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彩の変わり始めた庭をぼうっと眺めていた僕は、必要がなくなった扇風機を納戸にしまってくれと母から頼まれた。僕が暇を持て余している様に見えたのと、母自身、納戸には足を踏み入れたくなかったからだろう。
家の一番奥に位置する納戸は小さ目の窓の際迄詰まれた箪笥や衣装ケースの所為で暗く、陰気だった。また、母は雑多に積まれた物の隙間から、大嫌いな虫が這い出て来るのではないかと、気が気ではないらしい。
ならば大掃除でもして、どうせ使われていないだろう物を片付ければいいだろうと思われるだろうが――そしてまた、母はそうしたいだろうが――残念ながらそうも行かない。
納戸の荷物の殆どは、現在入院中の祖母の物なのだ。そしてこの家自体も。元々此処から離れての借家暮らしだった僕達親子三人は、留守番を兼ねて間借りしているに過ぎない。此処に来てもう二年にはなるけれど、矢張り此処は自分の家だという実感はない。
また祖母というのが実に気の強い人で、意識不明で病院に運び込まれる迄、具合の悪さを近所の人達にも、数少ない友人達にも悟らせなかった様な人だった。祖父はもう疾うに鬼籍に入っている。息子である僕の父も、社会人となって家を出てからはお互い殆ど不干渉だった。
その所為もあって、家の奥の方への侵入は僕自身にも少し、躊躇われる。
全くの他人の家へ上がり込む様な……。
そんな後ろめたさと扇風機を抱えて、僕は廊下を奥へと進んだ。突き当りを右に曲がれば件の納戸。
少し立て付けの悪い板戸を開けて、手近な隙間に扇風機を置いて出ようとした時だった。
カリカリと、何かを引っ掻く様な音が耳を掠めた。
思わずその場で動きを止め、耳を澄ます――今は聞こえない。
外の木の枝が板塀を掠めた音だったのだろうか? いや、今日は然程風もない。それに何より、音は納戸の中からした様だった。
僕は改めて振り返り、中を見回す。
荷物の隙間から僅かに覗く窓からの弱々しい光に、僕が立ててしまったのだろう、埃が舞っている。それ以外に、動く物はない。
母が恐れる様に虫でも居るのだろうか? しかし虫にしては大きな音だった様な……。真逆、鼠? それならこんな食べ物も無い所より、台所が一番に狙われるだろう。母からそんな話は聞いていない。鼠など出たら絶対、大騒ぎする筈なのに。
納戸の暗さの所為だろうか、僕はそこに怪しげなものの影を想像し……慌てて納戸を出ると、板戸を閉め切った。
ところで、元々、納戸というのは人の寝所として使われていたものらしい。出入り口以外、障子等の開口部がなく、壁に囲まれた部屋。防犯上も都合がよかったのか、いつしか貴重品を「納める」部屋ともなったそうだ。今では不用品一時置き場みたいな扱いだけれど。
そんな部屋に一体何が居たのか――そもそも本当に何かが居たのか?
