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〈2007年9月16日開設〉 これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。 尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。 絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
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「昨日、あの罪人っぽい人の死と何か関連のある様な事でもしたの?」
 母の詰問に、僕は頭を振った。何も無いし、街外れにいつの間にか住み着いていた男の事なんてよく知らないよ、と。
「だけど、月夜に徘徊していて酷く怪しい素振りだったと、前に噂してなかった?」
 それはしてた。でも、そんなのは噂。怪しい男には違いないんだから、人口に上る事もあるだろう。そして又聞きで広がっていく内に尾鰭が付くのは普通じゃないか。
「でも……昨夜死体が見付かった付近で、貴方と同じ中学の制服を着た生徒を見掛けた人が何人か、居たそうよ」
 ああ、確かにあの何か心暗くも重いものを背負っているかの様にいつも俯いて歩いている陰気な男を目障りと思ったのか、単に自分より弱いものと思ったのか知らないけれど、からかいの対象にしていた同級生達は居たよ。普段から、学校でも浮いている、どうしょうもない連中だった。勿論、僕は相手になんてしなかったよ。
 まぁ……あの連中なら、度の過ぎた暴力を行使する事も考えられるね。
「そうなの……?」母の声は恐ろしい子供達への非難に満ちていた。「そんな子達とは付き合わない事ね」
 勿論さ、と僕は頷いた。彼等と近付いても、僕には何の得もない。
 無論、どこかで悪い事でもして逃げて来たんじゃないかなんて噂されていたあのホームレスにも。
 
 どちらも消えて欲しい――そう思っていたとしても、僕はこの手を汚しちゃあいない。
 あのホームレスは酷い悪人で、それを退治したとなれば一躍英雄扱いだ、何て噂をそれとなく、広めたとしても。
 そしてそれを聞き付ければ、あの目立ちたがり屋達が黙っていないだろうと、予測していたとしても。
 
 ああ、彼の死に関連があると言えば、やっぱりあるのか。
 ごめん、母さん。嘘ついちゃった、
 だけど、確かに……クリスマス迄は後数週間の間隔を残すのみとなったこの時期に、悪者退治なんて下らなくも陰惨な遊びに、僕自身は参加しなかったよ。

                      ―了―


 質の悪いやっちゃ~(--;)

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 この神様を信じなければ不幸になると言われて、俺は商店街で話し掛けてきた怪しい宗教家の目の前で、その神を模った象を思いっ切り踏み付けた。俺は神様なんか信じない、と。
 部活帰りで一緒に居た同級生達は、罰が当たるぞと言った。尤も、その顔は完全ににやけ、慌てふためく怪しい宗教家を嘲笑っている。罰なんてのも冗談だ。
 冗談……の筈だった。

 翌日、部活中にサッカーボールを追っていた俺は、急に脚に力が入らなくなった様に、その場に蹲った。更に後ろを走っていた奴の膝が、危うく髪を掠める。
「おい! 急にどうしたんだよ?」慌てて脚を止めながら、そいつは尋ねた。「脚、傷めたのか?」
「いや、何か……急に力が入らなくなって……」自分でも訳が解らない、という風に、俺は自分の左脚を見詰めた。昨日、例の像を踏み付けた方の、足を。
「真逆、本当に罰が当たったんじゃあ……」奴もそれを思い出したのだろう、顔を曇らせた。
「真逆」俺は鼻で笑って見せた。「あんな怪しいもんにそんな力があるかよ。どうせあのおっさんが考えた、新興宗教か何かだぜ?」
「そう……だよな」苦笑を浮かべつつも、奴の顔色は冴えず、その目はじっと、俺がさすり続けている脚に注がれていた。

