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〈2007年9月16日開設〉 これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。 尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。 絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
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 夜霧がたなびく中、細い吊り橋を渡らなければならない、その緊張を緩和する心算だったのだろうか? 幹也は不意に歌い出した。
 だが、その目論見が成功したかどうかは甚だ疑問で、やや上擦った歌声に、啓太の背に負われた子供がびくりと身動ぎした。
「夜中に下手な歌、歌うなよ」顔だけ振り返って、子供に大丈夫と笑みを見せてから、啓太は抗議した。「昔から蛇が来るって言う……のは口笛か。何にしても気持ち悪いだろ」
「どっちにしたって、こんな未だ雪の残る山ん中だ。蛇も未だ冬眠してるだろうよ」悪怯れもせず、幹也は肩を竦める。「それより……そんな山ん中にこんな小さな子供が独りだけで居た事の方が、俺は気味悪いんだけど」
 二人の視線は自然と、啓太が負う子供に向かった。
 五歳位だろうか、小さな男の子はおどおどと、二人を見返した。

 山登り――それも一般的な登山ルートとは違う道を歩くのが、幹也と啓太の共通した趣味だった。
 当然、それらの道には道標が無い事も、また道自体が閉ざされている事も、ままあった。それでもどうにかこうにか通行可能な獣道をも探し出し、彼等は踏破するのだ。当然そこには野生動物との遭遇や、滑落などの危険が付き纏うが……あるいは彼等はその危険を楽しんでいるのかも知れない。
 しかし、この日は日帰りの筈が予想外の霧に迷い、山中に一泊する事になってしまった。無論、そういった事態も考えて、保存の利いて嵩張らない食料や、保温シートなど、最低限の準備はして来ている。
 突然の鉄砲水を考慮して川から離れ、地盤のしっかりした森の中、僅かに開いた場所で火を起こす。
 そうして食事を取りながら、明日の手順を相談していると、二人の耳に微かに人の声が届いた。それも未だ小さな、子供の泣き声が。
 霧に巻かれないよう、火を起こした場所の樹にロープを結び、声のする方へと向かった二人は、小さな男の子がたった一人で蹲っているのを見付けて、驚いたのだった。

「なぁ、本当にどうして一人であんな所に居たんだ?」子供の足に未だ僅かだが凍傷の兆しを見付け、雪残る山中に置いてはおけないと、急遽下山を決めた啓太が改めて尋ねた。吊り橋迄の道中、幾度も名前や身元に繋がるもの、どうして一人で居たのかなど尋ねたのだが、子供は一向に喋らない。声が出ない訳でも、言葉が解らない訳でもない様なのだが。
「お父さんとか、お母さんは?」幹也が更に質す。「真逆、山の中に住んでるって訳じゃないだろう?」
 登山前の下調べは幹也の担当だった。当然、入念に行ったが、この山中に人の暮らす村や集落は存在しないとの事だった。
 子供は首肯するでも否定するでもなく、問い詰められるとぐずり始める。その繰り返しで一向に聴取は進まないのだった。
「仕方ないな。兎に角降りるか」幹也は肩を竦め――再び、歌い出した。
「おい、歌は止めろって」同時に再び背後に動きを感じ、啓太は窘めた。「然も何だ? その聞いた事もない、何か暗い童謡みたいな歌。どうせならもっと明るい歌にしろよ」
 しかし、幹也は曲を変える事も止める事もなく、歌っている。
 背後の子供が震えるのを感じ、更に強く窘めようとしたその時、ふっ……と、その背が軽くなった。
「え?」啓太は前につんのめりそうになって慌てて体勢を立て直しながら、振り返る。後ろ手に組んで子供を支えていた手を解いてはいない。しかしその体勢の儘、子供の身体の感触と重さが消えている。
 歌うのを止めた幹也と啓太が見詰める中、腕を擦り抜ける様に地に降り立った子供は――子供だったものは、一瞬恨めしげな目を幹也に向けると、霧の中へと四本の足で駆け去った。

