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〈2007年9月16日開設〉 これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。 尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。 絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
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 夜に積もったばかりの新雪の上を走る。
 靴を通して伝わる、さくっとした感触。沈み込む程には深い雪ではない。
 それでも、普段見慣れない積雪に、春奈ははしゃいでいた。
 雪を蹴散らし、走り回る。
 冬休みには山間に住むお祖母ちゃんの家で、雪遊びをするんだと、前々から楽しみにしていた。ところが、来てみれば晴天続きで、以前降った雪が遠くの山頂に張り付いているだけの景色に、春奈は少なからずがっかりしたものだった。
 冬休みも残り僅か――そんな時に降った雪だけに、春奈の喜びは一入だった。
 朝、起こされて、母の手で開かれたカーテンの向こうに広がる白く輝く光景に、着替えるのももどかしく、家を飛び出した。朝ご飯なんて、後回しだ。

「あんなにはしゃいで……。よかったですねぇ」庭を駆け回る孫を眺めて、老婆は目を細めた。「どうにか、間に合いましたねぇ」
「ああ」短い答えながら、隣に立つ老人の目も、皺に埋もれそうな程に和やかに細められている。
「雪が降らないんだったら、もうお祖母ちゃんトコなんか来ない、なんて言われた時はどうしようかと思いましたけどねぇ」その時の事を思い出したのか、老婆は物思わし気に、首を傾げた。「弾みとは言え、随分と寂しい事を……」
「そうだったな……」
「駄目で元々と、雪女様の祠にお願いして、よかったこと」
「ああ。只……」
「只? 何ですか? あなた」
「いや、何でもない」老人はそう言った切り、口を閉ざした。
 可笑しな人、と苦笑する老婆と寄り添い、未だ庭を駆け回っている孫を眺める。
 丸で、その姿を目に焼き付けようとするかの様に。

 翌日、春奈が名残を惜しみつつも帰らなければならないその日、彼女達を見送ったのは老婆一人だった。
 祖父はどうしたのかと問う春奈に、風邪気味みたいだから休ませていると答え、老婆は微笑した。
 息子一家三人を見送り、老婆は寝室に取って返した。
「あなた……。雪女様の祠にお願いすれば、雪を降らすも止ますも自由だと、この村に伝わる話を私にした時……既に、覚悟はしていたんですね」
 老人の横たわる布団の傍らに正座し、そっと、その頬に触れる。
 すっかり、冷たくなった頬に。
「余所から嫁いで来て六十年、色んな話をしてくれたのに、その話だけ、これ迄教えてくれなかったのは……その願いが代償を伴うからですか? 私が――雪女様の存在に半信半疑の私が――此処の豪雪を厭い、考えもなしにお願いに行かないようにと」
 それでも、孫が二度とこの家に遊びに来なくなるよりはと、お願いしてくれた――老婆は泣き笑いの表情で、老人を呼び続けた。
「でも、あなたが居なくなっては……私は独りじゃありませんか!」
 と――窓も戸も、しっかり閉まっている筈の寝室に、不意に冷たい風が流れた。
 不審に思い顔を上げた老婆の前に、蒼白い、女の姿。それは老人を挟んで向こう側に、ひっそりと立っていた。
「なるほど……。雪を止ませてくれという願いはあっても、降らせてくれと言うのは珍しいと思ったが……こういう事か」微かな声でそれは言い、ふと、その冷たい顔を和ませた。
「雪女……様……?」老婆は信じられない思いでそれを見詰める。「本当に……おられた」
「本当におらぬのなら、雪が降って、その願い主が身罷る訳もない」
「では、やはり、貴女が……」冷たくなった老人とそれとを見比べ、老婆は顔を顰めた。「貴女が夫の命を奪ったのですね?」
「それが約定……。自然を意の儘に操るという事はそれだけの重みを伴う事。況してや、只一人の孫の為だけとあっては――と思っていたのだが……どうやら我が儘娘の為だけではないらしい」その目は些か和らいで、老婆を見詰めている。「まぁ、今回は……おまけとしよう」
 言葉が終わると同時に、一陣の風が舞った。
 思わず伏せた顔を上げると、そこには女の姿は無く、代わりに、頬に赤みの戻った老人が安らかな寝息を立てていた。