 その放課後、やはり昨日のメンバーで帰り道を歩いていると、突然、路地から飛び出して来た一頭の痩せた犬が、俺の脚に噛み付こうとした。
 俺はそれを躱したが、犬は執拗に俺の脚を狙って来る。俺の左脚だけを。
 皆が大声を出したり、持っていた菓子を餌として遠くに投げてくれたりしたお陰で、俺はどうにか追撃から免れた。
「何だったんだ、今の犬……。お前の左脚だけ、狙ってたみたいだったぞ?」やはり昨日の件を見ていた連中は、その関連性を想起した様だった。些か不安そうな顔をして、昨日のあれが、とか何とか、囁き合っている。
「何でもないって」俺は極力明るく笑い飛ばそうとした。「只の腹減った犬だろ? 餌に釣られて行っちまったし」
「でも、それなら真っ先に、菓子持ってる奴に襲い掛からないか? お前しか襲われてなかったじゃないか」
「それはそうだけど……」
「な、昨日のおっさん捜して謝った方がいいって。本当に罰かどうかは解んねぇけど、もしもって事が……」
「何かもっと酷い事が起こってからじゃ遅いぜ? な。一緒に捜してやるから」
 口々に、皆はそう言って、昨日おっさんに会った商店街に、俺を引き摺って行く。
 そしてやはり、おっさんはそこに居た。

 今日あった事を代わる代わる、皆がおっさんに訴えた。皆、俺の事を心配してくれている、いい仲間だ……。
 おっさんは鷹揚に頷くと、再び、俺の前に例の像を差し出した。
「君が詫び、神を信じるなら、神はきっと赦すだろう」厳かに、いや、偉そうに、おっさんは言った。
 そして俺は――やっぱりそれを踏み付けた。

「何すんだよ、お前は!?」
「折角俺達が心配してんのに……!」
「また罰が当たったらどうするんだよ!?」
「てか、もっと酷くなったら……」
 口々に責める仲間に、俺は言った。
「だからだよ」と。
 そして、皆に深々と、頭を下げた。
「悪い……。しゃがみ込んだ時も、本当は脚は何ともなかったし、さっきの犬も、予め覚えさせていた臭いの粉末を着替える時にこっそり、左脚に振り掛けておいたんだ。だから……あれを踏み付けた罰なんて、ありゃしないんだよ」
 更に茫然としているおっさんを振り返り、告げた。
「悪いな、バイトの話はナシだ。俺が態とその出来の悪い像を踏み付けて、罰が当たった振りを皆に見せ付け、皆にそいつのありもしない力を信じさせる――そんなんで皆が信じるとも思えなかったし、軽い小遣い稼ぎの心算で受けたけど、やっぱ駄目だ。皆は騙せない。そんな事したら、それこそ本当の罰が当たっちまうよ」

 結局、おっさんはインチキ宗教家の噂――事実だが――を言い触らされ、街を去って行った。
 そして俺には、仲間達への奢りという罰が、下ったのだった。
 これが軽いか重いかは……俺の財布の中の「紙」のみぞ知る。

                      ―了―


 あ、最後の「紙」は「紙幣」の事ですんで(^^;)
 突っ込まないよーに!(笑)

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 昨日は月夜とそのストレスへの対処についての授業を受講する心算だった。ところが生憎と、山麓に住む特別講師を勤める男が来られなくなってしまった。
 それで今日、夜霧が漂う森の中、聞き分けのない自らのさがを抑え切れなかった俺の胸に銀に煌く弾丸が的中し……付近の村一帯を恐怖に陥れていた狼男――詰まり俺は、退治された!
 ちくしょう……。昨日、この月光を浴びての抗い難い高揚感を少しでも抑える術を聞いていたなら、俺は……。
 何故来なかったんだ、特別講師の野郎……?