「……今の……狐?」正に狐につままれた様な顔をしている啓太の肩を、幹也がつついた。振り返り、彼が指し示す先を見れば、渡る筈だった吊り橋。
 一陣の風にさぁっと霧の吹き払われた空間に現れたそれは、床は半分程抜け落ち、ワイヤーは今にも切れそうで……とても大人二人の体重を支えてくれそうには見えなかった。
「化かされる所だったな」幹也は肩を竦め、言った。「地元じゃ昔から言い伝えられてるそうで、狐避けの歌なんてのも残っていたよ。下調べの際に聞いたんだが、覚えておいてよかったな」
 もしやと思って歌ってみたんだが――と言う幹也に、啓太は思わず喚いたのだった。
「情報はちゃんと開示しろよ!」

 人里離れた山中では、時折怪異に遭遇する事もある……と言う。

                      ―了―
 敢えて学園シリーズから離れてみる(笑)
 夜の山中に子供……怪しさ大爆発ですな(^^;)

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 人形を窓辺に飾るのは止めて頂戴――珍しく直々にやって来た向かいの家のお婆さんは妙に真剣な表情でそう懇願した。
 私は途惑いながらも曖昧に頷く。頷かざるを得ない程、真剣な面持ちだったからだ。
 お婆さんが安心した様子で帰って行くと、私は二階の自分の部屋に上がった。問題の人形はその窓辺に飾ってあるのだ。
 もう十年程も前に母が何処だかの土産で買って来た、陶器の人形。白い肌に亜麻色の髪、青い目。フリルのふんだんに付いた服は、幼い頃の私の憧れでもあった。今では動き易いのが一番と、ラフな格好に終始しているけれど。
 この人形が此処にあると何だって言うんだろう?――人形を抱き上げつつ、私は首を捻った。
 お婆さんは只、此処に飾らないでくれと、丸で呪文の様に繰り返すだけだった。確か未だ六十代だった筈だけど……惚けたんじゃないわよね?
 私は取り敢えず人形をベッドの上に置いて、窓から外を見渡す。
 うちのささやかな前庭、門、道路を挟んでお向かいの門、庭、そして隣の御宅。ほぼ中央に玄関、向かって右手には――換気扇が見えるから――キッチンらしき部屋。そして左側には……窓からお婆さんがこちらを見上げていた。

 ぎくり――何となく私は窓辺から身を引く。鼓動が、早くなる。
 目が合いはしなかった筈だけれど、私が見ていた事には気付いただろう。
 私が頼まれた通りに人形を除けたかどうか、確認していたのだろうか? きっとそう……それだけなのだろう。でも――何故、そこ迄? あの人形が窓辺にあってはいけない、どんな理由があると言うのだろう。
 それに、何故今になって?――向かいの家族が越して来たのはもう三年以上も前の事。以来、特に深い付き合いではないものの、平穏な近所付き合いを続けてきた筈だった。お婆さんにしても、道で会えば挨拶を交わし、時折お孫さんが遊びに来たからと腕を振るい過ぎて余ったと言ってはお裾分けを持って来てくれる、そんな仲だった。そう言えば、最近は来ないけれど。
 そして件の人形はもう十年程、この窓辺に飾られている。
 なのに、何故今更?

 結局窓辺からは見えない箪笥の上を整理して、そこに人形を飾る事にした。理由は解らないけれど、お婆さんが嫌だと言うのなら、敢えて窓辺に拘る理由は私には無い。
 ところがその夜――窓のカーテンを閉めようとして、私はふと、それを目にしてしまった。
 昼間見た窓辺に立って、やはりこちらを見上げている、お婆さんの姿を……。
「!」私は力一杯、カーテンを引いた。窓に背を向け、鼓動が鎮まるのをじっと待つ。
 そうして顔を上げた正面には、問題の人形。何の変哲もない、お人形。
 それの何処に、お婆さんは拘っているのだろうか? それが見えなくなってからも――丸でそれが再び窓辺に現れる事を恐れているかの様に――窺っているなんて。
 その夜は結局、殆ど寝付けない儘、朝を迎えた。

