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山に嫁いだ娘が居ると、老婆は語った。
白い白い雪の日に、白い白い内掛け姿を見たのが最後だったと。
以来、便りの一つもありはせぬ、一体どうしておるのかと。
海に嫁いだ娘が居ると、老人は語った。
青い青い海原を背に、白い化粧が鮮やかだったと。
以来、電話の一つもありはせぬ、一体どうしておるのかと。
都会に嫁いだ娘が居ると、彼女は言った。
暗い暗い灰色の部屋、色取り取りの花に囲まれていたと。
以来、メールの一つもありはしない――代わりに来たのは知らない人からの謝罪の手紙。
――貴女の娘さんを撥ねて、死なせてしまった、幾ら詫びても詫び足りない。
一度直接お会いして頭を下げたいが、幾度電話をしても繋いで貰えない。この手紙を知人の手に託すから、もしも可能であれば連絡を頂けないだろうか。
悪い冗談だ、と彼女は言った。
娘は都会に嫁いだのだ。死んだなどとは酷い嘘。
嘘。嘘。嘘。
ええ、そうねと、私は応えた。内心、臍を噛みながら。
この施設への郵便、通信は全て目を通していた筈なのに。面会者が持ち込むとは。これからは手荷物検査も厳重にしなければ。
ここは大事な者を亡くした事実を、受け止められぬ心の塹壕。
事件や事故に巻き込まれた者の遺族に無神経に心境を尋ねるマスコミからも、近隣住民の好奇心と痛ましさとが入り混じった末の腫れ物に触る様な対応からも、何より本人の記憶からも、傷付いた心を守る為の。
だから決して、持ち込んではいけない。
例えそれが真実でも。
本人自身が、気付く迄は。
―了―
眠い。
人が減り、それに伴い商店や病院が減り、また人が減り……それを繰り返した町は、加速度的に寂れて行った。
若い者は職を求めて、この山間の町から離れて都会へ行き、年老いた者は未だ残る未舗装の山道や日々の不便さに音を上げて、名残惜しげにしながらも近隣の老人施設等に移って行った。
そんな町に、この冬、僕達は越して来た。
「買い物に出るから、この一週間で必要な物は書き出しておいて」母は連絡ノートを寄越してそう言った。毎週土曜日の日課だ。この町では商店は少なく、店の在庫切れは多い。売れないから、どの店も在庫を抱えたがらないのだ。だからちょっと纏まった買い物をしようとすると、近隣の街――と言っても車で片道小一時間も掛かるだろうか――の大型スーパーに行くしかない。車の運転が得意ではない母は、なるべくその機会を少なくしたいらしく、日曜日に一週間分の買い物をする事にしている。
友達になる様な子供も少ない町に住む僕としては、この週に一度の遠出は是非一緒に行きたい所なのだが……何やかやと用事を作り、母は僕の同行を許してくれない。同じお手伝いをするなら、家の片付けよりも買い物の荷物持ちの方が楽しそうなのに。
ともあれ、僕にとってはそのノートに欲しい物を書き込むのが、取り敢えずの楽しみではあった。
でも母曰く、欲しい物じゃなくて必要な物を書きなさい――だからかなぁ。出掛けのチェックで殆ど篩い落とされちゃうんだ。
今日だって……。
「トモキ、これは駄目よ。スーパーじゃ売ってないもの」
ともだち、という文字が傍線で消された。塗り潰す様に、何本も何本も、線が引かれる。
「これも駄目ね」
おとうさん、という文字が同様に消される。
「これは……止めた方がいいわね」暫しの逡巡と、重い溜息。
どうぶつ、という文字が消された。
「それも売ってないの?」僕は訊いた。ずっと前にテレビで、檻に入っているのを見た覚えがあるのに。
「……」また、逡巡に瞳が揺れた。が、結局母は頭を振った。「止した方がいいわ。お互いの為にね」
僕にはよく解らない。けど、母が言うのならそうなのだろう。
続いて、いもうと、かなづち、ないふ……色んな文字が消されて行く。
何だ、結局残ったのはいつも通り、絵描き帳とクレヨンか。もう一人で絵を描くのも飽きたんだけどな。
それでも、母の決定は絶対だった。
僕に家の外に出ないように言い付けて、母は車のハンドルを握った。
仕方なく、言い付けられた片付けを済ませた僕は、いつもの様に絵描き帳に向かう。後数枚しか、ページはない。道具箱を開けると色々なクレヨンがごっちゃに詰め込んである。どうしても、一箱の中から使い切ってしまう物と、使い残してしまう物が出るのだ。主にその使い残しが、詰め込まれていた。
