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〈2007年9月16日開設〉 これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。 尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。 絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
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「昨日夜霧が出ていたのは知っていますが、睡眠薬を飲んでしまったので、その時間迄は……意識朦朧として、記憶していないです」
「それで今日、夜霧がいつ出ていたのか確かめたいから、此処で会おうとかお願いしなかった? その男」
「ええ……。どうやって調べるのかとか、色々訊きたい事はあったんですけど、此処に来れば解ると言われて……。あの、隆男先輩はどうしてこちらへ?」
 大学の部活の後輩の、在学当時と全く変わりない非常に頼りない天然振りに溜め息をついて見せながら、宮野隆男は高架下の騒音に負けない声で怒鳴った。
「昨夜近所で通り魔事件があった様な所を、夕暮れにほけほけ歩いてる馬鹿を見掛けたからだ!」
「……ほけほけ歩いてる馬鹿って……もしかして私ですかぁ!?」心底心外そうに、香乃子は訊き返したのだった。因みに周囲に彼等以外の人影は――今の所――無い。
 夏とは言え時刻は午後七時も回り、人々は涼しい所に引き篭もってしまっている。それでなくともこの辺りは高速道路の騒音も手伝って、付近住民も窓を開け放つ事は殆ど無いのだ。
 そんな所で起きた事件。
 騒音と、家々の防音措置の為に悲鳴も届かず、また目撃者も居なかった。
 只一人を除いて。

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 迸る岩清水に足を取られながらも、男は険しい岩場を登り続けた。
 辺りには近頃の雨を得て、更に緑を増した草木。視界を閉ざす樹木。道と呼べるものは無く、彼はやや増水気味の川を唯一の道筋と、歩いて行った。
 来た道の方からは彼を呼び探す人々の声が聞こえるが、彼は振り向かず、只、川の上流を目指す。
 その、上流にあるもの――それが、彼がこの登山旅行に参加した理由の一つだった。
 
 それにしても昔取った杵柄なんて当てにならないものだ――すっかり弱った足腰に鞭打つ様にして、彼は登り続ける。このツアーに申し込むにも医師の診断と保証を必要とした程、彼は老いていた。未だ未だ元気な心算でも、登山靴さえ重く、杖に縋らなければならない始末。
 この状態で悪路を辿るのは無謀だったのではないか? 絶えずちらつくその思いを、彼は懸命に打ち消した。
 今は、この身体の事よりも……と。

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 月の無い夜は闇でも視認出来る眼が欲しいな。
 翼も欲しいかな?
 闇に紛れる黒い翼。それで飛んで行けば彼等にはきっと見付からない。
 何にしても、この開口部が天窓一つしか無い部屋から出られなければどうしようもないけれど。
 入って来たドアは閉じられた儘。もう何日、いや十数日になるだろうか? 此処に連れて来られて以来、誰も来ない。誰の気配も感じない。
 部屋に用意されていた大量の保存食を、勝手に食っていろと言われたから、食べ繋いではいるし、未だ未だ余分はあるけれど……。
 唯一開閉するドアはユニットバス。外から見た時には廃屋の様だったのに、ちゃんと水もお湯も出る。クローゼットには着替え迄、何十着と用意されている。だから着た切り雀になる事もないのだけれど……。
 夜を照らしてくれる灯は無いの。
 天窓を通る、あの月しか。

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 陽を受けて煌めく硝子の中を金魚が泳ぐ。
 時折水草に絡み、空気の泡を散らし、またひらひらと泳ぐ。
 泳ぎ疲れる事もなく、時に涼しげな音を立てながら、泳ぐ。
 ひらひらと、揺らめかせながら。
 大きな金色の眼をした黒猫が、興味深げにそれを見守っているが、手は出し兼ねている様だった。
 それを知ってか知らずか、金魚は泳ぎ続ける。
 陽に煌めき、青畳に透き通った影を落とす硝子の中で。
 黒猫が二又の尾を揺らしても素知らぬ顔。
 猫は二度、三度と好機を計り、撓(たわ)めた後ろ足の力を一息に解放した。
 が、障子戸の上端から下がった硝子は折からの風に揺れ、狙いを外した猫は悔しげな視線を残して縁側へと降り立った。何事も無かったかの様に、何事も企みなどしなかったかの様に毛繕いを始める。自慢の尻尾を念入りに。
 それらの有り様を珠を転がす様な声で笑って見守るのは赤い着物におかっぱ頭の小さな女の子一人だった。