 薄れ行く意識の中で、俺はハンター達の言葉にふと、耳を囚われた。

「これで昨日殺された麓の爺さんも浮かばれるだろう」
「ああ、若い頃から変わった男で、一時は奴が狼男なんじゃないかって噂迄立っていたが、選りによってその本物の狼男に殺されるとはな。歳食ってからはすっかり周りにも馴染んでたってのに……。気の毒なこった」
「まぁ、これで一安心さ。墓にもそう報告しとこうぜ」
「そうだな」

 ちくしょう……。昨日襲った爺さんが……。
 自業自得という奴か。
 だが――と、俺は未だやや裂けた口の端で笑う――安心するのは未だ早い。
 だって、少しでもこの魔性を抑える為にと集まって授業を開ける程、俺達の仲間は居るんだぜ?

 ほら、森の中から、俺を弔う低い唸り声が聞こえてくるだろう……?

                      ―了―


 周回遅れ(笑)
 流石に夜霧先生ネタも続くと飽きる(私が・笑)

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 帰りの電車の中、余りの眠さについ、うとうとしてしまった。
 残業の疲れと、心地よい揺れの所為だったのだろうか。丸で沼に引き摺り込まれる様に、意識が沈んで行ったのだ。
 だが、大きな揺れにはっと目を覚ました時の、バツの悪い事と言ったらない。隣の人に寄り掛かって迷惑を掛けていなかっただろうか、間抜けな寝顔を周囲の人に笑われていなかっただろうか、そんな想像に顔が熱くなる。
 が、恐る恐る窺った周囲には、私を睨んで顔を顰める隣人も、こっそり忍び笑いする者も、居なかった。
 誰も、居なかったのだ。
 深夜の事、満員には程遠いものの、それなりに人の居る光景の中眠りに落ちてしまった私は、この落差に途惑わずにいられなかった。
 皆降りてしまったのだろうか? いや、居ない以上、そうなのだろう。だが、皆が皆?
 そもそも此処はどの辺りなのだろう? 自宅の最寄り駅迄は七つ。腕時計を見れば、疾うに着いている時間だった。この分では寝過ごしてしまったのだろう。電車は動き続けていて、未だアナウンスは無い。線路際の景色は夜の闇に沈んでいて、見当が付かない。 
 誰かに訊こうにも、誰も居ない。

 落ち付かない気持ちの儘、私はそわそわと席を立つ。何、他の車両には未だ人が居るに違いない。
 私は前の車両へと足を踏み入れ――茫然と立ち尽くした。
 此処にも、誰も居ない。
 真逆、実はこの電車はもう今日の業務を終え、車庫に戻される所なのでは? いやいや、それなら乗務員が最終の見回りはするだろう。そして私を見付けて、起こしてくれた筈だ。
 では、これは一体……?
 私は足早に、前の車両を目指した。次の車両にはきっと、誰かが居る筈――そう、自分に言い聞かせて。
 だが、揺れる車内を幾ら歩いても、人の姿は見付からなかった。
 一両目に辿り着いても……。

 区切られた乗務員室のドアを、私は睨み付けた。
 厚い硝子の嵌ったその向こうには、子供の頃に憧れた事もある運転台が見えていた。
 詰まりその前に人の姿は無く――更に前の、電車の窓に迫った一本杉の脇の急なカーブに、私は思わずドアの硝子に両掌を叩き付けた。この儘では曲がれるスピードでも、角度でもない。
 狂った様な声を、私は上げたに違いない。
 いきなり私の肩を揺さ振った誰かの声は、酷く慌てていたから。

「橋本さん、大丈夫ですか?」
「あ、ああ……済まない。眠ってしまっていたのか……」
「もう少しですから、頑張りましょう。後はテスト走行を繰り返して不都合が無ければ、この巨大鉄道ジオラマの完成です。やっと家に帰ってゆっくり眠れますよ」
「ああ、そうだね」
 私は仮眠を取っていた椅子から立ち上がり、広い室内の大半を埋める緑豊かなジオラマを見渡した。
 なだらかな山々、その所々に密集する人家、それらの間を、一本の線路が繋いでいる。
 テスト走行中の小さな無人電車が、私達の前を通過した。
「なぁ、此処……少しカーブきつかったかな?」
 一本杉の横で、電車が大きく揺れた。

