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「困りますね、こんな所にゴミを捨てられちゃあ」丁寧ながらも咎める口調に、ついさっき道端にコンビニの袋を投げ捨てた男は反射的に振り返った。
いけね、と思わず捨てたばかりのゴミに手が伸びる。
が、それを拾って改めて辺りを見回せば、声を発したらしき人間の姿はない。付近は区画整理中の住宅地で、空き地が点在している。男がゴミを捨てたのも、鉄条網に囲まれた空き地の端だったのだが……。草茫々の空き地はあるものの、人が隠れられそうな建物とは少し離れている。電柱の陰にも、勿論居ない。走った様な気配はなかったと言うのに、声の主は何処へ行ったのだろうか?
まぁ、いいか――首を捻りながらも、男は改めてちゃんとしたゴミ箱を探す事にした。やはり、空き地とは言えゴミを捨てるのはよくないな、その辺飛んでる烏にも荒らされるだろうし、と。
「困りますね、こんな所にゴミを捨てられちゃあ」
その声に――。
珈琲の空き缶を捨てた少年がバツの悪そうな顔で。
飴の袋を無造作に捨てた中年女性が眉を顰めながら。
様々な人間が振り返り、怪訝そうにしながらもゴミを拾って行く。
尤も、中には無視を決め込む者も居た。が、素通りしようとすると……。
「困りますね、こんな所にゴミを捨てられちゃあ」再度の、声。聞こえなかったのかとでも言う様に、全く同じ声音、同じ口調で、相手が振り返る迄、それは繰り返された。
そして段々、声は近付いて来る。
「困りますね、こんな所に……」
「うるせぇな!」無視し続けた若い男が、遂に痺れを切らして振り返った。鬱陶しい奴に拳の一発もお見舞いして黙らせてやろう、そんな凶悪な顔だったが、次の瞬間、その顔は引き攣り、男は悲鳴を上げた。
『困りますね。こんな所にゴミを捨てられちゃあ』
念を押す様にそう言ったのは、電線から舞い降りて来たらしき、数十羽の烏の群れ。
慌てて逃げ出そうとした男はつつかれ、蹴られ、どうにか近所のコンビニに逃げ込んだ時には、自身がボロ雑巾の様だったと言う。
「困りますね、こんな所にゴミを捨てられちゃあ」
人間の声真似をしてどうにかそれだけを覚えた烏にはそれ以上は語り様もないが、彼等には彼等で、ゴミ問題が持ち上がっていた。
生ゴミ漁りで栄養過剰、メタボじゃ巧く飛べやしない、と。
―了―
ダイエットしてる人の前にお菓子を置くな、母よ(--;)
あ、因みに今日は5月3日で「ゴミの日」でもあります☆
珍しく家族三人が揃った朝食の席で、昔住んでいた家の夢を見たと言ったら、両親に笑われた。
「何言ってるの。聡美はこの家で生まれて、十七年間ここで育ったんじゃない」珈琲のおかわりを注ぎながら、母が笑う。
「まぁ、夢の中って不思議と、知らない場所を知ってると思ったり、地理無茶苦茶だったりするからなぁ。テレビか何かで見た場面とかが出て来て、それがそう思えたんじゃないか?」連休中はのんびり過ごすと決めて、パジャマ姿の父が言う。
そうなのかも知れない、と私も苦笑した。確かに、私には物心付いた頃からのこの家の記憶がある。夢の中の家が昔住んでいた所だと思えたのも、夢の中だからこそなのだろう。
でも……夢の中では何故かそうだと確信していたし、何よりとっても懐かしい感じがしたんだけどなぁ……。
木造平屋の一戸建て。詳しい築年数は判らないけど、板壁や屋根の傷み具合、障子や畳の日焼け具合から、かなりの年代物だと思われた。部屋数は五つもあっただろうか。台所、両親の部屋、そして私の部屋。
私の部屋?――ふと、私は首を捻る。
物心付く前の幼い子供に一人部屋は、普通与えないだろう。幼い子供は急に熱を出したり、それでなくとも何かと手が掛かるのだもの。
やはり、只の夢だったのか。少しだけ残念な気持ちで、私は肩を竦めた。
夢の家はとても居心地がよく、温かかったから。お母さんはいつも優しくて、色々教えてくれた。お父さんも陽の高い内に帰って来ては、色んな土産話をしてくれた。
何歳位だったのか、何故か顔は覚えていないのだけれど。
その夜、私はまた昔の家の夢を見た。
やっぱり、自分の家に感じられる、懐かしい家。懐かしい両親。
なのに、昨夜とは様相が違った。
近所の友達の家から帰った私が見たのは、一面の、赤。
玄関も。廊下も。台所も、居間も、仏間も……! 全てが赤く彩られていた。玄関に倒れたお父さんと、台所で倒れていたお母さん、その二人から溢れた血で。
お父さんは玄関に置いてあった傘を手に、何か、あるいは誰かと戦って、そしてお母さんはお父さんに守られながら台所に逃げ込んだものの、捕まって……。犯人は二人の返り血を浴びた儘、室内を物色し、金目の物を盗って行った。
その情景がありありと浮かぶのも、夢の中だから? だったらこんな夢、見たくない!