 翌日、向かいの奥さんが訪ねて来たと聞いて、私は途惑った。
「ごめんなさいねぇ」お婆さんの実の娘だと言う彼女は、私の顔を見るなり、頭を垂れた。「母がおかしな事を言ったみたいで……。二週間程前に姪が……別居している妹の娘が急な病で亡くなってから、少し……参ってるみたいなのよ」
「そんな事が……」私は掛ける言葉に詰まる。「さぞ、お辛かったんでしょう。お孫さんが来る度にあんなに楽しそうにお料理作って……。とっても、楽しみにしていたんでしょうに……」
「ええ……。一週間程は落ち込んで、食事も喉を通らない程だったわ。でも、最近は……ある意味、もっと悪いかも知れない」
「……と言うと?」ざわり、胸騒ぎを抑えて、私は尋ねた。
「丸で姪がその場に居るみたいに、話すのよ。姪を亡くしたショックで参ってるんじゃないかと、心配で……。昨日だって窓からこちらのお宅を見上げては、ぶつぶつ言ってたのよ。『駄目よ、まぁちゃん』――まぁちゃんっていうのは姪、政美の愛称なの――『あれはお隣のお姉ちゃんのお人形なの。手を出しちゃ駄目。いつか、私がまぁちゃんのお人形を持って行ってあげるから』……って。確かに生前から姪は貴女のお人形に憧れて、窓から見上げている事があったけれど、丸で今でもそうしているみたいに……。あ、ごめんなさいね、気味の悪い話をして」
 いえ、大丈夫です――そう答えながらも、私の脳裏にはこちらを見上げるお婆さんの姿が去来していた。
 その直ぐ横には、小さな女の子がきらきらした目を人形に向けている……。
 小さな子供特有の素直な欲望をぶつけられたお婆さんは、それでもどうにかそれを抑えようとし、せめて人形が見えない所にあればと、私に人形の移動を頼みに来た――そういう事だったのかも知れない。

 程なくして、お婆さんは亡くなった。
 私のによく似た、フリル一杯のドレスを着たお人形を買った、その翌日だった。

                      ―了―


 怖い話を書こうとすると悲しい話になる……よくある事です!?(^^;)

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「何処に行ってたの?」やや非難を帯びたその言葉を余所に、舞香はさっさと自分の部屋へと上がってしまった。
 日が暮れる時分迄帰宅しなかった娘にお小言をと気負っていた母親は、険しい表情を作ってその後を追うが、その鼻先でドアを閉められて言葉を失くした。

「今日は学校はどうだった?」三人が卓に着いた夕食の席、父親は勤めて娘に声を掛けるようにした。こうして共に居る時間は少ないのだから、と。
 舞香からの答えはない。黙々と、料理を口に運ぶだけだ。
 仕事仕事で放って置いたツケなのかと、父親は深い溜息をついた。

「うち、おかしな事ばかりあるのよね」部屋に戻って、舞香は友人の皐月に電話した。「夕方、伯父……じゃない、お義父さんもお義母さんも未だ帰ってない筈なのに、人の気配がしたり、夕食の時にも声が聞こえたり――ううん、はっきりした声じゃないから、誰の声とか、何言ってるかとかは解らないんだけど――部屋に居る時だけよ。何も感じないのって。まぁ、部屋は両親が居た頃から、誰も入らないでって張り紙してあるんだけど……その所為かな?」
 両親が事故で亡くなってからと言うもの、おかしな事ばかりよ、と苦笑する舞香に、突っ込んでいいのか迷う皐月だった。
 あんた、鈍いんじゃないの?――と。

                      ―了―
 眠いので短めに(--;)
 幽霊屋敷の住人が、鈍い人ばかりだったら……幽霊、困る!?(^^;)

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 列車が通り過ぎた後を、僕はぼんやりと眺めていた。
 辺りに広がる菜の花畑が、二両編成の列車が起こした強風に未だ揺らぎ、丸で手を振っている様だった。
 去り行くものに向かって。

 好天に恵まれた休日、僕は使い古したカメラを持って、とある駅を訪れた。
 狭い山道を辿って、無人の駅舎を前にした時、懐かしい様な物寂しい様な感傷に囚われた。駅名を刻まれた看板はすっかり文字が掠れ、隅には蜘蛛の巣が張られている。長年風雨に洗われて黒ずんだ板壁、所々罅の入った冷たいコンクリートの床。駅員詰め所の窓口には薄いカーテンが下げられていたが、詰め所そのものには鍵も掛けられていない。
 ガランとした待合室には、固定された椅子と灰皿だけが並んでいる。壁には通学途上の学生達か、何処かの不心得者の仕業か、雑多な落書きが記されていた。
 窓からの日差しに、埃が踊る。
 僕は改札を通って、ホームに上がった。