                      ―了―


 眠いですzzz

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 ある日、小学校の帰り道で子犬を拾って帰った僕は、お母さんに酷く怒られた。
 この家に犬なんか入れるんじゃない、とそれは凄い剣幕だった。
 確かにこれ迄、直接触れ合える様な動物園にも母とは行った事はなく、一緒に動物番組を見ては目を細めていた母しか知らなかった僕は、面食らってしまった。僕と同じ様に動物好きだと、勝手に思っていたのに。見るのは好きでも、実際に触れるのは嫌なのだろうか?
 テレビや写真集での動物の可愛さに釣られて、いざ飼ってはみたものの意外に世話が大変で困ったという話も、聞いた事はある。実際に飼ってみれば、写真には無い臭いもあるし、それぞれの個性もある。子犬が最初から訓練された警察犬の様な聞き分けの良さを発揮してくれる訳もない。
 だからって無責任に捨てるのは論外だけど。
 ともあれ、お母さんに犬を飼う事を禁止――と言うより寧ろ拒否――された僕は、仕方なく飼ってくれそうな人を探して、友達や知り合いに電話を掛け捲る事となった。

 そして行き着いたのは、母方の叔父――詰まりはお母さんの弟だった。

 近くに住む叔父は、直ぐに迎えに来た。
 僕が電話で訳を話したら、そりゃあ大変だろう、と苦笑していたから、お母さんの犬嫌いはきっと以前からだったんだろう。そしてそれを知っているから、早めに引き取りに来てくれた訳だ。
 僕としては、一晩位は子犬と過ごしたかった気持ちもあるんだけど……。でも、お母さんのあの剣幕じゃあ、本当に家に入れて貰えそうにない。やはり早く引き取って貰った方がいいんだろう。叔父の家ならいつでも遊びに行けるし。

 そして子犬を連れての帰り際、叔父は母がどうしてあんなに犬を拒否したのか、こっそり教えてくれた。
「姉さんはね、昔、この家で犬を飼ってたんだよ」
「え? いつ?」僕は目を丸くした。少なくとも物心付いて以降、動物が家に居た記憶はない。「僕が生まれる前の事?」
「君が生まれる三、四年前から飼っていて――君が生まれた年に、居なくなった」
「僕と入れ替わりに? だから僕は知らなかったのか……。でも、それならどうしてお母さんはあんなに犬が嫌いなの?」
「姉さんは犬嫌いなんかじゃないよ。動物は大好きな人だよ」
「え……? じゃあ、どうして……」
「……君が二箇月位の時だったかな。犬が君の脚を噛んだ――と言っても傷にもならない様な甘噛みで、気付いた姉さんが声を上げたら直ぐに放した。その時、僕も丁度遊びに来ていたんだけど、赤ちゃんだった君だって、怖がる様子もなく無邪気に笑っていた。でも、やはりその場を見ていた義兄さんは……直ぐに犬を処分するよう、姉さんに言った」
「……」
「動物好きの姉さんも、義兄さんに『実の子より犬が大事なのか?』と迄言われては……犬を保健所に引き渡さない訳には行かなかったんだ」
 保健所に引き渡された犬がどうなるか――それは僕だって知っている。
 四年も飼った犬なら、尚更情も移っていただろう。それを、僕の為とは言え処分するなんて……。寿命という自然なお別れとはまた違う、より重いものだったに違いない。
 母は二度と、そんな悲しい思いをしたくなかったのだろう。勿論、僕の事を心配してくれてもいるんだろう。

 だから、僕は早く大人になろう――叔父の車を見送りながら、僕は思った――母がまた、安心して犬でも猫でも、飼えるように。
 二度と悲しい別れをしなくて済むように。

                      ―了―


 遅くなった遅くなった★

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 今日私は、彼のあの言い様を聞けば、誰でも彼とは逆方向へと己の位置を転換したいと思うだろうなぁ、と妙に納得してしまった。