がさがさと箱の中を掻き回して、僕は溜息をついた。早く買って来て貰わないと、やっぱりあの色が無い。
白いページを塗り潰す為の、あの色が……。
ああ、早く買って来て。
あの時に見たあの鮮やかな色を、忘れてしまわない内に紙に再現して置きたいんだ。これ迄も何枚も何枚も描いてるのに、どれだけ色を混ぜても巧く行かない。
あんな綺麗な色を見たのは、あれが初めてだったんだ。
また、見たいなぁ……。
* * *
「トモキは相変わらずよ。やっぱり未だ、外に出せない。出すのは怖いわ」新しいクレヨンの箱を落ち着かない様子で弄りながら、彼女は言った。「あの辺りはもう小さい子供も居ないから、少しだけ気が休まるけれど……」
「そうか……」隣に立った男は沈んだ表情で頷いた。「済まないな。お前に押し付けてしまって」
「仕方ないわ。貴方は仕事を辞める訳にはいかないし、始終あの子を目の届く所に置こうと思ったら、やっぱり私しか……。それより、マナは元気?」
「ああ。頭の傷も癒えた。心の方はもう少し、時間が掛かりそうだが……」
「当然、ね。訳も解らず、お兄ちゃんに殴られたんだもの。命に別状がなかったのが不幸中の幸いだわ」
「……」
暫し、二人は黙して遠くを見詰めた。
数週間前、幼い妹を金鎚で殴って怪我を負わせた息子を、それでも二人は手放せなかった。通報すれば取り上げられ、施設に入れられてしまう。そう思ったのだ。
話を聞けば聞く程に、息子の犯行動機が悪戯や嫉妬ではない事が、そこに潜む赤い色への異常な渇望が見えてきたから。
その心理が危険なものだと、知ってしまったから。
「じゃ、遅くなると心配だから、買い物を済ませて早く帰るわ」一時の平穏を吹っ切る様にそう言って、彼女はクレヨンの箱を持ってレジに向かった。
赤い色はどうせ直ぐに無くなるのだろうけれど。
―了―
皆さん、何色が好きですかー?(^^)
その通告に、ざわめきが広がった。
「我々を閉じ込めておいて、何故また……」
「決まっている。観察、研究とやらの為だ。自分達の為の」
「奴等め、我々を完全に飼い馴らしてでもいる心算か!」
「いや、未だ研究を続けているという事は、未だに我々を恐れてもいるという事だろう。もしまた我々の様なものが現れたら、対処出来るようにと……。あるいは何者かの手によって我々の内、幾らかが連れ出された可能性もあるとも考えているらしい。それだけ、我々を警戒しているという事だ」
「それでも……! 自分達の手で管理出来ると思い込んでいるんだ! でなければ、態々扉を開けたりはしないだろう!」
「それはそうだが……」
「ともあれ、また扉を開けてみろ! 外に抜け出して奴等を……」
「いや、扉は開かれん方がいい」先の通告を出したものが、厳かに言った。
何故、という問いにそれは答えた。
「此処に封じられて数十年。代を重ねては来たが、我々は他者との生存競争からは隔絶された。外に出て、あるいは外部の侵入に対して、我々は旧来の手段しか持たない。それで果たして、外で鍛えられてきた者達に太刀打ち出来るかどうか……? ともすれば、我等が種の存続の危機だ」
「何を気弱な事を……。もうすっかり、飼い馴らされちまったという訳か」
「それは違う。決して飼い馴らされた心算などない。だが、我等の手段が最早知り尽くされているのも確か。外に出ても、程なく駆逐されてしまうだろう。嘗ての様に。それに、外からの来訪者は我々を滅ぼしてしまうか、あるいは別のものに作り変えてしまうかも知れない」
「作り変え……それだ!」
「何?」
「外のものから新しい遺伝情報を貰い受け、変異してしまえば、あるいは奴等の方法も効果を失うかも知れない。そうなればまた奴等が対処方法を学ぶ迄に、どれだけの事が出来るか……!」
それらは扉の開放を、待つようになった。何代も何代も……。
しかし、遺伝情報が書き換わってしまっては、やはり種としては存続の危機ではないのか――。
「とか、そんな事考えてる様な気がしません?」減圧された部屋から出て、殺菌消毒剤のミストを浴びながら、そんな呑気な事を言う同僚に、彼は呆れ顔で舌打ちした。尤も、未だマスクの下なので表情ははっきりとは伝わらなかったが。
「だったら尚更、開閉には気を付けて下さい。下手をすれば……こちらの種が全滅させられ兼ねない細菌を扱ってるんですから」
そして人間の対処は、いつも一歩か二歩、遅れ気味なのだから。
―了―
一応元ネタ(?)は天然痘。
根絶され、今や限られた研究施設にしか存在しない筈ですが、もし……?