 以来、二人は小さな祠への供物を欠かさない。

                      ―了―


 だから、寒いんだってば(--;)

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「ねぇ……。此処に居たら、怖い人に連れてかれちゃうんだよ?」
「知ってるよ」グラウンド隅の椿の木の根元にしゃがみ込んでいる所に、つっと寄って来て忠告する様に囁いた同級生位の女の子に、つばきは無愛想にそう答えた。
 そんな事、知っている。いいから放って置いて――そんな響きを滲ませて。
 だが、女の子は目を丸くして、更に言い募った。
「知ってるなら、何でこんなトコ、居るのよ? ほら、寒いし、教室行こ。あたしもこんなトコ、居たくないし」
「一人で行って」
「何でよ?」流石に、相手はむくれた。彼女としては親切に忠告しているのだから、当然だろう。「本当に、この辺りに居たのを最後に行方不明になっちゃった子、居るんだからね!」
「……知ってる」
 それでも、顎をマフラーに埋める様にしてしゃがみ込んだ儘、動こうとしないつばきに、女の子は肩を怒らせて、行ってしまった。さくっ、さくっ……その足元で、雪が硬く踏み締められている。

 知ってる――雪に埋められていくグラウンドに視線を据えた儘、つばきは脳裏で繰り返した。
 行方不明になったのはつばきの姉だった。七年前、今のつばきと同じ小学校五年生だった、お姉ちゃん。こんな雪の日に居なくなった、お姉ちゃん。
 この小学校には、所謂七不思議の様な形で、語り継がれた怪異が幾つか、あった。
 その一つが、このグラウンド隅の椿の木。赤い花咲くこの根元に夕方迄居ると、何処の誰とも知れない怖い人に連れて行かれてしまう、と言うのだ。
 椿の花が咲く時期と言えば、夕方はもう暗い。いつ迄も遊んでいないで早く帰るようにという先生方の作った話だと言う意見もあった。
 けれど実際、つばきの姉は帰って来なかった。
 誘拐なのか、家出なのか、当時はかなりの騒動になったらしい。半狂乱になる両親の姿を見せまいとしたのだろう、祖母は自分の離れに幼いつばきを囲い込み、故に詳しい話は二、三年前迄、知らされずにいた。
 今でも、何故姉がこんな所に居たのか、つばきは知らない、解らない。
 だから、此処に居れば少しは姉の気持ちが解るかと、こうしているのだが……。

 深い緑の葉に赤い花。中心の黄色が一際、鮮やかだ。
 だが、根元にぽとりと落ちた花は、何か不吉な徴の様で、つばきは自分と同じ名の木を、余り好きにはなれなかった。
 今はその緑も赤も塗り潰そうとするかの様に、白い雪が降り積もっている。
 此処にずーっと居たら、私の上にも積もるのかなぁ――麻痺した様な頭で考える事は、空回り。
 ああ、本当にそろそろ帰らないと……そう思うのに、冷え切った身体が思う様に動かない。
 おかしい、幾ら寒いと言っても、吹雪いている訳でもない。こんなに急に身体の自由が利かなくなる訳がないのに――そう思い、動かぬ足に焦りを感じた時だった。
「未だ居たの!?」降って来たのはさっきの女の子の怒鳴り声だった。「早く戻りなさいってば!」
 その怒鳴り声で、丸で呪縛が解けた様だった。
 立ち上がろうと力んでいた弾みで踏鞴を踏みつつも、つばきは木の根元に吹き寄せられた雪溜まりから這い出た。
 正直、助かった。さっきは邪険にして悪かったと、礼を言おうとして顔を上げたつばきの前に、しかし、女の子の姿はなかった。
「あ……れ……?」確かに声がしたのにと、つばきは首を傾げる。怒鳴るだけ怒鳴って、行ってしまったのだろうか。
 今度会ったら、ごめんと有難うを言わないと――そう思いながら、真白く染まったグラウンドをつばきは校舎へと駆け出した。