恐れと好奇心に苛まれて数日後、祖母の入院する病院から報せが入った。危篤だ、と。
取る物も取りあえず駆け付けた僕達家族の前で、祖母は亡くなった。不義理な事ではあるけれど、悲しみよりも、これからどうなるんだろうという不安感が、込み上げるばかりだった。
* * *
結局、他には身寄りがなかった事もあり、祖母の家はすんなりと、父が相続する事となった。税金やら何やら、色々大変だと頭を抱えていたけれど。
そして母は、葬儀や様々な手続きが片付くと早速、件の納戸に手を付ける事にした。当然の様に、納戸に入りたがらない、しかし片付けたい母の為、僕と父が実働部隊となった。
あの日の事が思い出され、好奇心が疼く。両親が一緒だという事で、恐怖心はやや、薄らいでいた。
然して広くもない部屋にどうやってこれだけの物が、と呆れる程に、廊下には物が溢れた。箱を開けて見れば殆どは古い衣類、寝具、雑多な小物……。
そして一竿の箪笥の一番下の抽斗を開けた時、僕は思わず声を上げてしまった。
丸で抽斗の底を床に見立てるかの様にして、小さな一式の布団が敷かれ――その中に幼い女の子を模した日本人形が一体、寝かされていたのだ。
白くふっくらとした顔、肩迄の艶やかな黒髪、美しい花模様の着物は長い間此処にしまい込まれていたにも拘らず、虫食いや黴に侵されもせず、見事に原形を留めている。
しかし、抽斗の四隅には防虫剤や湿気取り等は無く――あるのは只、小皿に盛られた塩と思しき物だけ。黒ずんでいて、とても舐めて確かめてみる気にはなれないが。
と、僕は気付いた。
掛け布団の上に出された人形の手。その小さな指先が、傷付いている事に。
丸で棺の蓋を掻き毟って破ろうとしていた死者の様に……。
脳裏に、カリカリという音が蘇ったのは言う迄もない。
音の事は誰にも言っていなかったが、四隅の塩や状態を見て尋常な物ではないと悟ったのだろう。両親は――特に母が――大騒ぎをして、その日の内に近くの寺から僧侶を呼び寄せた。どうにか引き取って欲しい、と。さもなければこの家を出るのも辞さない様子だったが、僧侶は暫し読経を上げると、人形の手を丁重に掛け布団の中に入れ、寝かし付ける様にぽんぽんと柔らかく、腹を叩いた。そして新たに四隅に粗塩を盛り、抽斗を閉める。
何故しまうのかと金切り声を上げる母に、彼は言った。これはこうする他ないのだと。
僧侶に聞いた話では、この地方では昔、亡くした子供の代わりに人形を大事に扱っていたらしいのだが、時折――ほんの時折、その人形に本当に何かが入ってしまう事があるのだ、と。それがその子供なのか、違うモノなのかは解らないそうだ。
そして、そうして何かが入ってしまった物は人に見られない様に、かつ丁寧に寝かし付け、盛り塩や札で封じるのだと言う。
僕が音の事を言うと、困った顔をして頭を振った。起きてしまったのなら、僕達家族が此処を出ても付いて行くかも知れない、と。結局の所あれは子供であり、世話をしてくれる者を求めているのだと。
あの人形が祖母や僕達にとって何だったのかは今となっては解らないが、この家に住まい続けるのであれば、寺でも出来るだけの供養はしようと約束してくれた。
結局、母もそれ以上手を付ける気をなくし、納戸は元の通り荷物をしまい直され、今では開かずの部屋となっている。僕達家族の荷物を入れる事も最早ない。
納戸は僕達の暮らすものとは別の空間――妖のものの寝所として、今も僕の家に存在している。
―了―
久し振りに書いたら、目茶苦茶長くなったんですが……(--;)
そして忍者ブログも遂に記事内に広告が表示される様になったか……(--;)
ああ、それは俳優時代の俺の芸名だよ。そう、本人。
いやぁ、懐かしいなぁ。四十代の頃――もう二十年以上前だよ。
え? 悪役がハマってたって? ああ、それはこのご面相だからねぇ。どう見たって、悪代官顔だろう? 実際、かなりえげつない役も演じたよ。
しかし、よく覚えておいでで。嬉しいねぇ、悪役でも。
え? 何で引退したのかって?