全てを拒絶する様に悲鳴を上げた私の頭に、何かが叩き付けられた様な衝撃が走った。痛みは無い。けれど確かにそれは悪意を以って故意にぶつけられた物だと感じられ、私は慌ててそちらを振り返った。
返り血に染まった若い男の顔。そしてその背後の、家族三人の名が記された表札――中川啓吾、佐和子、そして啓子……。
それが、私が最後に見たものだった。
「パパ、若い頃のアルバム見せてよ」翌朝、連休を満喫する父に、ちょっと甘えた声で、私は頼んだ。
「アルバム? 何処にしまったかな?」仕方ないな、と苦笑しながらも、父は数冊のアルバムを出してきた。
その中――約十八年程前の日付の中に、私は見付けた。
いや、既に気付いてはいたのだ。
夢の中の若い男の顔、その面影が、歳を重ねた父の顔に、残っている事に。
そしてネットで調べて知った事だが、私が生まれる一年程前、隣町で一家惨殺事件があり、その犯人は未だ不明だった。一家の主は中川啓吾。妻佐和子と、十一歳になる啓子という娘が居たそうだ。
あの家は今はどうなっているのだろう……? 惨劇の現場として忌み嫌われ、解体されてしまったのだろうか? それとも……?
明日、私は父にドライブをせがもうと思っている。普段仕事仕事で会話をする機会もないのだから、近場でいいから連休中位は、と。勿論、行き先は私が決める。
聡美ではなく、敵の娘として生まれ変わってしまった、中川啓子として。
―了―
連休中に何考えてんでしょね? この人は☆
「時子や、また髪が伸びたねぇ」愛しむ様に微笑みながら、老女は時子の艶やかな黒髪を撫でた。「綺麗に整えてあげるからね」
鋏を手にし、伸びた分長さにばらつきの出た毛先をカットする。
元々の肩先程だった長さが、切り揃えられるライン徐々に下がり、今では時子の背中辺り迄を黒髪が覆っている。
「これでいいわ」老婆は満足げに頷いた。
そうして正面から時子の顔を見詰め、懐かしげに、いつもの昔話を始める。
長男夫婦が共に居た頃の事、孫の時子が生まれた時の事、そして彼女の成長……。
だが、時子が小学校に上がった辺りで、老婆は口を閉ざした。
それから先の事は、彼女の記憶にはないから。
「時子や……」老婆はじっと時子の顔を――いや、その先の空間を見詰め、深い吐息を漏らした。「お前は、いつ迄も小さいねぇ……」
「義母さんは、あれを手放す気はないみたいね」諦めを含んだ溜息を零して、女は襖を閉じた。「今日も『時子』と話をしているわ」
「それだけ、兄さん家族、取り分け時子の死が応えたんだろうな」
「解らなくはないけれど……。時子ちゃんは私にとっても可愛い姪っ子だったし。でも……」
「気味が悪いからって、取り上げる訳にも行かないだろう。母さんは、あれを時子の代わり、いや、時子そのものと思っているんだから」
亡き時子の霊が宿ってでもいるのか、それとも時子を懐かしむ老婆の想いの成せる業か、髪が伸び続ける日本人形――それが時子、だった。
老婆は今日も、愛しげにその髪を撫で、話し掛ける。
「時子や、春になったらお祖母ちゃんが小学校に連れて行ってあげようね……」
来ない春を夢見て。
―了―
怖い話を目指して、何か悲しい話になった?(・・;)
本に埋もれて死ねたら本望――そう言っていた祖父が、まさに本を満載した本棚の下敷きになって亡くなっているのが発見されたのは、昨日の夜の事だった。気儘な独り暮らしの、それが最期だった。
元々、本棚の周りにさえも本が積み上げられて足の踏み場もない状態で、それらがいつ崩れてもおかしくないと思っていた、とは周囲の人の言。
だが、地震も起こらなかったと言うのに、重い本棚が倒れた事には、皆一様に首を傾げるのだった。
「お祖父さんは一体何をしていて……?」救助に入った人達によって更に掻き回された部屋で、僕は脇に除けられた本棚を見詰めて、首を傾げた。
ハードカバー、新書、文庫、様々な種類の本が所狭しと、床を埋めている。倒れた時に本棚から放り出された本も、混ざっている筈だった。最早誰にも、元は何処にあったものやら判別は付かないけれど。
足元に注意しながら、僕は本棚に歩み寄る。
よくある一部が二重になった、高さ二メートル近い本棚だ。手前のスライド部分と、大判の本を納める為だろう端の奥行きのある部分の扉にあった硝子は割れ、殆ど空になった本棚は、大きな抜け殻の様で、酷く寂しい光景だった。
今は横になっているが、足元はどっしりとしていて簡単に倒れるような物ではない。地震に備えて固定していた様な跡も無いが――月に一度、様子を見に訪ねる度に、父が固定を勧めていたらしいのだが、祖父は大丈夫だと言って聞き入れなかった。家を、そして本棚を傷付けたくなかったのではないかと、僕は思っている。
その祖父が一体何をしていて、本棚を倒す羽目になったのか……?