 屋根が一部しか無い、ささやかなホーム。一応、小さな待合室が備えられてはいた。やはり窓の桟には埃が積もり、戸の建て付けも怪しくなっている。手を掛けてはみたが、ガタガタと音ばかりで一向に敷居の上を滑らない。僕は諦めて、外からの撮影で我慢する事にした。

 明るい陽光を頼りに撮影を続ける。
 ホームの直ぐ傍に迄迫った草叢、菜の花の群落。それらが風にそよぎ、色を添えてくれる。
 僕は線路に降り、その片隅に咲いた白い花を撮影した。
 と――遠く、汽笛が聞こえてきた。
 真逆、と僕はそちらを振り向いた。だが、確かにそれは二度、三度と聞こえ、更には足元から振動が伝わってくる。
 間違いない、線路上を列車が近付いて来る! 然も急速に。
 僕は慌ててホームに這い上がった。
 立ち上がって振り向いた僕の前を、黒い車体が轟音を立てて走り過ぎた。黒い煙が流れ、鼻と喉を刺激する。流石にシャッターを切る事も忘れて、僕はその車体に見入った。
 やっとカメラを持ち上げたのはそれがホームを通過してしまってからで――ファインダーを通して見たそこには、何物の姿も無く、只花々が風に煽られているだけだった。
 慌ててカメラを下ろし、僕はもう遠くなってしまった煙棚引かせる車体を呆然と見送った。

 その後どれだけ調べても、その日、この廃線となった線路を機関車は愚か如何なる車両も通る予定も、またその事実も無かった。
 廃線の駅巡りをしていてあんな物を見たのは初めてだったが……写真には収められないらしいのが、些か、惜しい。

                      ―了―


 列車の幽霊ってあるんかいな?(・・?

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 その時は不思議と直前に犯してしまった罪と、辺りに満ちる血の匂いを実感しなかったよ。
 でも、それはきっと、僕等を無視してきた周囲の人間へ報復したいという思いが強かった所為なのかも知れない。一種の充足感が、僕の感覚を麻痺させていたんだと思う。
 でも、昨日改めて自覚した罪と共に、僕等は精神的な牢獄に安住する羽目になる筈だったみたいだ。
 だから、今こうして僕等は、逃げている。帰るべき場所を目指して。

 逃げずに戻った方がいい、と連れは言った。彼等――ある者は喉を掻き切られ、ある者は鈍器で打ち据えられ、いずれも僕等の足元に転がった人間達――は決して敵ではなかった筈だと。治療の為に来てくれていたのだと。
 僕はそれに対して反駁した。
 確かに奴等は治療――と、もしかしたら研究――の為に来たのだろう。だが、それは僕等の為になるか? 僕等は無視されたのではなかったか? 
 確かに話を聞いてはくれたさ。あくまで、研究対象として。そして、排除すべき対象として。
 でも、と連れも言葉を返す。この儘逃げて、僕等は元より……彼に益があるのかと。
 僕はにやり、と口元だけで笑う。
 彼――僕等の主人格に益など無い、と。
 ここで奴等が言っていた様に僕等別人格がその主人格と統合してしまえば、彼の罪に対して、これ迄の様に心神耗弱など精神的な理由を振り翳しての弁護は難しくなるだろう。
 寧ろ、これ迄多重人格を装っていたのを見破られそうになって医師達を殺して逃げた――そう見られても仕方ない。

 彼に対して保護的な役割を勤めていた連れは、僕を非難した。彼が危地に陥ると解っていてやったのかと。
 当たり前だ。
 別人格に支配されて殺人鬼になっていた――そう主張する主人格が、その言い訳の為に作り出した人格こそが僕なのだから。
 ああ、確かに彼は多重人格だった。少なくとも僕を含めて二人以上の別人格を住まわせていた。
 だが――本当の殺人鬼は、主人格だけだった。

 奴等を殺したのは確かに僕だ。殺人鬼ではない僕としては、その事には些かの申し訳なさと、後悔の念を抱かないでもない。利用した事には違いないのだ。
 僕が本当に報復したかったのは、主人格只一人だったから。
 だから、彼等を利用した事を無駄にしない為にも、僕等は帰るよ。
 唯一、捕えられる実体を持つ、彼の心の中に。

                      ―了―
 別人格舐めたらあかんでー(?)