ううん、まぁ、それなりに仕事は入ってきたし、体力的にも問題はなかったんだが……。ちょっと……な。
まぁ……悪役にハマリ過ぎてたって事かなぁ。
あの当時の俺は、入る仕事はほぼ悪役。
悪代官だったり、どこぞ大企業の重役――勿論裏取引でのし上がった様な奴だ――だったり、弱者を強面で脅して虐げる様な奴だったり……。まぁ、正直嬉しくはなかったが、自分でもこの顔で主役が張れるとは思っちゃいねぇや。テレビに出られるならそれでもいい、そう割り切ってたよ。その内、俺でなけりゃあ演じられねぇ、そんな自負さえ生まれていた。
だが、その頃からだったよ。
おかしな事が続き出したのは。
俺を非難する様な嫌がらせの手紙が届く――まぁ、これは役者と役柄を混同した内容だったし、実際偶に居るんだよな。テレビに映った俺と、実際の俺を同一視する視聴者とか。迷惑だが、まぁ……それだけ俺の演技が真に迫ってるんだろうって、少し、有頂天になってた面もあったかもな。
まぁ、そんなのはマネージャーが予め目を通すとかすれば、簡単に防げる。転居して、住所を非公開にした事もあった。
ただ、それでも……何処からか、刺さる様な視線を感じる時があったんだ。
丸でナイフで刺される様な時もあれば、針でちくちくといたぶられる様に感じる時もあった。
兎に角……誰かが見ている。
敵意とか、殺意とか……そんな感情の籠った視線で。
だが、何処からかが判らない。背後から感じたと思って振り向いたら、もう右手に移動している。上かと思えば、こう……顎の下から睨め上げられている様な、圧倒的な威圧感を感じて、思わずその場から動けなくなった時もあったよ。
まぁ……普通の人間の視線じゃなかったんだなぁ。最初は手紙の事もあったし、神経が過敏になってるのかと思った事もあった。けど、どれだけ他の人間が入る隙のない場所でも感じたし、一応処方された安定剤を飲んでも、一向、その視線からは逃れられなかった。
そしてある夜――地方の旅館に泊まった時の事だったよ。
夜中に痛い程の視線を感じて目を覚ました。
身体が動かず、只見上げた天井には……無数の目が、浮かび上がっていた。
薄明かりの中に浮かび上がる、妙にぬめった白目と、その中に開いた深い深い穴の様な黒目。今思い出してもぞっとするよ。
女の目、男の目、老人の目、子供の目――どれもが俺を睨み、見下ろしていた。憎い敵を見る様な、汚らわしい者を見る様な、殺意の籠った目で。
目は口程に物を言い、とはよく言ったものだね。目だけなのにそれがしっかり、伝わってくるんだから。
ああ、でも、気を失う寸前、言葉が聞こえたよ。老若男女、入り混じった声で。でも、言ってる事は一つだった。
『死ねばいいのに……○○』
○○ってのは正確には聞き取れなかったよ。と言うか、複数の名前を同時に呼んだんだ、奴等は。
それは……まぁ、当時俺が演じていた役名の幾つかだったよ。
そう、勿論、悪役さ。
翌朝、俺は引退を考えた。
視聴者に取っちゃ、俺=悪代官であり、悪官僚であり、まぁ、要するに悪人なんだ。蛇蝎の如く忌まわしい、憎むべき敵だったんだ。
その念だけで、俺を刺し貫こうとする程に……。
だから流石に怖くなったのさ。テレビに出て、余りに多くの視聴者からの憎悪を集めるのがね。
今でも時々感じるよ、心臓に刺さる様な視線を。
そう……あんたからも……。
―了―
お久し振りでございますm(_ _)m
はっと、我に返った様子で振り向いた妹は、ああ、まただ、と溜息をついた。
何故だか、呼ばれた気がして、行ってしまう。
その先は切り立った崖だったり、海だったり、ビルの屋上のフェンスだったり……。それが危険だと、頭では理解しているのに、行かなきゃ、という思いに支配されてしまう。
幼い頃からの、妹の悩みだった。
霊媒体質とでも言うのだろうか。
妹はそういったものと関わり易い――特に、呼ばれ易い。
寂しさから仲間を求めるのか、新たな魂を取り込む事で力を増そうというのか、それらは時に、妹の様にその声を聞いてしまう者を、誘い込もうとする。
声が聞こえるだけなら無視すればいいとも言えるけれど、妹の場合は直ぐにその意思を半ば奪われてしまう。ぼうっとしている間に、危険な場所へと足を踏み入れてしまうのだ。
だから、私が見ていてあげなければならない。
常に。どんな時も。
一生涯……は無理だけれど。
だって、私の生涯は既に閉じてしまったのだから。
二年前のあの日、誘い出される様に車道に飛び出した妹を突き飛ばし、代わりに撥ねられたのは、私。
だから……私以外の誰かに呼ばれて行くなんて、許さないわ……。
妹を呼んだモノを次々と吸収し、力が増大するのを感じながら、私は考える。
いつ、その名を呼ぼうか……?