 彼は常に正論しか、言わない。
 日常に降り掛かる小さな災難に対しても、ほぼ正解と思われる答を提示する。
 だけれど、実際にその提案の通りに実行する者は少ない……。
 反発してしまうのだ。提示された、ほぼ正しいと思われる道を、しかし彼に教えられたという事実が許せなくて、敢えて外れてしまう。
 結果、やはり困る事になったとしても。
 
 何故だろう?――彼との付き合いの浅かった私は、常々疑問に思い、同時に呆れてもいた。何故、態々逆らうのだろう、と。
 が、今日、ちょっとした事で私は彼に相談し――やはり反発を覚えたのだった。

「何? 友達と喧嘩してしまった? 何を悩む事があるのだい、そんな事で?」酷く無表情な声音で、彼は言った。「一旦感情を排して原因を整理し、より悪い方が先ず非を認めて謝る。喧嘩両成敗とも言うし、冷静さを欠いて喧嘩に乗ってしまった方も謝る。当然の事だろう?」
「それはそうなんだけど……」私は俯いた。「それが出来れば悩まないよ」
 今回の原因は私にあった。そう、冷静にその原因を見詰め、頭を下げれば、友人は多分許してくれるだろう。多分……。でも、もし許してくれなかったら? 私の中に未だ燻ぶる怒りが友人の中にもあって、話をする事さえ拒否されたら? 
 それに、一旦感情を殺しても、もしまた消え去り切らないこの怒りを刺激する様な事でも言われたら……。今よりもっと、酷い事になってしまうかも知れない。
 そんな恐れから煮え切らない私に、彼は不思議そうに尋ねた。
「何故出来ないんだい?」
 それは、丸で子供にさえも出来て当然の事が、何故高校生にもなった人間に出来ないのか、本当に不思議に思っている様に聞こえ……。
「たったそれだけの事が」
 続いたその言葉に、私は思わず席を立っていた。
 たったそれだけ。確かにたったそれだけの事だろう。巧く運べばものの数分で、私は友人は仲直り。
 なのに、その「たったそれだけの事」にこんなに悩んでいると言うのに!
 況してや、あんたなんかに言われたくないわよ!
 私は憤慨し、その儘彼を残してその場を立ち去った。

「やっぱり感情のない機械には人生相談なんて無理ね!」そんな捨て台詞を、最近保健室に設置されたカウンセリング用のパソコンに投げ付けて。

 その後、いつしか保健室のパソコンは撤去された。
 保健室の先生の負担軽減にと設置された筈が、設置後却って相談件数が増えたからだそうだ。

                      ―了―
 正論だけど納得出来ない――人間ならそんな事、ありますよね?

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 絶対に部屋から出てはいけないよ――そう言い置いて階下に降りて行った兄は、未だに戻って来ない。
 両親が友人の通夜で遅くなり、彼女は母が用意して行った夕食を食べ、寝支度を整えて二階の部屋に上がったのだが……ふと気付けば、誰も居ない筈の階下から物音がする。
 両親が帰った様子はなかった。
 遅くなるから先に休むようにと言われており、また眠気を覚えてもいた。それでも、心細さもあって、両親の帰りを今か今かと待っていたのだ。車がガレージに入る音を聞き逃す筈がない。
 ドアが開いた音もしなかった。
 それなのに誰かが居るとしたら、きっと腕利きの怪盗に違いない――物音に不安を覚え、表通りに面した兄の部屋を訪れて悲鳴をあげそうになった妹に、兄はそう言って、静かにするようにと、指を一本立てた。
 そうして、様子を見て来ると、妹を部屋に残して行ったのだ。
 それから幾度も時計を見るが、兄は一向に戻って来ず、またあれ以来、物音も聞こえない。