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「ごめん! 日直で遅くなっちゃった!」

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 雨の中、独り歩くのは嫌いではなかった。
 手に持った傘に伝わる振動、傘の表面で弾け、辺りの建物を、地面を打つ、雨音。
 辺りは音に満ちている。
 そして、湿度の所為だろうか、普段以上に深みと強さを増す、匂い。草花の、鉄錆の、そして水の……。
 辺りは匂いにも満ちていた。

 でも、此処に人の声は無い。
 人の匂いも無い。
 打ち棄てられた街だから。
 山地の開発に取り残されたのか、最早先が望めないと見切りを付けられたのか。兎も角住民の去った街。
 日常に嫌気が差して逃げ場を探して山中を彷徨った僕の前に現れた、無人の街。
 一日中、山を這い回った末に自動販売機――不思議な事に未だ作動していた――で求めた水は、僕が本心では死を望んでなどいない事を、教えてくれた。何て事のないミネラルウォーターが、どれ程旨かった事か。
 どんな理由で人が居なくなったのか、此処には暮らしに必要な物は一通り、揃っていた。新鮮な食料こそ、手に入らなかったが、家庭菜園が出来る程の農地も、道具もある。
 野菜を一から育てるのは面倒も多いが、これ迄に知らなかった事や、何より生きているという実感を教えてくれた。
 田畑を潤し、ひと時の休息を齎す、雨の大切さも。

 そうして過ごす内、僕は気付いた。
 人の声に、人の匂いに、少し疲れていただけだったのだと。
 こんな風に雨の降り頻る日には、少し、それらが懐かしくなる。
 そろそろ――戻ってみようか。

                    * * *

 僕は身を横たえていたカプセルから上体を起こした。自然と、両腕を上げて伸びをする。
「おかえりなさい」穏やかな声が、僕を迎えてくれた。「如何でしたか?」
「ああ、久し振りにリフレッシュ出来た気がするよ」
「それは良うございました」オペレーターの営業スマイルさえも、今の僕には懐かしい。「では……また半年後、ご予約をお入れしますか?」
「ああ。頼むよ」僕は頷いた。「うっかり予約を忘れるとなかなか順番が回って来ない程の人気だからねぇ、此処は」
「恐れ入ります」丁寧に、腰を折る。見慣れたそんな様も、このカプセルに入る前は、あんなに卑屈に感じられて鬱陶しかったのに。
 バーチャルリアリティーを利用した休息用のカプセル。ほんの数時間で、数日分の「無人体験」が出来る。舞台は無人島や無人の街、様々なものを選択出来る。
 僕の様な、対人関係上のストレスを抱えた管理職以上の人間に好評のシステムだ。
「それにしても、また半年待たなきゃならないのか。規約だから仕方ないけれど……。何故、半年以上開けなければいけないんだい?」
「それは……」僅かに微苦笑を浮かべて、オペレーターは言った。「連続使用されますと、その……精神的にお戻りになられない方が過去、おられましたので……」

 無人の環境で人の世界の懐かしさ、良さを再確認する――その趣旨の元作られたシステムだと聞いていたが……。精神がそちらに行った切り戻らなかった者達は、そこに安住してしまったのだろうか。
 だが、人の声、人の匂いの無い世界、私にはそこは完全な安住の地とは思えなかった。
 ――今は未だ。

                      ―了―


 偶には独りで雨音を聞くのも……いいかも知れません。
 偶にはね☆

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プロフィール
HN:
巽(たつみ)
性別:
女性
自己紹介:
 読むのと書くのが趣味のインドア派です(^^)
 お気軽に感想orツッコミ下さると嬉しいです。
 勿論、荒らしはダメですよー?
 それと当方と関連性の無い商売目的のコメント等は、削除対象とさせて頂きます。

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