑)
 不可抗力は仕方ないけど、サボリはいかんよー?

拍手[0回]

 妹が幼くして死んだのは自分の所為だと、一番上の兄は常々、口にしていた。
 ほんの僅かとは言え、、目を離した自分がいけなかったのだと。
 家の裏の貯水池に浮かぶ小さな妹を見付けた時の、狂わんばかりの悲嘆の声が今も記憶に残る。小さな身体の周りを何処から流れ来たのか、小花がくるくると舞い、流れていた、あの光景と共に。あれからもう五十年も経つと言うのに。兄の心はずっと、あの悲鳴を上げ続けているのだろう。

 下に六人の弟と、四人の妹を抱える、十一人兄弟の一番上。それだけに責任感も人一倍、強かったのだろう。そして弟や妹達の面倒を見なければという義務感も。
 共働きで家計を支え、それだけに家事が手薄になりがちな両親からの信頼も厚かった。
 なのに、一番下の妹、正美を亡くしてしまった。
 
 でも、そんなに自分を責めないで欲しいと、私はずっと、伝えたかった。
 上の方の兄や姉は何くれとなく協力していたけれど、私を含めた未だ幼い子達はそんな苦労も知らぬ顔で、はしゃぎ回っていた。死んだ妹だって、近付いてはいけないと言われた貯水池に行ってしまったのだ。
 現に兄の所為だと、責める者も一人も居ないではないか。皆、解っているのだ。
 なのに、そんな声も兄には届かない。
 自分で自分に背負わせた罪に、潰されそうになっていると言うのに。

 けれど、その兄も、最近痴呆の兆候が見えてきた。未だ軽いものだけれど、いずれは私達の事も解らなくなるのだろうか?
 そして、事故の事も忘れる日が来るのだろうか?――兄嫁や甥達には悪いが、それで兄が重荷から解放されるのなら、忘却も救いになるだろうか?
 もしかしたら、忘却は余りに自らを責め続ける兄への、神仏からの免罪符なのかも知れない。

 只……時折、記憶の退行や混濁を起こす兄が口にする一言が、少し、気に掛かる。

「正美、ほら、花飾りだよ。どこかに映して見ておいで。皆には内緒だよ?」目を細め、小さな子供に言う様に、誰にともなく言うのだ。
 でも、当時、悪戯盛りの子供が居る我が家では、兄弟は鍵の掛かる部屋にしまわれて、母が出入りするだけになっていたし、昼間は雨戸も開け放っていたから硝子戸も鏡の代用はしてくれなかった。
 だから私達女の子は、行ってはいけないと言われつつも、裏の貯水池を鏡代わりにしていたのだ……。

 兄さん、貴方はそれを知っていたの?
 知っていて、私達には内緒で、下の妹に花飾りを上げたの?
 私の脳裏に、妹の遺体の周りに舞い散っていた小花が、浮かぶ。あれは、兄が与えたものだったのか?――妹を、池に行かせる為に?
 妹を亡くす前から、兄の精神は重圧に歪み始めていたのか……?

 今、問い掛けても兄は何も答えてはくれない。
 只、時折目を細めて、繰言を言うだけだ――皺に囲まれたその目は、よく見れば笑っていないけれど。

                      ―了―


 や、何か暗くなりましたよ?(--;)

拍手[1回]

 何の音だろう?――どこからか断続的に聞こえる音に、私は眠い目を擦りながら半身を起こした。
 深夜二時。すっかり照明を落としたワンルームの中、間延びしたメトロノームの様に定期的な音が続いている。
 ピッ……ピッ……ピッ……電子音の様だ。
 どこからだろう? 私は苛々と音源を探した。大して大きな音でもないけれど、妙に耳について、眠りを妨げてくれる。
 旅行中、留守を任された友人の部屋だから、ある程度の勝手は知っているけれど、完全に把握している訳じゃあない。
 ベッドサイドの小さなテーブル上の目覚まし時計を取り上げてみる。アラームのスイッチは入っているが、設定した時刻は午前七時。第一、こんな断続的な音ではない筈だ。故障したのだろうか?
 ピッ――また鳴った。だが、手にした時計からではない様だ。
 私は時計をテーブルに戻し、他に電子音を発生させそうな物を探した。
 小型の冷蔵庫。やはり小型の炊飯器。電子レンジ。エアコン――それらは正常に稼動していたし、近くで耳を澄ませてみても、例の音を発してはいなかった。
 テレビ。パソコン。プリンター。それらは既に電源を落とされ、沈黙している。他には――取り敢えず目に付く所には――電子音を出しそうな物は見当たらない。
 幾度耳を澄ませてみても、音源は特定出来ず、また、音は止まない。
 ピッ……ピッ……ピッ……一体何なんだ。さっさとこの音を消して、眠りたいと言うのに!
 私は些か乱暴に、携帯電話を手に取った。