一瞬、雪が降り始めたのかと思った。
けれど、今日は晴天。このグラウンドから見渡す限り、風花を運びそうな雲も、見当たらない。
そして何より、頬に触れたそれは溶ける事もなく、滑り落ちた。
手に取って見ればそれは只の白い紙切れで、六角形ではなく三角形をしていた。辺りに振って来た物を見ても、やはり揃えた様に綺麗な三角形。
丸で演劇の降雪の場面に使われる様な……。
そう気付いて思わず見上げたのはグラウンドに隣接するクラブ棟。その名の通り、各クラブの部室が入っている。勿論、演劇部の部室も。
案の定と言うべきか、紙の雪は演劇部の部室の窓から、降り注いでいた。
誰かの手が一掴みずつ、ばら撒いているのだ。
一体誰?――私は眉根を寄せた。既に放課後。試験も近い事から、活動を自粛しているクラブも多い。演劇部所属のクラスメイトも私よりも先に帰って行ったから、きっと演劇部も。
何より、折角作ったのだろう「雪」を、何故グラウンドなんかにばら撒いているのだ? それも次から次へと……一体どれだけ作ったと言うの?
好奇心に負けて、私はクラブ棟へと取って返した。
演劇部のプレートの付けられた扉は、半開きになっていた。
そっと覗き込んだ私は、思わず声を上げてしまった。
部室に広がっていたのは、一面の雪――いや、雪を模した紙だった。机や椅子を埋める様に、積もっている。
そして尚も窓から紙の雪を降らせる少女が一人。
私の声に気付いたのだろう、振り返った顔は余りにも白く、演劇の衣装なのだろうか、真っ白な着物を身に着けていた。
丸で雪女の様……。
そう思った時だった、不意の一陣の風が、彼女の小柄な身体を攫った。
あっ! と手を差し伸べる間もなく、彼女は窓の外へと運ばれ――掻き消えた。
慌てて窓に駆け寄りながらも、私は解っていた。落ちたのではない、と。丸で空気に溶ける様に、消えてしまったのだと。
案の定、窓の下には只彼女の降らせた白い紙が降り積もるばかり。他に足場も何も無かった。
後日、演劇部の友人に聞いた所によると、雪女の役にのめり込み過ぎ、丸でその役に取り憑かれた様になった先輩が居たと言う。
「雪を降らせなきゃって、終いにはそればっかりで、いつの間にか転校して行ったそうだけど……。まぁ、病院、でしょうね。行き先は」部員総掛かりで後始末をさせられた事もあってか、口を尖らせて彼女は言った。「でも、真逆学校に戻って来るなんてね。まぁ、危ない人だったとしたら、あんたに何もなくてよかったわ。逃げられたのは悔しいけど」
彼女が消えた事は、言っていない。きっと誰も信じないから。只逃げられた、とだけ報告した。
それにしても、彼女は本当に雪女に取り憑かれてしまったのだろうか。あんな消え方をするのだから、きっともう人ではないモノなのだろう。
でも、どうせならもっと修行して本物の雪の降らせ方も身に付けてから来てくれればいいのに。
温暖化の影響で、もう何年も雪なんて見ていないのだから。
―了―
雪、今年は降るかな~。
呼び出した悪魔を御し切れず、生きながらに悪霊の世界に落とされた男の話を知っているかい?
そんな事がある筈がないって?
いやいや、それがあるんだよ。力の無い奴程、安易に力を手に入れて周りを見返してやろうとするからな。
無論、そんなこっちゃあ、簡単に奴等に付け入られる。
カモがネギ背負って、然も呼び出しのベルを鳴らしてくれるんだから、悪魔に取っちゃあ、お誂え向きって訳さ。
え? 酒の席に何でそんな話をするのかって?