 が、それ以来あの女の子の姿を見る事はなかった。いや、思えば、大して大人数でもないこの学校内で、これ迄につばきが彼女に会った事は一度もなかったのだ。
 あの日、つばきを怒鳴り付けて、先に校舎へ向かった筈の女の子の足跡は、何処にも無かった。

                      ―了―


 寒い、寒い。

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「ワインの一杯位で酔いやしないさ」そう言って車のキーを掴んだ彼を、私は止めなかった。
 アルコールに強いのが自慢で、飲み会に参加しても周囲の皆が酔い潰れる寸前になっていても平気で飲み続けている――そんな人だった。
 確かに、顔の赤みはいつも直ぐに退いていたし、呂律にも怪しい所はなかった。
 思考も至極まともだった――少なくとも、本人はそう思っていた。

 でも……。
 その晩、彼は電柱に衝突した。

 彼の体内からはアルコールが検出され、何処で摂取したかが調べられた。
 不幸中の幸いは、単独事故だった事だろうか。追求には、それ程厳しさが感じられなかった。
 お馬鹿な酔っ払いが自らの体質を過信しての飲酒運転。
 自業自得だ――そんな空気が友人達の間にも流れていた。これが第三者に被害を与えでもしていたら、それどころでは済まなかっただろうが。
 それでも、彼が私の家で飲んだ事は、遂に知れてしまった。
 そして私達の関係も……。

「美和子ぉ、高山君と付き合ってるなんて、知らなかったわよ。本当、水臭いんだから」
「ね、式はいつにするの?」
 そんなからかい半分の友人達の声に、私は花籠を抱えたのとは逆の手で、しっ、と口の前に指を立てた。
「お見舞いに来て騒いじゃ駄目でしょ? 病院なんだから」
「はいはい。で? いつから付き合ってたの?」
 声は抑えつつも、追及の手は止まない。念の為と留め置かれた病室でバツの悪そうな顔をした、彼に対しても。
 さて、これで、のらりくらりと言い逃れ出来なくなったわね――私は一人、抱えた花の陰で北叟笑んでいた――思惑通り、と。

 顔の赤みが退いたからと言って、体内のアルコールが完全に分解された訳じゃあない。
 呂律が怪しくないからと言って、脳がその成分に少しも侵されていないじゃあない。 
 飲んだら乗るな――そんな当たり前の事さえ判断出来なくなっている時点で。自分は大丈夫、そんな風に気が大きくなっている時点で。
 既に立派な酔っ払いなのだ。
 
 大体――なかなか二人の関係を公にする事に同意してくれない彼に、いっそ我が家からの帰宅途中に事故でも起こせば……と企みながらも、命の危険を案じてアクセルを踏み込めないようにとちゃちな細工をした車の異変に気付かなかった貴方、実は自慢する程、アルコールに強くないでしょ?

                      ―了―


 流石に正月から、人死には出したくないやね(^^;)

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 私にくれると言ったじゃない――君はそう言って、上目遣いに僕を睨む――お母様の形見のあの指輪、将来、私にくれるって。
 ルビーの嵌った指輪は、しかし石の品質、サイズを鑑みればそれ程高級な物ではなかった。だけれど、それ以上に僕にとって意味があったのは、それが母の形見であった事。
 そして君にとって意味があったのは、それが僕の父が母にプロポーズの際に贈った物で、いずれ僕も大事な人に贈るだろうという事だった。
 それを知っていて、幼馴染の君は度々、幼い約束を持ち出した。
 
 大人になったら、あの指輪を私にくれる?――詰まりは、お嫁さんにしてくれる?――よくある、幼い夢だ。大抵は成長し、世界が広がるに伴い霧散する、夢物語。
 僕も無邪気に頷いたものだった。
 僕が学校に上がり高校、大学と進む内、自然、お互いに何も言わなくなった。
 けれど、密かに、彼女の夢は続いていたんだ。
 だから僕が別の女性に指輪を贈った時、君は突き上げる様な目で僕を見て、言った。
 私にくれると言ったじゃない――低く、噛み締める様な声音が耳にこびり付いた。