 この時間では仕方ないとは思うものの、コール時間の長さと、その間にも続く音に更に苛立ちを募らせながら、私は相手が出るのを待った。
 やがて出たのは如何にも眠たそうな、若い女の声。
「もしもし……? 何かあったの? こんな夜中に」最後の一文に非難の響きを乗せながら、彼女は言った。
「何か、ずっと変な音がするんだけど」
「変な音?」
「ピッ……ピッ……って、電子音みたいなのが、この夜中にずっと鳴ってるのよ」
「え? あれ、聞こえるの?」意外そうな声音。
「聞こえるのって、ずっと鳴ってるんだもん。眠れやしない。何の音なの?」
 折よく、またピッと鳴ったから電話を通して聞こえたかと思い、ほら、と念を押した。
 が――。
「あ、ごめん、私には聞こえないんだ、それ」返ってきたのは些か申し訳なさそうな苦笑。
「は? あ、周波数の関係で電話通して聞こえないのかな」
「いや、そうじゃなくて……。実はそのマンション、家賃安いんだよね」意味ありげにそんな事を言う。
「……家賃が安い理由は?」騒音に悩まされない程度の近くには駅やコンビニもあり、便利なマンション。それが安い理由となると……。
「実はその土地、昔は病院があったそうで、ある程度霊感のある人だと何か色々見聞きしちゃうらしくて……。いやぁ、あんたが霊感持ちだとは思いも寄らなかったわ。ごめんごめん。あ、でも、電子音ならもう直止むと思うよ? 前に泊まった、やっぱり霊感持ちの子が言ってたから」
「え?」何で、と訊こうとした私の耳に、例の音が聞こえた。
 ピッ……ピッ……ピッ……ピ――――。
 この音って……。脳裏に波型を描く電子機器が浮かび、私は流石に蒼褪めた。今しも、波型は平坦な直線へと変わり――やがて音は唐突に途切れた。
「そろそろ止んだでしょ?」そう、能天気に訊いてくる友人に、一言「鈍感!」と怒鳴ると、私は電話を切った。

 勿論、私は翌日以降の留守番を断った。

                      ―了―
 昨夜、火災報知器が電池切れらしく、真夜中にピッピピッピ鳴ってやがったのさ(--;)

拍手[0回]

 肩が痛い――重い身体を引き摺りながら、僕は坂を登った。
 頭上の木々の葉に遮られながらも差し込む日差しに、辺りが白んで見える。それとも、僕の目が霞んでいるのか? どっちだろう? どっちとも……付かない。
 あの時――崖を滑り落ちた辺りから、僕の知覚は歪んでいるのかも知れない。
 聴覚は鳴り渡る蝉の大音声に攻め立てられ、他の音を拾えない。
 臭覚は赤茶けた錆にも似た臭いしか感じられない。
 口の中を切りでもしたのか、舌には血の味。
 触覚は……ああ、この気持ち悪く纏わり付くのは汗だろうか、それとも……。
 それらの不快な感覚に吐きそうになるのを堪えながら、僕は坂を、登り続けた。
 肩が、痛い……。そして、重いなぁ、この身体は……。

「嫌ねぇ、またあの坂の上の崖から人が落ちたそうよ? ほら、一年前に貴方が天体観測に行って、誤って落ちた崖。あれから柵も新調したって言うのにねぇ」
「ふぅん……。でも、確かにあそこは危ないね、母さん。僕も二度と近付かない事にしたよ」
「それがいいわね。貴方は幸い北側のなだらかな方から落ちたから未だ助かったけど……。今度の人は南側の切り立った方で……助からなかったそうよ」
 僕は顔を顰めて味噌汁を飲み干すと、食器を纏めて、朝食の席を立った。

