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〈2007年9月16日開設〉 これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。 尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。 絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
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 この部屋を空けるしかない――女は自宅二階の一室のドアを前に逡巡していた。南側の日当たりのいい部屋。
 しかし、この五年、ずっと封じられていた部屋。
 鍵は何処へやったろう? 確かあの人が何処かへやってしまった。捨てたと聞いた気もする。私が部屋に入れないように。
 私がいつ迄もこの部屋で泣き暮らさないように。
 しかし、新しい家族が増えれば、この部屋もいずれ必要になる。然して部屋数も多くないこの家で、子供部屋を用意しようとすれば、此処しか無い。
 女は膨らみが目立つ様になった腹部を撫でた。未だ当分はいいだろう。だが、この子が生まれ、育ち、自分の部屋を欲する様になる。
 彼女は重い溜め息をつき、今日はこれだけと、ドアに掛かった可愛らしい色遣いのネームプレートを躊躇いがちに外した。

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 古い呼び鈴が鳴った。
 身体を軋ませながら、やはり年月を重ねたロッキング・チェアから身を離し、フロント奥の薄暗い部屋から、細い手足で歩き出す。ギシッ、ギシッと、音が響く。
 やはり薄暗いロビーには一人の男。予約客ではない。もう長い事、この古い宿には予約など入っていない。
「飛び入りで済みませんが……」そう口を開いた切り、男は表情を強張らせると、一目散に宿を飛び出して行った。スイング・ドアが忙しなく揺れる。
 冷やかしか――彼はゆるりと頭を振ると、踵を返そうとした。この処、ああいった手合いが多い。
 と、小さな女の子の声がした。
 見ると、フロントの高いカウンターの上端から、茶色い髪と青いリボンが見えている。覗き込んでみると、十歳になるかならないか位の少女がにっこりと笑って言った。
「ごめんなさい、おじさん。迷子になっちゃったの……お金は持ってないんだけど、これを預けるから一晩泊めて貰えませんか?」
 そう言って差し出したのは、小さな金銅色の鍵だった。

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 男は手の中の鍵を弄びながら、前を行く少女の後をつけていた。
 矢鱈古めかしい造りのその鍵は、少女の落し物だった。十歳になるかならないかだろうか、茶色い髪に青いリボンのよく似合う、青い服の少女だった。
 男は彼女の身形の良さと、鍵にさり気なく凝らされた意匠から、彼女の家の経済状態を推し量る。いつもやっている事。それは彼にとっては人と会った時の条件反射の様なものだった。
 そして、彼は尾行を開始した。
 彼女が帰る家を目指して。

 住宅街を抜け、やや寂しい街外れに出る。
 こんな所に家があっただろうか――そんな疑問が頭を掠めはしたが、この鍵に見合う屋敷だ、せせこましい住宅街には似合わない。街外れなら仕事にも好都合ではないか。そう思って尾行を続ける。
 道はちょっとした林に入り、視界が遮られる様になった男は少し、距離を詰めた。
 そして、少女の前に、黒い瓦屋根の館が姿を現した。
 少女はポケットを探り、途惑った様な素振りをした。
 家の鍵が無くて慌てているのだろう――男はその様子をニヤニヤ笑って眺めている。自らの手の中で、鍵を弄びつつ。
 やがて、少女は鍵を帰路に求めたらしく、踵を返した。やや急ぎ足で道を戻る彼女を、男は木陰に隠れてやり過ごした。
 その小さい姿が角を曲がってしまってから、男は影から出て、黒い館へと向かう。子供が呼び鈴を鳴らす事も無く、鍵を探しに行ったという事は、この時間、家には誰も居ないという事だ。そう、分析しながら。
 これだけの館なのに、使用人も居ないとは無用心な事だ――口の端に哂いを刻む彼の後ろ姿を、少女が見ているとは思いもしていなかった。

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 都会では見慣れない、夜空一杯の星の輝き。
 全身で夜の冷気を受ける様にして歩きながら、直紀はバス停からの寂しい一本道をとぼとぼと辿っていた。この道が何処へ通じているのかも知らない。周りには只刈り取られた後の寒々とした田畑と、その中に点在する農家や、物置らしき小屋だけ。バス停に設置された笠付きの街灯だけが、辛うじて道を照らしているが、その範囲ももう直ぐ尽きる。
 後は細く欠けた月と満天の星明りのみ。
 直紀は白い溜め息を吐いた。
 何も考えずに――考える余裕すら無く――手荷物だけを纏め、バスに飛び乗っていた。手近にあった現金全て、換金出来そうな小物、使えるかどうか解らないが預金通帳、僅かの衣服……。位置を特定される事を恐れて、携帯電話はバスに残して来た。バスが何処迄行くのかは知らないが、此処も早く移動した方がいいだろう。
 しかしこの田舎の集落ではあれが終バスだったらしい。星明りがあるとは言え、この田舎道、遠くへ移動するのは無理だろう。
 何より、疲れと僅かばかりの安堵感が彼の脚を重くしていた。
 何処かで朝迄休もう――彼は周囲を見回した。しかし、こんな所に宿がある筈も無く、また顔を覚えられるのも望まない。近くの民家など尚更だ。
 夜露を防げそうな場所として、彼は畑の真ん中の物置小屋を選択した。トタン張りの如何にも粗末な小屋だが、夜風位は凌げるだろう。
 だが、近付いてみて落胆する。
 暫くは使わないからという事だろう。扉には何重にも鎖が巻かれ、南京錠が掛けられていた。鎖も鍵も新しく、力技では壊せそうにもない。扉は粗末な造りだが、これを壊そうとすればそれなりに音がする。聞き付けられて、駐在でも呼ばれれば事だ。
 仕方なく他を探そうとした時、足元で小さな音がした。何かを蹴飛ばした様だった。蹴られた先で石に当たったらしい音は金属質のもの。
 直紀はしゃがみ込んで、足元を探った。
 小さな、鍵が落ちていた。
「真逆な」呟きつつも、もしかして鍵を掛けた小屋の持ち主が落として行ったのかも知れないという一縷の望みを掛けて、彼はその鍵を南京錠に差し込んだ。
 カチリ、と音がして、錠は開いた。

「拾っちゃったねぇ」どこかのんびりとした少女の呟きは、彼の耳には届かなかった。そのくすくす笑いも。

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「鍵、落としたよ。お嬢ちゃん」その柔らかい声に振り返ったのは、十歳になるかならないか、青い服と髪に結んだ青いリボンが似合う、小柄で愛らしい少女だった。
「え? あ!」腰のベルトを確認して、少女は声を上げた。「いつの間に……。有難うございます。お兄さん」
 小さな手で、男から鍵束を受け取る――その手に余る程の、古めかしい鍵が沢山、一つの輪に束ねられたそれを。
 随分沢山の鍵だ。そして、その殆どが趣を異にしている。同じ家の鍵としては余りに統一性が無い感じだった。
 その違和感は少女の次の言葉で氷解した。
「お礼に一本上げます。趣味で……もう壊されちゃった様な古い家の鍵を集めてるんですけど、一杯になっちゃったし」そう言って、屈託無く笑う。
 最早無い家の鍵――そんな物を貰っても有難くもないが、トラブルにもならないだろう。男は笑って、どうしてもと勧める少女の鍵束から、一本の鍵を選び出した。

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