本棚には倒れた時に付いたのだろう、傷跡。だが、祖父は直接本棚にぶつかるより前に、そこから吐き出された本によって動きを奪われ、窒息死したそうだ。本棚はその重石の役目と言うか、止めだったのだろうか。
本棚の天板には長年の埃の積もった跡。上層の軽い埃は倒れた際に飛び散ってしまった様だが、丸で地層が積み重なる様に下に圧縮された埃は意外にもしつこく、こびり付いていた。途中の段にさえ、白く積もっている。所々、拭き取られていると言うより手を突いた様な跡があるにはあるが。
と、その埃の層にぽっかりと空いた穴が、僕の目に止まった。三センチ四方だろうか、くっきりとした正方形の、穴。何かが長年、そこにあった証拠だ。
だが、こんな所に一体何を? 本棚に限らず、箪笥の上などに、しまい切れない物を置く事はあるだろうが、こんな小さな物を置くだろうか? 然も位置的には殆ど壁際。本棚に正対しても先ず、殆どの人には見えないだろう。
一体何が……?
好奇心を刺激された僕は、現場を荒らさないようにしながらも、本棚が倒れていたという位置から鑑みて、そこにあった何か小さな物が飛ばされたであろう場所を探った。
未だ残っている硝子の欠片を避け、本を掻き分けながら漸く見付けたのは、本当に小さな、箱だった。
中には白い粉の入った、小さな硝子瓶が丁寧に収められていた。やや大きめの粒も入った象牙色の粉――後に、僕は父にそれは祖母の遺灰を分骨したものだろうと聞いた。
若い頃の事だそうだが、祖父は祖母にかなり、苦労を掛けたらしい。後先構わずに本を買い漁る癖もさる事ながら、酒癖も相当悪かったそうだ。
僕は祖父が酒を飲む所を見た事は無い。正月に親戚が集まった席でも、決してお猪口一杯にさえも、祖父は手を付けなかった。飲めないのだろうと、僕は勝手に思っていたけれど、あれは自らに酒を禁じていたのか。
三十代半ばで身体を壊して先立った祖母への、祖父流の侘びだったのだろう。
きっと、この骨灰も。
自分からは決して見えない、しかし恐らくはあの家で一番高い場所。それがあの本棚の上だった。
合わせる顔がない、しかし見ていて欲しい――そんな相反した思いが、小箱をあの場所に安置した理由だったのかも知れない。
そして……父から聞いた話では、祖父はもう長くないと、医師に宣告されていたのだそうだ。病院でチューブに繋がれているよりはと、自宅療養を選択したのだと。
昨日の夜、祖父はいよいよ死期が近いと悟り、祖母の骨灰を手元に置こうとしたのかも知れない。
埃積もる本棚に手を掛け、その跡を残し……。しかし、足を掛けた時、流石に本棚はバランスを崩した。後は、避ける事もならず……。
祖父は、祖母の元へ行けたのだろうか。
高い場所から、改められた祖父の暮らしを見詰めていた祖母は、祖父を赦すのだろうか。
葬儀の日、僕はそっと、小さな瓶を、祖父の棺に納めた。
―了―
本棚の上……今の所何も置いてません(^^;)
届かんもん☆
雨の日は嫌いだ。
あちらこちらに水が溜まり、光を反射しては鏡と化す。
舗装の仕方が悪いのか、学校帰りのでこぼこ道にはいつも無数の水溜まりが出来る。
私はそれらを見ないように、雲に覆われた空を――厳密にはそれを遮る傘の端を――見上げて歩く。それで水溜まりに踏み込んで足元をびしょ濡れにし、同じ道を帰る幼馴染に笑われる。
それでも、私は鏡と化した路面を見たくない。
勿論、普通の鏡だって極力、見ない。
だって、そこには私とそっくりの顔が映る。
当然だろうって?
自分の姿が映っているのだから?
でも、違う。
確かに鏡に映った顔は私にそっくりなのだけれど、私と同じ右目の横に、泣き黒子があるのだ。
私の鏡像なら、当然黒子は左にある筈――ならば、あれは、誰?
けれども、その表紙を見た途端に込み上げた懐かしさに、私はごく自然に、それを捲ってしまっていた。
懐かしい、本当に懐かしい笑顔がそこにあった。若き頃の、最愛の女性。切り過ぎた前髪を気にしながらも、はにかんだ笑顔が初々しい。
見なければよかった、と深い溜息をつきながら、私はアルバムを閉じた。
今、隣で眠る彼女にはその初々しさの欠片も無い。そして笑顔もない。
尤もそれはお互い様。
今の私にはもう――起きている彼女の前でページを捲る事も出来ない。
毎朝、私の遺影を見ては溜息を漏らす彼女は、本当に怖がりだから。
―了―
本棚の整理をしていて疲れたので、短めに~(--;)
……そう、本の整理中にページを開いてはいけないのです!(笑)