 そう、あそこには二度と近付かない。
 一年前、誤って落ちた時以来、僕はある考えに取り憑かれてしまった。
 此処から――この南の崖から落として、激しく損傷させてしまえば、僕が殴った痕など判らなくなるのではないか? と。
 幼い頃から何かにつけ僕を馬鹿にしてきた、あいつを――この手で殴り殺した痕さえも。
 
 それにしても思いの外、反撃を食ってしまった。
 切れた口は飲食の度に沁みて鋭く痛むし、何より――肩が痛い。
 重い奴の遺体を坂の上迄引き摺り続けた、肩が……。

                      ―了―


 短く暗く(笑)
 や、寝方が悪かったのか、リアルで肩が痛くて……(^^;)

拍手[0回]

 もうこれ以上の協力は出来ない――私はその夜、意を決して施設からの脱走を決行した。
 某国のテロ組織の研究施設、その一角に、私は私室と研究室という名の牢を与えられていたのだ。

「安心しろ。大人しく我々に協力さえしていれば身の安全は保障する。勿論……博士の一人娘の安全も。彼女には何不自由なく、最高の教育を受けさせる事も確約しよう」

 逆に言えば、私が彼等に従わなければ私のみならず娘の身も危険だという事だ。
 私はその言葉に屈した。妻を喪って、只一人の血縁となった我が娘。私が彼女を守らねばと思ったのだ。
 それからもう何年経つのか……。以来、娘には会わせて貰えていない。偶に手紙が届けられるだけ。成長の見受けられる文面からするに、組織はちゃんと約束を守ってはいる様だが……。
 会いたい……亡き妻譲りの蒼い目、右目の横の小さな泣き黒子……。きっと妻に似て美人に育っている事だろう。
 会わせなければこれ以上の仕事はしないとごねた事もあった。だが、それが娘の身に危険を齎す事になるかも知れない、そう匂わされると弱かった。

 だが、もう限界だった。私が作らされているのは危険な生物兵器。これを空港等でばら撒けば密やかに、かつ爆発的に、感染は広まり、世界中が大量殺戮テロの舞台となってしまう。
 そんな事は耐えられない。
 私は小さいながらもこの研究の核となる情報が入ったメモリーをポケットに忍ばせ、見張りの隙を突いて部屋を抜け出した。
 済まない――心の中で、娘に幾度もそう詫びながら。私の行動で、彼女が犠牲になるかも知れない。身を裂かれる思いだった。
 勿論、こんな組織に身を置いてはいても、私は完全な研究畑の人間。兵士に見付かってしまえば自分の身一つ守れはしない。速やかな行動が鍵だった。

 しかし――。
 裏切りを決めた私に、組織は一切の機会を与えてはくれなかった。
 背後に人の気配を察した次の瞬間、私の首筋を冷たい刃が掠め、次に燃える様な熱さにも似た傷みが襲った。
 最早声も出せぬ儘、私は辛うじて振り返り――小さな泣き黒子を伴った蒼い目が一瞬、霞む視界をよぎった。
 ああ、組織は確かに約束を守ったらしい。
 ちゃんと受けさせていたのだ。娘に、最高の暗殺者としての教育を。

                      ―了―


 イマイチベタだな(--;)
 てか、最近思い付く書き出しが「暑い」関連しか出て来ないんすけど☆

拍手[0回]

「早く! 階上うえに上がるんだ! 急いで!」私は階段で心配そうに振り向く娘を叱咤し、先を促した。「急ぐんだ! 階段の下迄来てる!」
 娘は蒼い顔をして、階段を駆け上り、自分の部屋に飛び込んだ。
 これで娘に関しては一安心だ、と私は大きく息をついた。
 だが――私は階段の下に視線を転じた――妻が未だ、一階の部屋に居た筈だ。彼女を助け出さなければ。
 私は意を決して、転進した。