 でも――仕方がないんだ。
 君は十年前のあの日に死んだ。
 僕が当時付き合っていた女性にナイフで切り掛かり、必死の反撃にあって頭部を強打した、あの日に。
 彼女とはそれで別れてしまった。彼女には殺意はない、過剰防衛でさえない事故だと宥めたけれど、僕が一緒に居る事は、それだけで彼女の負担となり……僕は身を引くしかなかった。
 彼女は本当に、君を傷付けてしまった事を悔やんでいたよ……。
 留めは、悲鳴を聞いて駆け付けた僕が差したのだとも知らずに。

 ごめんよ、君には赤い指輪は上げられない。
 例え緋い縁で繋がってはいても。

                      ―了―


 暗いぞ~(--;)

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「やっぱり繋がらないわ……」溜息をついて、亮子は受話器を置いた。「どうなってるのかしら? 誰も出ないなんて」
 問い掛けの視線に、しかし私も首を傾げるしかなかった。
 
 面倒な宿題は皆で協力してさっさと済ませ、冬休みをのんびり過ごそう――毎年取り沙汰されながらも、一度も実行に移されなかった計画を遂に決行すべく、この日私達は亮子の部屋に集まる事にしたのだけれど……。
 約束の時間を五分過ぎ、十分過ぎても集まったのは部屋の主である亮子と、隣に住む幼馴染でもある私だけ。遅れるという連絡もない儘、誰も現れない。
 もしかしたら皆揃って日時を間違えてでもいるのかと、亮子が電話を掛けてみるものの、それにも誰も応えない。いや、それ以前に繋がらないと言う。
「ピー、ピーって、音がするだけなの。故障かしら? あ、だから向こうからも連絡がこないのかな?」
「でも、それなら携帯にでも掛けてくるか、メールするかしそうなものだけど」と、私。「本当に故障? 私の携帯に掛けてみてよ」
 頷いて、固定電話のダイヤルを回す、亮子。
 彼女の家は古風と言うか何と言うか……高校生の娘が携帯持っていないのも、家の電話がダイヤル式なのも、今時そうそうお目に掛かれる光景じゃないと思うわ。
 そんな事を思っている私の手の中で、マナーモードにしていた携帯が震えた。着信。表示は山中亮子。
「故障じゃないみたいね」私はフラップを開けて表示を見せた。「少なくとも、この家の電話の故障じゃあない」
「でも……それじゃあ、皆の電話が一斉に故障したって言うの? その方が余程あり得ないでしょ」
 確かに。
 今日約束していたのは私達の他に三人。その三人共が遅刻して、然もその三人の電話が一斉に故障するなんて……。
「何かあったのかしら……?」亮子は不安げに眉根を寄せた。
 私も、やはり不安だった。事故でもあったのか、と。三人の家は山一つ向こう。長いトンネルを通って来なければならないのだ。
「三人の家には? もし、携帯が大規模な通話障害とかあったとしても、家電とは仕組みが違うから……。もう出たのかどうかだけでも確認出来るでしょ」
 頷いて、普段掛ける事のない三人の家の固定電話の番号を名簿で確認して掛ける亮子。
 よく考えたら、亮子って携帯も、メモリー機能の付いた新型の固定電話も使ってないんだ。でも、皆の携帯の番号はちゃんと覚えてる――私は多分、携帯のアドレスに登録してなかったら、誰にも掛けられないよ。機器の記録容量が増えた分、人間の記憶容量が減ってるんじゃないかしら。
 そんな他愛もない事を考えている内に、亮子は口を開いた。不安げに、私を見詰めて。