―了―
怪しい人、妖しいモノに呼ばれても、付いて行っちゃ駄目ですよー(・0・)
子供だけで川や池に遊びに行ってはいけません――そんな在り来たりの事が細々と書かれた夏休みの栞を、啓太は紙飛行機にして、飛ばした。
学校の裏手の、フェンスに囲まれた濁り池に向けて。
藻が繁茂したどろりとした緑色の池は、同様に繁茂する水草の下に何か生息しているのか、時折、とぷん、こぽり……と濁った水音を立てる。フェンスからの距離もあって、昼の光の中でも、それらの姿は確認出来ないが。
勿論、こんな所で遊ぶ子供など居ない。
啓太が時折、見に来るだけだ。
フェンスの向こうの、何かを見る為に。
一年前の夏休み、啓太は友達の一人とこのフェンスを越え、池に近付いた事がある。
大きな魚が居る――そんな噂を聞き付けてきたのは、その友達だった。
真逆と思いつつも、釣竿と網、適当な餌を持参して、フェンスをどうにか乗り越えたのだ。釣竿と言っても父の使い古しのボロ竿で、本当にそんな大物が掛かったとしても、相手にはならなかっただろう。
それでも退屈を紛らわすには丁度よかった。立入禁止の場所に忍び込むという、ちょっとしたスリルも味わえた。
糸を垂らして数十分、小鮒一匹、蛙一匹掛からないなと少し退屈してきた頃、友達が言った。
本当に何か居るのかどうか、池を木の枝で掻き回してみようか、と。
水草や藻の所為で、深さは判らない。流石に足を踏み入れるのは危険だろうが、木の枝ならと、啓太もその提案に乗った。
それでも縁の石は滑り易く、友達は足場に注意しながら精一杯、近くで拾った木の枝を水面に伸ばした。
こぽり、どこか奥の方で音がした。
ぱしゃり、木の枝が水面を叩く。続いてばしゃばしゃと、水飛沫を上げて濁った水が掻き混ぜられる。
と、藻に絡みでもしたのか、その動きが止まった。
ととと……と、友達がバランスを崩し掛けて腕を振り回す。
危ない!――そう手を伸ばした啓太の目の前で、友達の身体が大きく傾いだ。引き上げようとしてぎゅっと握っていた木の枝に、逆に引き摺られる様に。
その時、確かに啓太は見たと思った。
木の枝に絡む、藻の塊よりももっと実体感を持った、深い緑色の何かを。
次の瞬間上がった水飛沫は、友達が落ちた所為だったのか、それともその緑色の何かが躍り出た所為だったのか……。
見極める前に、啓太は意識を失っていた。
どれ程経っただろうか、池の傍で倒れている所を用務員に発見された啓太は、友達が池に落ちた事を懸命に訴えた。用務員も顔色を変え、慌てて通報。水底を浚う事になった。
救急車両を始めとして様々な作業用車両が集められ、池は水を抜かれたが――その深さを見て、啓太は呆気に取られた。
光を通さない濁った深い色の所為で如何にも深そうに見えていた池が、自分達子供の腰程しかない。
そして、友達の姿も怪しい物の姿も、何処にも無かった。
それどころか異様な程に何も、居はしなかった。
結局友達はそれ以降、行方不明となった。
啓太は幾度も、本当の事を話してくれと友達の両親から詰め寄られたが、どれだけ話しても、信じては貰えなかった。
自分でも信じられないのだからしかたがない――やがて啓太は口を閉ざした。
それでも、啓太は手掛かりを求めて池を見詰め続けている。
とぷん、こぽり……時折、そんな濁った水音を聞きながら、藻と水草に覆われた、何も居ない筈の濁り池を。
―了―
水難注意ー(--)
肝試しに廃病院に行く?