 それは突然、思いも寄らない所からやって来た。
 一階の店舗――我が家はパン屋を営んでいるのだ――は既に閉店し、店頭のシャッターもしっかりと下ろした午後十時。そんな侵入者への備えも万全と思われていた我が家に、危難が訪れたのだ。

 ごぽり……。

 最初聞こえたのはそんな音だった。何やら重い、水を含んだ様な音。
 あるいはもっと前から怪しげな音はしていたのかも知れないが、表の激しい雨音に掻き消され、妻の不安げな囁きさえ、聞き取れない程だったのだ。そんな状態だから、音源を捜すにはかなりの注意力を要求された。 
 どうやらそれは一階の工房から聞こえる様だと気付いたのは妻だった。不安がる彼女を居間に残し、私は工房に向かった。
 ドアを開くと、何やら異質な臭いがした。嗅いだだけで食欲を減退させる、パン工房にあるまじき臭気。
 そして、私は見た。
 コンクリートの床に穿たれた排水路から、ごぼごぼと不気味な音を立てながら侵入する、それを。
 直に足元に迄忍び寄って来たそれを、私は茫然と見下ろした。
 何故そんな所から? 何故、何故!?――そんな疑問符ばかりが頭を占め、咄嗟に動く事も儘ならない。
 その状態を打破してくれたのは、娘の悲鳴だった。激しい雨音に不安になり、私達の姿を求めて階下に降りて来た様だ。
 私は急ぎ、娘を階上へと逃した――。

「大丈夫か!?」硝子戸をどうにか開けて駆け込んだ居間では、少しでも侵入して来るそれから逃れようと、妻が座卓に上っていた。行儀が悪いなどと言っている場合ではない。だが、此処では直に追い付かれてしまう。
 私は足を取られながらも前進し、妻の手を取り、言った。階上へ逃げるんだ、と。
 それには既に侵入者の所為で不安定になった床を、異臭に耐えながら進むしかない。私はしっかりと妻の手を握り、階段へと導いた。
 流石に此処迄は来ないだろう――そう安堵して振り向いたのは最上段だった。
 実際、それは階段下に蟠り、急速に嵩を増してはいたが、その勢いにも陰りが見え始めた。
 それにしても何故……?
「お父さん、お母さん!」私達の気配に気付いたのだろう、娘が自室から顔を出し、安堵の声を上げた。そして私達を部屋へと引き入れ、テレビを見るように言う。
 テレビでは臨時ニュースが流れていた。

「○○市一帯では急激に発達した低気圧の影響で、激しい雨となり、一部では下水道が排水機能の限界を超え、マンホールや排水溝から雨水が逆流、噴出する、内水被害を引き起こしている模様です。該当地域にお住まいの方はくれぐれも、ご注意下さい。繰り返します……」

 私は恨めしげに、階下で渦を撒く濁り水を見下ろした。
 雨戸もシャッターもきっちり閉めていると言うのに、そんな所から上がって来るなんて……反則じゃないのか?

                      ―了―


 や、防災記念日なので!
 実際、近年は増えているそうなので、ご注意を!

拍手[0回]

フリーエリア
プロフィール
HN:
巽(たつみ)
性別:
女性
自己紹介:
 読むのと書くのが趣味のインドア派です(^^)
 お気軽に感想orツッコミ下さると嬉しいです。
 勿論、荒らしはダメですよー?
 それと当方と関連性の無い商売目的のコメント等は、削除対象とさせて頂きます。

ブログランキング・にほんブログ村へ
ブログ村参加中。面白いと思って下さったらお願いします♪
最新CM
☆紙とペンマーク付きは返コメ済みです☆
[06/28 銀河径一郎]
[01/21 銀河径一郎]
[12/16 つきみぃ]
[11/08 afool]
[10/11 銀河径一郎]
☆有難うございました☆
カレンダー
02 2025/03 04
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31
最新記事
(04/01)
(03/04)
(01/01)
(12/01)
(11/01)
アーカイブ
ブログ内検索
バーコード
最新トラックバック
メールフォーム
何と無く、付けてみる
フリーエリア
忍者アナライズ
忍者ブログ [PR]