「繋がったけど……おかしな事を言ってるの。美香子」
「美香子ぉ!? 本人、家に居るの?」私は目を丸くした。「何よ、日時間違ってたの? 真逆、本当に三人が三人とも?」
「それが……」蒼い顔で、受話器を私に差し出す。
「もしもし?」怪訝な思いで受話器を耳に当てた私は、向こうから聞こえてくる怯えた様な声に、息を飲んだ。
〈あの……私達、三人で一緒に行こうって待ち合わせして……でも、バスに乗ったらその街一帯、迂回されちゃって……。立ち入り禁止で……! 携帯もその辺では繋がらなくって、仕方なく家に戻ってニュース見たら……〉
 私は勢いよく振り返って、テレビの電源を入れた。勉強の邪魔になるからと、ずっと消していたのだ。
 けれど、電源は入ったものの、ノイズだらけで映らない。
 私は美香子の言葉を待った。
〈局地的な磁気異常で、機器類が全滅……。人体にも影響が出そうだって……。麻奈、亮子、無事なの?〉
 大丈夫なのかどうか、俄かには判断出来なかった。
 だって……そんな事が起こっているなら、どうして私達は普通にしていられるの? テレビは映らないけれど、部屋の電気は点いているし、私の携帯は無事だった。
 私達の住む街で、そんな事が起こっているなら……私達は今、何処に居るの?

 茫然とする私の手の中で、受話器は沈黙した。
 恐る恐る窓の外を見た亮子がひっ! と息を詰めた。
 私達は――宿題をしなくてよくなったのかも知れない……。

                      ―了―


 繋がらない……のは、管理画面ー!!
 やっと入れたけど……無事投稿出来るか!?

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「去年のクリスマスにね、ネックレスを贈ったんですよ。ところがそれ以降、彼女とは一切連絡が取れず……別れ話とかする事さえなく、自然消滅。一体何がいけなかったんでしょうねぇ……」
 しまった。会社の休み時間、社員食堂で同じ課の後輩と隣り合わせ、黙っているのも何だろうと時節柄無難な話題を振った心算だったが……クリスマスの思い出はいいものばかりとは限らない。
「そ、そうか……。何か気に入らなかったのかな」内心冷や汗をかきながら、適当に相槌を打つ。
「それならそれで、貶しでもしてくれればよかったんですけどねぇ。プレゼントを渡した時は『有難う』って喜んでくれていたのに、その夜別れて以降、電話にもメールにも返答もなく、消えてしまったんですよ」がっくりと肩を落とす、後輩。「帰ってからよくよく見て、安物だと思ったのかなぁ。自分としては張り込んだ心算だったんですけどねぇ」
 気の毒に――例えプレゼントが気に入らなかったとしても、姿迄消す事はないだろうに。うちの女房なんか、安い指輪でも顔だけは笑ってくれるぞ。目は笑っていないし、着けているのを見た事もないけれど。
「ま、まぁ、そういう心遣いの出来ない女性だったんだろう。いい方に考えれば、そういう子とは早めに別れてよかったんじゃないか? 何、未だ若いんだ。未だいい女性が……」
「三人目、なんですよ」私の言葉を遮って、後輩は言った。「彼女で三人目。前もその前も、やっぱりクリスマスにプレゼントを渡して……その夜別れて以降、連絡も取れない儘、自分の前から姿を消してるんです」

「……」流石に軽く、言葉を失った。
 クリスマスプレゼントを渡す度に彼女と別れる? 彼女が姿を消す?
 いや、それ以前に、そんなに次々と彼女が出来るのか、この後輩!
 ささやかな妬みとやっかみを抱えつつ、私は尋ねた。
「その二人にもやっぱりネックレスを?」
「いえ、一人目はブレスレットを、その次の子にはイヤリングをプレゼントしたんです。何が気に入らなかったのは解らないんですけど、同じ物じゃ駄目な気がして、変えてみたんですが……」
 なるほど、彼なりに考えてはいるらしい。
「しかし……余程奇抜なデザインの物でも贈ったのかい?」
 それにしたって、三人が三人共、何も言わずに姿を消すとは……。いや、彼の好みの女性が、そういうタイプなのかも知れないが。
「いえ、奇抜だなんて」彼は頭を振った。「寧ろ、落ち着いたいいデザインだと思ったんですけどねぇ。アンティークだし」
「アンティーク? 中古品か」
「嫌ですねぇ、先輩。普通の中古品とは一緒にしないで下さいよ」彼は僅かに眉間に皺を寄せた。「アンティークというのは只古いだけでなく、上質な材料、造り、それらがあってこそ使い続けられた品質。何より、大事に使い込んできた古人の思いがいい風合いを醸し出す、芸術品ですよ?」
「そ、そうか……済まなかった」いつにない後輩の気迫に気圧され、取り敢えず私は謝った。「それで、三人共、その……アンティークを?」
「はい。店で特に輝きを放って見えた物を選んだんですけどねぇ……」またがっくりと、肩を落とす。余程、自信のプレゼントだったのだろう。
「そうか……。残念だが、今度は普通に新しい物を選ぶか、そういったアンティークの良さを解ってくれる女性を探すんだな」
「そうですね……。はい、そうします」頷いて、後輩は黙々と昼食に戻った。