「お祖父ちゃん、この部屋、草の香りがする」
「おお、お前達が帰って来ると聞いて畳を入れ替えたんだよ」
「相変わらず、不思議な程羽振りがいいね、父さん」
「お祖父ちゃんち、やっぱり居るのかな、あれ」
「あれなんて言っちゃいかんぞ? 大事な守り神様だ」
「でも、子供なんでしょ? 友達になれるかな?」

 青畳に金魚の描かれた透き通った硝子の風鈴の影が落ち、時折風に揺れては涼しげな音を立てる部屋。
 そこで親子三代とそれを見守る小さな童子は擦れ違いながらも時を共有し、歳経た黒猫は自慢の尻尾を巧に隠して大欠伸をすると、縁側に丸くなり、金の眼を閉じた。

                      ―了―

 短めに不思議な話~。
 要するに座敷童子ですね。妖視点と人間視点という事で。
 此処の所、雨の話が続きまくっている事に気付きました(笑)

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 ノートを団扇(うちわ)代わりに、蒸し暑さに集中力の殆どを失くした俺は黒板から窓の外へと、視線を移動させた。
 外は雨。昨日から降り続く、鬱陶しい雨だ。
 四階から見下ろすグラウンドには広い水溜まりが広がり、塀の向こうの道路を車が水飛沫を立てて走っている。傘の花はそれを漸(ようよ)う避ける様にして道の端を進んでいる。こんな日に外出、ご苦労様。
 尤も、俺もこの時限が終わったら帰途に着くんだけど。雨、止みそうにないなぁ。然も遠雷の響きが徐々に近付いて来る様だった。
 と、薄暗い灰色に沈んだ視界の端を、場違いにカラフルな色がふわりと横切った。
 風船?――それを認めたと同時に、頭上から教師の雷が降ってきた。
 降り続く雨に逆らう様に上昇し続ける風船。それは幾つも幾つも現れては、風に運ばれて消えて行った。
 赤、黄色、青……一個が消えると次がいつの間にか現れているのに気付く。
 何処から?――俺は教師の目を盗みながら、風船の出所を探す。歴史年表なんて後から暗記しても追い付く。それよりも風船はいつ過ぎ去ってしまわないとも限らないんだ。

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 電話が鳴っている――それは先程から解っていたが、私には出る事が出来なかった。
 例えディスプレイに表示されたナンバーが誰のものであったとしても。
 例え本当に、家族や知人の誰かが掛けたものであったとしても。
 全ての回線が、あの人に繋がっている様な気がしてしかたがなかったから。
 夜は。

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「この店、何の店だっけ?」通りすがり、ふと気になっていた事を、私は横を歩く奈緒に訊いた。
 さあ?――そんな気の無い返事が返ってきた。
 実際、その店は女子高生の気を引く様な装いでもなく、強化硝子製の自動ドアや壁全てが白いカーテンで中から覆われていた。
 三階建てのマンションの一階部分。確か二年程前にはコンビニの店舗があったという記憶はあるのだけれど、そこが潰れた後、剥き出しの儘のショーケースが暗い店内に並ぶ様を、最後に見たのはいつだったか……。
 いつの間にか看板も白く塗り替えられ、自動ドアのカラフルな線も無くなり、白いカーテンに閉ざされていたのだ。
 その看板には店名さえ、無い。
 そして店が開かれる様子も、全く無かった。

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