それは勿論、あんたがやらかしそうに見えるからさ。
家族からも周囲の社会からも孤立し、無論恋人も居ない――そんなに訝るなよ。年末の準備に追われる奴も多い最中、酒場の隅っこで暗い顔で一人呑んでるんだ。大体の想像は付く。
それに呑んでるのは大して酔えもしない、安っぽい酒。自棄酒を呷ろうにも金も無い、そんな所だろう。
そんな奴に限って、俺は未だやれる、俺が出世出来ないのは周りの所為だ。見てろ、俺が本気になれば……そんな事を頭の中でほざいてる。口に出す勇気はないんだ――口に出して、じゃあ本気を出してみろと言われて、それでもどうにも出来なかった時を考えるのが怖いから。
いやいや、そう怒るなよ。
何、俺自身もそうだからよく解る、それだけの事さ。
同病相哀れむ。喧嘩する事ぁ、ねぇさ。
ん? 何? じゃあ俺もやらかしそうな奴の一人じゃないかって?
ああ……実を言うと、俺はもうやらかしちまった口でね。お陰でもうどんないい酒を呑んでも酔えなくされちまった。
え? 冗談だろう……って、そんなに笑うなよ。確かに一見実害はねぇけどよ……。酔えないんだぜ? 憂さ晴らしも出来やしねぇ。ほら、もうこんなに呑んでるのに、こうやってちゃんと話してるだろう?
何? 酔っ払いの戯言にしか聞こえない? やれやれ。
兎も角、あんたの為に言っとくぜ。あいつ等に関わっちゃあ駄目だ。
何? 呼び出し方も知らないから、心配する必要はない?
何だ、それなら安心だな。いいか、幾ら自分なら巧くやれると思っても、あいつ等を呼び出しちゃあ駄目だ。俺みたいに情けない事になりたくなけりゃあな。
* * *
そう、言いたい事だけ言って千鳥足で去って行った男の席に、一冊の本が残されているのに男は気付いた。
ぱらりと捲ってみれば、酷く簡単に平たく書かれた、悪魔の呼び出し方――男は苦笑して、それを卓上に放り出した。本当にそんなものが居たとして、こんな簡単な手段で悪魔が呼び出せる訳がない。
終始自棄酒に浸っているのはどっちだか。きっと脳もアルコール漬けに違いない。
閉店時間になり、そう笑っていた男のテーブルからは、件の本が消えていた。
* * *
ああ、簡単な手段だよ。でも、簡単な手段である程、お遊び交じりで実行する奴も居るのさ。何しろ、今時は生贄の山羊だって、簡単にゃあ手に入らないんだ。その辺は、時代に合わせて利用し易くするのが戦略ってもんだろう?
そしてやっちゃあ駄目だと言われる程、人はそれをやりたくなる。況して、他人に出来なかったとあれば、自分なら巧くやってやれる……そう思い込みたがる。
勿論、誰でもって訳じゃあない。さっきの男は本当に、やらかしそうだったからなぁ。
これでも人を見分ける目だけはある心算さ。
何せ、呼び出した悪魔の御し方に失敗し、新たな生贄を引っ掛ける為に使われるようになっちまってから、もう何十年経つか……。
ああ、また酔っ払いが何かほざいてると思ってるんだろう?
そうさ。酔っ払いの戯言さ。
ま、この本はどうだい? 何、酔っ払いの戯言なんだ。手に取る位、怖かぁねぇだろう?
……ま、それが狙いなんだけどよ――本を一冊、相手に押し付けると、酔い一つ感じられない足運びで、男は去って行った。
―了―
悪魔本のセールスマン(笑)
歳の所為かめっきり足腰が弱り、ベッドから車椅子に移るのさえ困難になっていた祖母は、何かと言うと僕を呼び付けたものだった。
やれ、ベッドのリクライニングを起こせだの、車椅子に乗せろだの。男手は僕しか居ないからと、勢い力仕事は僕の分担になっていたのだ。
でも、それは未だいい。祖母は父と別れて、未だ幼かった僕を連れた母を――実の娘とは言え――優しく迎えてくれた人だ。身体が自由に動かせていた頃は、僕の世話もよく焼いてくれた。大学にも通わせて貰った。僕にとっては二人目の母と言ってもよかった。
だから、今度は僕が祖母の面倒を見る――その事には異存はない。
只……ベッドに寝たきりで気が塞ぐ所為だろうか、祖母は愚痴っぽくなっていた。そんな支え方じゃ危ない、もっと丁寧に扱え、要領が悪い……文句を言われない日はなかった。
そして必ず、こう言うのだ。
「気が利かない子だねぇ。ジョーを見習って欲しいよ」
ジョーはうちで預かっている奴だ。
確かによく、気が利く。丸で次に祖母が何を欲するのか、その顔色を見るだけで解るんじゃないかと思う程だ。そして何より、どんな細々した雑用を言い付けられても文句も言わなければ、命令にも逆らわない。
でも……血の繋がった孫は僕一人じゃないか。他者と比べて扱き下ろすなんてあんまりじゃないか? 僕ならジョーが入れない所にでも、祖母のお供をしてあげられるじゃないか。
いや、そもそも奴と比べるのがおかしいんじゃないか?