準備ねぇ……。先ず、僕なら携帯は持って行かないよ。
だって、暗闇の中、突然鳴り出したりしたら、それだけで飛び上がってしまうよ。
それにもし――苦笑いしながらも――外界との繋がりにほ……っと気を緩めた一瞬、通話口の向こうから知らない女の呻き声でも聞こえてきたらどうする……?
それとも、意味の解らないメールが来たら?
霊は意外にも電波と相性がいいと言うじゃないか。流石に自らを写した画像や動画を添付なんて事迄はないとは思うけど……。いや、解らないな、それも。
え? 脅かすなって?
やだなぁ、僕は心配してあげてるだけだよ。
勿論、持って行く、行かないは君の選択次第だ。
じゃ、気を付けておいでよ。
* * *
数日後、肝試しに訪れた数人の男女が、新しく崩れたと思しき床の穴の向こう――地下階に横たわる一人の男を発見して、大騒ぎとなった。
辛うじて息のあった男は、落下して助けを呼ぼうとしたものの、携帯は置いて来てしまい、また、人の気配を感じて声を上げても、怪異と間違われて逃げられる始末だったと、収容された病院で語った。
「畜生……。あいつがあんな事言って脅かさなけりゃあ……」何度も助けを求めて声を張り上げ続けた彼はしゃがれた声で唸った。
帰ったら思い切り文句を言ってやろう――その怒りの矛先を、その顔を脳裏で睨み付けようとして、彼は茫然とした。
「あいつ……? あいつって……誰だ?」
気を付けておいで――行っておいでとは言わなかったなと、その時になってふと、気付いた。
―了―
ま、ありがち?
今夜も天井裏から、音が聞こえる。もう何日も続く、あの音が。
* * *
越して来たばかりで、乱雑ながらも殺風景な、そして初めての俺一人の部屋にそれは夜毎流れていた。引っ掻く様な、かじる様な音。
「鼠でも居るんじゃないの?」そう言って眉を顰めた彼女は、以来何かと理由を付けて、来なくなった。
派手で自堕落だった母への反発が捨てられない俺が選んだその娘は、几帳面で、いつもこざっぱりとした服装。そしてやや潔癖症だった。
「鼠? これ迄そんな苦情は来た事がない。不衛生にしてるんじゃないですか? 困りますよ」そう言って、俺を疑わしげに見た大家は、しかし駆除業者に依頼してはくれた。痕を残されては困るからだろう。
「鼠の痕跡は見つかりませんでしたよ」天井裏を這い回った挙げ句に、そう報告した業者は、しかし一つ気になる事が……と声を潜めた。
軍手をはめた掌に載せた何か小さな物を、当惑顔で差し出す。立ち会った大家と共に覗き込むと、薄汚れた軍手には不釣り合いなカラフルな色彩。
……爪、だった。
念入りに彩色を施された、しかし付け爪などではない本物の、人の……多分、女の爪。
俺はすぐに、部屋を引き払った。
逃げなければ……その一心で。
何故ならそれは、俺を金づるとしか見ない、派手で自堕落な母の爪……。金絡みの諍いから意識不明の重体に陥りつつも、俺を追って来る、その女の証だったから。
カリ……カリカリ……。
今夜も天井裏から、音が聞こえる。
幾度転居してもついて来る、あの音が……。
―了―
夜、髪洗いながら考えたネタ投下~(・_・)
携帯にメモって書いたから記号が変かも!?