 数日後、彼は相談に乗ってくれたお礼にと――いや、そもそもそんな心算もなかったのだが――万年筆をプレゼントしてくれた。
 アンティークの。
「いい品でしょう。この新品とは違う深い輝きがいいんですよね」一人悦に入る後輩に、それなりの相槌と礼を言い、私は受け取ったそれをよくよく、眺めた。
 確かに新品のピカピカした輝きとは違う、使い込まれた物の持つ落ち着いた輝きがある。確かに大人なら一本は持っていたい、そんな品かも知れない。
 尤も、彼程にのめり込める物なのかどうかは、生憎と門外漢で解らないが。

 ところがその深夜、私は物音で目覚めた。
 何やら部屋の隅から、カリカリと擦る様な、いや、紙に何かを、それも一心不乱に書き連ねている様な音がする。
 目だけを動かして見るが、女房は隣で眠った儘。大体、灯も点けずに書き物などする道理もない。
 私は音のする方に視線を動かし――そこに誰の姿もない事、そしてそこにあるのが例のアンティークの万年筆をしまった通勤鞄だという事を確認した。
 カリカリ、カリカリ……音は未だ続いている。
 私は思わず咄嗟に、枕元のスタンドを点けた。
 途端、音は止み、代わりに明るさに眠りを邪魔された女房が唸った。
 私は万年筆を取り出し、掌の上のそれをじっと見詰めた。
 後輩……もしかしたら彼には、品物を使い込んできた古人の思いとかいうものが、見えるのかも知れない……。
 それを輝きとして捉え、女性達にも贈っていたのだとしたら……。
「気の毒に……」贈った者、贈られた者、双方に対して、私はそう呟いた。

                      ―了―


 普通の品が一番!?(^^;)

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 厚い雲に遮られ、見上げた空には月も無し。
 星影全て隠れ失せ、地表を満たすは人工の灯。
 その灯をも滲ませる雨の幕に、道行く人は白く棚引く溜息漏らす。

 けれど、私はほっとする。
 こんな夜には月に惑わされる心配もない。
 例え妖の血を引いていようとも……私は人の中に居られる事を願う。
 ヒトからも妖からも、変わり者と呼ばれてしまっているけれど。

 只……雨の所為で強まる並木道の臭いは、恐らくは先祖が暮らしていた森を思い出させるのだろう、少し、私の血をざわめかせる。
 そこで狩りをし、血肉を得ていた頃の記憶が眠る血を……。

 天に吠えたい衝動を、私は密かに、抑える。
 未だ、此処に居たいから……。

                      ―了―
 今日は皆既月食だったんですねぇ。
 や、一日中雨でちらりとも見えませんでしたが(--;)
 画像検索で見たら、赤銅色の月の影、妖しくも綺麗でした。

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プロフィール
HN:
巽(たつみ)
性別:
女性
自己紹介:
 読むのと書くのが趣味のインドア派です(^^)
 お気軽に感想orツッコミ下さると嬉しいです。
 勿論、荒らしはダメですよー?
 それと当方と関連性の無い商売目的のコメント等は、削除対象とさせて頂きます。

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