それでも――笑われるのが落ちだからと――そんな鬱憤を祖母や母には言えず、僕はひっそりと、ジョーに対して暗い思いを膨らませていった。
遂にはこっそりと、食事に毒を混ぜようとした事もあった。だが、その微かな甘い匂いに危険を感じたのか、ジョーは口を付けなかった。何も知らない母は首を傾げながら、新しい缶詰を開けていたっけ。
そして……最初の皿に口を付けなかったジョーの体調を心配する祖母の姿を見る内に、僕は悟った。
ジョーは祖母にとって必要な存在なんだと。身体の不自由さをカバーしてくれる以上に、精神的な支えになっているのだと。
尤も、僕や母だって役割はそれぞれ違っても、皆で祖母の支えになっていると、自負はしている。そして、ジョーもその一員なのだ。
だから、僕はジョーの存在を、認めた。
* * *
あれから十年が過ぎ、祖母は僕が物心付く前に亡くなった祖父の後を追った。
それと同時に役割を失ったジョーの面倒を、僕は今、見ている。
すっかり足腰も弱り、歩くのにも難渋するようになったジョーを、一時は預かり受けた協会に引き取って貰おうかという案も出たのだが、それには僕が猛反対した。
祖母を支えてくれた彼を、今度は僕達が支えてあげよう、と。そうするべきだと思ったし、何よりそうしたかった。
その僕達に比べてずっと短い生涯の殆どを懸けて主に尽くしてくれた、年老いた介助犬を、今度は僕が支えてやりたいのだ。
―了―
珍しく犬で!(^^;)
手が滑ったのだと、彼女は言った。
ベランダの端の鉢植えの手入れをしようと、普段固定している鉢を外した途端、その手から摺り抜けて行ったのだと。
「慌てて手を伸ばしたんだけど、あっという間に落ちて行ってしまって……」涙ながらに、彼女は言う。「そうしたらその落ちて行く先に人が――貴方が居て、本当に頭が真っ白になってしまって……。本当に、ごめんなさい!」
そう、二日前、道を歩いていた僕は女性の小さな悲鳴に頭上を振り仰ぎ――マンションの遥か高層階から落ちて来る鉢植えを目にしたのだった。
「本当に、ごめんなさい! ごめんなさい!」玩具の水飲み鳥もかくやという動作で、彼女は頭を下げ続ける。
「いや、あの、もういいですから……」
「でも、貴方にこんな大怪我をさせてしまいましたし……」
「いえ、それは鉢植えの所為じゃないですから……」
そう、小さな鉢植えは辛うじて、避けた。直ぐ足元に落下して、その破片が腕を掠めたりはしたものの、大事には至らずに済んだ。
彼女は不思議そうな顔で僕を見た。では何故、そんな怪我をして、入院迄しているのだ? と問いたげだ。
僕は大きく息を飲み込んでから、言葉を続けた。
「この怪我は、足を滑らせて落ちて来た貴女にぶつかった時のものですよ」
直撃ではなかった。それは僕にとっては幸いだった。
けれど、高層階から落下した彼女には、僕はクッションの代わりにもなれなかった。
「じゃあ……結局、私の所為なんですね、その怪我は……」先程迄とは別の涙が、彼女の頬を伝った。自らの状況を悟ったのだ。
ごめんなさい――もう何度目かの言葉を告げて、彼女は姿を消した。
あるいはそれだけが言いたくて、この世に留まっていたのかも知れない。
僕は今、彼女が亡くなった場所に、花を――落下の原因ともなった花を――供えていいものかどうか、迷っている。
―了―
遅くなったので短め~。
やっぱり幽霊が怖くならねー。