夕涼みがてらの散歩が、一体どうしてこんな事になってしまったんだろう。
陽が落ちて尚、部屋に籠もる熱気に、堪らず外に出たのは午後八時頃の事だった。
ここ数日の猛暑の所為なのか、元々型の古かったクーラーが完全に故障してしまい、急遽電気店に頼んだものの、取り付けに来られるのが明日以降だと言うのだ。矢張りこの猛暑で、需要が一気に高まったらしい。
扇風機の生温い風に、却って苛立ちを覚えた僕は小銭入れと携帯だけを持って部屋を出たのだ。
とは言え、外も蒸し暑く、また風も殆どなかったから、あまり涼む事は出来なかったが。
取り敢えず、よくクーラーの効いたコンビニにでも入って少し時間を潰してから、冷えたビールかアイスでも買って帰ろう――そんな事を考えながら、歩き出した。
田舎町の古びた住宅街の狭い路地を通り抜け、川に架かる橋の袂に出る。雨の所為で水嵩が増しているのだろうか、川の音に少しだけ、涼しさを感じた。
と――。
「あれ?」思わず、声を上げていた。「蛍?」
暗い川の上、月が作る橋の影の一段と暗くなった所に、ゆらゆらと浮かぶ、やや緑を帯びた黄色の光点。
綺麗な水辺にのみ棲むと聞いていただけに、田舎町とは言え、こんな身近な所に居るとは思いもしなかった。実際、これ迄に此処で見た事もなかったのだ。
二つ、四つ……ゆらゆらと光が乱舞する。
特に自然や虫が好きという訳じゃあなかったけれど、思わず僕は見入っていた。
六つ、八つ……何だ、結構居るんだなぁ。
徐々に数を増してくる、光。只、不思議な事に、増えるのは必ず二匹ずつ、等間隔で並んでいる事。
番いなのかな? 仲がいいんだな――そんな呑気な事を考えている間にも、増えていく。矢張り二匹ずつ、等間隔に。
そしてもう一つ、気付いた。それらは橋が作った濃い影からは出て来ない。川面はそこそこの広さがあると言うのに、何故か影の中に縮こまっている。
時折瞬きながら、丸で橋の下で犇き、上に居る僕を見上げる何物かの目の様だ――そんな想像に、ふと、背筋を冷たいものが走った。一旦そういう風に見てしまうと、尚更そう見えてしまう。
馬鹿馬鹿しい、と頭を振って、友人達にもこの情景を届けてやろうと、携帯のカメラを起動させた。
流石に暗過ぎるかとフラッシュをオンにして先ず一枚とシャッターを押した瞬間……並んで舞う光点の間に、何か異質なものが浮かび上がった。それは人の顔にも似て、それでいて酷く歪んだ印象を、その一瞬の刹那に僕の脳裏に残した。
真逆!――慌てて携帯の画面を見直す。
そこには矢張り、目だけを黄色く光らせる、蒼白い歪んだ顔が……。
「うわあああぁぁぁ!」僕は悲鳴を上げて、携帯を放り出していた。
突然の奇声に、何事かと、周囲の民家の窓に人影が立つ。何軒かのドアが勢いよく開いた。最近ではこの田舎町も見て見ぬ振りが増え、世知辛くなってきたと思っていたが、未だ未だ捨てたものでもないらしい。
只、残念なのは――後に、僕の悲鳴は橋から誤って川に転落した際のものだと判断された事だろうか。そして今の僕にはもう、抗弁も出来ないという事実は、本当に残念でならない。
彼らが駆け付けてくれる迄のほんの僅かの間、その間に、川の下に潜むもの達に引き摺り込まれたのだと……。
もし、この橋を通り掛かる事があったなら、咄嗟に放り出した携帯を捜してみて欲しい。投げ捨てる際、指が引っ掛かって、キーを押してしまったそれには、きっとあの画像が保存されている。
そして、もし、それを見ても尚、橋の下を見る好奇心があるのなら、きっと……緑を帯びた黄色の目を光らせた、僕達の姿が見えるだろう……。
―了―
暑いから(・ω・)ノ