「どうしちゃったんだろう……?」心細げに、口の中で呟く。
 何も無かったのなら、一通り家の中を見回ったら、戻って来る筈。
 真逆、本当に怖い人が居て、捕まったのだろうか?
 だが、それにしては静か過ぎる。もしそうなら兄はきっと、近所の人の助けを求めて騒ぎ立てている――それ位は幼い妹にも、解る。
 それとも、もしかしたら両親がいつの間にか帰っていた?
 いや、それなら妹を安心させる為に、笑顔でそう告げに上がって来る筈だ。あるいはやはり笑顔が目に浮かぶ様な声で、彼女を呼ぶ筈。
 本当にどうしちゃったんだろう?――不安な思いで、妹は閉ざされた儘のドアを見詰めた。
 状況が解らない儘、下に降りるのも怖いが、此処に居続けるのも怖い。
 もしかしたら怖い人が足音を忍ばせて階段を上り詰め、もうそのドアの向こうに潜んでいるのかも知れない。もしかしたら、次の瞬間には、この鍵も無いドアを押し破って入って来るかも知れない――そんな恐怖に、妹は椅子の陰に隠れて身を縮こまらせた。
 じっと、ドアを見詰めた儘……。

 それでも七歳の子供にとって、長時間に亘って緊張を持続するのは困難だった。
 何度か隠れ家から立ち上がって、ドアに耳を付け、何の物音もしない事に安堵と不安という相反する感情を覚えながら、また隠れる、そんな事を繰り返した。
 兄は未だ、戻って来ない。
 時計を見遣れば、その針は遅々として進んでいない。とすれば実際にはそれ程長い時間ではないのだろう。だが、彼女にとってみれば、それは非常に長く、そして心細い時間だった。

 と、その静けさが崩れたのは、深夜、ガレージのドアが開く音によってだった。
「帰って来た……!」小さく口の中で叫び、彼女は椅子の陰から飛び出した。窓際の綺麗に整えられたベッドによじ登り、外を窺う。間違いない。この部屋からならよく見える。門灯に照らされているのは、父の車だ。
 急いで駆け出そうとして、ふと、ドアの前で立ち止まる。
「そうだ、お兄ちゃんが絶対に出ちゃいけないって……」
 絶対に――でも、両親が帰って来たのだ。怖い事はもう何もない。
 彼女は意を決して、ドアを開けた。
 そうして一歩、部屋から足を踏み出した時、言い様のない違和感を感じた。
「あれ……お兄ちゃんって……?」部屋を振り返り、彼女は呟いた。「あたし、何でお兄ちゃんを待ってたんだろう?」
 お兄ちゃんは、あたしが生まれる前に事故で死んだのに――首を傾げる彼女の耳にはしかし、聞いた事のない筈の兄の声が残っていた。
 会った事もない、それでも彼を亡くした両親の後悔からか、こうして未だに部屋が残されている、兄。学習机の上ではどこかで会った気がする少年が、朗らかに笑っている。
 そう、会った事もない――でも、知っている気がする。彼女は混乱しながらも、兄の存在を感じていた。
 だが、それも、階上の気配に気付いた両親が彼女の名を呼ぶ迄の僅かの間の事。

「さやか? 未だ起きてるのか?」
「さやちゃん、絵本が床に落ちてるわよ? 安定の悪い所に置いちゃ駄目って言ったでしょ?」
「ごめんなさーい、ママ」あの音は絵本が置いていたソファの端から落ちた音だったのかと、安堵しながら、彼女は階段を駆け下りた。

 その背を、寂しそうな眼をした少年が見送っている事など、気付かずに。
 彼はほんの少し、今を生き続ける妹に、自分の存在を感じて欲しかっただけだった――こうして、此処に繋ぎ止められているのだと。

                      ―了―


 今日も眠い。

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プロフィール
HN:
巽(たつみ)
性別:
女性
自己紹介:
 読むのと書くのが趣味のインドア派です(^^)
 お気軽に感想orツッコミ下さると嬉しいです。
 勿論、荒らしはダメですよー?
 それと当方と関連性の無い商売目的のコメント等は、削除対象とさせて頂きます。

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